IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第40話 空風 いつかの日へ

「まだまだぁっ!」

 

ウェイルのランスを受け止める。

衝撃砲を放とうとすれば、それを直感で悟ったのか、姿勢を変えて砲撃を回避しようとする。

 

「残念、ブラフよ!」

 

左手の剣を振り下ろす。

槍の長柄で受け止められるけど、その程度で受け止めきれるわけもない。

伊達で『龍』を名乗っている機体じゃない、その剛腕でウェイルを吹っ飛ばす。

それだけで紫の装甲の機体が吹き飛んでいく。

でも、アイツの目はまだ諦めていないのがなんとなく判った。

バイザーに隠されているからハッキリと見えていたわけじゃないけど。

 

「手ごたえが弱い…?」

 

見れば紫のテンペスタは姿勢制御を終え、槍を両手に突っ込んでくる。

 

「受けた瞬間に逆制動をかけてたってわけか!」

 

聞いた話だと、機体操縦のすべてをマニュアル制御しているらしい。

あの瞬間に衝撃緩和のために逆制動を仕掛けてくるあたり、とっさの判断でも簡単に出来るものではないのは私でも理解している。

こんな判断能力は、代表候補性選抜試験受験者の中には居なかった。

どうにもアンバランスだと思うけど、ここはイタリアの教官が鬼レベルの厳しさだったのかもしれない。

それでも、マニュアル制御だけというのは難し過ぎると思うんだけどなぁ…。

 

「そこまで!時間切れよ!」

 

2組担任のフラウ・ファンナ先生からストップが申し渡され、私は両手の剣を収納する。

ウェイルも、あと一歩で届きそうになっていた槍を収納した。

今日は2組と3組の合同授業で、何故か私とウェイルの試合が組まれることになった。

そう、クラス代表のメルクじゃなくて、ウェイルが何故か指名されて。

それから試合が始まって優に20分、結局決着は着かなかった。

 

ちなみに、先生が言うには、1組との合同授業は今後は予定されないとの事。

問題行動を起こし続ける生徒の居るクラスと合同で授業をするのは、あまりにも危険に過ぎるとか言ってたっけ。

 

 

まあ、それ兎も角として。

ハッキリ言って、ウェイルがここまでの実力者だとは思わなかった。

私だって手加減は…その…しなかったわけじゃないけど、一応は本気だった。

でも、それでもウェイルは食いついてきた。

試合時間が経過するたびに、次にどんな手を使ってくるのかが、どんな戦い方をしてくるのか、それを見ていくのが楽しくなってきたから、ひたすら試合時間を有効活用させてもらった。

結果は…『未知数』と結論付けた。

 

まだまだ伸びる、ウェイルの実力は。

今はまだその欠片が見え隠れしてる程度だと思う。

 

見ればウェイルは機体の展開を解除し、地面に大文字に倒れていた。

随分と息が荒くなっていて、胸板が上下して…って私は何処を見てるのよ!?

 

「お疲れ、次にやる時には必ず勝つからね」

 

「おぅ、俺ももっと強くなれたらいいな…研究だけじゃ足りないものあるかもな…」

 

左手を差し出せば、遠慮無くつかんできたからそのまま引っ張るようにして起こす。

頭一つ分大きいからか、どうしても見上げる形になる。

 

「だけど、凰さんのデータも採らせてもらったからな、次は勝てなくても善戦出来るように頑張るよ」

 

「言ったわね、一時のデータばかりじゃ目を閉じてるのと同じだって思い知らせてやるわよ」

 

つかまれたままの状態の手を強く握り返す。

だけど、これが男の耐久性というべきか、ただ単なる握手になっているだけだったりする。

その証拠に

 

「?」

 

何の痛痒も感じていないみたいだった。

ちょっと腹立つ!

 

「はいはい、そこ!

青春だかラブコメやってないで授業に戻るわよ」

 

「ラ…!?ちょ、そういうんじゃないわよティナ!」

 

クラス対抗戦の一件以来、私は放課後の時間や早朝の時間を使ってウェイルとの訓練を増やしている。

時には訓練じゃなくてウェイルの研究の手伝いみたいなものあったりするわけだけど。

結局、一夏への手掛かりには何一つ繋がっていないみたいに感じた。

ウェイル・ハースに近づけば一夏に近付けるかもしれないと思ったのは杞憂だったのかもしれない。

だから私が近付くべきは…ウェイルの妹であるメルクだ。

 

ウェイルが訓練する時も、プライベートでも常に一緒に居る。

ブラコンも大概にしときなさいっての。

けどまあ、私に対してはどうにも何かに警戒している素振りもある。

それが何になるのかはまだよく判っていない。

まあ暴力振るってくるあの女だとか、問答無用で他者を見下す全輝よりかは遥かにマシだけどね。

 

「メルク、アンタの兄貴はマジで強くなるわよ。

私もアンタもうかうかしてられないかもね」

 

冗談抜きの称賛の言葉にメルクは頷いて返す。

うん、私も頑張ろう、それと…

 

「私ばっかりファーストネームで呼び続けるのもなんかフェアじゃないわね。

だから、アンタ達は今後、私の事を『(リン)』って呼びなさい、いいわね?」

 

「え?あ…はい…」

 

「ああ、判ったよ」

 

アッサリ承諾してくれたのはいいんだけど…頭の上に置かれた大きな手が左右に動くこの感触は…って何やってんのよ!?

私は子供じゃないってぇの!

 

「あの…お兄さん、何してるんですか…?」

 

「こうやってたらシャイニィの場合は喜んでくれてたから、つい、さ。

それに最近触れられてないからどうにもな…」

 

常習犯かアンタは!

 

「シャイニィって誰よ!?アンタ女の子に常習的にセクハラめいた事してるんじゃないでしょうね!?」

 

「シャイニィは…家で飼ってる猫の名前だよ」

 

「あらぁ鈴?もしかしてよそ様の猫相手に嫉妬?」

 

「何を言ってるのよそこの乳牛女(カウガール)!」

 

「はいはい、其処のアンタ達、授業続けるから騒ぎはそこまでにしなさい。

さもないと明日からのGWにたっぷりと宿題を追加するし、特別補習を組んであげるからね」

 

流石に学生にとっての休日は貴重であり、宿題追加は恐ろしい敵なのだった。

 

 

夕食も終わり、入浴を終わらせてから、私はベッドの横たわって天井をポケーッと眺めていた。

ウェイルとファーストネームで呼び合うようになってからは、多少は打ち解けれたかなぁなんて思う。

とは言え、ウェイルはかつて一度は私を『鈴』と呼んでくれている。

クラス対抗戦の折、真上からの砲撃に巻き込まれそうになった瞬間に、だった。

その時には彼も無意識だったかもしれないけれど、懐かしさをも覚えた。

 

「どうしたのよ鈴?」

 

「…ん~…ちょっと気にかかる事が有ってさ…」

 

「ま~たハース君の事?

最近口を開けば二言目にはハース君の事ばっかりだよね~」

 

か、揶揄うのは辞めなさいっての!

けどまあ、ウェイルの事が気になるのは確かな話。

 

「ハース君にかかれば大概の機械製品も目を覚ますからね~。

先生たちも頼りにしてたよ、廃棄しようかと思っていた家電製品がまた動くようになって廃棄するための費用を0に出来たとかなんとか。

えっと、テレビにブルーレイレコーダーにオーブントースター、果ては投影機も。

先の件で1組の女子生徒に壊されたっていう食堂の投影機は無理だって言って諦めてたけど」

 

随分と頼りにされてるんだなぁ…。

搭乗技術も機械技術も持ち合わせてるのかぁ…。

 

「他に何か知ってる事って有るの?」

 

「他に?そうねぇ…勉強で苦手科目が有るとか言ってたし、後は…お昼休みにはフラリと居なくなってる事が多いとか、行先は生徒会室みたいだけど」

 

その情報は両方知ってる。

そこで生徒会の人から勉強を教えてもらってたりするのかもしれない。

そこに私が入ろうとするのは邪魔になるだけよね…。

 

「ウェイル君は劣等生だって自負してるらしいけど、その才能は別方面に突出しているわね。

半面メルクちゃんは優等生かしらね、実技試験も筆記試験もほぼ満点の首席入学。

でも、驕らず飾らず、それでいて他人にも柔らかく接しているけどウェイル君を愚弄する人にはとことん冷たくなる傾向ありって所かな」

 

とんだブラコンとシスコンよね…。

まあ、明日からはGWに入るんだし、接する機会も増えてくるだろうと皮算用を始める。

叶うのならメルクとももう少し打ち解けたいと思ってるし、時間を有効活用させてもらおう

全輝と篠ノ之はGWの間は奉仕活動で休みなしの労働地獄が待っているだろうから、茶々を入れてくることもないだろうし。

 

「頼りにされてる男子生徒と、頼りにされてるクラス代表か…それに比べて私はどうなんだろう…?」

 

ウェイルは機械品修理作業を無差別に行い、地道に、そして着実に信頼を得ている。

メルクは、周囲の人と隔たり無く接し、クラスの人に操縦技術を教えたりしてクラスの顔になっており、その信頼も多大なものになってきてる。

一方の私はといえば、クラスメイトに慕われているだけであり、対外的にはまだまだだと思う。

編入してから日が浅いから、なんていうのはただの言い訳だと自分に幾度か言い聞かせている。

私ももう少しばかり周囲の人から信頼を得られるようにしないとね。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「そう、準備はもうできてるみたいサね」

 

私はパソコンから送られてくる情報に目を通して内容を一気に頭に入れていく。

極東の学び舎、IS学園での出来事は、ウェイル達に聞かずとも事細かに送られてきていた。

毎日顔を見ての通信はあの子達の両親からの要望で開いているものであり、絶対的に必要不可欠的なものではなかった。

まあ私もその時の会話に入り込んでいるから、不要だなんて容易に切り捨てられるものなんかじゃないけど。

 

モニターに映っているのは、IS学園での出来事などに関しての一覧。

 

「おおむね想定通りサ。

あの女の動きは完全に抑制が成されている、しかも頼りにしていたらしい後輩は味方に付かずにあくまで監視者に。

そのうえで更にクソガキ共を制御しきれずに勝手に自分の首を締めあげていく始末」

 

そう、全ては想定通りだった。

想定の外の点が在るとすれば、それはクソガキ共があまりにも暴力と野蛮な力に頼りすぎている点サ。

そのクソガキ共が、ウェイルとメルクを巻き込んでいるのも想定外でもあった。

 

「言葉の二つや三つでキレて暴力で黙らせるとはサ…どんだけ怒りの沸点が低いってのサ…?」

 

しかもその怒りの感情に任せ、制御が出来ていない。

その果てが、テロリストに、ウェイルのフルネームを明かし、ウェイルが学園に在籍しているという確証を握らせ、裏付けをさせるというもの。

 

過去の経歴を調べてみたが…

 

「そう、あの愚妹は自分で自分を制御する術を知らないし、知ろうともしてないんだよ。

昔、自分を馬鹿にしてくる人を叩きのめして黙らせることに成功したことがあったんだよね。

だからかな、言葉で抗うよりも暴力で黙らせる事の容易さに気付いたのかもしれないね。

それ以降だね、『言葉より先に暴力を』。

しかも私という存在が居たからね、だから『言葉に困れば姉の名を』という短絡思考に辿り着いた」

 

「…それで何故アンタ達の両親は何も言わなかったのサ?」

 

そう、それが疑問だった。

子供の性格の矯正は親の仕事だというのは傲慢かもしれないけれど、それでも何もしなかったのかと疑いたくもなってくる。

 

「したよ、それこそ何度でも。

父さんも母さんも苦労させられてたよ、親御さん越しに頭を下げる事は幾度もあったよ。

そのうえで何度も言い聞かせてきたけど効果無し、そのまま今に至る、と」

 

「…もはや癌同然サね」

 

それでも父親、…確か『柳韻(リュウイン)』という名前だったと調査は出来ている。

剣道の道場を維持できたのはその人物の偉業とも言えるかもしれない。

けれど、それも織斑 一夏のフォローが在ったからだろう。

クソガキの手によって右腕を骨折させられた件も、織斑 一夏の手によって隠蔽された。

 

「『柳韻』…アンタの親父さんはその後は何をしていたのサ?」

 

「道場に姿を現さなくなったよ…罪悪感が酷かったんだろうね…。

いっくんはね…他にやりたいと思ってた事を見付けてたんだよ。

なのに…始めるよりも前に出来なくされたから…」

 

本当に…夢も希望も無かった絶望の日々ってわけか…。

それでも…絶望の日々の中でも希望を探していたんだろう…。

 

「…明後日には弟妹達が帰ってくる、私も準備をしないとサ…。」

 

そして希望を見つけた。

『鳳鈴音』と言う少女の姿で。

絶望の中の希望、一縷の望み、渇きの中に現れた一滴、それはどれほど大きな存在になったのかは今でも理解が出来るだろう。

そして、その少女が再びあの子の前に姿を現した。

狙いは判っている。

『ウェイル・ハース』=『織斑 一夏』だと考えているのだろう。

もしも、もしもそれが彼女に悟られたらどうなるのかは判らない。

だからメルクには言い聞かせ警戒をしている。

それでも、彼女は勘が鋭いのも知っている。

だから、メルクが隠し事をしているのも悟られている。

 

あの女(織斑 千冬)とは違ってやりにくい事この上ないサ…まあ、仕方ないけどサ…」

 

時が来れば彼女に伝える事にもなるだろう、でもそれは今である必要性は無い。

あの女(織斑 千冬)にどこから情報が洩れるか判らないから。

奴の耳が絶対にないと言い切れる場所でなければならないが、学園内にそんな場所を確保させるほうがよっぽど悟られてしまうだろうから。

 

「…今は警戒する以外に動ける手がない、か…。

あの女(織斑 千冬)の動きは抑制できているけど、こっちも動きが制限されてるとは、サ…。

どうしたものかねぇ、シャイニィ…?」

 

「ンナァ…?」

 

アンタはアンタでウェイルとメルクの帰りが待ち遠しいみたいサね。

悪いね、凰 鈴音、アンタには…まだ教えるわけにはいかないから、サ…。

 

「人の命の秘密を握るってのは…本当に重いものサ…」

 

ヴェネツィアに住んでいるハース夫妻には、本人たちには知られる事も無く護衛がついている。

すでにこの数日の間にもハース夫妻のことまでもがテロリストに知られ、イタリア政府が日本政府相手に本気でキレていた。

他国の人間を危険に晒す対応の杜撰さ、そしてそれを故意に行うものをいつまでのさばらせておくのか、と。

即ち、『篠ノ之 箒』の退学処分と身柄の引き渡し、そして杜撰な対応を続けている『織斑 千冬』の懲戒解雇の請求だった。

だが、日本政府が選んだのは、篠ノ之 箒への懲罰軟化と、織斑 千冬への減俸処分の延長化だった。

 

「アンタはこの対応についてはどう思ってるのサ?」

 

「不充分、の一言。

別に徹底的に処分してくれてもかまわないんだよ。

束さんとしては不干渉のつもりでいるからね。

それに…罪悪感で潰されそうな人がいるから…もう解放してあげたいって人が私には要るんだ…」

 

目の前のバカ兎は一枚の用紙を取り出しピラピラとちらつかせてくる。

それに記しているのは日本語、私でもそれに記している内容は読めていた。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「さてと…準備完了、と」

 

大きな旅行鞄には旅に必要な荷物を詰め込んでいる。

とは言っても、長期休暇の後にはこの学園にとんぼ返りだから中に入っている荷物はそう多くはない。

故郷に帰って、またこの学園に来るのだから荷物は本当に最低限度だ。

 

「でもお兄さん、設計図を詰め込みすぎです…」

 

「仕方ないだろ、設計っていうのはそういうものだ」

 

「書き損じだって入れてるじゃないですか…」

 

こういう紙媒体は燃やせばいいのかもしれないが、焼却処分するまでに掠め取られてしまう場合だって少なからずあるかもしれない。

だから、書き損じも含めて処理をするのなら信頼の出来る場所でなければいけないだろう。

俺の場合は自宅かFIATがソレになる。

それに、飛行機を見て思いついたというものもあるから猶更だ。

一つはIS用兵装、もう一つは便利そうな物のといった具合だ。

実用されるかどうかは別問題だけど。

 

「それじゃあ最後に…」

 

部屋の奥にウミネコ型のカメラを置いておく。

簪に教えてもらって造ったものだ、長期の防犯用映像録画に使えるらしい。

早い話がアクティブ式の監視カメラだ。

バッテリーは充電式のソーラー電池となかなかにエコ。

ウミネコ型の筐体は俺と整備課の趣味によるものだ。

学園内で開発されたものということにはなるのだが、あくまでもコレは試作段階であり、学園外に公表する義務は無い。

有用だと分かればFIATに持ち込んで検討してもらうようになっている。

 

「部屋の監視、頼んだぞ」

 

あいにくとだが返事は無い。

あくまで部屋を見ているだけなのがコイツである。

 

背を向けて扉の外へ、それから扉に施錠をした。

忘れ物の類がないかは事前に確認しているから特に問題は無い。

空港までの経路と混雑状況の想定に関してはメルクがしてくれている、充分に間に合う。

 

「チケットも持ってるし、あとは出立…いや、帰郷するだけ、と…」

 

帰ったら何を使しよう?

初日は家族との団らんで使い切る事にもなるだろう。

二日目からはFIATに出向するようになってる。

そこで設計図の取捨と、発表。

さらには姉さんや、ヘキサ先生との訓練も待っているだろう。

 

「…ああ…釣りが出来るか怪しいなぁ…」

 

「重要視するのはそこですか…」

 

当然だろう、この二か月間ストレスが溜まりっぱなしだったんだ。

箇条書きにしてみよう

 

・編入早々食事を台無しにされるわ

・初対面の人から言葉も無しに暴行…というには足りないかもしれないが張り倒される

・その初対面の人からよりにもよって犬扱いされるわ

・メルクの作ってくれたランチを馬鹿にされるわ

・クラス代表代理を受理したことを完全に無関係の人から文句を言われ続けられる

 

この一か月でストレスが限界を超えそうなんだよな…。

本当に…本ッ当に!1組の生徒は頭の中身が筋肉でできてる人しか居ないのかよ!

 

そんな荒れた日々の中、自宅から送ってもらったシャイニィの写真集には癒された…。

それと、凰さん…改めて鈴とのやり取りは正直心地よかった。

訓練も幾度も繰り返してきたが、学べるものは多い。

…そういえば鈴はこの長期休暇の間はどうするんだろうな…?

 

学生寮をの入り口でスニーカーに履き替え、外に出た頃には日差しが少しばかり強くなっていた。

 

「あれ、ウェイルにメルク。

何処かに出かけるの?」

 

体育の授業で使うであろう体操服に着替えた鈴も、俺達の後を追うように学生寮から飛び出てきた。

というかこの学園の体操服は男の俺からすれば目に毒だ、確か『ブルマ』とか呼ぶんだっけか?

目にも精神にも悪くて目を合わせられない。

 

「あ、ああ…折角の長期の休暇だからさ、故郷に帰るつもりなんだ。

久々に家族の顔も見たいからさ…それに釣りもしたいし」

 

全部が本音だ、ダダ漏れだ。

けど何故だろう、彼女が相手なら本音で語り合ってもいい気がしている。

けど、それを続けていたらメルクがむくれる、今みたいに。

基本、仲は良いみたいなんだがな、女心はよく判らない。

 

「釣りって…そういえば食堂で一緒に食事する際にはシーフードが多かった気がするけど…確かヴェネツィア出身って言ってたけど、メルクもそうなの?」

 

「家では毎週末、食卓に魚料理が沢山でしたよ」

 

「…ああ…釣った魚をそのまま捌いてるわけね。

で、そのジャケットは何なのよ?」

 

おお、コイツに目が向かうとは目敏いな!

 

「購買でそんなの売ってたの?」

 

「いいや、コレはイタリアで買ったものさ!

FIATの売店で売ってたんだけど、この背中のロゴを見た瞬間にコレだ!って思って衝動買いしたんだよ!

それ以降、釣りをしに行く時には必ずコイツを着るようにしてるんだよ!

それにフードもついてるから髪を隠すのにも都合がよくてさ」

 

「あ、もういいわ」

 

なんか冷たい目で見られていた。

そしてメルクも呆れたような視線を向けてくる。

何故こうなった?兄さんには理解が出来ません…。

 

「鈴さんはこの休暇はどうされるんですか?」

 

「私?私は日本に残るわ。

私もそろそろ母さん達に顔を見せておかないと悪いとは思うけど…。

まあ、私は私の用で明日に学園外に出かける予定よ。

行く所が有るの。

中学生まで一緒につるんでいた悪友が本土側にいるのよ、ソイツらのところに行く予定よ。

朝から運動してたのは…まあ、眠気覚ましみたいなものかな」

 

眠気覚ましにしては、その様子はどうなんだろうか?

すでに首筋には汗が朝露のごとく輝いていた。

実は結構な早朝から運動をしていたんじゃないだろうか?

 

「まあ、ほどほどにな」

 

ほどほど(・・・・)の量なんて中途半端も良い所よ、国家代表候補っていうのは広告塔(プロパガンダ)も兼ねてるんだから!

メルクだってそうじゃないの?」

 

「ふふふ、そうですね」

 

確かにメルクの訓練量だって半端なものじゃない。

そうでありながら俺のような後進をも育てるのにも時間を費やしているのだから兄としても技術者としても頭が下がるよ。

 

「イタリアからこの学園に来たらまた実力をあげてそうね」

 

「ああ、切り札の正式な使用許可ももらってくるつもりだからな、簡単には負けないよ」

 

実力差を承知しているから「勝って見せる」と言えないのが悲しい所だ。

それほどまでに彼女は強い、俺には理解できないほどの努力をその身に刻んできたんだろう、強い想いがあるのだろう。

それに比べれば、俺は自ら望んで技術者として姉さんやメルクの(アンブラ)になろうとしている。

志そのもので、すでにレベルも次元が違う。

 

「ねぇ、織斑と篠ノ之がどうなったか知ってる?」

 

「確か…懲罰房への謹慎処分と休暇中の強制労働、だったか…。

あ、今日にも懲罰房から出て来るって事か…」

 

「ちょっと心配ですね…また何かやらかしたりしないか、とか…」

 

「私も同感よ、だからさっさと今日のお昼までにはこの学園から出立するわ」

 

確かに心配だ、俺もあの二人には関わりたくないし、関わらないように、と姉さんから言われている。

俺からすればあの二人は…敵だ。

それもどういうわけかは自分でもよくわからないが、『究極の敵』だ。

このまま何も起きないなんて有り得ないだろう。

残念な事にも、在学期間中はこの敵対視を続けなければならないということになる。

ああ、この学園にいる間はストレス溜まりっぱなしって事かよ…。

 

「担任の教師はアイツの実姉だって聞いた事が有るんだが、どうしてお目付け役にもなってないんだ?」

 

「さあね、アッチもあっちでのっぴきならない状況なんじゃない?」

 

まあ、お目付け役もできてないのなら、それ相応の理由も何かあるのかもしれないな。

興味は無いけど。

 

時間を見てみると…おっと、そろそろ出立しておかないとな。

 

「じゃあ、俺たちはこれで行くよ」

 

「休暇が終わったら、また会いましょうね!」

 

「元気でね!お土産期待してるから!」

 

「任せろぉ!新鮮な魚を釣って持ってくるからな!」

 

これは、生きのいい魚を釣り上げておかないとな。

彼女の目なら市販品の魚なんて一発で見抜かれるだろうからな。

 

こうして俺達は故郷に帰ることになった。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

釣りが好きらしいのは…個人の趣味なのだからとやかく言うつもりは無いけど、妹が呆れているのには、私も思わず呆れそうになった。

 

「そう言えば、一夏も釣りをしてる事が在ったわね…」

 

釣り堀で竿などの道具をレンタルをして時間を潰している光景を思い出した。

共通の趣味を持ってる人って、やっぱり居るものね…。

でも、一夏の場合は、自宅に居場所が無くて、逃げる場所としても使っていた。

それは苦痛だったのかもしれない。

だから安らぎになってあげたかった。

居場所になりたかった。

 

でも、その理想を決して過去になんてしない。

 

「絶対に見つけるんだ…!そして…」

 

最初に…謝るんだ…。

その上で、新しい未来を創りたい…!

 

『やり直す』のでもなく、『作り直す』のでもなく、()()()()()()()を私は求める。

 

「さてと、その為にもまずは情報収集よね…」

 

ポケットから携帯電話を取り出し、見慣れた番号をコールする。

 

「暫く振りね、弾。

これからそっちに行くわ」


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