IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第58話 告風 心の内

「別に忙しいってわけじゃなく、用事があるってわけでもないですけど、何の用ですか?」

 

「暫くぶりにプロイエットを使いたかったんですが…」

 

放課後に呼び出したウェイル君とメルクちゃんの二人は、白けた視線を私に突き刺していた。

例の噂話について払拭が進んでいく中で、放課後になってから呼び出しを受けようものなら多少は印象が悪くなってしまうだろうけど、流石に今回はそういう視線を向けるのは勘弁してほしいのよね。

それに君も無関係というわけではないのだから殊更にその視線は止めて。

 

「それにしても、この部屋への来客も多くなったわね…」

 

1年生の専用機所持者が全員そろったのは何故かしら?

特にラウラちゃんは今回は呼んでなかったんだけど?

 

「む、この菓子も美味いな」

 

「でしょ~、私のお気に入りなんだ~」

 

そして本音ちゃんの持っている和菓子に夢中になってハムスター状態だものね。

なんか最初のイメージと格段に違ってきているんだけど…今回はほっとこう。

さっさと主題に入らないとウェイル君とメルクちゃんの視線が痛くて耐えられない…。

 

「それじゃあ、早速主題に入るわね。

今回君達を呼んだのは…シャルル君…じゃなくて、シャルロットちゃんについてよ」

 

私が名を呼ぶのと同時に背後の衝立の向こうから彼女(・・)が姿を現す。

学園指定の夏用体操服に着替えたことで女の子特有のボディラインも今は見てとれる。

その濃色の金髪は髪紐がほどかれ、空調に合わせて揺れている。

 

「初めまして…って言うのも変だよね。

改めまして、『シャルロット・デュノア』です」

 

「とまあ、男子生徒と詐称してフランスからやってきてたらしいのよ。

あ、ちなみの本当の性別は女子生徒って事だから、それを考えといて」

 

「…思った通りでした」

 

「違和感は感じてたけど、そういう事か」

 

…鈴ちゃんの雑な説明に続くメルクちゃんとウェイル君の反応の薄いこと。

この二人は何となくでも察していたのかもしれないわね、企業と何かと連絡取り合っていたらしいから教えてもらっていたのかもしれない。

 

「フン、そんなことだろうと思っていた」

 

「だね、変だと思ってた…」

 

ラウラちゃんも簪ちゃんも…。

これって気遣っていた私がバカみたいじゃないのよ!

 

「せめて気づいていたのなら、『気づいてた』って言いなさいよ皆!」

 

「無理じゃない?

メルクは最初から怪しんでいたみたいだし、ウェイルはそれに影響されていただろうから」

 

鈴ちゃんまで…!

ええい、だったら次の話をすればみんなも驚くでしょ!

その白けた視線を一気に変えて見せるわよ!

 

「そんな…これまでの僕の努力って…無駄だったの…?」

 

頭を抱えているシャルロットちゃんを視界の端にしながら、その様子を完全に無視して私は次の話を切り出す。

こればっかりはウェイル君もメルクちゃんも黙ってられないでしょうからね!

 

「で、シャルロットちゃんがこの学園に来た目的だけど、『産業スパイ』と『暗殺』よ。

より具体的に言えば…『ウェイル君の殺害』と『データの奪取』の2つだそうよ」

 

「随分と物騒な話だな、スパイなど露見すれば大概が極刑を言い渡されるものだ。

この逃げ場の無い学園で目的を果たしてどうやってこの場を離れるつもりでいた?」

 

真っ先に食らいついてきたのはラウラちゃんだった。

鋭い眼光をシャルロットちゃんに突き刺してきている。

確かに彼女の言う通り、スパイだとか密偵だとかは見つからない事を前提に(・・・・・・・・・・・)活動するもの。

私のような暗部は話は別になってくるだろうけど、産業スパイだとか機密データ奪取は、その行動や正体を知られてしまえば致命的。

どれだけ軽く見積もっても闇の中に消されるのが関の山。

その点、彼女の計画は何もかもが杜撰だった。

 

「本当の事を言えば…奪取したデータを転送した後のことは何も指示を出されていなかったんだ…」

 

「それって…目的を果たしても、シャルロットの身柄の安全は保証しないって事だよね…?」

 

「企業や国家は指示を出しておらず、個人の暴走ってことにして片付けるつもりだったんでしょうね。

それがフランス政府の指示なのか、はたまた企業の方針なのかはわからないけどね」

 

どっちみち、私たちに正体が露見した時点で、彼女はこの日本国内で用済みと見なされ放置状態ということになる。

 

「ちょっと待ってください。

性別詐称や企業スパイをしていたことは察していました。

ですが、何故そこでお兄さんの『殺害』を前提にしているんですか?」

 

「デュノア社長夫人からの命令だったんだ、『ウェイル・ハースを殺害してデータを奪取しろ』って」

 

「俺からも訊きたい、その社長夫人ってのは俺を『フルネームで名指し』したのか?」

 

「え、うん、そうだよ…?」

 

「なんで社長夫人は俺の名前を知っている(・・・・・・・・・・)?」

 

そのウェイル君の疑問に答えを返せる人なんて居なかった。

その疑問は私も思っていた、誰だって疑問に思う筈。

でも、シャルロットちゃんはそれに対しての答えを持っていない。

ウェイル君の名前を知っている人はそんなに多くはない。

イタリア政府が個人情報の漏洩を防ぐためにも、外界の者が掴んだとしてもダミーデータにすり替わるようにしていたのだから。

 

「シャルロットが俺に対して妙に敵意を向けていたことは先日の授業の時にも察していた。

産業スパイの可能性もメルクからも企業からも指摘があった。

でもな、テロリストでもないのに、初対面どころか、顔も名前も知らない、会ったことも、言葉を交わした事すら無い相手、企業の上層部から、一方的に殺意を向けられる謂れは無いぞ。

そこのところはどうなんだ?」

 

「…『フランスの廃退と零落、貧困の全ての原因はウェイル・ハースに在る。

フランスの再生と発展には、ウェイル・ハースの殺害と、彼の持つデータを奪取が前提になる』…そう言われたんだ」

 

そこが私達としても疑問だった。

デュノア社社長夫人は、ウェイル君のフルネームを何処から知り得たのかが、はっきりとしない。

そして何故、ウェイル君の殺害を大前提にしているのかも。

 

「私からも問いたい事が在る」

 

「簪ちゃんからも?」

 

視線を向ければ、簪ちゃんも真剣な表情を見せている。

今回のシャルロットちゃんの行動は杜撰過ぎて疑問を浮かべる点が多いけど、簪ちゃんは何を問いたいのかしら?

 

「今のように、産業スパイ活動をしているのがバレたら、どう対処するのか、指示はされていたの?」

 

「その場合も言われたよ。

『迅速に自害しろ、その際にウェイル・ハースを必ず道連れにしろ』って…」

 

「殺意が高過ぎないか?」

 

何と言うか…人命軽視甚だしい。

これじゃあ、全世界からバッシングされている『人命軽視国家』と呼ばれているのも理解が出来てしまう。

そして社長夫人は何故、そこまでウェイル君を敵視しているのかが理解出来ない。

 

「何故お兄さんを敵視して、殺害を強要しているんですか?

フランスの再生と発展に繋がるだなんて到底思えません」

 

「まったくだわ、現代のフランスが落ちぶれているのは、一部の独断専行から始まった事だってのに、その責任を今になって他人に全部ふっかけようとしてるだけじゃん」

 

「それを僕に言われても…」

 

これ以上は話を続けても時間の無駄ね。

なら、更に先の話をしましょうか。

 

「シャルロットちゃんに確認する事が幾つか在るわ。

これに関しては正直に話なさい」

 

「は、はい…?」

 

返事はあまり良くないけれど、それはそれで構わない。

でも、ここから先はそれは赦さない。

 

「君はまだ、ウェイル君を殺そうと思ってる?」

 

「いいえ、思いません」

 

「なら、データの奪取は続けるのかしら?」

 

「…いいえ」

 

僅かな沈黙を挟んだ。

企業の人間としては、欲しい所ではあるようね。

 

「まだ問いたい。

データ奪取もそうだけど、何故、俺の暗殺を請け負った?

身柄の保証も無い、最悪の場合でも道連れ自殺、失敗すれば告発される。

どう転んでもお前自身にメリットが何一つ無いだろう?」

 

ウェイル君が珍しく核心を突こうとしている。

この珍しい光景には誰もが視線を向けていた、普段は劣等生を自ら自覚して、自称までしているのに…。

 

「……それは……フランスでは、多くの国民が貧困して苦しい生活をしてる。

僕の母さんも、その一人だったんだ。

僕を養う為に心労を重ねて…過労死した。

その後、僕はデュノア社社長の隠し子である事が判明して…」

 

そう、シャルロットちゃんは隠し子…なんとなく読めてきたわね。

 

「今回の命令を下される時に社長夫人から言われたんだ。

『このままだと僕のような、みなし児が増え続ける』と…」

 

実際、フランスでは国内での暮らしを続けられず、国外へ脱出しようとする人とて多くなっているだろう事は予想が出来る。

デュノア社が辛うじて存続出来ているのは、早期の『第一世代機(ラファール)』開発と、第二世代型量産機(ラファール・リヴァイヴ)のシェアあってこそのもの。

けれど、今の経済状況では第三世代機の開発が進んでおらず、その予算も無い点は想定が出来るわね。

いえ、寧ろそんな技術すら作れないのでしょう。

だから、自国に無い物を作る為に、他国から奪うという暴挙に出た。

フランスが産業スパイを積極的に育成しているという噂とて在ったけれど、それはこの子だったのね…。

 

「フランスの廃退と貧困、その全ての原因がウェイル・ハースだと。

だから、フランス国民の為に、殺害しなきゃいけないって教えられたんだ…。

僕は、僕のように親を失う子が出るのが嫌だったから…」

 

無責任な上に他力本願、更には無能の重ねがけ。

自分の無能さを、他人への憎悪にすり替える始末。

世の中そんな人ばかりなのかしら?

 

「それで、シャルロットさんは今後はどうするつもりなんですか?

データ奪取も、暗殺ももう無理でしょうし目的は果たせないです。

今後は何も出来ませんし、させません。

それでも手出しをしようものなら…」

 

鋭い視線をメルクちゃんがシャルロットちゃんに突き刺す。

そこに宿る意志を言葉にするのなら……警戒、かしらね。

何の謂れも無いのに、家族の命を狙われるようになってしまえば、そうなるのもやむを得ないし、頷ける。

私も簪ちゃんを狙われてしまえば同じような事になると言える、間違いなく。

 

広がる沈黙に最初に声をあげたのは

 

「なら、私の国で身柄を引き受ける」

 

「ラウラちゃん?」

 

「大丈夫なのか?

よく判らんが、簡単に済む話じゃないだろ?」

 

移籍させると言うのは普段なら簡単じゃないでしょう。

だけど

 

「出来ない事ではない。

そう言った場合のマニュアルも軍には存在している」

 

「いや、そう言う事じゃなくてだな…。

産業スパイをホイホイ受け入れられるのかって事なんだが」

 

「信用出来ないのは当然だが、その場合は…叩き直すだけだ」

 

ナイフを見せながら言う台詞じゃないわよ!

 

「部屋も移れば、プライバシーも含めて監視も出来る。

PCも逐一調査し報告しておこう」

 

「僕って本当に信用されてない…いっそ泣きたくなってきた…」

 

机に突っ伏して暗雲漂わせているシャルロットちゃんだけども、この際には無視しておく。

信用が無いのはそれこそ仕方無いけど、これからの話をするには彼女の心理状態は無関係。

今は身柄を引き受ける先をどうするか、精神状態や、社長夫人による洗脳を解くのは後でも出来るだろうから。

 

「実質的にはドイツへの亡命なら、それでも良いでしょう。

けど、この学園は基本的に治外法権が存在しているわ。

いかなる国家、宗教、企業も関与出来ない事になっているの。

だから、この学園に在籍している間は、大企業でも手出しは不可能だから安心なさい」

 

「じゃあ、僕は三年間は自由って事…?」

 

まあ、そんな所ね。

このタイミングで跳ね起きるとか、なんて現金なのかしら…?

これは要警戒と判断するべきかな?

 

「企業から…いや、社長夫人からの命令を無視していれば、だろ?

フランス側が強硬手段に出たらどうするんですか?」

 

「だから国籍を移籍させる。

我が国に移ってしまえば、フランスも簡単には手出しは出来まい」

 

その話は事実。

学園にはその類の手続きが出来る機関が存在している。

なら、話は難しくはない。

さっさとドイツに移籍させましょうか。

 

「じゃあ最後に…暗殺に使うつもりでいた小道具を全て出しなさい」

 

そして机の上に並べられたのは…ああ、もう嫌になってきた。

なんでこんなにも今年の新入生は非常識なのかしら…。

 

「ワイヤー、チャクラム、ポケットピストル、投擲ナイフ、ピック、シアン化カリウム(青酸カリ)テトロドトキシン(河豚毒)、クロロホルム、仕込み針、寸鉄、ストリキニーネ……」

 

出るわ出るわ、嫌になる程の暗器やら毒物が右から左へ…。

もう誰もがドン引きしてる。

本音ちゃんがドン引きしてるとかレアな状況よ…。

 

「ラウラさん、身柄引き受けをしても本当に大丈夫なんですか?」

 

「…些か不安になってきた…本当にマトモな人間なのか、コイツは?」

 

「今日はシャルロットちゃんの株価の暴落が激しすぎるわね…」

 

それから全員立会のもと、シャルロットちゃんの持っていた暗器はプレス機で全て屑鉄に、毒物や毒ナイフはISの拡張領域の登録を解除させてから海に投げ棄てさせた。

ウンザリさせられる数の暗器だったが、始末が終われば少しはウェイル君としても肩の荷が降りたように見える。

私も少しは気を休めても良いかもしれない。

で、後はシャルロットちゃんの国籍を移す作業が残ってるらしいが、そっちは私が面倒を、見てあげれば良いわね。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

私には、まだ問いたい事が残っていた。

それは今まで目を反らしていた事でもあり、暗器の全てを投げ捨てた後だからこそ言える話でもあった。

 

「…授業での模擬戦でもそうだったが、あの時に本気の殺気を向けていたわよね?」

 

「………」

 

本人にも自覚があったらしく、沈黙の肯定が返ってくる。

だが、私が求めているのはその先だった。

 

「ウェイルとはそれまでに会話をした事は少なからず在ったと思う。

警戒されたり敵視するのもここまでの話でも納得までは出来ないけど、理解は出来た。

その証拠に暗器を持ち続けていたんじゃないの?

アンタ、衆人環視の中で授業中の模擬戦でウェイルを殺すつもりだったの?」

 

あれを感じ取ったからか、ウェイルはさっさとリザインした。

あのまま続けていたら、グレネードランチャーとロケットランチャーによる砲撃を受けていたと思うから。

絶対防御が有効だとしても、アレは模擬戦で使う代物じゃない。

 

「……噂を、人から訊いたんだ。

ウェイルが、学園のアチコチに爆弾を仕掛けて回っているって…」

 

「その噂、学園全体に蔓延してるけど…?」

 

「言っとくが、俺は無実だからな」

 

はいはい、判ってるってば。

ウェイルがウンザリした様子で吐き捨てる、この話題はもう御法度ね。

本人としても逐一言い返すのが面倒になってるみたいで見ていられない。

じゃあ、さっさとこの話を終わらせてしまおう。

 

「シャルロット、アンタはその噂を訊いてどう思ったの?」

 

「……真実かは判らなかったけど、本当なら自白させようと思ったんだ。

その為にも、多少なりとも強引な手を使っても…。

ランチャーを取り出したのも、殺気を剥き出しにしたのも…」

 

自分に対して恐怖心を植え付けようとした、そんな所か。

ウェイルがさっさとリザインしたのも、あながち間違いじゃなかったわね。

 

「なら、その噂話を誰から訊いたのよ?」

 

「1組の男子生徒だよ、食堂で相席になった事があって、その際に…」

 

あいつか…!

 

「『火のない所に煙は立たぬ』、噂が出ているのが何よりの証拠だと言われて…」

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「後はこっちで引き受けるから、何か気晴らしでもしてきなさい」

 

そう言われたので、思う存分に何もかもを丸投げにして押し付ける事にした。

どうせ俺が手出し出来る事なんて残っていない。

 

「シャルロットは今後はどうなると思う?」

 

「国籍を移籍、亡命は可能な筈です。

フランスの企業は後々に調査が入る事になるでしょう。

最終的にどうなるかは判りませんが…」

 

そう、か…。

姓名と企業名が同じだから、多分そこの社長は…シャルロットの両親にもなるだろうが、その人物を告発する事に抵抗は無いのだろうか?

あ、いや、母親と死別し、シャルロットが社長の隠し子とか言っていたか。

なら、近年まで認知してなかったのかもしれない。

それに、織斑だ。

俺を貶めることで、アイツに何か利があるとは思えない。

自己満足一つのためにシャルロットを利用しようとしたんだろうか…?

あの後も詳しい話を聞き出そうとしたが、当のシャルロットの返答は

 

「彼は言っていたんだ。

『ウェイル・ハースは大量の爆弾で学園を壊滅させようとしている、その手掛かりはあるが証拠が見つかっていない。

同じ男子生徒同士であればその証拠となるものを見せるかもしれない。

理由は判らないが、自分は警戒されているからそれが出来ない。

学園の生徒を守るために力を貸してほしい』って頼まれたんだ」

 

そう返してきた。

あの野郎、今度は俺を爆弾狂かテロリストに仕立て上げようとしてやがった。

ヴェネツィアの水上パレードで見る花火は美しいと思うが、爆弾なんぞ論外だ。

 

ほかに聞き出せた話に出ていたのは社長夫人の事ばかり、社長自身は今回の件をどう思っていたんだろうな。

 

「さて、それじゃあ久々に走らせてみるか」

 

プロイエットと、プロテクターを装着。

コンソールパネルを右腕に巻き付けて準備完了

早速始動させ、さっさと最高速にまでスピードを加速させる。

少しは気晴らしが出来そうな気がする。

 

だけど、今回の一件は氷山の一角に過ぎないらしい。

 

社長夫人が、どこで俺のフルネームを知ったのか、殺意を向けてくる理由は何なのか。

そこが未だに判明出来ていない。

 

それにイギリスを食い潰した連中が凛天使と繋がっていたり、そのまま姿を消していたりもする。

持ち去った大金の行方と用途も気になる。

 

そして日本政府が連行した筈のメンバーも姿を消した以上は、こちらも警戒しないといけない。

 

それに織斑と篠ノ之の件もそうだ。

殆ど初対面だったシャルロットに事実無根の噂話を吹き込んでこちらにまた手出しをしてきた。

間接的にではあるが、デュノア社長夫人の片棒を担ぐ形で俺の殺害に加担した事になる……のか?

これでアイツに何の利益になるのかサッパリ判らない。

俺に危害を加えようとしたらメルクだって確実に動くだろうし、イタリアも動くだろう。

これでも奴に利益が生じるとは思えないし…何が目的だよアイツは…?

 

「問題解決どころか、増えてないか…?」

 

「何か決定的な解決手段が見つかれば良いですね…」

 

そうでもしないと、こっちの身がもたないぞ。

考えるだけでも面倒になってきた、この事は専門の人に投げつけてしまえ。

こっちは折角気晴らしにプロイエットで走っているんだ、辛気臭くなるような事なんて考えてられるか。

 

「今だけは何も考えずにいよう…」

 

あーあ、どうするべきか

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

翌朝、SHRの時間が近付いているのに、私の隣の席は未だに空っぽだった。

昨日の放課後、暗器を屑鉄にし、毒物を海に投げ棄てさせた後に別れ、シャルロットの姿は見ていない。

悪い方面に話が流れ着いたわけでもなく、結局の所でドイツが身柄引き受けをする型で落ち着いている。

面倒な手続きが沢山在っただろうけど、まだ続いているとか?

 

「さあ、ホームルームを始めるわよ、全員着席なさい!」

 

担任の先生が手を叩きながら、クラスの全員を促し、着席させていく。

ボヤキながらも皆が着席していくけど、私の隣は相変わらず空席のまま。

 

「出席は…全員揃っているわね。

ハミルトンさん、眠いのは判るけど居眠りしないように!

今朝のホームルームでは皆に幾つかお知らせが在るから、ちゃんと聞きなさい。

では、まず一つ目の知らせは…」

 

それからは退屈なホームルーム、と言うわけでもなく、幾つもの連絡が始まった。

 

ウェイルへの風評被害を与える噂がデマだった事。

その噂の発端が全輝だった事。

ウェイルに暴行をしようとした篠ノ之の謹慎処分が解除され、今日から通学が再開している事。

 

「それから…えっと…。

転入生?って言っていいの、これ?

まあ、そんな感じのクラスメートが…あ、いや、増えないわね。

自分で何を言ってるのか判らないけど、そんな人が居るから、とにかく入ってきなさい!」

 

教室前方のドアが開き、入ってきたのは…昨日の放課後以来に姿を見せた…

 

「初めまして…じゃ、ないよね…。

改めまして、ドイツに移籍し、企業所属テストパイロット候補になった『シャルロット・アイリス』です。

訳あって先日まで男子生徒扱いになってましたが、実際には皆さんと同じ女性です」

 

この移り身、当然ながらクラスメイト全員が唖然としていた。

後で本人は質問責めに遭うだろうけど、クラス代表として私も間に入らないといけないんだろうかと思うと頭が痛い。

フランス出身としていたのに、今日からドイツ所属、これに関してどう説明すれば良いんだろうかと悩まされる。

 

「ウェイルに相談するべきかしら…?

いや、ウェイルじゃ流石に無理かしら?

どう対処すればいいんだか…」

 

そんな時間が許される筈もなく、無情にも時間が過ぎていく。

軽い頭痛に悩まされる最中だった。

 

「再来週に企画されている学年別トーナメントだけど、ここで重要なお知らせをするわよ!

トーナメント戦は、個人別になっていたけれど、今回はタッグマッチ制にルールの仕様変更されたわ。

申請書を各自配布するので、来週の頭までには必ず提出するように。

提出しなかった場合は、ランダムで決定されるから、そのつもりでいるように!」

 

考えるべき事がどんどん増えていく一方で、私の心はもういっぱいいっぱいだった。


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