IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第44話 讐風 臆しているのは

「楽しい時間程、早く過ぎていくのは何故なんだろうなぁ」

 

空港から飛び立った飛行機の中でそんな風にボヤいていた。

FIATのヴェネツィア支部でも、イギリス企業BBCを統合吸収したという話が持ちきりだった。

なんでも、アイルランド支部からそんな話が来たとかなんとか。

とはいえ、統合吸収とは言えども、BBC本社は先日事実上倒産し、イギリスは欧州統合防衛計画(イグニッションプラン)から正式に除名された。

彼の大企業が唐突に倒産したのは世間を騒がせたニュースになったものだが、その技術や情報に関しては、FIATがタダ同然で叩き買いをしたそうだ。

う~む、我らが大企業にも黒い一面は有ったんだなぁ。

イギリスは株価が大暴落、BBCと提携していた企業も次々と倒産し、国家レベルでの零落が始まっている。

冗談抜きでのフランスの二の舞どころか、それ以上の悪化は見えていると姉さんも言っていたな…。

 

技術はFIATに流れたが、これで俺やメルクの機体にも新しい兵装が取り付けられたりするのだろうか?

そこはまだまだ先の話になるだろうから、楽しみにしておこう。

 

「国家間情勢とかは俺がどうこう出来る様な領域じゃないから、どうしようもないよな」

 

イギリスと言えば、クラス対抗戦の前に因縁をふっかけてきたセシリア・オルコットはどうなったのだろうか…?

後に、退学処分になったとかミリーナから聞いたが…?

まあ、それも俺がどうこう出来る問題でもない。

今気にする所は…

 

「釣り…出来なかったな…」

 

その一点だった。

通学予定だった高校からは課題が山盛り、企業からは設計部にて大忙し。

さらには姉さんやヘキサ先生による特訓や、講義なんかがあって…充実してるな我が人生。

そんな訳で、俺の釣り竿は今回は出番が無かったので、俺の腕が鈍っていないかどうかが心配だった。

自宅で食べる母さん特製の料理や、会社で食べるお弁当が本当に楽しみだったなぁ。

それに汗臭かったらシャイニィにも嫌われるし…。

 

「鈴へのお土産も買ったしな」

 

ヴェネツィア特産『シーフード詰め合わせ』が今回のお土産だ。

グリルにするも良し、ムニエル、使い方は沢山ある。

 

「鈴、今頃どうしてるかな…」

 

姉さんとの髪と同じ茜色のに染まる空と雲に視線を向けながら呟いてみる。

隣席で早速寝息を立て始めているメルクの頭を撫でながらも、俺は日本にいるであろう彼女に思いを馳せた。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「ダメダメね。

結局ウェイルに関しての調査はプロフィール以上の過去の他には何も判らないし、一夏の事に関しても私達だけじゃ限界が近くなってる…」

 

「そうですね…私たちも時間を片っ端から使ってるのに、なんでこうなるんだか…」

 

判ったのは、第一回モンド・グロッソの際に織斑千冬の棄権を狙った勢力によって誘拐され、フランス政府と日本政府の利害が一時的に符合したため、事件を無かった事にして大会開催を敢行。

大会終了後、関与を隠蔽しきれなかったフランス政府に、世界各国が徹底的に非難。

そこに日本政府も加わり、フランスはそこから零落を始めた。

フランスは、早期に第一世代機『ラファール』の開発を成功させた実績もあり、その高い汎用性をウリにしていたからかろうじて国家と国営企業を存続させられている。

けど、一歩でも誤れば、そのラファールを開発させた企業諸共どこかの傀儡国家になる可能性も危ぶまれて今に至っている。

 

一夏の足取りは…それ以降、全く掴めていない。

誘拐を企てた勢力の目的は、織斑千冬の大会棄権、その代償が一夏の命だったという事。

それを考えれば、織斑千冬は棄権しなかった為、一夏の命は失われたことになる。

 

でも、私たちはそれを信じなかった。

生きている証こそ掴めていないけれど、それでも、誰一人として一夏の絶命を確認したわけじゃない。

死んだ証だって、誰も見ていないのだから。

 

だから私たちは可能性をつかみ取ろうと必死になった。

絶対に諦めなかった。

例え、独自の捜索に妨害が入っても。

 

「で、ここまでの情報は鈴ちゃんが軍に入ってから入手した情報も交じっているのよね」

 

「ええ、そうですけど」

 

「成程ね、中国軍の情報部もなかなかやるものだわ。

日本政府の黒い一面も見抜いてきてる…それに情報もそれなりに正確だわ…。

これももしかしてイタリアの狙い…?

だとするのなら、イタリアは我々更識を織斑先生や日本政府から引き剥がそうとしていると予想はしていたけれど、その予想は合っていた…?

確かに、昨今の千冬さんを見ていたらとてもじゃないけれど協力なんて正直出来なくなってくるものね…。」

 

私たちには理解できない何かをブツブツと呟いている。

 

「それで、鈴ちゃんは別の可能性も見ているのよね?」

 

「ええ、ウェイルが以前にも言ったけど、一夏本人だって疑ってます」

 

可能性は捨てなかっただけ価値がある。

そう信じてきた価値があると思った。

もしかしたら、もしかしたらと思ってきていた。

でも、本人からすれば完全に初対面のような対応だった。

 

だから、もしかしたら別人なのかもしれない。

でも、本人なのかもしれない。

詳しく調べようと思っても、妹を名乗るメルクが必ず間に入ってくる。

ブラコンも大概にしなさいってーの!

 

まあ、そんなわけでウェイルに関しての調査はプロフィール以上のことは家族構成くらいしかわかってない。

ただその中でも疑問に思うのは正体不明の『姉』らしき人物の存在。

半ば存在は認めたような感じだったけれど、その名前も容姿も年齢も決して口を開かない。

これは口止めされているのだと判断した。

以前口にしたのは思わずポロッと口に出してしまったとかそんな感じのレベルだったんだろう。

だから本人もそれ以降は口を固く閉ざすことにしたのだと思う。

 

けど、その正体が誰なのかは私の中では想像が出来ている。

あの時、ウェイルは『ブリュンヒルデ』の称号の重さについて口にしていた。

推察してしまえば、イタリア在住のブリュンヒルデでの肩書を持つ人物なんて、たった一人に絞られる。

『アリーシャ・ジョセスターフ』

 

厄介だと思う。

その人が居るのだとしたら、最悪は国家丸ごとがウェイルのバックに居る事になる。

でも、それをウェイルが知っているのかは判らない。

いや、ウェイルの口振りからすると、そういった事も知らないのかもしれない。

そう考えていくと思い返す…。

私たちは何かヤバ過ぎるものに手を出そうとしているのではないのか。と

 

「な、夏休みになったら、一緒にどこかに出かけてみませんか?」

 

「は、はい!是非とも!」

 

「かずや~ん、おかわり~」

 

「はいはい、待ってなよ」

 

弾も、数馬も蘭も私にとっては親友で、絶対に失いたくない存在だと思ってる。

あいつらを危険に晒したくない気持ちもある、だけど一夏を探そうとするのも辞めさせたくなかった。

 

「…どうすれば…良いのかな…。」

 

知りたいのはたった一人の事。

けれど、私達が相対する事になるのは、国家と言う巨大な相手であるかもしれないのだから。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

鈴ちゃん達の熱意は私達でも理解は出来ていた。

弾君、数馬君にとっては大切な親友。

鈴ちゃん、蘭ちゃんにとっては…どうやら初恋の人らしい。

後者に関しては、はっきりと訊いた訳ではないけど、女の勘で察した。

大切な人だからこそ取り戻したい。

それは理解している。

でも、大切な事を考えているのか疑問が浮かぶ。

 

「鈴ちゃん、それに弾君達も。

重要な話が在るわ」

 

私の一声に、全員が姿勢を正し静かになった。

鈴ちゃん、蘭ちゃん、弾君、数馬君の視線が私に突き刺さる。

それを確認し、私は口を開く。

 

「君達が一夏君を探しだそうとしている事、『ウェイル・ハース君=一夏君』ではないかと考えていることをも理解しているわ。

でも、その上で問うわ」

 

でも、その先が重要。

 

見つけた後(・・・・・)は、どうしたいの?

連れ戻す(・・・・)』のかしら?

君達と言う救いが存在していたとしても、かつて地獄を経験したこの街に…?」

 

「一夏は、俺の家で身請けする予定にしてある。

これに関しては、俺と数馬で話し合っているし、蘭や爺ちゃん、婆ちゃんと決めてるよ」

 

「問題はまだまだ在るの、それだけではないわ」

 

弾君と数馬君は思わず閉口。

ふむ、この二人は『探す』事を目的としていたけど、その後の事もちゃんと考慮はしてる。

それでもまだ問題が全て解決する訳じゃない。

だから、冷たい言葉になるかもしれないけど、そこにメスを入れる。

 

「仮に連れ戻すにしても問題が在るわ。

かつて、全輝君が一夏君を虐げるのに利用していた人が居るのなら…」

 

そう、再び一夏君を地獄に突き落とす事になる。

もしも、そんな事になろうものなら……

 

「一夏を虐げていた連中なんだが…それだけは大丈夫だと思うぜ」

 

「「「………へ?」」」

 

私と虚ちゃんと鈴ちゃんの声が重なった。

え?どういう事?予想外の返答が返ってきたんだけど?

 

「ちょっと待ちなさいよ弾、私はそれについては訊いてないわよ!?」

 

「俺達もつい最近知ったばかりだよ。

俺と数馬だけで一夏の事を調べていたのと並行して情報が入ってきたが、あいつら碌でもない事になってるぞ」

 

弾君が立ち上がり、勉強机の引き出しを開き、緑色のファイルを取り出してきた。

それを開くと、そこには一夏君を虐げていたらしい人達の名簿が記されている。

 

「逮捕、交通事故、中には通り魔に襲われた奴も居る、過去の経歴を晒され、住所を特定されての社会的制裁を受けた奴も居る」

 

「お兄、これって…いつから?」

 

「四月に入ってからだな。

あの連中、芋づる式に、な。

偶然かどうかは判らないし、全輝の野郎が知ってるかも定かじゃないが、な」

 

間違いない、何かが動き始めている。

日付も丁寧に記されており、確認すれば…食堂で騒ぎを起こしたその翌日の夜。

まさか……報復は……もう始まっている(・・・・・・・・)!?

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

GWに入ってからすぐ、ハース兄妹がイタリアへ帰国したその日の夜に、教職員全員が会議室に集合することになった。

緊急会議、といえば聞こえはいいかもしれないが、実質的には弾劾のそれに近しいものとなった。

 

「全員が集合したようですので議会を始めたいと思います」

 

その言葉を口にしたのは、3年の学年主任、『メリクル・ゼイン』だった。

 

「議会内容は、男子生徒が編入して以降の事です」

 

現状、男子生徒はこの学園に二人編入している。

一人は私の弟である『織斑 全輝』

もう一人は欧州、イタリアで発見された『ウェイル・ハース』。

 

前者は私の実弟という事ですぐに顔も名前も知られる事になった。

それは剣道の方面でもそこそこ名前も知られていたのも助長してのことだった。

 

だが、後者に関しては全くの無名だった。

イタリア政府も本当のギリギリになるまで日本政府に名前を明かさず、素顔もプロフィールも知られていなかった。

まあ、それはあながち間違った手法でもなかったのだろう。

情報を機密にし続けていたのは、何処に誰が居て、何処に情報漏洩をするのかが全く分からなかったからだろう。

だから、学園教職員全員に、外部への情報を流出させないようにと、暗黙の了解が広まっていた。

 

「今回、生徒一人の感情任せの暴走によって、無名でもあったウェイル・ハース君のフルネームが知られた。

これに関し、イタリアから多大な抗議文が届けられました」

 

・生徒の暴走を放置していた件

 

・ウェイル・ハースのフルネームの情報がテロリストに漏洩した件

 

・ウェイル・ハースの名前が知られたことにより、国民が危険に晒され続けるようになった件

 

・その上で、緘口令を敷き、事態の黙認及び隠蔽を図ろうとした件

 

それら全てに対しての抗議だった。

全輝は、そのバックとして私が居る事になる為、狙われる確率は僅かに低いだろう。

だが、ウェイル・ハースにもなると完全に無名の一般人だった。

バックとして控えている防壁となるような存在が誰も居ない。

テロリストからすれば狩猟の対象にするのは安易な選択肢だった。

そう、凛天使を始めとした利権団体からすれば、『男性だから』という理由で嘲笑いながら殺す。

それこそ狩猟(・・)のように。

そして、殺害対象に近しいものも殺した、という前歴も確かに存在している。

そこに見境はなく、多くの人間が巻き込まれた、との記述もまた存在していた。

 

ウェイル・ハースの名前を知られたという事は、彼の命だけでなく、国境を越えた先に居るであろう家族すら危険に晒され続けることになる。

そうなるにも関わらず、学園長を通じて下された日本政府からの命令は緘口令だった。

『口にするな』

『黙秘し続けろ』

『何もするな』

『何も見なかったことにしろ』

『何も聞かなかったことにしろ』

『何も起きなかったことにしろ』

 

それらを安易に告げていた。

それが一番簡単な対処だからだ。

何も起きなかったのなら、政府も動かずに済むからだ。

危険に晒され続けるのは自分たちではないからだ。

人一人の命が狙われる事で、多くの命が巻き込まれる事態へ繋がりかねなくとも、動こうとしないのは国境を大きく超えた先であるという事もある。

更には、男性搭乗者を気に入らないという派閥が国の上層部に多く蔓延っているからだ。

 

「さて、ここで皆さん全員に考えてもらいたい点があります。

この学園は日本政府によって運営されています。

この学園の設備の大半はその資金によって整えられ、学費免除のシステム、国家予算の幾分かから発生しているもの。

ですが、それを理由に学園生徒の意思を軽んじ、命を軽んじていいものなのか、と」

 

学園長のその宣言は、法の上に胡坐をかいている日本政府に対し、現場の意思の優先を訴えるものだった。

 

「山田先生、今回のテロリスト襲撃に対し、日本政府の動きは?」

 

「何も有りませんでした。

襲撃によって生徒が危険に晒されている時も、その後の事後処理の際にも。

自衛隊のIS機動部隊には連絡は届いていましたが、それは身柄の引き渡しが可能になった段階で、です」

 

事実上、日本政府は一切動かなかったという事だ。

 

「また、今回拿捕されたメンバーの半分が移送後に行方を晦ましています。

これにより、日本政府の一部分が国際テロリスト集団、凛天使と繋がりがあるものと推測が可能かと」

 

実質、利権団体の一部は国家の一部に食い込んできている。

それは、私とて否めなかった。

 

「では次に、襲撃に使われた機体とコアの出どころは掴めましたか?」

 

「回収された機体は、全てフランス製第二世代機『ラファール・リヴァイブ』。

そして、コアはコアナンバーを照合してみたところ、『日本』から一つ、他は『フランス』からでした。

フランスには、凛天使を始めとしたテロリストなどがはびこっているという噂は有名な話ですが…」

 

これはまた議会が荒れそうだった。

 

「では続けて、例の二人、『織斑 全輝』君と『篠ノ之 箒』さんについてです。

ティエル先生、報告を」

 

「はい」

 

そこから読み上げられたのは、私としても頭の痛くなるような話だった。

 

編入前からハース兄妹への接触禁止・干渉禁止の命令を下したがそれらを無視。

ハース兄妹に接触し、食堂を荒らす事件へと勃発。

多大な金額の賠償請求される事になったが、本人達は今になっても支払いを拒否。

 

その後、接触することになった凰 鈴音への殺害未遂。

その際に生徒用のディスプレイ搭載型の学生机を粉砕。

これに関しても支払い命令を下されたが、無視を決め込んでいる。

 

クラス対抗戦時も、整備室を使用しているハースに襲撃をしようとしたが、布仏姉妹に取り押さえられ、事が起きる前に沈静化。

 

テロリスト襲撃時もまた問題だった。

全輝は貸し出し用訓練機を無断で持ち出し、ウェイル・ハースに背後から奇襲を仕掛けようとするが凰によって事なきを得る。

箒は、避難する生徒の流れに逆らい、止めようとする生徒を殴り倒してまで放送室に乗り込み、テロリストたちの視線を下方向、生徒たちに銃口と砲口を向けさせる。

剰え、ウェイル・ハースのフルネームをテロリスト達に情報漏洩させ、国際問題を引き起こした。

 

「現在二人には、GW期間をすべて、謹慎処分、監視下における奉仕活動、課題追加などの処置を下していますが…当の本人たちは非常に不服そうにしています」

 

「反省は無し、ですか」

 

なぜあの二人がここまで問題を起こし続けるのかは判らなかった。

全輝は今までそんなに問題を起こすような弟ではなかったから猶更だ。

 

「はい、このままではGWが終わっても問題行動を起こし続けるものかと」

 

そう、二人ともすでに問題児扱いされていた。

 

「織斑先生、貴女が居るからこそ増長をし続けているのかもしれませんな」

 

「…そう、かもしれません…」

 

「『救いと依存はよく似ているが異なるもの』、ですが『甘えと依存は同じようなもの』。

已むをえませんが、貴女にはGW後からは副担任を増やし監視を強化。

その上で、再度二人には徹底的に話を着けてもらう必要があります」

 

この話に対し、私は頷く以外の選択肢など存在していなかった。

こうして私と全輝と箒には監視が強化された。

 

 

「そして1年1組の監視、兼、副担任として、非常勤講師のバーメナ先生に就いていただきたい」

 

「承知しました」

 

バーメナといえば、体育の授業の時に補助として入っている講師だった。

存外厳しい視線を送ることもあったか。

 

「ティエル先生、ハース兄妹はどうしていますか?」

 

「現在はイタリアに帰国しています。

企業や家族にも顔を合わせているものかと。

メールが送られてきましたが、幸いにも何事も起きていないそうです」

 

その言葉にホッとする。

もしかしたら、ウェイル・ハースこそ6年前に行方を晦ませ、死亡したものだと断じられた弟である一夏ではないのかという疑念が拭えなかった私としては、彼が無事だという話を聞けただけでも安堵できた。

 

「では、議題を続けましょう。

この先に起こるであろう学園内での問題について、です」

 

そこで持ち上がった話は、篠ノ之箒の扱いに対してだった。

今まで起きたであろう問題には、すべて箒が例外なく関与していた。

食堂での件、教室での件、整備室での件、テロリスト襲撃時の件。

ここまで問題を起こしていたとしたら、この先も問題行動を続けていく事になるだろう、とも教師陣は考えていた。

 

「彼女の退学処分を日本政府に要請しましたが、日本政府は頑として聞き入れませんでした。

篠ノ之博士による報復が発生する、その言葉による一点張りにより未だ彼女は在籍しています。

フラウ先生、依頼していた彼女の過去の件に関してはどのような情報が?」

 

「はい」

 

1年2組の担任であるフラウがプロジェクターを起動させる。

壁面に映し出されたのは、むろん篠ノ之本人だった。

そして、その過去の経歴が一緒に映し出され多くの者が息を呑んだ。

 

小学校(リトルジュニアスクール)4年生の段階で地元から引っ越し。

これは篠ノ之博士の身内だからという事で日本政府によって発令された、重要人保護プログラムによるものです。

家族と引き離され、政府保護下に居ることを条件に、日本のあちこちを転居を続けていましたが…」

 

そこまでは私も把握していた。

だが、そこから先(・・・・・)は把握していなかった。

 

「転校をした先の学校で傷害事件を幾件も発生させています。

理由としては生徒同士での諍い、それにより多くの子供が傷を負うことになりました。

…中には、これにより目標、夢を失った子供もいれば、一生残る傷を負うことになった子供も居ました。

転居、転校は、それらの揉み消しのためとも言えるものかと」

 

「…まるでケダモノね」

 

「学園内での話は聞いたけど怒りの沸点が低いみたいだものね」

 

「お陰であれでしょ、国際問題をすでに何度も起こしてるっての?

後先考えてないの?」

 

「有り得そうね、考えなんて無くて感情だけで動いているんでしょ」

 

「…ケダモノだわ…」

 

ここで学園長が咳ばらいを一つ。

空気が再び張り詰めた。

 

「日本政府からの命令はもう一つ。

篠ノ之博士からの報復の危険性がある為、今後は今回以上の処罰を与えぬように、と」

 

それは報復という幻想を恐れた政府が下す篠ノ之に対しての懲罰軽減の命令だった。

 

「これを違反した場合は、我々に処分を下すとのことです」

 

再び、一気にざわつくこととなった。

生徒が起こした問題で、処罰を与えようとすればその教師が日本政府の名のもとに処罰が下されることになるという理不尽だった。

 

「学園長、よろしいでしょうか?」

 

「なんでしょう、山田先生」

 

「日本政府の命令に対してはそのまま頷くのですか?

彼女の振る舞いはすでに幾度もの国際問題にも発展しました。

幾度言っても聞かない相手に、軽度の懲罰で済ませては、これまで同様に反省を促せるとは思えません。

それに、日本政府の動きは…言い方は悪いですが、責任の放棄を続けているようにも思えます」

 

真耶の言葉もまた、日本政府の方針に異を唱えるものだった。

彼女は、既に私の肩を持つ身ではなく、『監視者』という第三者の視点で物事を見ている。

むろん、篠ノ之の起こす問題にも駆り出されることも少なくなく、其の頻度に頭を抱えていた。

だからこそ、この意見なのだろう。

 

「確かに、彼女は反省が在りません。

過去の経歴を見れば、言葉に困れば暴力を、時には篠ノ之博士の名を使って無理やり相手を黙らせることも少なくない。

それが原因での転校も相次いでいました、各地で起こした問題を一切解決する事も無いままに」

 

確かに、各地で禍根と怨恨、爪痕を遺し、問題はその地に置き去りに。

どれだけ問題を起こしてきたのかなど考えたくもない。

 

届けられた経歴を見てみる。

部活動での諍い、学業方面での諍い、学生と教諭間での諍い、学外での諍い。

そのたびに負傷者、入院者などが出ていたようだ。

…正直、箒が少年院に収監されなかったのが不思議なレベルだが、日本政府はそれほどまでに、いつか起きるかもしれないという束の報復に恐怖しているのだろうか。

いや、それとも…束に媚を売るためか…?

 

「彼女が破損させた施設、設備の損壊状況は?」

 

「食堂の設備、食器、生徒達の料理、鑑賞植物、机や椅子などの家具、投影機、1年2組の学生机と椅子、占めて120万円です。

その請求こそしましたが、支払い拒否の一点張り。

今日が期日でしたが、最後まで支払い拒否をしたため重要人保護プログラムで離散している両親達に請求書をメールで飛ばしました」

 

もう、事態は動いているということか。


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