IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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濃厚接触者となり、自宅待機中です。
これまで以上に外出出来なくなり、ストレスが溜まりがちですよ。
病が、憎い…!


第54話 雨風 千の偽り

アウル・プロトタイプの整備点検も終わった。

摩耗も損傷も無いため、確認事項もそこまで多くはならず、データをまとめておき、それをメルクが書類にしてくれる。

GW期間中に俺もデータ入力の練習をしてはいたんだが、悔しいがメルクが書き記すほうが圧倒的に早い。

こういうのを書き留めるのも技士としては必須科目になるといわれているので、練習あるのみだ。

 

「さてと、これで後は実際に稼働させておかないとな」

 

アンブラに搭載されたアウルはプロトタイプであり、メルクのミーティオに搭載されているものとは可動域が違う。

アンブラのアウルは前後にスライドさせる形で疑似的に槍を振るう形になり、更に中折れさせる形で鉤爪状になり、掴む事も出来る。

実体兵装であるアウル・プロトタイプで出来る事は『突く』『掴む』の二つになる。

 

ミーティオの場合はアウルの前後同時スライド機能に付け加えて横方向にも展開され、それこそ鳥獣類の足のような形状になり、より強固に掴み取る事も出来る。

挙句の果てには鉤爪部分にレーザーブレードも付与させることで、『斬る』『掴む』『蹴る』の三つを使い分ける機能になっている。

 

利便性ではメルクのミーティオに軍配が上がるだろうが、それでも構わないと思っている。

俺の場合は俺専用に機体を建造させる時間もコストも資材も無かったから、ミーティオ建造の為に使用されていた試験機体を調整したものだからだ。

そんな中でその機体に求められているのは『高い勝率』ではなく、『ミーティオの為のデータ集積』『護身用の機体』という2点だ。

企業、国外からの兵装試験稼働も頼まれることもあり、充分にデータを蓄積し、使いやすさを求められた形でメルクに使用してもらうといった具合だ。

 

俺が考えた兵装であるアウルもその一つだった。

ウラガーノも考えただけでもすぐには実装配備はされなかった。

可変形機構を作ったが、そのシステム上にも多少問題があったが、それに関しても外部からの提案を取り入れて、より使いやすい形に仕上げてもらっている。

単独で完成させられなかったのは悔しいが、その為だけに自分以外の人からの意見に対して耳を塞ぎ続けているだけではどうあっても完成にまでは漕ぎつけられなかっただろう。

提案をしてくれたのは、イタリア国内ではなく、アルボーレを国外から注文してきたルーマニアからのものだった。

ルーマニアに存在していたとされる過去の人物が使っていたとされる過去の遺物の意匠を取り込んでみた結果、俺でも以前よりも使いやすくなったというのだから、その助言をしてくれた人には心底感謝している。

これで俺も機体を色々と使いやすくなっているのだから。

 

「報告書は…こんなものか…」

 

さあ、実践してみようか。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

忌ま忌ましげにその双眸は彼を睥睨していた。

その視線が向かうのは、相変わらず白衣を翻す少年だった。

クラス対抗戦では、幼馴染の少年を下した。

それですら断じて認められず、その後は彼女自身が起こした不祥事に関して自分自身が罰せられることになった。

一気に自分が追いつめられる事になったが、それですら断じて認めようとはしなかった。

 

「あんな奴が居るから…!」

 

自分に負わせられる責任の重さを認めようとせず、自分にその責任を負わされる事そのものを認めず、何もかも他人のせいにし続ける。

姉の名を出せば、誰が相手でも、どのような事になろうとも、相手を黙らせる事が出来た。

学んできた剣で力ずくで相手を黙らせる事が出来た。

黙らせる事が出来たのだから、自分の考えと主張と行動は正しいものであると、そう考え、疑う事もしなかった。

相手を負傷させようと、一生涯残り続ける傷跡や障害を残そうとも相手の自業自得だと暴論で自己完結させた。

そのうえで、そんな相手の名前も顔も碌に覚えもしていない。

次にその相手を見ても、気にも留めずにいた。

 

そんな自分の中の常識はもう通じなかった。

望んで入った学園でもなかったが、その中でも今までの常套手段は、常識は通じなかった。

当然だった、中には祖国で軍に籍を置く生徒とて居る、道場剣道など碌に通じる相手ではない。

その現実すら気に入らなかった。

 

中でも気に入らなかったのが、憎悪の視線を突き刺す相手だ。

接触干渉禁止の命令などに納得など出来なかったが、そのうえで自分が起こした不祥事で彼はテロリストに命を狙われ続けることになった。

その家族すら標的になった可能性すら高い。

 

それでも『だからどうした』『ウェイル・ハースの自業自得だ』と叫び、懲罰の免除を要求したが、そんな話が罷り通ることなど無かった。

折角の休暇期間の全てを朝から夜更けまで反省文提出と、追加の課題、更には奉仕活動に費やし続ける日々だった。

休暇期間が終わった後、クラスに戻ってからもクラスメイトから冷たい視線に晒され続けた

その数日後に行われたテストでも赤点を取り、更に補習に時間を奪われ続け、散々な日々だった。

 

自分がこんな事になったのは、全てウェイル・ハースのせいだ

 

そんな身勝手な考えに行き着くのは当然かもしれなかった。

だから、その不正を正せるであろう瞬間を待ち続けた。

そんな中だった、2組と5組に編入生がやってきたのは。

偶然かは判らないが、ウェイル・ハースに関して悪評ともいえる噂話が流れ始めた。

『爆発物を持っている』

『爆発物を寮に仕掛けている』

その他にも悪罵を吐いたかのような噂話が幾つも耳に届いた。

ある意味、好機だと思えた。

 

「必ず化けの皮を剥いでやる…!

貴様の不正など、見逃してなどやるものか…!」

 

耐え難い苛立ちに、憎悪を含めた視線を突き刺し続けるが、視線の先に居る少年はそれを向けられていること等露知らず、相変わらず呑気に歩いている。

その様子にすら、怒りを溢れさせていた。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

整備点検が終わって整備室を出た途端に、外で待機していたであろう鈴さんとシャルルさんに半ば引きずられるような形でアリーナへ連行され、訓練をする運びとなった。

お兄さんは整備を終えたばかりの状態だったから、文句も言えずに模擬戦もするようになり、お兄さんもヘトヘトになっている。

今夜は流石に夜間訓練は出来そうにないから、アリーナの夜間使用キャンセルの手続きもしておき、それで訓練は終わりになった。

 

「疲れた…鈴もシャルルも手加減無さ過ぎだろう」

 

「お疲れ様です、お兄さん」

 

ミネストローネをゆっくりと食しながら愚痴をこぼしているけれど、私はそれもしっかりと耳に入れて一つ一つに対応していく。

今夜は流石にゆっくりと眠ってもらったほうがいい、そう思う。

 

「そこまでそちらの訓練は大変だったのか?」

 

この反応を返すのは、なぜか当然のごとく同じボックス席に入ってきたボーデヴィッヒさんだった。

先日の朝食時の事など、すっかりと忘れたかのように同席してくるこの物凄い度胸は私も見習うべきかは、迷うところです。

 

「俺からすれば、な」

 

「だが軍に所属していれば、多くの相手に一度に教育を施すこともあるぞ」

 

「俺はあくまで裏方専門なんだよ、技術開発が目的だから、そういったことは門外漢なんだよ。

テロリストに狙われることになっている以上は自分の身は自分で守れるようにした方が良いのは、頭では理解しているけど、実際にそれをしていくのも大変だと改めて確認させられたよ」

 

「企業でも似たような事になるんじゃないの?

どこかのチームのリーダーになったりとか、さ」

 

鈴さんの言葉もごもっとも。

元々はアルバイトだったのに、今では企業所属の肩書きが付いてきているから、将来的には考えられない事ではないです。

 

「技術者の道は険しいな…」

 

「でも、辞めるつもりは無いんだよね?」

 

簪さんの言葉にお兄さんは深く頷き、親指をグッと立てて見せる。

決意は固いです。

 

「将来は、メルクの専属技士。

これは誰にも譲らないよ」

 

そう言って再びミネストローネを口に運ぶ作業を再開させる。

自慢の兄の様子に何だか優越感を胸に感じながら、私も食事を続けた。

お兄さんは私の自慢の人です。

 

「ミネストローネ、だっけ。

ウェイルは一週間に一回は必ず注文してるわよね。

この食堂のミネストローネがそんなに気に入ったの?」

 

「お兄さんはミネストローネが大好物なんです。

家でもこの料理を作ったら、喜んで食べてましたよ」

 

実際、お兄さんはミネストローネが好きで、お母さんもそのレパートリーを増やしてました。

豆を入れてみたり、シーフードを入れてみたりと創意工夫を重ねています。

お兄さんがこの料理を気に入ったのは、入院生活をしていた頃からだった。

ようやくマトモなものを食べられるようになり、お姉さんが病院の食堂でミネストローネを作り、それを食べたのが始まり。

それ以降はお兄さんはミネストローネをとても気に入り、『週末はミネストローネの日』というのが、実家での暗黙の了解になったのを思い出す。

 

「母さんからの受け売りだが、ミネストローネは家庭料理の一つなんだよ。

父さんもこの料理で母さんに胃袋を掴まれた、なんて言ってたかな。

海鮮料理も好きだけど、俺としてはこの料理が一番好きなんだよ」

 

「ふ~ん、そうなんだ…。

ねえメルク、ミネストローネの作り方教えてもらえる?」

 

「え?どうしました突然?」

 

「料理は趣味の一つなのよ。

ウェイルがここまで気に入った料理なんだもの、興味が出るのも当然でしょ?」

 

何か下心を感じる気がしますけど…でも、この人になら良いかな、なんて……。

そんな思いが浮かんでくるけれど、気持ちを一旦入れ換える。

我が家の秘伝の秘伝のレシピ、と言うわけでもないけれど、基本的な作り方を教えるまでに留めておこう。

 

「簪さんは、どうしますか?」

 

「う、うん…ちょっと興味があるかな」

 

ボーデヴィッヒさんは…

 

「む?私の事は気にせずとも良い。

元より料理など試した事も無いからな、軍でも食事の大半はレーションを食べていた」

 

…思った以上に劣悪な食生活を送っていたみたいです。

そう思ったのは私だけではないようで、鈴さんも絶句していた。

 

「レーションって、栄養補助食品の類じゃなかったか?

それで食事を済ませてたって…」

 

「それでも不足する可能性のあるものはサプリメントで補えば良いのだろう」

 

お兄さんまで頭を抱えていた。

我が家ではお母さんや、お姉さんが作ってくれる食事は成長期に必要なものをしっかりと補えていて、それが標準として刷り込まれていますが、ボーデヴィッヒさんの食生活を知れば…呆れるというか、頭痛を起こすというか…。

織斑教諭がドイツに教官を務めていたらしいですけど、こういう点に関しては干渉しなかったんでしょうか…?

一年間も見ていれば、必ず口出ししなければならない点だと思うんですけど…。

私としては織斑教諭の事を嫌悪してますけど、そうする要因が一つ増えました。

…多分、お兄さんも同じ事を考えてると思います。

 

「朝からステーキを食べていたりするのも、まさか…」

 

「む?教官からの教えだが」

 

「「あの人、教師辞めるべきだろ」」

 

お兄さんと鈴さんのつぶやく声が重なっていた…。

マトモに会話すらした事のない私だって同じ事を考えてましたから。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

食事を終えた後、僕は一人で部屋で消灯時間になるまで過ごしていた。

今日も無事に一日を終えられて安堵する。

今のところ、僕の秘密に気づいた人は居ないと思う。

 

「母さん、僕は…」

 

6年前、フランスで開催されたモンド・グロッソの折に起きた事件が原因でフランスは全世界から批難される事になった。

でもそれはデュノア社上層部やフランスの上層部での判断した事であって、一般市民には何の関係も無い筈だった。

それにも関わらず、『フランス人だから』という理由だけで全世界から批難される始末だった。

 

それまで私はブルゴーニュで母と一緒に過ごしていた。

家族は母だけで、父親なんて知らなかった。

母さんに訊いても、微笑むだけで答えてくれなかった。

寂しそうな笑顔を見せたのを境に訊くのを辞めた。

母さんと一緒に過ごす日々が幸せで、それを壊したくないと思ったから。

そう考えても、そんな日々は長く続かなかった。

 

モンド・グロッソ大会終了後にその災厄は訪れた。

フランス国内では株価が大暴落し、物価が高騰して生活が苦しくなった

私も通っていた学校を辞め、日稼ぎの仕事に出ることに。

母さんも必死に家計を調整していたけれど、火の車でその日その日を暮らすのが精いっぱいだった。

真実を公表したのは、フランス政府ではなく、電波ジャックによって国外から流れてきた放送によるものだった。

モンド・グロッソ大会最中に起きた事件で、デュノア社とフランス政府が誘拐事件を黙殺し、大会開催地として選ばれた沽券を優先したからだと。

それにより、フランスは零落し『人命軽視国家』『軽命国家』と侮蔑を受ける事に。

そういった事件での零落する社会の中で、母さんも懸命に働き続け、そして…体に限界が訪れた。

私に笑顔を見せながらも、母さんはそれを感じさせないようにしていたのを僕は後になってから知った。

 

母さんの命も長くは続かず、半年も経たず、命の炎は消えた。

そんな折りだった、あの男が訪れたのは。

 

『パトリック・デュノア』

 

かつて、母さんが愛した人であり、私の父親に当たる人物で……同時に……母さんを捨てた人。

親愛なんて私には無かった。

この人が例の事件を黙殺した人のうちの一人なんだとボンヤリと思った。

軽々しく人質にされた子供の命を見捨てたから、フランス全体が全世界から非難された。

この人にとっては、どうせその子供も私も同じような存在として見られているんだろうな、とも考えた。

 

私にとっては世界とは母さんと一緒に過ごす日々だった。

なのに、この人のせいでそれが壊された。

母さんを奪われた。

 

 

もう、何もかもがどうでもよかった

 

 

壊れそうになる心のまま、その人に車に乗せられ、パリへと連れ出された。

連れ込まれたのは、デュノア社が保有する大きなビルだった。

社長室に連行され、そこで彼が私の父親であることを告げられ、そのまま僕の戸籍がデュノア家へ移籍された事も教えられた。

そんな話をしている中、その女性が現れた。

 

『ローレル・デュノア』

 

現社長夫人であり、私の義母になる人…。

出会い頭に拳で頬を殴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「このドブ猫!」

 

それが社長夫人から浴びせられた第一声だった。

見た事も無い人から殴られ、侮蔑され、罵倒される。

何も判らぬま、私は意識を失った。

気づけば社員寮で、その部屋で日々を送ることになる。

学校を辞めた事も調べられたのか、勉強はさせてくれた。

衣食住も最低限度は保証してくれて、日々を過ごすのには不自由はないけれど、同時に自由もなかった。

勉強の時間が終われば、社員に紛れて労働も宛がわれた。

また、偶然受けることになったIS適性試験で、社内でも特に高かったため、そのまま試験搭乗者としても働くことに。

そして、第二世代型量産期としてロールアウトされた『ラファール・リヴァイヴ』も早期に完成し、辛うじてデュノア社の存続を掴める事に。

だけど、それでも全世界から焼き付けられた烙印を消す事なんて出来なかった。

 

モンド・グロッソ第2回大会で、ラファール・リヴァイヴはタイトルマッチ前の前哨戦(エキシビジョンマッチ)に使われるだけで、そのまま惨敗したからだった。

フランスの不況はまだまだ続いた。

 

イタリアが外装補助腕『アルボーレ』を開発し、ヨーロッパの多くにそれを広めたからだった。

それは、医療現場、人命救助、工事現場、船舶など多くの層に、多くの現場にあてがわれたからだった。

ISに関する技術でもないにも関わらず、FIATの社名はヨーロッパ全土で知らぬものは居ないほどに広がった。

それと反比例するように、フランスとデュノア社の失墜は止まるところを知らなかった。

ラファール・リヴァイヴの利便性も人の耳に入る事も無く、極東の学園までもがイタリアのテンペスタⅡを搬入したことも知った。

フランスは、長く、暗い冬が訪れ、それを越えられる見込みすら無かった。

 

そんな中だった。

日本だけでなく、FIATを抱えるイタリアで男性搭乗者が発掘されたのは。

フランスに反して技術発展が止まらないイタリアでの男性搭乗者の発見。

デュノア社はその人物について必死について調べようとしていたけれど、情報が何一つ手に入らなかったと訊いた。

唯一入手できたのは、私と同じ年齢の子供であることだった。

 

そこから僕に脚光が当てられた。

私をIS学園に編入させるという無理無茶難題な計画が立てられ、どういう工作によるものなのかは判らないけど。それは功を奏した。

だけど、僕を男性搭乗者として(・・・・・・・・・・)編入させるという歪んだ計画だった。

 

フランスから出る直前、義母はこう言って命令してきた。

 

「日本で見つかった小僧は後回しで良い。

だけど、イタリアで発掘されたガキは技術者になる可能性が在るわ。

そうなれば、このままイタリアが成長を続け、デュノア社の未来は無いわ。

余計な事をさせるわけにはいかないわ。

だから、イタリアで発見されたガキ、『ウェイル・ハース』を殺してきなさい」

 

「…なんでですか、その人には、何の恨みも無いはずなのに…」

 

「言ったでしょう、そのクソガキを放置すれば技術者としても発展する可能性がある。

デュノア社は企業存続ですら危ういのに、他の所で更なる技術発展をされれば、我が社が潰されるからよ。

その要因は、芽生えてしまう前に、芽の段階で摘み取るべきよ」

 

でも、不思議だと思った。

デュノア社でも、イタリアで男性搭乗者が発見されたことは耳にしたけど、名前までは判らなかった。

なのに、なんでこの人はそれを知っているんだろうと。

 

「それに、このままイタリアで技術発展が続けば、お前と同じ境遇の子供が(・・・・・・・・・・・)フランス全土で溢れるでしょうね。

そうなっても良いのかしら?

それを防げるのはお前だけ(・・・・)なのよ?

だからその我が社の為に、フランスの未来の為に、イタリアのクソガキを殺せ」

 

僕と、同じ境遇の子供を作らない為に……

 

顔も知らない、声も知らない、人格も知らない。

そんな相手であっても、自分にとって不利益を生じさせるかもしれない(・・・・・・)とあらば、可能性の段階で消す。

それを躊躇無く笑いながら語るこの人こそ、フランスに長過ぎる冬をもたらしたのではないか、そう考えてしまった。

でも、デュノア社に拾われ、学業を修める事が出来たのも確かだったから…。

この計画が成されたら、全ての容疑は僕にかけられ、今度こそ消されてしまう。

そう考えながらも…僕は、ここまで来てしまった…。

 

「相席良いかな?」

 

「……え?」

 

食堂で物思いに耽っていたら、声を掛けられていたようで、思考を眼前に戻す。

そこに居たのは、日本で発見された男性搭乗者だった。

名前は確か…『織斑全輝』だったかな。

そして、その隣に居る女子生徒は…覚えきってないから判らなかった。

 

「ああ、うん、良いよ」

 

何故同席を求めて来たのかは判らないけれど、どのみち一人で考え事をしているだけだったから、断る理由も無かった。

 

「おい全輝、この者は…」

 

「大丈夫だって、とって喰うわけじゃないんだから、

似たような境遇なわけだし、友好を深めておいても損は無いさ」

 

初めて会話をする相手だけど、悪い印象は持たなかった。

それでいてこちらに踏み込んでくる姿勢は如何なものかとは思ったけど。

隣の女子生徒は、僕に対して警戒心をあからさまなまでに剥き出しにしてくる。

その理由は判らないけど、人見知りなのだろうかと予想しておこう。

 

『織斑全輝』

社長夫人からは『殺すのは後回し』と言及されていた。

それでも『要殺害』であることには何の変わりもない。

だから、あまり深くは踏み込みたくない。

 

「フランスではどんな暮らしをしてたんだい?」

 

「…えっと…企業で色々お世話になってたよ。

市井は荒れていて、豊かとも言えなくてね。

社長をしている父の下で保護生活のような感じだったよ」

 

これは嘘にはならない。

実際、パリも廃れていて、物価が高騰し、市民の生活は保証もされていない。

国交も次々に断たれ、財政崩壊を起こしていたから。

 

「それと繋がりが在るかは判らないけど、こういう話は知ってるかい?」

 

そこから続く話に、僕は耳を貸してしまっていた……


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