「そう、早速接触してきたのね」
ウェイル君は今日も今日とて、お昼休みの時間にこの生徒会室に来てくれていた。
なんだかんだでこの部屋が気に入っているのかな、なんて思ったけど、情報が目当てだったり、座学の予習復習だったり。
広く言えば知識欲によるものらしい。
ちょっと気分が複雑だわ。
今日のお弁当の中身はパエリアだそう、本当に美味しそう。
メルクちゃんの得意料理の一つらしい。
「織斑教諭が俺に何らかの興味を持ってるらしいけど、接触を拒んでいると言う点までは把握しましたけどね」
悪いけれど、これに関しては教える事は絶対に出来ない。
箝口令が敷かれているし、私達の立場が危うい点も露見しかねない、なんとか茶を濁そう。
「ウェイル君としてはどう思っているの?」
「……言い方は悪いとは思うけど、『気持ち悪い』と『不愉快』、これに尽きるかと」
うわぁ、ハッキリ過ぎてお姉さんビックリよ。
本気でそう思っているんでしょうね。
「ボーデヴィッヒが悪いとは思わないけど、人を間に挟んで、自分は他人面。
それでいて、俺から接触するように仕向けているように感じます」
「私としても気分が良いものではないです。
自分からは動かず、他人の気持ちを利用して動かし、自分の目的を果たそうとしているように見受けられますから」
メルクちゃんの言葉に、暫く前に聞いた言葉を思い出す。
ああ、全輝君が使う常套手段が正にそれだったわね。
例え無意識であったとしても姉弟揃って考える事が同じなのかしら?
とは言え、例の箝口令を思い出してみる。
あれは織斑先生や例の二人がウェイル君とメルクちゃんに対して、接触、干渉しないようにする為のものだった。
だから、ウェイル君とメルクちゃん
………在りそうで頭が痛い。
また問題が出てきたわね。
「まさかとは思うけど、ウェイル君はその話を訊いて会いに行くつもり?」
「それこそまさかですよ。
絶対に会わないし、話をするつもりも在りませんよ。
自分でもよく判っていないですけど、…俺はそういうタイプの人間は嫌いみたいですから」
それはまたハッキリと言ったわね。
メルクちゃんもウンウンと隣で頷いているから、同じ考えなのかしらね。
でも言い方が他人めいているのは何故なのかしらね。
それはさておき、抜け穴を指摘された以上はその穴を塞いでおく必要性が出たわね。
ああ…仕事が増えた。
それに私からも伝えておく話も在ることだし…。
けど、その話はどちらかと言うと国際世論に近いというか、組織の対立と言うか…。
「二人は『欧州連合』と『国際IS委員会』が対立している事を知っているかしら?」
どちらも国際的な組織であることは今の世の中では常識的な話。
でも、その2つの組織の間では、軋轢が生じてしまっていた。
どちらも一応は『世界平和』を名目に活動している組織だけれど、実際にその活動をしているのは欧州連合側であって国際IS委員会はそれらしい活動をしていない。
欧州連合は、ヨーロッパ方面に於ける平和維持に力を入れ、IS方面の開発を進める事で、テロリストに対しての抑止力になってきている。
片や国際IS委員会は、全てのISの管理と監視を主命としているけど、実際には活動していないような感じもしている。
事実、ISを利用したテロ活動の禁止は名目にはしているけれど、抑止力になっていないどころか目を背け続けているのが昨今の世の中だったりする。
「私は把握してますけど…」
「俺も簡単な所は」
宜しい。
ちゃんと勉強しているみたいね。
ヨーロッパ方面ではここ数年は欧州連合側が発言力を増しているけれど、アジア方面は国際IS委員会が顔を効かせている。
この一ヶ月程、欧州連合側が委員会に対して糾弾をしている。
無理も無い話だったりする。
学園内で起きた話をイタリア側が把握し、それを日本政府に対して抗議をしてきた。
イタリアだけでなく、ロシアも。
こともあろうにアジア側に属している中国も。
クラス対抗戦で起きた、国際犯罪シンジケートである凜天使による襲撃に関して箝口令を敷き、黙らせようとしたから。
それだけでなくウェイルの名前を故意に漏洩させた事に関しても、事此処に及んでも、のらりくらりと目を背け続け、話を避けている。
「あれ以降、日本政府も委員会も事態解決に向かうつもりが無いみたいなのよ」
「何故ですか?」
メルクちゃんが質問を返すけれど、それは誰だって同じように返すであろう事は当然だった。
けど、まあ…
「意図的に情報漏洩をさせた人物が厄介だからよ。
『篠ノ之博士の身内に何かあれば報復の危険性がある』その言葉を免罪符にして事態解決の為の行動をしないのよ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
事態解決の為の行動を
その言葉に俺は呆れるしかなかった。
お決まりの言い訳さえすれば、何が起きようと動かなくて良いのだと、言っているようなもの。
その程度は察する事が出来ていた。
虚さんもその事を把握しているらしく、溜め息を溢し…
「実際、篠ノ之 箒さんは、テロリストがこの学園やイタリアに向かうような情報を故意に露見させました。
先日、その件を我々は『外患誘致』と判断しましたが、日本政府は動きませんでした。
これ以上の危険を呼び込む可能性を有していながら、です」
国内、国民に多大な被害を与えうる危険性を有した人物が目の前に居るのを知りながら動かない、か。
技術者や企業であれば、自分達が作っている技術が軍事転用されているのを知った場合は、例え取引相手でも技術流用を阻止しようと動く。
これがテロに使われていると知れたのなら、即座に取引を停止し、訴訟や取引上の契約違反を叫ぶだろう。
無論、流通ルートすら徹底的に調べ上げるというのが常識なのだそうだ。
けど、日本政府はそれでも動かないと言うのなら、何か考えが在っての事なのだろうか?
「日本政府は何故動かないのですか?
篠ノ之さんが『外患誘致』をしたのに、それを咎める事さえしないのは、あの人を放置する事で利益でも生じるのですか?」
メルクが俺たちの代弁をしてくれた。
なるほど、利益が在るから放置するのも一つの考え、か…?
けど、だからと言って問題行動やテロリストへの加担を見逃すのはどうなんだか。
「いいえ、利益なんて無いわ」
「………は?」
ハッキリと返された返答に変な声が出た。
そんな俺に苦笑いを浮かべながらも虚さんが何やらコピー用紙の束を見せてきた。
「これは篠ノ之さんが過去に起こした
イタリア語で再編集してみましたので、お見せするのが遅くなりましたが、確認してみてください」
虚さんって本当に有能な人物だな。
結構な量になってるが、これ全部を俺やメルクでも読めるようにしてくれたのかよ。
今度何か返礼でもしたほうが良いかもしれない。
「………これ、本当に起きた事件なんですか?」
隣から覗き込んできたメルクの眉尻が吊り上げってきている。
その返答に生徒会の二人は首肯する。
気になって俺も見てみるが…うわぁ…としか言えない。
中には被害者家族一同が裁判を起こそうとした事例も在るようだが、例外無く棄却されたり不起訴扱いにされたり、賠償請求も無効化されていたりなど不可思議な結末ばかり。
最終的には問題解決に至ったものが見受けられない。
「こんな数の事件起こしておいて庇い立てする理由が判らないな。
どういう事なんですか、コレは?」
「簡潔に言えば…『問題の放置』よ」
そんな事は誰だって判る。
俺にさえ理解出来てるような話だ。
「篠ノ之 箒ちゃんは、賠償請求は無論だけど、訴訟に対して、問題解決能力が無い。
それどこらか問題解決の意思も無い。
日本政府がそんな彼女を庇い立てする理由は、『篠ノ之博士の身内だから』、その一点だけ。
博士は気紛れな人物であることは有名なのよ。
そして途方も無い技術をも持ち合わせている。
そんな博士が、妹の身に何かあれば報復を行うかもしれない。
未知の技術で報復なんてされようものなら、どんな大混乱が生じるのか、その規模が計り知れないわ。
だから、箒ちゃんに処罰を課すことに日本政府は消極的なのよ」
「で、当の博士自身からの報復とかは事例は在るのですか?」
書類を見た感じ、そう言った事は記されていない。
悉くが黙殺されているような具合だ。
「それですけどお兄さん、『問題の黙殺で報復を避けた』と言う考え方が生じていると思います」
その言葉に視線を虚さんに向けてみる。
反応としては…否定しないみたいだな。
「メルクさんの仰る通りです。
先程の話にもあった通り、賠償能力や解決能力を持とうとしていない篠ノ之箒さんを手元に置き続ける事で、例え
「箒ちゃんは幾度も転校をしているけれど、その引っ越し費用や生活費に学費は、日本国内から集められている税金で賄われているわ。
それを水増ししてしまえば…」
余った金の着服も容易、か。
賠償請求を避けるのは、その着服した金を手離したくないからなんだろうな。
デメリットを抱えても、博士の身内というだけで金のなる木扱いかよ。
「既得権益の保持の為なら、犠牲を見ぬ振り…そういう事かよ。
でも、この学園は世界中から学徒が集まる場所だ。
そこで負傷者や死者が出た場合、それついて考慮しているんですか?」
俺の質問には…溜め息で返された。
つまり、考えてないらしい。
「上層部は事が終わった後になって口出しをしてくるだけよ。
現場の判断を蔑ろにしながら、責任全てを現場に押し付けて、ね」
うわぁ、一種のモンスタークレーマーだな。
それでクラス対抗戦で襲撃してきた連中の半分が姿をくらましたって、実は上層部が何かしたんじゃないだろうかと疑ってしまうぞ。
「それで、黙殺しておいて、被害者家族に何か補填だとかは発生しているんですか?」
「いいえ、一切ありません」
俺の疑問に対しても、冷酷な返答が返ってきた。
何故?そう問いたかったが、それに関しても
「篠ノ之箒さんに充てられている金銭は税金から成り立っており、上層部の一部がそれを水増しさせ、着服をしています。
賠償をする場合はそこから補填する筈ですが、それによる金銭の損失を失いたくないのでしょう。
ですから、悉くを黙殺し……言い方は悪いですが、無理矢理に泣き寝入りさせている状態です」
………国への信頼を失う行為だと思うが、そんなものより既得権益と保身を重要視しているって事か。
流石に人間性を疑ってしまうな。
「健在かどうかは知りませんが、篠ノ之さんの親御さんが賠償を強いられているんじゃありませんか?」
「有り得そうだな。
当事者が無責任、国も賠償や責任を放り投げているのなら…行き着く先は…」
頭痛に悩まされるのは保護者か。
子が子なら、親も同類だったりしてな。
そんな考えが脳裏によぎるが、それを否定している自分が居るのも確かだった。
何故かは判らないが、あの女の親はそんな人物ではないのだと…。
「………?」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「さて、話を戻しましょうか。
ウェイル君達が知りたがっていたのは、ラウラちゃんの事だったわね」
ウェイル君が何かに首を傾げているのかは判らないけれど、本来の話に戻る事にした。
「ラウラちゃんはドイツ出身の代表候補生。
今は1年5組に割り振られているのは知っての通り。
あの子が織斑先生を『教官』と呼んでいるけれど、それには理由が在るわ」
そして事の顛末を簡単に話す。
第二回モンド・グロッソ大会で千冬さんがドイツ軍に借りを作った事。
その際の返礼の代わりにドイツ軍で師事した事を。
その時に担当した教え子の一人がラウラちゃんだったという事を。
無論、この学園内にて箝口令が敷かれている事に関しては情報を話すような事はしない。
我々暗部がアリーシャ選手に対して情報収拾をしていた事も全て隠す。
「で、織斑教諭が俺と接触しようとしてきた理由は?」
「そこまでは判らないわね。
わざわざ人を挟んでまで手の込んだ事をする理由も含めて、ね」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ウェイル・ハースの話を伺ったその翌日になり、私は織斑教官のいるであろう寮監室に訪れた。
出来る事なら昼休み中にでも話をしたかったが、私が所属するクラスとは離れているうえに、教官自身がどういうわけか監視を受けているからだった。
いや、監視を受けているのは昨日から把握していた。
昨日の夕方に教官に訴えをしている間も、建物や周囲から視線を感じていたからだ。
監視を受けるような事をしでかしたのかと思いもした。
クラスメイトからも簡単に話を訊いてみたが、教官本人だけでなく、学園に在籍している身内が要因となっているらしき事も。
だが、
そして、その身内が監視をされるようになる前から教官は監視を受け続けているのだ、と。
なら、身内だけでなく、教官も監視を受ける理由を抱えてしまっているという嫌な確信を得てしまっていた。
「教官、いらっしゃいますか?」
ドアをノックしながら呼び掛けてみる。
それを2度、3度目でドアが開かれた。
「ボーデヴィッヒか、こんな夜更けにどうした?」
「伺わせてもらいたい事があります」
「…良いだろう、だが場所を変えよう」
そう言って案内されたのは、学生寮の屋上、この時間になると流石に誰も居らず、月光が私達二人を照らしていた。
寮の中の様子はまだ騒がしいというのに、この場所はそれが嘘のように静寂に包まれていた。
「それで、話というのは何だ?」
「教官が言っていた『ウェイル・ハース』に接触してみました」
そう言いながら深く教官を観察してみる。
口元がかすかに吊り上がるのが確認出来た。
やはり、この人は私がウェイル・ハースに接触するのを見越していたのか。
「それで、どう思った?」
「平凡でマイペース、非凡な何かを持ち合わせているとは思えない人物でした」
「…そうか」
「そして…」
一拍間を開け、再び観察する。
瞳の中に抑えきれない何かを…いや、以前のこの人からは感じられなかった欲望めいたものを感じられた。
「ウェイル・ハースはハッキリと『織斑教諭を嫌悪している』と言っていました」
「…~っ!」
「それに続き、『自ら接触しに行くことは無い』とも断言しました」
はっきりとした動揺と困惑、この人からすればかなりの予想外だったのかもしれない。
だがそれでも私は問い質さなくてはならない事がある。
「教官、何故あなた自ら接触しに行かず、彼の側から接触させようとしたのですか?」
「っ!?」
やはり、そのつもりだったのだろう。
そしてそこまで思わせるような事がこの人に在ったというのか、そこまでして自ら動こうとしない理由も。
「教えてください教官、いったい何があったというのですか!?」
「残念ですが、それを教える事は出来ません」
その返答は、背後から…寮内へと続く出入り口から聞こえてきた。
声の主は…私はこの学園に来てから日が浅い為まだ区別が出来ていない。
だが、この学園に努めている教諭の誰か一人だろうということは理解できていた。
「初めましてですね、ボーデヴィッヒさん。
1-1の担任をしている山田真耶と言います」
1-1、それは確か、教官が担当しているクラスの筈。
この人物が、その担任なのか…?教官が担任ではなく…?
「織斑先生は、理由あって現在は
「う、うむ…今、初めて…」
「ボーデヴィッヒさんが知りたがっている件ですが、話す事は出来ません。
納得できないかもしれませんが、ここは諦めてください」
明確な拒絶がそこにはあった。
だが『話さない』ではなく『話せない』と言っている。
であればこの人物よりも更に上からの指示が…箝口令が敷かれていることが察せられた。
そこまでの事態を抱えているというのか…?
いや、待て…そもそもだが…!?
「いったい、いつから我々の話を訊いていたのですか!?」
「最初からです。
織斑先生、今回の話の件は追って伝えておきます」
もう、驚愕するしか無かった。
教官は…常時監視される程に危険視されているというのか…!?
愕然を通り越え、軽い眩暈が襲ってくるのを感じてしまう。
「ボーデヴィッヒさん、もう消灯時間が近いから部屋に戻ったほうがいいですよ」
「わ、判りました…」
学生寮に続く階段をへ向かいながら空を見上げた。
月の光の中、夜にはあまり似つかわしくもない小鳥の姿が見えた気がした。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ラウラが寮の中に戻ったのを確認し、私は視線を真耶へと戻した。
「ご自分での接触が駄目なら、ウェイル君から接触しにくれば、接触禁止の厳命の穴を突けるかと思っていましたか?」
「…確かめたい事があったんだ」
6年前に諦めた私の弟が本当は生きていたのかもしれない。
そう希望を持ったのは確かだった、だからその希望を確信に変えたくて接触を図ろうとしていた矢先のこの厳命だ。
正攻法では無理だろうと思っていたが、イレギュラーな方法でも見逃してもらえないか。
「ボーデヴィッヒさんにも言いましたが、諦めてください。
そもそも、ウェイル君自身も、千冬さんに嫌悪感を持っているようですし、接触を拒んでいます。
千冬さんがウェイル君の事をどう思っているかは私には察する程度の事はしていますが、彼の意思を無視してまで何かを画策するべきではないと思います」
真耶は私が何を思っているのかは勘付いていたたのか。
いや、6年前の話はその時にもしていたから当然か。
だが、それらの事があっても、私を止めるのだな…。
「ハースが私を嫌悪しているという事、接触を拒んでいるのは本当なのか?」
「間違いありません、昨晩そのような話をしていたという裏付けもできています」
…嫌われているのだな、私は…。
話したことも、直接会ったことすらない相手からまでも…。
空を見上げてみる。
先程まで月光が煌めいていたのに、雲が広がり星空を覆っていく。
それだけ私の胸の内に閉塞感を感じてしまう。
「今回の件は学園長に伝えておきます、相応の叱責が在るかもしれませんが、そのおつもりで」
そう言い放ち、真耶も寮内へと姿を消していった。
…私は、甘く見ていたのかもしれない。
失ったものを取り戻すのは容易なことではないのだと思い知らされる。
それでも、私は手を伸ばしたかった。
掴んで、今度こそ失わないように、と。
「そうか、私は嫌悪されているのか…会いたくないと思われてしまう程に…」
だとしても…私は…諦めたくない、今度こそ…!