GWを終えてからは至って平和的なものだった。
織斑と篠ノ之からは特になんのちょっかいもかけてこないため、視界に入っても無視出来る。
それでも憎悪を込めた視線を向けてくるのはウンザリしているが、手出ししてこないのなら無視を続けられた。
早朝からの訓練も終え、部屋でシャワーを浴びてから、軽い食事。
GWを終えてからのローテーション生活にも慣れてきた5月の終わり頃の朝だった。
それはSHR前にメルクと一緒に予習をしている最中に教室に飛び込んできたミリーナの大声からだった。
「みんなぁっ!ニュースだよぉっ!
欧州から届いたフレッシュなニュースをお届けぇ!」
相変わらず朝から元気な声だなとは思う。
そんな事を思いながら参考書に集中していた視線をミリーナに向けた。
予習復習に付き合ってくれているメルクも気になったのか、双眸を持ち上げているようだった。
「ミリーナ、朝からテンション高いけど、何のニュースなんだ?」
「歴史的大事件!
なんと!イギリスが賠償請求に応じる為に国土の90%以上を放棄したって!」
ミリーナは新聞部に所属してるらしいが、すでに情報通になってきている気がする。
クラスのみんなはそのニュースに騒いでいるが、どうにも俺にはピンと来ない。
「イギリスって、アラスカ条約違反とかで多額の賠償請求がされていたのは知ってるけど、それ以降に何かあったのか?」
「うんうん、判りやすく言うとだね…」
バッサリ言うと、イギリス行政府の中で多額の横領着服事件が発覚したそうだ。
それだけでなく、さらなるアラスカ条約違反行為が露見し報道されているらしい。
どうにもそれだけでは俺には判りにくい。
ミリーナが言うには今朝届いたばかりのニュースなので、それ以上のことはまだ判っていないらしい。
「でも、情報が必要なら、専門の人に伺ってみるのが良いかもしれませんね」
メルクの助言が入って数秒…情報専門の人、と言えば…その日の昼休みは、勝手知ったる生徒会室に行くことが確定した。
「あら?アンタ達は今日も生徒会室に行って食事?」
昼休憩時間、生徒会室に用事があるのは俺達二人だけではなかったらしい。
三組の教室を出たタイミングで鈴と出くわした。
「鈴も、なのか?」
そして彼女の手にはランチバスケットが。
中には何が入っているのか気になるところだが、今は後回しにしておこう。
「そうよ、楯無さんに尋ねたい事が在るから」
こっちもこっちで別件が在るらしい。
「あら、いらっしゃいウェイル君、来ると思ってたわよ」
昼休憩時間には、必ずこの人はこの場所に居るらしく、お茶をのんびりと飲んでいた。
そしてその傍らには、やはり虚さんも居た。
歓迎はされているが、この人はいつも柔らかな微笑を浮かべているので、楯無さん以上に内心を察する事が出来ないでいる。
いつもの場所に座ると、さっそくお茶を出してくれる。
仕事が早いなぁ、この人。
「それで、ウェイル君にメルクちゃんに鈴ちゃんは何の用事かしら?
それとも勉強を見てほしい、とか?」
勉強を見てもらえるのはありがたいけど、早速脱線しそうな気がするし、今回はとっとと要件に入る事にした。
「えっと…俺とメルクはイギリスの現状を訊きに来たんですが」
今朝、ミリーナが言っていたニュースの内容が気にかかっていた。
正直、国が国土を手放すというのはとんでもない話だと思うがあんまり反応が出来ない。
というか、うまく想像が出来ないと言ったほうが俺としては正確な話だ。
「そう、ね。
鈴ちゃんもその話から入っても良いかしら?」
「ええ、私の要件は後回しにしてもらってもいいです」
そういいながらバスケットを開いているのはマイペースとでも言えばいいだろうか。
苦笑しているとサンドウィッチを手渡される。
具材は魚の切り身を使った揚げ物を挟んでいる。
「頭を使う前に、少しは食事をしておいたほうが良いし、食べながらでも話は訊けるわよ」
メルクや虚さんにも手渡されたのを確認してから、さっそく口にしてみる。
うん、美味い。
魚の身と揚げ物の衣との食感を同時に楽しんで味わえる。
「アンタ達が大量に渡してきたシーフードを使ってるのよ。
量が多すぎるんだから、少しは消化に手を貸しなさいよ」
「お兄さん、やっぱりあの時に買い過ぎたんじゃありませんか?」
「それを言われると参るなぁ」
「はいはい、君たちは話を聞きに来たんでしょう、教えてあげるから清聴しなさいな」
苦笑をしている虚さんと楯無さんに視線を戻しながら話を聞くことにした。
無論、サンドウィッチを齧りながら。
話をまとめてみると、それはイギリス内でのとんでもない話だった。
どうやらイギリスのIS製造研究機関である『BBC』からBTシリーズの後継機がコアもろとも奪われているのが発覚。
コアを奪われながらもそれ国際IS委員会に届けを出さず、隠蔽をした事が発覚した為、委員会から更なる懲罰が課せられる事になったとの事。
「それと国土を手放したのには、どんな繋がりが?」
「話にはまだ続きがあるのよ、ここからが重要になるわ。
おそらく、間接的にもウェイル君自身にもね」
はて?俺と間接的にも繋がりが生じるとは?
鈴とメルクに視線を投げてみると揃って首を傾げる。
二人は今日も仲がいいようで何よりだ。
で、話の続きだが。
賠償請求が山のように積もり、国家予算の多くがそれに奪われる形となった。
王家も家財の多くや、私的費用の多くから捻出。
最終的には国民の生活を守るためにも、イギリス行政府とイギリス王家が緊急用国庫を開放した。
そこまでの決断を強いられたのも問題だが、開放したまでは良かったのだろう。
だが
「イギリス行政府と王家の緊急用国庫の中身が全て消失していたのよ」
「…は?」
そう反応したのは鈴だった。
「ちょっと待って、緊急時に備えてって事は、それって今までの税金から成り立っているようなものよ。
それが消えたってどういうこと?」
「厄介なことにも、その緊急用国庫とはいえ銀行に預けられていたのよ。
時代に合わせて、電子化もされていたんでしょうね。
そのセキュリティに穴をあけられたのだと思うわ」
「それって、誰がやったか判るんですか?」
「俺も気になります、しかも俺に間接的に繋がりがあるとか言われたら嫌疑が向けられているとか?」
「待ちなさい、順番に話していくから一度に訊かないで」
で、話はさらに続く。
行政府の女性議員の数名が女性利権団体との癒着が発覚。
家宅捜査の結果、更には過激派組織でもある『凛天使』の協力者でもある事が露見した。
だが、その女性議員達だがイギリス国内には居らず、国外へと脱出した可能性が高いが、国際便の飛行機や船の搭乗記録もないため、密航した可能性で捜査中。
イギリス本国も、国家予算も緊急用国庫も奪われ尽くし、国家立て直しは完全に途絶。
国民の生活を守るための計画が根こそぎ踏みにじられ、露見するわで、行政府や王家への信頼は完全に失われ回復不可能なレベルで財政崩壊。
国外との取引の多くが失われている以上、外貨獲得の可能性も無い。
イギリスによる国民救済の道が完全に途絶し、支払うべきものも支払えなくなり、最終手段として国土の切り売りをする事になったようだった。
これによりイギリスは国土の大半を失うこととなり
「現状、イギリスは王族の居住地の中心点であるバッキンガム宮殿が存在している首都『ロンドン』以外のすべての領地と領海を失ったわ。
王族のファミリーが住んでいた各地の居住地も手放して、ね。
今はそれぞれの州をどこの国が手に入れるかのパイの切り分けが進んでいくことでしょうね。
尤も、それでも賠償請求金額の満額支払いが出来たというわけでもないから、今後もイギリスは様々な利権を搾取される傀儡国家になることは確定したわ」
サンドウィッチを飲み込み、お茶を飲む。
これだけでも既に情報量の暴力で頭が痛くなってきている。
「ウェイル君にも間接的に繋がるという件だけれど、イギリスから持ち出された多額の金がテロ組織に渡った可能性が高いのよ」
「…イギリスの金を使ってまた俺を殺しにかかってくる、と?」
首肯された。
ああ、嫌だ嫌だ。
なんでガキ一人殺すために1国家を食い尽くしてまで全力を出そうとするんだか。
その熱意を別の方向に向けてくれってんだ。
「…放課後、企業に話をつけておきます…」
もう頭が話に追いつかなくて本格的に頭痛がしてきた。
俺が何かをしたわけじゃないのになんで俺が命を狙われ続けなくちゃいけないんだ。
横目でメルクを見てみると、…ああ、やっぱり怒ってるよ…。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
セシリア・オルコットだっけ?
結局会話をする事もなかったけど、個人一人の暴走でとうとう国家存亡にまで繋がった。
それどころか、過激派組織の活動を後押しするにまで至ってしまっている。
これで世界的な大問題にまでつながった。
もしかしたらだけど、ソイツの暴走は全輝の暗躍があったのではないのかとも私は思っていた。
そうでもなければ、面識すらない相手に暴行だとか、見境なしの暴走は起きないのではないかとも考えていたから。
アイツは他人を動かすのがうまい。
それこそ、嘯いて他人の心に付け入り、他人を思うように動かし自分は動かずとも自分の目的を果たす。
それがあの男のやり方。
私はそれが心底気に入らなかった。
「それで、鈴ちゃんの要件は何なのかしら?」
おっと今度は私の順番に回ってきた。
ウェイルの件も気にかかるけど、こっちはこっちで気を保っておかないとね。
「今日、私のクラスと、5組に編入してきた生徒について何か知っているんじゃないかと思って尋ねに来ました」
私の要件はまさにこれだった。
こんな中途半端な時期に、二人もこの学園に編入生が組み込まれた。
内一人は、国家代表候補生として。
でも、問題はもう一人。
その生徒はモニター生で、しかも『男子』生徒だった。
それは今朝の出来事だった。
2組でSHRをしている際に
「え~、今日からこのクラスに新しく仲間が増えることになります。
入ってきなさい!」
扉が開かれ、入ってきたのは金髪の中性的な容姿の
「フランスからモニター生としてやってきました、シャルル・デュノアです、よろしく」
中性的な容姿に騒いでいた生徒が二つの言葉を聞いて瞬間に凍り付いた。
一つは、フランス出身であること。
第1回国際IS武闘大会モンド・グロッソ以来零落した国家であるのは世界的な常識。
二つ目として、『デュノア』の名前が原因だった。
フランスが人命軽視国家として後ろ指を指され続けているのは、そのデュノア社が一枚嚙んでいるからだった。
一夏が犠牲にされた事件で、真っ先に大会敢行を優先させた企業としても悪名高い。
「ねぇ、フランスって…」
「しかもデュノアって、まさか企業の御曹司…?」
「人命軽視の看板を見せつけようとしてるようなものよね…」
早くもクラス全体で陰口が広まってる感じだった。
「席は…そうね、凰さんの隣が良いわね」
「……ええ……」
怪しげな人をわざわざ私の隣に投げ込まなくても…。
頭を抱えたくなったけど、それを見越してか相手もないのか編入生は私の隣の席に座ってきていた。
「これからよろしく」
「ええ、そうね…」
正直、怪しかった。
そんなこんなで、学園内の案内はティナに投げつけ、私は逃げるような勢いでこの生徒会室に来ていたわけだった。
「フランスで発見された男性搭乗者、ですか…。
イタリアからはそういった報せはありませんでしたが…隠す必要があったんでしょうか?」
「そっか…欧州じゃ俺が発見されたから態々存在を今の今まで隠す理由が無いよな…。
それに男性搭乗者は貴重だから、公表すれば、それだけでもその国には視線が向かうはずだよな…」
「でも、フランスは今の今まで隠し続けていた。
それを今になってIS学園に送り込んできているとすれば…使い捨ての駒にでもする気かしらね。
デュノア社社長夫人は女尊主義者だけでなく、ひどく自己中心的という意味でも悪名高いわ。
既得権益の保持の為なら他人を使い捨てるような事も容易くやってのけるでしょうね」
この近年、人間性の黒い一面ばっかり見てるような気がしてならないわね…。
「で、もう一人は5組に編入されたドイツ国家代表候補生、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』ちゃんね。
こっちもこっちで困りものよ。
織斑先生から直々に搭乗技術を叩き込まれた根っからの軍人だから、協調性は到底期待できないわ。
こっちも問題行動を起こさないでくれると助かるんだけど…」
ふ~ん、あの女の直弟子、ね。
それだけで関わる気も失せるというもの。
「な~んか…いやな話ばっかりになってきたな…」
「持ち込んだのは君たちだから、それを忘れないようにしなさいね…」
そんな感じで昼休みの生徒会室での時間は流れていった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
放課後、私とお兄さんはアリーナで訓練に勤しんでいた。
今回は鈴さんだけでなく、4組の簪さんも訓練に合流している。
「で、なんで今日は機体を使わない白兵戦なの?」
お兄さんは槍を構え、簪さんは薙刀を構えた状態での疑問だった。
ISを使わないので、お兄さんはジャージ、簪さんは日本独特の胴着を着た状態。
そんな現状になってから浮かぶ質問に、お兄さんは苦笑して…
「実は…機体を今は調整中なんだ…だからメンテナンスは後回しにしたくてな…」
「…何か嫌な事でもあったの?」
簪さん、鋭い…。
「まあ、そんなところだ…始めようか!」
槍と薙刀、互いに時としている獲物は長柄の武装。
そういったものを使う相手がこの学園では数が少ないので、訓練相手としてはとても貴重なため時間は有意義に使わせてもらっていた。
早くもお兄さんは二つ目の槍を手に握っているようですし、集中させてあげましょう。
「変な意味でやる気になってるみたいだけど、良いの?」
「はい、お兄さんも楽しそうにしてますから」
「筋金入りのブラコンね、アンタは…」
私もここで言葉を区切り、双剣を構えた。
鈴さんもそれに倣ってか剣を構えてくる。
「では…参ります!」
「いくわよ!」
お互いの鋼同士が食らいつく悲鳴のような金属音、それが幾つも繰り返される。
視界の端では、お兄さんが時折間合いを調整しながらも簪さんに挑む姿が見え、それを確認しながらも鈴さんに集中していく。
でも、あそこまで全力で挑んで、この後の機体調整は大丈夫なんでしょうか…?
とはいえ、鈴さんに集中を!
彼女の場合、機体に搭乗していない場合は私と同じ二振りの剣を振るっている。
速さと手数は私が上回っているけれど、重さを利用しての力強さであれば鈴さんが上回る。
今回はお兄さんの提案で訓練を一緒にしてますけど、今後は…ちょっと控えさせてもらいたいですね…。
訓練は門限の都合もあって切り上げる。
そのあとは各自散開して、放課後の時間を過ごす事に。
私とお兄さんは機体整備をするために整備室を一室借り、機体整備を。
お兄さんの
無論、イギリスから多額の金が動き、テロリストにわたった可能性を伝えると、企業側がすぐに国の上層部に伝える形となった。
だとしたら
「今度のトーナメント戦、かなり荒れそうですね…」
前回のクラス対抗戦でお兄さんの名前がテロリストに知られてしまった以上、今回のトーナメント戦では外来者をシャットアウトすることになってしまっている。
学園に侵入者が入ってこれないとは言えますけど、逆に言い返してしまえば、外部からの戦力追加が望めない。
日本政府が頼りにならないのは判っている以上、仮に襲撃が起きたとしても、学園内部の戦力だけで処理するしかない。
でも
フランスからの編入生の目的がそれこそ内部からの刺客だとしたら…?
可能性は充分に在り得るから、下手に接触しないほうが良さそうな気がする。
「よし、調整完了。
昨日までのメルクとの訓練をここまで活かせれば最上だ。
ウラガーノ、アウルも問題は無いな、次のトーナメント戦までは隠しておくが、そこまで調整はしっかりしておかないとな。
さて、帰ろうぜメルク」
「…はい!」
調整を終え、機体を収納。
学生服を羽織り、髪を隠すためにフードも被る。
お兄さんのその姿を追い、手をつないで歩く。
何かあれば私が対処をしよう、これまでと同じように。
そう決めた矢先のことだった。
「フードを取り付けた白衣…貴様がウェイル・ハースか」
学生寮前に、その人物が居た。
ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんが。