IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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ハセヲの操作をが楽しすぎてストーリーが進まない今日この頃。
いきなりVol.4に入ってたりしません。
最初からちゃんと進めてますとも。
武器の習熟度をあげてたら、エクステンド前にPCレベルがMAXになるってどういう事?

Q.執筆するにあたり、参考にしてる書籍って在りますか?
P.N.『犬より猫派』さんより

A.いくつか在りますよ
『盾の勇者の成り上がり』
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』
『転生したらスライムだった件』
『緋弾のアリア』

とかですね。
※宣伝ではないので悪しからず

Q.『黒の釣り人 ノクティーガー氏』にキャッチコピーに『大物釣ってやるから待ってろよ』にウェイル君もその台詞を真似てみたり…。
モデルは『究極の幻想 拾伍』の亡国王子ですか?
P.N.『パリんぬ』さんより

A.あ、バレた


第3話 失われた日常

寂しかった

 

だけど、アイツに逢えてそんな感情は吹き飛んだ

 

アイツと肩を並べて歩んでいきたい

 

本気で

 

心の底から思えた

 

大好きだった

 

アイツの事も

 

一緒に過ごせる日常も

 

大好き『だった』なんて言えない

 

だって、私は今だって…それに、その先も…

 

 

 

 

両親についてくる形で、私は中国から日本に移り住んだ。

 

移り住んだ街に中華料理店を構えた。

物珍しさよりも、味で勝負、

そんな心意気で始めた店は大盛況だった。

でも、私は寂しかった。

 

中国で仲の良かった友達はいた。

あの場所が恋しかった。

 

だけど両親を心配させたくなくて、店を手伝うことで、そんな感情を隠し続けた。

 

学校にも通うことになったけど、学校は嫌いだった。

 

外国人の転校生ということで最初は物珍しさに視線に晒されていたけど、それはどんどん冷たいものに変わっていった。

『好奇』から『異端』に。

 

それからは思い出したくもない嫌がらせが続く毎日(非日常)の始まりだった。

 

視線の冷たさは毎日感じたけど、嫌気がする嫌がらせが続くのもまた毎日だった。

 

視線の冷たさ、続く嫌がらせ、そんな日常に希望も見出せなくて、でも自殺するのも怖くて、両親にも伝えられなくて、

 

涙を流す日々が続いた。

 

 

「どうしてよ…どうして…」

 

母さんに買ってもらったばかり、ピカピカとピンク色に輝いてたお気に入りのスニーカーは黒いペンで落書きだらけになっていた。

 

「…う…うぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

こんな日常が続くのなら、どこかに逃げたい。

私を知る人が誰もおらず、暖かな場所に逃げたかった。

下駄箱の前で泣き叫ぶ前で、ソイツは現れた。

 

「どうしたんだ…?」

 

「…ヒィッ!?」

 

私よりも澱んだ目をしてた。

なのに、なぜか嫌な感じだけはしなかった。

『異端者』を見るような眼をしてなかったから?

獣が獲物を見つけた時のような『好奇』的な視線じゃなかったから?

 

判らない。

 

でも『冷たさ』だけは感じられなかった。

 

視線に宿ってるものが何か判断ができなくて、それだけを知りたかったから指先で下駄箱を指さした。

その人の視線が向かう。

私のスニーカーをすぐに特定出来たらしく、一人首肯して何かに納得していたみたいだった。

 

まだ、名前を聞いてない。

同じクラスで、同じ窓際の席で、席が隣り合ってる。

たったそれだけの人だと思ってた。

 

下駄箱からその人も自分のものらしい靴を取り出す。

一瞬で肌が粟立ったのを感じた。

 

私よりも酷い。

 

落書きだらけで、刃物でずたずたに裂かれている。

しかも…水で濡らされているらしく、ボタボタと水滴が落ちていた。

 

「はぁ…また(・・)か…」

 

…え。今、なんて言ったの…?

また(・・)って…。

 

嫌な考えが脳裏を過る。

だけど、それを必死に押し込んだ。

 

私のスニーカーをビニール袋に放り込み、私に背を向けて腰を下ろした。

 

「家、何処だ?運んでいくよ」

 

それだけで、その背中が大きく見えた。

だけど

 

「な、なんで…あんたとは碌に話もしたことなんて無いのに…」

 

「家族が待ってるんだろ?」

 

文句なんて言わせてくれなかった。

自分とは何もかも違いすぎてるようにも感じた。

渋々背中に乗り、そのまま背負われた。

 

「ねぇ、何で助けてくれたの?」

 

自分で自分がよくわからない。

気まぐれなのか、気掛かりなのかは判断ができないようなことを私は口走っていた。

 

「似てる気がしたんだ」

 

「誰と?」

 

「俺と」

 

「ふ~…ん…」

 

その背中がまた大きく見えて、暖かくて、でもその後ろめたさに私は泣いた。

 

 

家に着き、私は少しだけ安堵して寝てしまった。

そのまま両親に靴と一緒に預けられ、部屋に運ばれたらしい。

すぐ後になって目が覚めて、そっと一階の居間を覗いてみた。

その時には、まだアイツが居た。

 

「そうか、娘も、君も、学校でそんな事に…」

 

「…すみません」

 

「君が謝る事ではないだろう。

出来る事なら、私達が出向いて止めなければならなかったのだろうが…」

 

「クラスメイトなのに、それを俺も止めることができませんでした…」

 

「だが今日、君は娘を気遣ってくれただろう?」

 

「…それしか出来なかったんです…。

自分でも情けないと思ってます…」

 

「…情けなくてもいい、『情け』が無いよりずっといいだろう」

 

私を運んできてくれたソイツは、少しだけ微笑んだように見えた。

でも、それは一瞬だけだった。

 

 

 

第一印象

・『笑顔』が下手な人

 

 

 

それからだった。

色々と話しかけてくれるようになったのは。

でも、痛々しかった。

 

周囲から避けられているのは自分も同じ。

そう感じさせられた。

周囲の人に私を親しく触れさせるようにして、そんな影で私から距離を開く。

そんな中で一夏を仲介して知り合ったのが『弾』と『数馬』だった。

 

「え?一夏って右腕骨折してるの!?」

 

一夏が掃除当番の日、私達は図書室に集まっていた。

そんな中、弾がポロッっと口にした言葉に私は驚かされた。

 

「馬鹿弾!それは口止めされていただろう!?」

 

「ヤッベッ!?」

 

「もう遅いわよ!いつから!?そんな風にふるまってる様子なんて無かったのに!?」

 

「そ、それは…」

 

口止め…!?

フザけないでよ!?

そんな…そんな大けがしときながら私を負ぶったり…普段通りに生活してたっていうの!?

 

「アイツが弱かったからさ」

 

本棚の向こう側から声が聞こえた。

一瞬でキレそうになりながらも本棚をよじ登り、向こう側に飛び出した。

 

「…ッ!?」

 

一夏と同じような顔をした男がそこに居た。

なんとなく感じた、コイツは関与しちゃいけない。

絶対に!

 

「…フン…!」

 

「…お前…!」

 

追いついてきた弾が視線を鋭くした。

でも、掴み掛ったりはしなかった。

『喧嘩して勝てる奴じゃない』って黙っても伝わってきた。

 

「…ツマンナイ奴…」

 

そのまま何も言わずにソイツは図書室から立ち去った。

 

 

 

「弾、アイツは誰なのよ?」

 

「一夏の双子の兄貴だよ、名は『  』だ」

 

「ふ~ん…」

 

二つ隣のクラスの奴だとか。

あんなのが居たら、一夏も苦労しそう………っ!?

 

「ねぇ、ちょっと数馬…」

 

「悪いけど言えない」

 

…一夏と親しくなって一週間と二日。

垣根なんていくらでもあるのだと思い知らされた。

 

 

それから更に二日、一夏には年の離れた姉がいるのを知った。

 

「そうそう、その人は『織斑 千冬』様っていう人なの!

IS搭乗者で!国家代表選手を務めてる最強の人なの!」

 

「へぇ、そうなんだ…」

 

クラスの女子生徒が熱く語ってくる。

ISなら知ってる。

今や世界中で知られてる存在だものね。

その搭乗者っていうだけでも凄いと思うけど、ましてや国家代表選手だとか簡単になれるものじゃないのも、なんとなく知ってる。

 

「でもなんでそんな人の弟なのにアイツは『出来損ない』なんだろうな」

 

そんな声が聞こえた。

その方向を睨む。

けど人が多すぎて特定出来ない。

 

「双子の『  』は凄ぇのにな」

 

「下の弟は本当に無能だよな」

 

「ホント死ねばいいのに、あんな屑」

 

ドイツもコイツも…!

胸糞悪くなって話も途中で切り上げてその日の午後の授業はフケ(サボッ)た。

 

 

 

一夏と親しくなって半月が経った。

その頃になると、アタシに冷たくあたっていた連中も殆ど居なくなった。

学校が少しだけ楽しくなった。

 

それが少し嬉しかった。

それが一夏のおかげだって知ってるんだから。

 

「い~ち~か~!」

 

あの気に入らない『  』が自宅を出た後になってから戸締りもしてから出てくる一夏を待ち伏せて、飛びついた。

左手だけで受け止められ、そのまま一回転。

この頃には、右腕を骨折してるっていう話が確信に変わった。

鉛筆を握るのも左手、落ちた消しゴムとかを拾うのも左手。

かたくなに右手を使おうとはしなかった。

 

一夏から奪う勢いでカバンをひったくり、自分の肩に提げてみる。

…重い…。

 

その後も他愛もない話をしながら通学路を歩む。

余計な事を言う弾を引っ叩き、一夏の左手を掴んでズンズンと進む。

この間にも一夏は作り笑いしかしなかった。

私は一夏の笑顔を見たことがなかった。

 

言うなれば、一夏は常に仮面を被ってる。

何かが先んじて描かれた仮面ではなく、無地の仮面。

決してソレを外そうとはしない。

その都度その都度表情を書き換えているけど、絶対に笑顔になることが無い。

どんな表情になっていたとしても、作り物の紛い物の表情だった。

 

「ねぇ、一夏は胸の大きい女の子が好みなの?」

 

だからその作り物の表情を崩してやりたくてそんな事も言ってみた。

笑顔を見たかったからっていうのが第一であって、そういう一夏好みの女になってやるっていう下心があったわけじゃない。

 

「考えた事が無いなぁ…」

 

でも、そんなつくりものの表情を崩すのは容易な事なんかじゃ無かった。

 

学校は好きにはなれた。

でもそれは私にとっては。

一夏にとっては冷たい場所であることに変わりはなかった。

 

今になっても見慣れる事なんてできなかった。

一夏の机の中には今日は何かの死体。

椅子には剣山だの筵のような状態。

憤慨した。

 

誰かの為に怒り狂う事も在った。

だけど、その都度その都度、一夏や弾、数馬に宥められた。

一夏の兄貴だとか言われている『  』は、それを見て…。

 

嗤う

 

嘲笑う

 

哂う

 

そんなアイツを見て腹が立ち

 

アタシを救ってくれた一夏を助けられなくて、どうしようもないほどに悔しかった。

そう思う頃には、一夏は明らかに私から距離を開いていた。

 

行儀が悪いけど、休日にどこに行くのか後を追ってみた。

 

「しっぶいわね…」

 

近場で話に訊いてみた釣り堀店だった。

そんな所でオッサン達と離れた所で釣り糸を垂らしているのが特徴的だった。

魚が釣れて、針を外してバケツに放り込み、またそそくさと魚を釣るために糸を垂らす。

…明らかに慣れてる。

けど、その間に見える表情もどこか作り物めいていて…。

 

「渋い趣味してるのね、釣りだなんて」

 

コッソリと背中合わせに座り、その勢いのまま背中に凭れ掛かる。

背中の感触か、声か、背中が揺れた気がした。

見てなさいよ、そのまま絶対にその仮面を引っぺがしてやるんだから!

 

「凰さんか」

 

「よそよそしい呼び方なんてしなくていいわよ」

 

「…じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

言われてみてから気づく。

一夏からほかの呼び方なんてされたことが無かった。

 

「家族からは『(リン)』って呼ばれてるの。

アンタにもそう呼んでほしいな」

 

「…そ、その内にな」

 

声も震えた。

後、もう少しだって思えた。

 

「ダ~メ!今日から!

じゃなくて今から!」

 

そう言いながら横顔を覗き込む。

驚いてる表情、こんなの見た事が無かったから殊更に貴重だった。

溜息をして見せられたのはなんか嫌だったけど、名前で呼び合う事が出来るようになった。

ちょっとした機会だったかもしれないけど、それでもきっと大きな一歩だと思った。

 

それ以降、その日の夕方まで魚が全ッ然釣れなかったみたいだけど、騒いでた私のせいじゃないわよね?

 

 

第二印象

『嘘は下手だけど、隠し事をする人』

 

 

「あらあら、鈴。

それは女の子特有の思想ね」

 

「…え?」

 

その日の夕飯、何か美味しいものを作りたくて、作ってあげたくて、母さんと父さんに料理を教わることにした。

メニューは、パイナップル入りの酢豚。

将来的には和風感もある中華料理とかできればいいな、なんて。

 

「それは『恋心』っていうものよ、もしくは『恋患い』」

 

一気に顔が赤くなるのを感じた。

 

「へ、変な方向で意識させないでよ!?」

 

そのまま振り下ろした包丁が割れちゃったのは私のせいじゃないからね!絶対に!

父さんのコック帽を串刺しにしちゃったのも私のせいじゃないからね!?絶対に!!

 

 

母さんが言っていた事をベッドに入ってからも思い返してみる。

それだけで顔が熱くなるのを感じた。

悶々としてのた打ち回りそうになる。

 

「ああ、もう…!

母さんのせいで意識しちゃったじゃないのよ!」

 

内心認めても構わないと思う自分が居る。

だけど恥ずかしいから、今までの友情を保ちたいと思う自分も居る。

そのシーソーゲームは…寝入る瞬間には答えが出てしまった。

 

『意識しちゃった』どころじゃ済まなかった。

 

他の女に抜け駆けされてたまるもんか、と。

 

絶対に自然な笑顔ができるようにするんだって。

 

あ~あ、認めちゃった。

私、一夏の事が好きなんだって。

 

 

意識してからの行動は速かった。

母さんには何かに悟られたらしく、妙にニコニコとしてる。

 

朝食のタイミングで聞いたけど、父さんと母さんは恋愛結婚らしい。

そのまた両親、私からすれば祖父と祖母の世代もそんな感じだったらしいとか、…凄くどうでもいい。

意識させすぎなのよ。

その日の朝食の味噌汁はなんか甘かった気がする、味噌は変えてないらしいけど。

 

放課後、一定周期で巡ってくるらしい掃除当番が、丁度一夏の番になってた。

チャンスは絶ッ!対ッ!にっ!逃さない!

 

一夏のカバンを持ち出し、話をつける。

場所は屋上が良いわよね!その場所なら人気(ひとけ)も無いし!

カバンが無ければ一夏も帰れないし!

卑怯だなんて言わせない!

脳裏にそんな事を言いそうな弾が思い浮かんだけど、引っ叩いて消し去った。

 

だけど、カバンを抱きしめながら寝てしまったのは…想定外だった。

昨晩は寝るのが遅くなったから仕方ないわよね。

 

 

 

頬に何か触れている感じがして目が覚めた。

 

「…一夏!?」

 

「おう、他の誰に見える?」

 

大ッ嫌いな『  』とは見分けがつく。

それも後姿だけでも。

そもそも大好きになりすぎた人の顔を見間違える筈なんて…。

 

でも、一気に顔が蒼褪めた。

目の前にいる一夏は、額から左のこめかみに大きな裂傷、そこからダラダラと赤い血が流れていた。

 

「顔!額!血がダラダラ出てる!

何があったのよ!?」

 

「ちょっと転んだ」

 

「ちょっとじゃない!全然ちょっとじゃない!

ああもう!保健室に行くわよ!」

 

また、私に何か隠してる。

悔しかった。

私は近づいているつもりなのに、一夏は意識してか、無意識にか、壁を一枚立てて隔てている。

その壁を取り払おうとしてもまた一枚壁で隔てる。

壁は一枚だけなのに、それを越えられないのが悔しかった。

 

慌てて左目を覆うほどの包帯を巻いてしまってたりするけど、最終的には消毒してガーゼを巻くので落ち着いた。

状況も落ち着き、私は一夏の肩に寄り添う形で落ち着いた。

そうしてるとなんだか自然と落ち着いた。

 

「で、話ってなんなんだ?」

 

一夏から切り出してきたことに驚かされながらも私は深呼吸してから答えた。

 

「好きなの」

 

気づけば押し倒し、思いの丈を全て吐き出した。

 

「好きなの、一夏の事が。

一人の男性として、誰よりも好きなのよ」

 

決死の覚悟を決めた、愛の告白だった。

当たり前だけど、私の人生で初めての事。

自然と顔が熱くなってくる。

 

「それで、返事は?」

 

一夏は数秒の沈黙を挟んで、口を開いた。

 

「想いは嬉しいよ」

 

「それじゃぁ…」

 

想いは届いたんだって信じた。

だけど

 

保留(・・)にさせてくれないか?」

 

私の人生初の決死の覚悟の告白には、ちょっとだけ『待った』が入った。

突然だったら困るわよね。

なら考える時間だって必要になるかもだし。

 

「…そっか…」

 

「…ごめんな」

 

「謝らないで、そういう言葉を訊きたくての告白じゃないんだから」

 

それでも、拒絶されなかった事が嬉しくて笑顔を浮かべられた。

だから、涙が流れたように感じたのは気のせい。

だって今の私は笑顔の筈だから。

だから私は笑顔のままで続ける。

心の底からの想いを

 

「約束する。

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も一夏(貴方)を守るから」

 

チュ…と音がした。

その音源は、私が一夏にしたキスの音。

『リップ音』とか言うんだっけ?

 

「ファーストキスだからね」

 

「ほ、頬だからノーカンだろ!?」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

女の子が『ファーストキス』だって言ったらそうなるの。

文句を言われたって譲ってやらないんだから!!

 

貴方(一夏)が私に居場所を作ってくれたように、私も貴方(一夏)の居場所を作るから。

だから、貴方(一夏)の居場所に一緒に居させて?

貴方(一夏)の隣』っていう特別な居場所に…」

 

心から…心の底からの想いは全部吐き出した。

惜しまず、悔やんだりもしない。

 

「さあ、帰りましょ、一夏?

もうそろそろ弾や数馬がバカ騒ぎを起こすかもしれないわ」

 

一夏を押し倒す姿勢から起き上がり、私は床に足を着ける。

一夏もそれに倣い、立ち上がった。

 

「ああ、そうだな」

 

また鞄を勝手に掴んで肩に提げ、私は一夏と手を繋いで歩き始めた。

 

「そうだ、言い忘れてたわ」

 

そう、これは言わばトドメの一撃。

今の私に出来る最大、精一杯の言葉。

そして、私がこれからしていく事。

 

「私は、私の思いを諦めない。

アンタを振り向かせるまで、それにその先も。

フッったら後悔するほどにいい女になってやるんだから!

だから、覚悟しなさいよね!」

 

これは宣戦布告

 

絶対に諦めない

 

絶対に夢中にさせてやる!

 

絶対に骨抜きにしてやるんだから!

 

絶対に貴方(・・)の笑顔を引き出して見せるんだから!

 

「私の想い!

毎日叩き付けてやるんだから!」

 

想いの丈だけじゃない!

それ以上の何かを求めてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、世界は私の想いを拒絶した

 

 

 

 

 

翌日、一夏は姿を消した

 

 

 

 

 

奇しくもそれは、一夏の誕生日だった

 

 

 

 

 

通学路で弾達と一緒に待っていても、一夏は姿を現さなかった。

 

 

 

 

 

妙に思って、遅刻するのを無視してでも、私達は急いで一夏の家に走った。

玄関は…開かれたまま、見慣れた鞄が土間に転がっていて、玄関のカギと思うそれはその場に落ちていた。

釣りをしたあの日、私が選んでまで購入したばかりの靴も、土間に転がったまま。

 

一夏の家から弾が自宅に電話、祖父を呼び、私も両親を呼んだ。

家族が来てから皆で家の周囲を探し回った。

でも、痕跡の一つも発見出来なかった。

 

「見つからないって…どういう事なの…?」

 

最後に家の中を探すことになった。

玄関からあがり、廊下、居間、浴室、トイレ、キッチン、どこにも姿が見えなかった。

一階は探し回り、二階に移った。

最初に目に入ったのは『千冬』と記されたプレートが吊るされた部屋。

確か、一夏の姉だった筈。

開いてみたけど、シンプルなれど散らかった部屋、でも結局誰もいない。

 

次に大嫌いな『  』の部屋。

年頃らしいけれど、片付いた部屋だった。

なんか部屋を見ているだけでも感じが悪く思え、扉を閉じた。

 

次に傷だらけの扉の前。

 

「此処が一夏の部屋か…。

俺らも入ったことが一度も無いんだよ」

 

「え?無いの?」

 

「ああ、一夏は誰かを招くことをしてないんだ。

なんか…そういうのを避けてた感じがする…家に入るのも初めてでさ」

 

弾も数馬も揃って口にすることに何か違和感を感じた。

確かに、私も一夏の家の前まで来た試しはあるけど、入ったことは無かった。

 

嫌な予感がしつつも、私はドアノブを握り

 

「……~ッ!」

 

思い切って開いた。

 

 

なんで…なんで嫌な予感というものは、いつも的中するんだろう…。

 

 

そこにあったのは、同い年の男の子の部屋とは思えない光景だった。

部屋の中にあるのは勉強机とベッドだけ(・・)

 

机の上は整理されている。

本棚に教科書や参考書もある。

だけど、それ以上に、ビッシリと中身が記されたノートが幅を占めてた。

勉強が苦手で、私よりも成績が悪かった。

それでも、努力を続けていたんだと理解がすぐに出来た。

ノートの冊数だけでも、普通の人には出来ないような努力だと信じられる程に。

罵倒されながらも、それでも報われなかったとしても努力を続ける一夏が凄い人だって思えた。

 

そして、机の引き出しに敷き詰められているのは…()()()()()賃貸住宅情報誌(・・・・・・・)だった。

 

「なによ、コレ…」

 

「…は…?」

 

「…………!?」

 

どう考えても、同い年の男の子の部屋じゃない。

視線が次に向いたのは、壁面のクローゼットだった。

開いてはならない(・・・・・・・・)

そんな予感がひしひしと感じられる。

だけど、探さないと。

 

そこにもしも居るのなら、見つけて、叱らないと。

「こんな所で何してるの?」って言ってあげるだけでこの騒ぎは終わる。

そうよ、それだけ。

 

フッたら後悔するほどに良い女になるんだ、そう決めたばかりでしょ?

 

夢中にさせる、骨抜きにするんだ、そう決意したばかり。

 

『どんな時だって味方でいるから』って約束したんだから…。

 

早速その翌日から躓いてなんかいられるわけないのよ。

 

 

 

 

 

震えが止まらない手でクローゼットの取っ手を掴み…開く。

 

「…うぐぇ…」

 

胃袋から灼熱が逆流してきた。

机の脇のゴミ箱を掴めたのは正直、奇跡だったと思う。

 

次々とあふれ出す胃液と朝食。

止められなかった、否応無く、際限無しにあふれ出し、嫌な匂いが立ち込めた。

 

「ゲホッ!ガハッ!…ハァッ!…ハァッ…!…」

 

数馬が背中を擦ってくれたのが功を奏したのか少しだけ気分が収まる。

でも、クローゼットの中身が変わるわけじゃない。

 

 

 

 

私は…一夏が抱える闇を知らなかった。

知ろうとしていたけど、踏み込み切れていなかった。

 

「何なのよ、いったい……!」

 

弾もガチガチと歯を鳴らし、数馬も瞠目してる。

 

 

 

クローゼットからあふれ出したのは、血の色に染まった大量の包帯だった。

 

 

 

 

私達三人はその日は学校を休むことにした。

 

父さん達は、一夏の両親…が居なかったので、姉の千冬って人に連絡を取ろうとしていたけど、今は国際IS武闘大会モンド・グロッソに出場しており、フランスに出張していた為、日本政府を挟んでも取り付けられなかった。

 

なら兄の『  』はというと、何も知らずに学校に来ていたらしい。

だったら二人の世話を誰が見ていたのかと思うと、ご近所の人らしい。

でも誰も一夏の足取りだとか、今日どうしていたのかなど、誰も見ていなかったとの事。

そもそも一夏は、私以上に迫害を受けていたので、近所からも評判は良くなかったとか。

でも、そんなことはどうでも良かった。

 

『出来損ない』だとか『無能』だとか『屑』だとかご近所からも言われていたらしい。

 

 

私は…知らなかった…!

 

なんで、なんで教えてくれなかったの…?

 

学校だけでなく、近場でもそんな事になっていただなんて…!?

 

「…う…ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!」

 

 

 

 

一週間が経った。

 

今日になっても一夏は姿を見せない。

 

弾達と一緒に家の前で待っていても帰ってこなかった。

その日、国際IS武闘大会モンド・グロッソが終了し、『織斑 千冬』が優勝した。

その本人にも知らされず、『織斑 一夏』は死亡したものとして扱われた。

手がかりの一つもなく、情報の一つも入ってこなかった。

 

更に四日経った。

 

「  !一夏!帰ったぞ!」

 

朝方、そんな声が聞こえた。

映像の中で、写真は幾度か見た、実物は初めて見る女性がそこ居た。

大きなカバンを肩に、トロフィーとメダルを掲げながら。

私の澱んだ目には、そのトロフィーもメダルも、鍍金が張られたガラクタにしか見えなかった。

 

「  姉!お帰り!優勝おめでとう!

第一回戦から優勝戦まで見てたよ!」

 

「ふふ、お前達の手本になれただろう?

これからもお前たちも精進しろよ!」

 

「勿論だよ!」

 

「ところで、一夏はどうした?」

 

「さあ、またどこかの家に泊まってるんじゃないかな」

 

フザケルナ

 

フざケるナ

 

ふザけルな

 

ふざけるな

 

 

 

 

 

また一週間が経った

 

織斑千冬に、一夏の訃報が届けられたらしい。

学校からの連絡網で、葬儀に参加するようにと私の家にも連絡が入った。

 

「私はそんなの絶対に出ないわよ!

なんでよ!?

一夏はまだ見つかってもない!

死んだとは限らないでしょ!?

なのに!なんで死んだって確定させてるのよ!?

そんな…空っぽの棺なんか…見たくもないわよ!」

 

私達はバックレた。

 

その翌日から一夏の机はクラスから無くなった。

 

ロッカーからも名前が消えた。

 

出席簿からも名前は消された。

 

一夏の訃報を聞いて笑っていた奴は殴り倒した

 

嘲笑う奴は蹴り飛ばした

 

 

 

 

一か月が経った

 

「ああ、お前か…  から名前は聞いている」

 

一夏の家の近くで待っていたとき、その女と出くわした。

一夏の姉、『織斑 千冬』張本人と。

居間に招かれ、向かい合って座った。

 

「なんの用よ」

 

自制も出来るようになり、友達には普通に接することは出来るようになったけど、この女に対しては冷たくなったのは自覚できた。

 

「一夏と親しくしてくれていたようだな」

 

その言葉だけでカチンときた。

だから

 

「初対面でいきなり上から目線?

見下ろせるからと言って、見下さないでほしいわね」

 

目上だろうが年上だろうが関係無しに、タメ口を使ってやった。

 

家族を守ろうともしなかったアンタが今更何の用?

弟一人を守れなかったアンタが優勝?

笑わせんじゃないわよ!

 

「…っ!」

 

「一夏が右腕を骨折してたのをアンタは知ってた?」

 

「ああ、知っていた。

それが治れば、また剣道をさせようと…」

 

あっそ。

 

「一夏が学校でどんな風に過ごしてるのかをアンタは知ってた!?」

 

「…いや、あまり知らないな。

一夏は学校での事を語ろうとしてくれなかった」

 

コイツは何も知らない。

踏み込んですらいなかった。

そんな奴が『家族』!?

フザけんな!

 

「私は…」

 

「一夏は…!

絶対に弱音を吐かなかった!

だけど家族を名乗ってたアンタにはどうだったのよ!?

アンタは一夏の本音を聞いたの!?

弱音を聞き留めたの!?どうなのよ!?」

 

「一夏なら、  と同じようにどんな逆境でも越えられると…信じていた(・・)んだ」

 

その時点で私はキレた。

だけど、全力で自制する。

 

一夏を過去にするな。

根拠もないままに決めつけるな。

アンタは一夏の弱音を聞かなかった。

私だって一夏の本音を聞き出せなかった。

 

同族嫌悪なのは理解した。

でも、頭で理解しても心がそれに追いつかなかった。

 

自覚しながら私は織斑千冬に背を向けた。

 

「さぞかしトロフィーとメダルが嬉しかったんでしょうねぇ。

たとえそれが、家族を代償に得たものだとしても!!」

 

まるで自らを誇示するかのようなトロフィーが棚に飾られているのを見つける。

幾つもの賞状だとか、楯だとか、トロフィーが今の私からすれば目障り。

その数と同じだけ名前が記されている。

だけど、それは目の前に居る女と、  の名前だけ。

一夏の名前は、ただの一つも記されていなかった。

近くにあった椅子を引っ掴む。

全力で振り上げ、叩き付けた。

 

ガシャアアアァァァァァァンッッッ!!!!!!

 

棚と一緒にトロフィーを砕き割った。

部屋の隅、仏壇の代わりに飾られているであろう小棚にも同様に

 

ズガァァァァァァァァァンッッッ!!!!!!

 

鉄槌よろしく振り下ろし、位牌を砕く。

 

唖然とするその人を目の端にしながら私は居間を出て行った。

 

一夏の部屋に入る。

そこにあるのは勉強机とベッドだけ。

何が楽しくて生きているのかすら判らないような小さな部屋に思えた。

写真の一枚も飾られていない。

 

「…一夏…逢いたいよ…!」

 

記憶に焼き付くのは、無理に作られた表情の彼ばかり。

 

本当の笑顔を見たかった。

 

本当の笑顔を浮かべれるように、もっと頑張りたかった。

 

違う

 

過去になんかしたりしない

 

きっと…必ず生きてる…!

 

きっとどこかで生きてる…!

 

私が信じないんで、どうするんだろう…!

 

「絶対に見つけるから…!」

 

言ったでしょう一夏?

私の想い、毎日叩き付けてやるんだって…!

 

私は…絶対に諦めない!

 

一夏の鞄を掴み、中身を引っくり返す。

残されていた中身を整理してから机の引き出しに仕舞う。

引き出しの中には、あの日から変わらず、求人情報誌に賃貸住宅情報誌が何冊も並んでいた。

この家に居るのが辛かったのかもしれない。

希望なんて無くて、灰色の世界に染まってたのかもしれない。

 

なんで私から連れ出す事も出来なかったのだろう?

 

なんで「一緒に行こう」って言ってもらえなかったんだろう?

 

なんで…

 

後悔に押し潰されそうになりながら一夏の鞄を抱き締める。

少しだけ、一夏の匂いを感じた気がした。

それから私は、簡単に断りを入れてから、一夏の肩提げ鞄を貰っていった。

形見だとか遺品のつもりじゃない。

一緒に写った写真が無いのなら、思い出を忘れないようにしたかった。

いつでも思い出せるように。

 

 

 

その日、不思議な夢を見た

 

真っ暗な場所

 

それがどこかも判らない

 

そんな中、一夏の姿を確かに見た

 

私は涙を流しながらも懸命に名前を叫びながら、一夏の手を掴もうと走った

 

でも、届かなかった

 

 

 

夢を見るのは、その日だけじゃなかった

 

数日おきに、そんな夢を見た

 

小さくなっていく背中を追って

 

不思議にも髪が白くなっていくのが見えて

 

それでも構わず、私は走って追い付こうとする

 

なのに、追い付けなくて

 

延ばした手は、届かなかった。

 

 

「夢、なの…?」

 

目覚めた時には頬に涙が流れていた


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