劇場番フェイト最終章
公演延期に
有給休暇取得した後に発表された真実
「では、事後処理の会議を始めるとしましょうか」
あれからは本当にすぐに事態がサクサクと進んだ。
空中に出現した紅蓮の爆炎はウェイル君が発生させたものだった。
とっておきの弾丸とやらがどんなものかと思えば、尋常じゃなかった。
あれは断じて『射撃』じゃない、『砲撃』をも飛び越えて『爆撃』だったのだと思う。
誰が想像しようか、『アサルトライフル』でミサイルだの榴弾砲顔負けの弾丸をブッ放すとか。
爆炎に続けて発生してしまった濛々と立ち込める煙の中から見えたのは深い紫色の装甲の機体だった。
「こんなにも強い弾丸だなんて聞いてないぞ、臨床試験をイタリア内部で出来なかったから俺にさせようと考えてたりするんじゃないだろうなFIATは…」
なんてボヤいていた。
煙の中から平然と出てくる姿に恐怖したのか、防衛にあたっていたラファール・リヴァイヴの搭乗者も慄いたらしく、隙だらけになってるウェイル君の代わりに、メルクちゃんと鈴ちゃんの二人に撃墜された。
あの大型砲を搭載していた機体の搭乗者は爆発に零距離で巻き込まれて既に撃墜されていたから良いけども。
ともかくとして、大型砲による砲撃という一番の脅威は取り払われたのだった。
「あのねぇ、相手が構える大型砲の真ん前に飛び出すだなんて正気なの?
あの砲撃に巻き込まれたら機体も、君自身も危うかったのよ!
もうちょっと後先を考えなさい!」
「すみません、あの砲を破壊するのに一番の機会だったので」
確かに、大型砲を破壊しようとアサルトライフルを構えていたけれど、あの防衛にあたっていた機体が邪魔になっていたからそれが出来なかったのかもしれない。
「まあ、尤も…猶のこと後先を考えるべきは君達よ」
蒼流旋の穂先を下に居た織斑君に向ける。
無論、テロリストとの戦いをしていたのだから競技用リミッターなど解除している。
引き金一つだけで4連装ガトリングガンが火を噴く。
「まさか緊急事態の最中に格納庫を勝手に開いて訓練機とパッケージを無断使用、さらには敵の眼前で私闘をしようとするだなんてね…相応の処罰を覚悟をしておきなさい!」
「……ッ!」
怒りからか、悔しさからか、織斑君の顔が歪んでいく。
その怒りが込められた視線の先は…私ではなくウェイル君に向かっているのは…もう呆れる他に無かった。
で、ウェイル君はと言えば…
「反動も大き過ぎたな…あちゃ、トゥルビネも内部が破損してるな、オーバーホールしておかないと…」
実に暢気だった。
そして本校舎の会議室。
そこに私達は集合していた。
集まっているのは、私と簪ちゃん、ウェイル君とメルクちゃん、鈴ちゃんに1年3組担当教諭のレナ・ティエル先生に学園長ね。
織斑君、篠ノ之 箒ちゃん、織斑先生に山田先生は別室で待機中、この部屋をモニタリングしているはずだった。
尤も、音声込みのモニタリングだから、話の流れは向こうでも子細漏らさずに把握が出来ているはず。
それでも、向こう側には発言権は無い。
ただただ話を一方的に聞かされているだけ。
どんな展開になろうと、彼等の理解も納得も合意も必用無い。
粛々と決定されるだけ。
その部屋に関しては虚ちゃんと本音ちゃんが監視しているから大丈夫な筈。
そして話は冒頭に戻る。
好々爺とした外見の学園長が重い声を出し、会議が始められた。
「私を初めて見るという人も居ますから、念のために自己紹介しておきましょう。
私は轡木 十蔵、IS学園の学園長です。
では、会議を始めましょう」
「あの~…織斑と篠ノ之の二人はどうしたんですか?」
その発言をしたのは鈴ちゃんだった。
まあ、確かにあの二人…というか三人は別室に待機中だし、それを知らない人からすれば仕方ないわよね。
「あの二人なら別室に待機中よ、織斑先生も一緒にね。
理由としては『話が拗れる』から、それで納得してもらえるかしら?」
「ふ~ん、そうなんだ…なら良いか」
そこからは今回の事態の確認だった。
アリーナの電磁シールドの破壊、試合中のテロリストの乱入、そこから先は混沌とし過ぎていた。
ウェイル君と鈴ちゃんとメルクちゃんと私とでテロリスト討伐に出向き…というか生徒達が避難し、教師部隊突入までの時間稼ぎをする中で、織斑君と篠ノ之の二名がそれに対しての妨害行動。
それから大型砲の破壊に成功し残るメンバーも撃墜、拘束に成功した。
これが全貌だった。
「成程、ではウェイル・ハース君に質問です。
大型砲を吹き飛ばしたという大爆発は何だったのですか?」
「イタリア企業、FIATで開発された試作段階の弾丸です。
国では試射もしていなかったのですが、それを俺に試してみてほしいとの通達でした。
あんな規模の弾丸だとは思ってもみませんでしたよ」
「『砲弾』ではなく『銃弾』でしたか。
ですがあれはあまりにも破壊力が大き過ぎます、学園では使用禁止にしますが異論は在りますか?」
「いいえ、何も。
弾丸もアレ一発分しかなかったので、大丈夫ですよ。
一発撃つだけで銃が壊れる弾丸なんて俺も使いたくないですから」
けど、「次に送ってもらう弾丸は威力を抑えてもらわないと」とか呟いているのが聞こえてしまった。
何なのかしら?爆発にロマンでも感じてるの?この子?
「それから更識 簪さん」
「は、はい!」
ここで学園長の矛先が簪ちゃんに急に向けられた。
「避難誘導の件、実に良くやってくれました。
貴女の誘導のお陰で多くの生徒が安全確保が出来ていました」
まあ、それもごく一部…というか一人の例外が有ったりするわけで…ね…流れに逆らい、周囲の生徒を殴り倒して気絶させて避難誘導を妨害する人が居るわけで…。
「あ、ありがとうございます!」
あら、簪ちゃんが照れてる。
やっぱり簪ちゃん可愛いなぁ。
この後でしっかりと話をしておかなくちゃ、せっかくウェイル君が機会を設けてくれたんだもの。
だけど、今回話すべきことはそれだけじゃない。
そこからは、試合の途中からの話が続いた。
5人も居た敵勢力の中に、二人だけで突っ込んでいった事、メルクちゃんと私も一緒に合流した事、観客席に居た生徒達の避難をする為の時間を確保する為の時間稼ぎに徹しようとした事も。
「今回は皆さんがご無事でよかったです。
では…」
けれど、話すべき事は、それで終りではないのは当然だった。
「待ってください!」
声を張り上げたのはメルクちゃんだった。
私が見ている前ではここまで大きな声を出す事なんて無かったけれど、だけど今はそれが正解よね。
「まだ話すべきことが有ると思います!」
「俺もメルクに賛成です」
「私もです、学園長」
とうとうティエル先生も出てきた。
学年副主任も務めているから、今回の事は頭を抱える事態なのは私だって理解できる。
首肯している鈴ちゃんや簪ちゃんも。
「伺いましょう」
「織斑と篠ノ之の処罰に関して、ですよ。
俺も、あくまでも聞いた話に過ぎませんが…篠ノ之の場合は避難誘導の際に生徒の流れに逆らい、数人を殴り倒して気絶させた挙句に放送室を占拠して拡声器でテロリスト連中の視線を集めた。
織斑の場合は格納庫を勝手に開き、訓練機とパッケージを無断使用、さらにはテロリストに対応している最中に俺の背後から奇襲をしかけた。
…で、合ってたっけメルク?」
「はい、合ってますよ」
罪状を読み上げるだけでも酷過ぎるわよね。
「中身は…俺には上手く説明できないかもしれないから頼むよ」
「はい!
えっと…篠ノ之さんの振る舞いは緊急事態における生命確保のための避難誘導への故意的な妨害行動です。
さらにはテロリストへ対応していた私達だけではなく、学園全土を危険に巻き込む行動です。
相手はアリーナの電磁シールドを貫通する兵器を持ち出しているんです、観客席を覆うシールドだって容易に貫通することは考えれば直ぐに判る事だと思いませんか?」
「そうね、アリーナにいた教職員も人数が限られていたから、避難誘導をするにも限界があったわ。
その分、教職員部隊の突入も遅れてしまっていたわ」
ティエル先生まで出てきた。
あの人、遠慮なんて欠片も無さそうだし、この先はどうなっても知らないわ。
「だから、ハース君たちのあの状態での仕事は、テロリストの視線を下に向けさせない為の時間稼ぎだったわ。
大型砲の脅威を取り払う事が出来なかったとしても、それを生徒に向けられるのを避けるべきだった。
けれど、篠ノ之の行いはそれら全てに対しての妨害行動です。
さらには織斑の行いは、テロリストに対応している学園生徒を危険に晒す『利敵行為』です。
学園長、まさかとは思いますが、これ以上あの二人を野放しにしておくと仰られるのですか?」
避難誘導妨害、その最中の暴行、敵の視線をアリーナ出入口真上の放送室に向けさせる放送設備の無断使用、訓練機、パッケージの無断使用、学園生徒を背後から襲うという行い。
何一つ容認出来るものではない。
廊下側に耳を澄ましてみると、幾つか向こう側の部屋から騒ぎでも起きているかのような騒音も聞こえてくる。
「虚ちゃん、何が起きているの?」
「二人が暴れ出した為取り押さえました、結果に至る過程の段階に不服なようです」
「モニタリングさせるべきじゃなかったかもしれないわね…」
とはいえ、既に後の祭り。
後は学園長が裁定を口にするだけ。
「では1年1組の織斑君と篠ノ之さんに処罰を言い渡します。
二人には先の一件によって損壊賠償が言い渡されていますが、それに更に懲罰追加します
織斑君には、反省文800枚提出と懲罰房謹慎2週間。
篠ノ之さんにも反省文提出800枚提出に加え、懲罰房2週間謹慎、1学期間の部活動参加禁止。
そして二人揃って5月の長期休暇期間の全日に奉仕活動をしてもらいます」
あ、廊下の向こう側からの騒音が猶更大きくなってきた。
「更に、…織斑先生、聞こえていますね。
貴女の監督不行届もあまりにも顕著になってきています。
どうにも貴方のクラスは騒ぎが後を絶たないようだ。
貴女にも懲罰として減俸の期間を延長とします」
あ~あ…ご愁傷様…。
「では、本日はこれにて会議は終了とします、解散してください。
無論、今回のことに関しては、日本政府からは緘口令を敷くとの事ですので、ご理解のほどを」
これで会議は終了…する筈だった。
「お断りします!」
冷たく返したのはメルクちゃんだった。
その視線は、普段の柔らかさを忘れさせるほどに鋭く、冷たい。
それでも、彼女には緘口令には抗う理由が確かにそこにはあった。
「緘口令には従わない…、と。
…理由をお聞きしておきましょう」
すかさず学園長の視線が鋭く変わる。
でも、私としても納得はできる。
あの二人は、この兄妹に接触禁止、干渉禁止の命令を受け、違反をしながらも更に重々に言い渡されている。
それでも勝手を働きこの始末だもの。
「あの生徒、シノノノさんとか言いましたか。
生徒会長さんから凶報を教えてもらいました。
あの人のせいで、お兄さんのフルネームと、この学園への在籍を
そう、それが理由だった。
イタリアでも男性搭乗者が発見された事はすでに周知の事実だけれど、世間に流れている情報の大半は、フェイクの方が多い。
それは、イタリアで発見されたウェイル君の身柄を守るためにイタリアが発した情報。
だから日本を始め、多くの国々でも正確な情報は掴む事が出来なかった。
彼が編入した際に私が彼の部屋に忍び込んでいたのも、それが理由だったりする。
テロリストも、正確な情報をつかめずに右往左往していたのだろう。
でもそれも…
「この学園への在籍だけでなく、お兄さんのフルネームが知られた以上、今後はお兄さんの命が狙われ続けることになる。
それが判った以上、私は今回の件をイタリア本国に報告する義務が在ります。
よって、
ウェイル君よりも小さな背丈に込めた精一杯の迫力。
それに誰もが気圧されていた。
鈴ちゃんも、ウェイル君も、そして私も。
「学園長、私もイタリアからのその言葉には賛同します」
だから、私からも緘口令へ抗うことにした。
これは決して気迫に押されたからではなく、正当な意見の主張だと思ったから。
そして、そうする理由も
ふとウェイル君に視線を向けてみる。
…観察してみたけれど、彼は少しだけポカンとしている。
う~ん…あまり自覚は無さそうだし言っておきましょうか。
「男性搭乗者はこの学園に2名在籍していますが、どちらとも貴重な人物達です。
織斑君の場合は…織斑先生の身内ということで狙われる危険性は多少は低いです。
ですが、ハース君ともなれば話は別。
搭乗者ではありますが、その技量もまだ浅い。
国家代表候補生の身内というものはありますが、それだけです。
彼は一般家庭の出身者というだけで、テロリストからすれば『消しやすい存在』です」
そう、テロリストに道理など通用しない。
ましてや彼女たち凛天使は特に悪質で、自分たちを『絶対的正義』と言ってそれを狂信している。
すでに過去に、無差別の殺戮という事件も起こしている。
今後、ウェイル君は『生きているから』という理由にならない動機と『狂信』によって命を狙われ続けることになる。
「学園長、私からも緘口令には反対します」
そして、鈴ちゃんもまた名乗り出た。
「私もすでに経験していますが、彼女は故意に他者へ害する行動をとり続けています。
このまま放置しては、ここにいる我々だけでなく、多くの生徒に、多くの国家に害することになると思われます。
そうなる前に、見切りをつけて良いのではありませんか?
国家代表候補としては、テロリスト集団に利する行いにまで緘口令を敷くという点、生徒が狙われ続け、多くの人や国家に害する行いを黙認する2点に対しても抗議したい所ですけど」
そう、今回は国家代表候補生としては流石に黙認できる行いではない。
このまま緘口令を実行してしまえば、学園は他国に対し、多くの生徒が巻き込まれる事件が続くことを黙認し続けることになる。
それを国家に知られてしまえば、日本本国も危険視されることになる。
無論、篠ノ之箒一人に責任を負わせて済むような話ではない。
『緘口令を敷く』という言葉そのものも危険要因そのものだった。
「それに、狙われる危険性が発生しているのは、お兄さん一人だけじゃありません」
「…だな、メルクが言ってるのは
それに親戚縁類とか…それに企業もまた狙われる事にもなり兼ねないのか」
ウェイル君の名前が判明させられただけでも、危険性はどこまでも広がっていく。
黙認すれば、事前に消せるであろう炎に、水をかけるどころか爆発的に広げてしまうのと同じだ。
「………確かに、今回は緘口令を敷くのはあまりにも不公平ですな。
良いでしょう、今回のことは皆さんを経由して本国に伝えなければならないでしょう。
今後は今回のような事が起きぬよう、彼女にも相応の処罰を下しましょう」
それで今回の話し合いは本当の意味合いで終わった。
「ウェイル君、ちょっといいかしら。
簪ちゃんもよ!」
「えっ⁉ちょっと姉さん⁉」
部屋から退出するウェイル君を引き留める。
これももちろん仕事の内。
別室にて騒いでいるであろう彼らから引き離すのが目的だった。
簪ちゃんとも話がしたいから、その際に手を繋いで引っ張り出す。
これはもちろん私の我儘。
さてと、話したい事が沢山在るんだからね!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
生徒会長さんにお兄さんが連れていかれ、私は思わず呆然としてしまった。
部屋を退出するタイミングでの急な誘いだったみたいでお兄さんが返答するタイミングすら失われ、私も声をかけるタイミングも失ってしまっていた。
「なんか…すごい勢いの人ね…」
「ですよね…」
呆然としてしまったのは私だけではなかった様子。
私のすぐ後ろに居る凰 鈴音さんもでした。
ズキン、と胸の奥が痛む。
お兄さんにとって…凰さんにとっては互いが互いに気になる相手同士だったのかもしれない。
でも、真実をここで話すわけにはいかなかった。
「そういえば、自己紹介も出来てなかったわね。
私は『
1年2組でクラス代表をしてる中国国家代表候補よ、よろしくね」
「私は…メルク・ハースと言います。
1年3組でクラス代表をしているイタリア国家代表候補生です」
気を付けないと…思わずボロを出したりしないように…でも真実を教えられないのが…辛い…!
「何をそんなに身構えてるのよ別に取って食おうって訳じゃないんだから。
ちょっと話したい事があるってだけだから」
そして、話し合いの場所は食堂に移る事になった。
テーブルを挟んで向かい合う。
私はカルボナーラ、鈴さんは焼き魚定食を眼前にして。
食堂の中に視界を向ければ、壊れたテーブルや椅子が幾つも撤去されてしまい、少々寂れてしまっているかのようにも見えた。
「で、お話って何ですか?」
「先に食べちゃいましょ、冷えちゃうから」
取り付く島もないというか何と言うか…。
でも、その眼だけは何かに狙いを澄ましているかのようにも見受けられた。
そのせいか、料理の味が全然感じられなかった…。
食事も終わり、紅茶を飲み干してから再び私と凰さんは向かい合う。
「さてと、じゃあ本題に入りましょうか」
「…は、はい…」
「5組のクラス代表をしていたって言うあんたの兄貴だけど、随分と似てないなぁって思うんだけど?」
「お兄さんの前でそれ言わないでくださいね、気にしてますから」
白髪のせいでお年寄りに勘違いされた経験、それは両手の指で数えるほど。
一時は髪の色を染めようとしていたけれど、私とお母さんの二人掛かりで止めた。
お母さん曰く『空に浮かぶ雲の色の様だから』と言われて諦めたみたいでしたけど、実はベッドの下に染髪料を隠し持っていることは家族も確認済みだったりします。
見つけたのはシャイニィでしたけど。
そもそも顔つきだとかも言われだしたらキリが無いので、どうにかどこかで切り上げたかった。
それも、ボロを出さないように細心の注意を払いながら。
「あっと…そうだったんだ…言わないように気を付けるわ」
咎めるような視線を向けると、すぐに理解してくれたのか、納得してくれていた。
寧ろ、私のほうこそ脱色しようかと考えたことはあったけれど、お母さんとお揃いの色だったしそれも諦めた。
「それで、訊きたい事というのはそれでだったんですか?」
「そんな訳ないでしょ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
最初に訊き出した点については悪手だったなと思う。
それどころか、触れちゃならない点だったのかもしれないと直感が告げてくる。
本人を前にしたら絶対に言ってはならない内容だということは即座に理解出来た。
これは多分、本人も気にしている点なのだろう。
でも、そのうえでも私の直感が告げる。
彼女は何かを隠している。
多分、ここから先にするであろう話に関しても、必ず超えられない壁をどこかに作ってくる。
今はそれでも良い。
それも取り払える自信は…そんなに無い。
「ウェイルって言ったわね、本当に2月にISに触れたばっかりの人なの?
全輝をあそこまで襤褸雑巾のように出来るなんて実はもっと長く訓練していたとか」
「いえ、本当に触れてからそんなに経ってないですよ。
きっとコーチングが良かったんだと思いますから」
「コーチって?」
「企業でテストパイロットをしている方ですよ」
嘘は言ってない。
でも、事実であっても真実ではないと察した。
なら、もう一歩踏み込んで…。
「じゃあ…」
「もしかして、お兄さんに興味があるんですか?」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
…………ッ!!!!????
「な…な…ななななななななななな何を言ってるのよっ⁉」
いきなり何を言い出すのよこの子は⁉
「最初の事と言い、次の事と言い、お兄さんの事ばかりでしたから」
「そ、それは興味本位っていうか、触りの事だけでも知っておこうかと思ってて…」
完全にペースを乱されたのだと察したのは後になっての事だった。
この子、かなり手強い…!
「あ、食堂の営業時間もうすぐ終わっちゃいますね、じゃあ私はこれで!」
そのまま走り去っていくのを止める事も出来ずに話は終わりになったのだった。
完ッ全にやり込められた…!
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「…ふぅ…」
部屋に戻ってからズルズルと崩れ落ちるように体から力が抜けていく。
何とか情報を抜かれずに済んだ。
何年も前に見た書類の情報を咄嗟に思い出せてよかった。
『感情が顔に出やすく、同時に素直』だったと思う。
それが今になっても変わっていなかったのは、それが彼女の素の一面だからと察する事が出来る。
だから、藪をつつかれないように煙に巻いたのは、正解だったのかもしれない。
だけど…
「人命の秘密を握り続けるのってこんなにも重いなんて…」
トントンと音が聞こえてくる。
急いで意識を戻すとノックしてくる音が聞こえてきていた。
「お~い、メルク、居るか?」
「あ、はい!居ます!」
扉を開くとお兄さんが居た。
でも、なんだか少し疲れてるような…?
「何かあったんですか?」
「楯無さんと簪の和解に駆り出されて時間取られてさ…。
けど、これであの二人も大丈夫だろうさ。
だけど、食事時間全部使うとはな…あんな壮絶な姉妹喧嘩の立会人にされるこっちの身にもなってくれっての…」
そう言いながらも脳裏ではそんな二人のやり取りを思い出しながらもクスクスと笑っている。
本当にどんなやり取りがあったのか気になるけど…踏み入ってはいけないんだろうなと思う。
「あの後も試合を続けていたらどうなってたんだろうなぁ。
2組の凰さん、かなり強かったし俺が負けていたかな…。
なぁメルク、今度訓練にでも誘ってみようか」
「そ、それも良いかもしれないですね…」
胸の奥の痛みはまだ続いている。
どうすれば良いんだろう。
たとえ…私の言葉が無かったとしても…お兄さんの心は、あの人に傾いていた…。
「あ、そうだ、母さんたちに今日の連絡しておこうぜ」
「じゃあ、さっそく準備しましょう!」
それからお父さんやお母さん、お姉さんとの対話は弾んだ。
其れこそ日常的な会話ばかりだけども。
お父さんはお兄さんと機械いじりの話をしたり、今日の訓練内容だとか、お母さんは市内の料理コンテストで周囲を圧倒的に引き離して優勝したとか、そんな話が出てきた。
家族との対話は本当に楽しい、お兄さんも緊張していた表情が柔らかくなっている程だったから。
「ああ、そうだ。
中国からも国家代表候補生が学園に来たみたいなんだ」
『へえ、中国から?
もう知合ったみたいサね、名前は何て言うのサ?』
「
一瞬、両親とお姉さんの顔が凍った。
お兄さん以外の全員があの人の名前を知っている。
昔、御兄さんととても親しくしていた人だということを。
当時は小学生だったということはわかっているけれど、親友を超えた思いも秘めていたのではないだろうかという事も。
「以前にも連絡していたクラス対抗戦があって、凰さんと対戦したんだ」
『へぇ、それで戦果はどうだったのさ?』
「引き分けだったよ、ちょっと事情があって…。
それで、今度から訓練に誘ってみようと思うんだ。
勿論、アレは出すつもりは無いけど」
御兄さんが言っているアレとは、本来の『アルボーレ』『ウラガーノ』『アウル』の三つの兵装の事だった。
あまりにも早期にアレを出してしまえば、必要以上に警戒されてしまうから、との言いつけでもある。
だからお兄さんは今日の試合でも『クラン』と『トゥルビネ』だけで対応していた。
私も似たようなものだったし、今はまだ大丈夫だと思う。
『それで、その子は信用は出来そうだと思うのサ?』
「ああ、勿論。
初対面だったけどさ…なんでだろう、信用しても大丈夫だって思えたんだ。」
これは自信というよりも、お兄さんの過去が言わせているかもしれない言葉にも思えた。
だけど…信用できるという点は私も同じだった。
でもボロを出さないように気を付けなければならないというのは今後の方針だと思う。
『そう、サね…。
信用できるのなら稼動訓練も一緒にやってみるのも面白いかもしれないサ…
だけど、メルクも一緒にするようにしなよ』
「は、はい!
勿論そのつもりです!」
お姉さんは鳳さんを信用しているのだろうか…?
今だけは姉さんの考えがよく判らなかった。
「けど、なんでかな…。
夢で見ていた女の子と…よく似てる…どころじゃない。
そのままの人物に思えるんだ…もしかしたら…俺の知らない俺のことを知ってるのかな…?」
ゾッとする…。
御兄さんと一緒に過ごすようになって…それこそ一緒にいるのが日常だった。
なのに…終わりがこうも簡単に来るだなんて嫌だった…。
それそ、ずっと家族のままで居たいのに…。
『ウェイル、アンタは記憶が戻ったら、元の場所に帰りたいって…そう考えたことは…?』
「どうだろう…?
病院に入院していたころは在ったかもしれないけど、今は…無いと思う。
もしかしたら、記憶を失ったのは、忘れてしまいたい何かを内包してるのかもしれないとも思ったことがあるから…かもしれない」
胸の奥の痛みが強くなってくる。
私達は…お兄さんに笑顔になってほしくて…でも、その代わりとばかりに過去を知っていることにも罪悪感を持っている。
過去を知っている人達にも、真実を言えない罪だって自覚している。
たった一人の笑顔のために…多くの人の幸福を踏み躙っていることも…。