IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第45話 零風 求める方針

ペラリ、ペラリとページをめくる。

弾君が用意した書類に目を通しながら、その隣で虚ちゃんが端末を使い、その詳細の確認と裏付けをしてくれている。

 

「最初の一件目は、交通事故。

起きたのは、食堂の件があったその翌日の夜。

周囲に監視カメラも無く、人通りの少ない場所。

部活動の帰り道で轢き逃げ、目撃者も居らず、犯人の目星もついていない。

その翌日には市街地で不審車輌が発見されるも、盗難車だった。

元々の所有者は車輌強盗犯、か」

 

盗っ人の車が盗難され、犯行の道具にされるとか、なかなかに理不尽よね。

まあ、それはそれとして、被害者側は両足を粉砕骨折し、所属していたサッカー部での続行は出来なくなった様子。

 

「二人目は、通学時、…日時は……」

 

セシリアちゃんがウェイル君に暴行と罵倒を行った。

その件の後には……何故か三日間の空白の後に野球部に所属する男子生徒が、通学路で通り魔に襲われた。

 

「利き腕の肩の腱をナイフで切られ、野球人生を終える、か。

けど、セシリアちゃんはその後日にもウェイル君を連日罵倒していたわね…」

 

それにも対応していると言わんばかりに連日の襲撃によりあちこちで怪我人が出ていた。

 

その後の事件も、傷を負えども、死者だけは出ていない。

社会的抹殺をされた人も居るには居るけれど。

例え、セシリアちゃんの最後の暴走の後も。

 

でも、それもあの日に終わった。

篠ノ之箒によって、ウェイル君の名前がテロリストに知られてしまった。

その翌日にも被害者が出ている。

情報を漁ってみれば、その人物は全身粉砕骨折のうえ、意識不明の昏睡状態に陥っている。

 

「この女性はどういう関係なの?」

 

「それは、昔の担任の教師だった人だよ。

一夏への仕打ちを知りながら、それでも一切何もしなかった無能教師だよ」

 

資料を見た限りでは、歩道橋の階段からの転落と記されていた。

けれど目撃者も居らず、単独事故として処理されているらしい。

ここ迄の案件全てに目撃者が誰一人として居らず、ただの偶発案件として警察は処理している。

人同士での繋がりはあるけれど、彼等全員が『加害者』であると言う事実が、確かにそこには存在していた。

 

「判っているのはここ迄だ。

事件に遭遇しているのは、一夏に対して迫害をしていた連中、そしてそれを知りながら何もせずにいた傍観者だ…だから…」

 

そこで弾君の言葉を区切る。

再び紡がれる言葉に、私は戦慄する事になった。

 

「『何もしなかった』のと、『助けられなかった』のを同じように見ているのなら…近い内に、俺と数馬も、こいつらと同じようになる。

そう、思っているんだ…」

 

私も、虚ちゃんも、そして鈴ちゃんも押し黙るしか出来なかった。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

これまで起きた騒動の、賠償金額を思い返してみる。

莫大な金額ではあるが、その一部は私も負担する事になっており、給与を差し押さえられてしまっている。

それでも、100万を決して下回る事は無いであろう唐突な金額の請求、それを篠ノ之の両親方はどう思っているのだろうか。

一夏が階段から落ちて骨折してからだっただろうか、それから間もなくして柳韻さんは、道場に姿を現さなくなったと聞く。

後に、剣を捨てたのだと教えられた。

離散してからは、私は一度も顔も見ておらず、姿を見ていない。

別れ際とて、顔すら見せてくれなかった。

 

もしかしたら、箒が各地で引き起こしたという問題についても話は届いていたかもしれないが…。

 

 

「話を移しましょう。

次に議題にするのは、ウェイル・ハース君です。

彼の学園内での態度はどうでしたか、ティエル先生?」

 

「至って真面目です。

また、周囲の生徒達との繋がりは出来ておりますが、特に悪い話はただの一つも届いていませんね。

座学に関しては一般教科はやや危ういですが、専門分野、工学関係ですと他の生徒達よりも頭一つ飛びだしています。

機械分野が得意なようで、学園内での機械品の修理をしてくれたりで、評判は高いですね」

 

実質、その話は私にも伝わって来ていた。

今まで修理などを諦めていた機械設備などの修復をしてくれたりなどの話が届いている。

尤も、篠ノ之が破壊した設備に関しては、修理ができないほどの損壊だったので、廃棄処分に至っていたが。

 

「ほかにも4組で受け持っている日本国家代表候補生の機体組み上げが間に合っていないとのことで、多くの生徒達に依頼して組み上げ作業に貢献したという話もありますね」

 

「ああ、そういう話も出てましたね」

 

有名になっていた話だった。

専用機所持者が居ながら、その専用機が完成していないというのは大きなハンデになっていただろう。

尤も

 

「その原因となったのが別の搭乗者の機体組み上げの為に、予算、設備、人員を奪われた、との事でしたが…」

 

その瞬間に、殆どの視線が私に突き刺さる。

それは周知の事実だった、全輝の機体である『白式』の完成の為に、話が調整をされたからだった。

結果、更識の専用機開発計画は無期限で凍結され、更識がコアと機体をそのままで受領し、個人での開発に移ったからだ。

悪い事をしてしまったと思っている、謝辞は未だに出来ていない。

 

「妹のメルクさんが常時一緒に居るのは?」

 

「妹さんの方が座学では成績優秀者だからということで、苦手科目を教えているそうです」

 

「兄妹で仲が良いのねぇ、似てないけど」

 

「でも、トラブルに巻き込まれやすいみたいね、ハース君は」

 

「そのトラブルを起こしている生徒って…」

 

再び冷たい視線が私を襲ってくる。

全輝、箒、そして既に退学処分を受けて学園を去ったオルコット、その全員が私が受け持っている生徒だ。

 

「えっと…ウェイル君ですが、座学方面では危うい面は見受けられますが、妹さんがフォローしています。

個人的にも見ても、特に問題はなく、性格や生活態度からすればどちらかというと模範的な生徒と言えると思います。

進路も、2年生になったら整備課へ進むと決めているそうです。

また、将来的なことも既に決めているらしく、現在はイタリアの所属企業への就職を考えている、と」

 

「将来設計もしっかりとしているわね」

 

「ええ、国家代表を目指す妹さん専属の技師になる、とも言っていました」

 

明確な目標を持ち、前進しているということか…。

 

「そんな彼を失うことはイタリアにとっても、そして我々にも痛手になりうる。

…いえ、イタリアから抗議文が来た時点で黙っていられるわけにはいかないでしょう。

織斑君、篠ノ之さんの両名にはこれまで以上に、目を光らせてもらいたい」

 

今後の方針はとりあえず決まった。

全輝と箒への監視の強化、その前提として全輝と箒への監視増加だった。

私は…二人への見せしめという事か…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

ウェイル=一夏ではないのかという予想は私の中で組みあがっていたけれど、それを証明する手立ても手掛かりは結局なに一つも見つからなかった。

五反田食堂の一階で業火野菜炒め定食を食べながら天井を見上げてみる。

ウェイルはメルクと一緒にイタリアに帰国している。

休みの期間を考えれば、明後日くらいにはまた学園に姿を現すものだと思われる。

 

「結局は手掛かりも前進も無し、かぁ…」

 

私が中国本土側で得られた情報だけが前進と言えるかもしれないというのもなんだか空回りのそれにすら思える。

一度、気の迷いに近かったかもしれないが、イタリア側に更識先輩の伝手でもあるという人に情報収集に行かせられないかと提案してみたけれど…。

 

「絶対、ダメ。

その提案は決して受け入れられないわ」

 

とダメ押しまでされたうえで拒否された。

何か後ろめたい事でもあったのかな…?

まさか、ね。

 

そして、弾と数馬を通して判明した事が一つ。

かつて、一夏を虐げ、一夏が居なくなった後には私達を虐げてきた連中の事。

全輝の取り巻きだった奴等は、先月から次々と何らかの被害に遭っている。

でも、被害を受けたのは、全員じゃない。

もしかしたら、全輝の取り巻きが今後も狙われ続けるかもしれないという件だった。

私としては、あの連中がどうなろうと、あまり思う所は無かった。

薄情かもしれないけど、そんなものだった。

 

 

 

 

「ご馳走様、やっぱりこの定食美味しいわね」

 

「おう、今日も今日とてご苦労さん。

明日には学園?ってのにまた戻るんだろう、あんまり無茶をしない程度にな」

 

厳さんの言葉に笑って返す。

 

「何言ってるのよ、一夏を探すために情報収集をするのには多少の無茶も必要よ。

邪魔が入ってきたりしてるのは確かな話だけど、それを振り切ってでも見つけたいって思ってるし、押し通したい我が儘だって持ってるんだから!」

 

「がっはっは!蘭も手ごわすぎるライバルを持っちまったもんだ!」

 

今更よ、だって私は何年掛かってでも絶対に諦めないって決めているんだから!

 

「じゃあ、お皿洗い手伝うわ、明日の仕込みもね。

それからシャワーを使うから」

 

「ここ毎日言ってるが、そこまでしなくても良いんだぜ?」

 

「何言ってるのよ、これくらいしなきゃ無銭飲食の食い逃げでもやってる気分になって嫌なのよ!

それに泊まらせてもらってるんだからこれは当たり前の手伝いよ!」

 

やるべき事はキッチリとやっておく。

それは自分なりの主義だと思う。

飽きっぽい自分を断つにも、一夏を探すのにもそれは必要な事だと思っている。

もちろん、学園の外に出ているから訓練なんて碌に出来ない、その分は、学園に戻ってから倍以上に訓練をすることに決めていた。

これくらい自分にスパルタでないと、国家代表候補生なんてやってられない。

その称号に至る目では並大抵ならぬ努力だってしてきた自覚がある。

むろん、『国家代表候補生』の称号は多くの人にとっては目標ではあるけれど、通過点でしかない。

その上の『国家代表選手』に至るための通過点。

だけど、私にとって『国家代表候補生』の称号は通過点であるのは確かだけれど、ただの『手段』でしかない。

一夏の情報を探すための手段として称号を利用していた。

もしも、もしも見つけることができて、一緒に居られるようになったのなら、その肩書きはサッサと捨てる覚悟だってしている。

後輩だろうと後進だろうと、称号と専用機を譲る程度は、ね。

 

「あ、鈴さんお疲れ様」

 

「アンタもね。

通ってる学校では早くも生徒会長らしいじゃない。

結構苦労するんじゃないの?」

 

『長』なんてものが名のつく肩書というのは得てして苦労するものだと思っている。

アタシだったらさっさとおっぽり出してる。

 

「確かに苦労は多いですよ。

こんな世の中で、あんな風潮が出回ってますから。

面白半分で男性にカツアゲしようとしてたり、ISを理由にして脅しをするって人が多いんですから」

 

お嬢様学校じゃなかったっけ、アンタの通ってる学校って…?

 

「こんな事になるならお兄が通ってるような共学の学校が羨ましいですよ。

でもエスカレーター式の学校だし、生徒会長なんてやってると逃げられなくて…。

IS適性試験は受けて、高ランク判定も出してるから今から勉強して逃げようかなぁ、なんて考えたりしてますけど…」

 

またアンタは難しい進路を…。

 

「まぁ、高ランク判定を出してるんだったら万が一程度の確率は発生しないわけでもない、か」

 

IS適性はその殆どが先天性によって決まるとされている。

ランクが上昇する人も中に入るけれど、そちらの方が稀有な例。

私は一応Bランク判定だったけど、あんまり興味が無い。

才能とやらが在ったとしてもそれを活かせるのは本人の努力によるものだと思っているから。

一夏は…決して努力を怠ることをしなかった。

勉強は下手だったけれど、それでもあの日に部屋で見つけたノートにビッシリと記された文字の羅列は脳裏に焼き付いている。

あれだけのノートを埋めるためであれば、どれだけの期間、どれだけの時間を費やしたのかは私にも察する程度は出来た。

寝る時間だって削っていたんだと思う。

だから、決して努力を惜しまなかった一夏を愚弄する連中は絶対に許さない。

 

「女尊男卑の風潮のど真ん中に近いわよ、あの学園は」

 

「えぇぇ…」

 

「それよりかは、普通の共学の学校を探す方が無難かもしれないわよ」

 

ウェイルもそれによる被害を受けているかもしれないし。

実際にはあちこちで機械品の修理作業とかやってるかもしれない。

 

「ついでに、あの全輝だって居るのよ」

 

「うっわ、最悪…」

 

一気に表情が渋いものに変化した。

まあ、アイツを嫌っているのは私も同じ。

一夏を虐げていた張本人だから当たり前だけど。

 

ってー訳で、蘭が考えていたらしいIS学園への入学の進路は即座に取り潰された。

これからは普通の進学校を探すことになるらしい、まあ頑張ってほしい。

 

翌日、私は朝食を食べた後、学園へ向かうことになった。

場所的にもお昼過ぎには着くと考えていた。

電車をのりつぎ、モノレールに乗り、それでようやく学園に到着した。

 

「お、来た来た鈴。

みんな待ちわびてるわよ」

 

「待ってたって何をよ?」

 

ルームメイト兼クラスメイトのティナ・ハミルトンがいきなり私の手をつかんで走り出す。

抗うこともできずに私もそこから走るしかなかった。

向かう先には第4アリーナ、そこにはクラスメイトのほとんどが姿を見せていた。

 

「鈴と一緒に機動訓練をしたいって人が殆どでね。

慕われてるわねぇ鈴は」

 

言葉になぜか棘を感じた。

気のせいだと割り切ることにした。

 

「仕方ないわね、私も訓練をしておきたかったからまとめて面倒を見てあげるわよ!」

 

仕方なしに返答を返すとどいつもこいつも大はしゃぎ。

さぁてと、暴れるとしますか。

 

アリーナの更衣室でISスーツに着替え、グラウンドに出る。

全員制服の中に着込んでいたのか、私よりも断然早かった。

私が承諾してなかったらどうするつもりだったんだか。

 

「で、訓練機の貸し出し状況はどうなってるの?」

 

「打鉄が1機、テンペスタⅡが3機よ。

兵装はそれぞれの基本スペック通りになってるから」

 

どちらとも基本スペック通りなら、剣と銃だったわね。

ああ…そうだ…それとだけど…

 

「アイツ、居ないわよね?」

 

「ああ、織斑君の事。

彼なら重大規則違反でね、朝から夜まで無償奉仕活動と課題の追加と、懲罰房への収監だってさ。

心配しなくても大丈夫よ、乱入してくる事は無いから」

 

「そう、そっちはそっちで安心だわ。

じゃあウェイルたちは?」

 

「ウェイル君?彼だったらまだイタリアから到着してないんじゃないかしら?

学園内で姿を見た人はまだいないらしいから」

 

そっか、まだイタリアに居るのか…。

思わず空を見上げる。

日本から見れば、勿論中国から見ても、イタリアはあまりにも遠い場所。

どこかの空の下、ウェイルは何をしているんだろうと考えてみる。

 

「元気にしてるのかな…」

 

そんな呟きは、5月の風に揉まれて流れた。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「…ちっ!…あのクソガキ共…やはり目障りサね…!」

 

首相、ガルス・ドミートと一緒に報告書を確認し、その内容に私は舌打ちをする。

IS学園で開かれたクラス対抗戦の最中の出来事がそれに記されていた。

国際犯罪シンジケート『凛天使』による急襲、ウェイルとメルク、そして中国国家代表候補とロシア国家代表によって迎撃。

学生達の避難と、その後の教師部隊の突入までの時間稼ぎのために迎撃していたが、織斑全輝がそこに汎用機である打鉄で乱入。

事もあろうに、ウェイルを背後から狙って攻撃、凰鈴音がそれの対処に追われる。

そして続けざまに、篠ノ之箒が避難通路の真上にある放送室を占拠して施設を無断使用。

ウェイルを名指しで(・・・・)弾劾したのだと言う…。

 

「何と言うか…後先のことを考えないように見えますな…」

 

「織斑のクソガキは、今までは本性を隠していたつもりだったんだろうけどサ、私たちには通用しないサ。

だが、問題なのは…」

 

もう一方のクソガキの方だ。

こっちは猶の事にタチが悪い。

後先も考えず、理屈も通じず、感情だけで動くケダモノだ。

しかも暴力を振るうことに躊躇いも無い。

あのアホ兎の言っていた通りだった。

他者に害する以外に何もしない、もしくはそれ以外に何も出来ないといった本当の木偶の坊、人間としての出来損ないだ。

 

「これでウェイル君はテロリスト達の標的にされてしまった…。

イタリアの外には名前が広まらぬように、細心の注意をしてはいた…。

それでもどこかから漏洩する危険もありましたが…よりにもよってテロリストに名前を明かすなど何を考えているんだ!」

 

名前が知られてしまえば、顔が知られるのも、時間の問題。

そうなれば家族構成も調べてくるだろう、所属企業も知られてしまう。

そうなってしまえば、もう時間の問題だ。

付け加えて、奴らは手段を選ばない。

ターゲットを殺害するのに、その際に嘲笑いながら、故意に、無作為に、無差別に犠牲者を作り出す。

結果が出せれば、過程がどのようになっていようとも構わないというのが奴らの考え。

その果てに、たった一人の人間を殺すのに、一つの街を消し去った事例が存在している。

それをウェイルとメルクも知っている。

なら、あのクソガキ共は知っているのか?

知っていてもやることは何も変わらないだろう。

 

「それで、日本政府とIS学園の対応はどうなっているのサ?」

 

「『緘口令を敷く』、との事でしたが、お嬢さんが断固として拒否。

ロシア代表、中国代表候補もそれに同調し箝口令に反対しているそうです」

 

「成程、ならこの話はロシアと中国にも出回ったということサね」

 

IS学園の学園長には悪いが、今後も胃痛に悩み続けてもらうことになるだろうサ。

 

「で、早速捕縛はしている、とサ」

 

イタリア北部の国境線でテロリストの一部が侵入を試みようとして、捕縛の知らせも書類には記されていた。

…動きが速い、情報は既に海を越えてきている。

その上で、テロリストはもう動きを見せ始めている。

 

「…チッ!」

 

ウェイルとメルクには見せられない顔をしているであろう事は自分でも自覚できてしまっていた。

だが、そこまでさせるほどの不愉快さが私の内に走っていた。

 

「自分の成長を止めてまで、他者の足を引っ張ろうとする、そんな輩ですな…」

 

「ああ、そうサね…生粋のケダモノさ…。

あの女、織斑千冬も鎖を握れなくなっているだろうサ…」

 

一旦、私たちの計画を見直してみる。

 

第一段階として、織斑千冬へ向けられていたであろう信頼を根こそぎ削ぎ落とす。

これは成功している、更に監視体制までついているというオマケ付きで。

 

第二段階として、織斑千冬の懐刀でもある暗部、更識を離反させる。

これも半ばまでは計画通り。

 

第三段階として、その更識をウェイル達の護衛に利用する。

これも既に計画通り。

 

そのプロセスとして、織斑全輝と篠ノ之箒の行動を制限し、接触を避けさせる。

だが、奴らは理屈も通じず、感情だけで動くケダモノだった。

織斑千冬も、鎖を握れていないのだろう。

 

その結果が、コレだ。

 

「…計画を第四段階に移行させることにはなったが、こうまで早いとは、サ…」

 

私が右手に握る書類には、二人の人物の写真が載っていた。

国外に潜ませている密偵より届けられた。

事前に、そして今後に織斑姉弟に関わってくるであろう人物達。

片やドイツ、織斑千冬に依存する小娘。

片やフランス…とうとう動き始めたデュノア社。

 

「またウェイルには波乱が待っていそうサ…」

 

フランスは産業スパイ育成が盛んという噂が出回っているうえに、実際に女権団体だのが潜伏しているという確定情報まで存在している。

これでウェイルの所に産業スパイが現れようものなら、フランスが国際問題を起こしたということにもなるが、ウェイルがトラブルに巻き込まれるという形で関与したということにもなりかねない。

この一か月でもトラブルに関わっているというのに、これ以上はこちらで何とかしてやりたいという気持ちが出てくる。

 

「ドイツ側は対象が彼女に依存しているというのは理解できますが、フランスの思惑が判らない。

何故デュノア社は、フランスが世界の鼻摘み者にされているのを理解しながら、今更産業スパイを?」

 

「懐柔するのにウェイルが相手なら出来そうだと思っているんだろうサ。

確かにあの子は優しすぎるきらいが在るからね…けど、FIATの社員だということを自覚はしているから大丈夫とは信じてあげたい所サ」

 

甘い面があれば、そこを埋めてくれるのはメルクの利点。

誰に似たのか…?

 

「ですが、フランスの産業スパイが失敗する危険性を考慮していないのでしょうか」

 

「……確かにそうサ、失敗すればフランスからはトカゲの尻尾切り、アラスカ条約違反の露見。

成功して得られる利益よりも、そこに至るまでの成功率の低さと、失敗した後のデメリットの方が大き過ぎる」

 

これじゃあ、まるでフランスは失敗を大前提にしているかのような…。

まさか、ね…。


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