IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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ウェイルの機体銘の公表を宣言したけど、それをも無理矢理詰め込んだ結果、内容量が普段の約1.8倍に…。
多すぎて…すまない…。

Q. ウェイルの持っている兵装『クラン』の開発は『アイルランド』と表現が在りましたが、何故、隣国のイギリスではなく、イタリアのウェイルの所に回ってきたのですか?
いくら支部とはいえ、なにやら違和感が…。
P.N.『バウワウ』さんより

A.おっと、鋭い質問。
それに関しては、今回にて暴露されます。
というか、イギリスの代表候補生のスタイルも、ね…。


第32話 寒風 その日に

念の為にハース兄妹に軽い警告をしておくために呼び出し、その話が終わってから二人はそのまま部屋へと戻っていく。

それを確認し終えてから私は再び椅子に座ってから紅茶を一口飲んでみた。

 

「虚ちゃん、あの二人の様子はどう思う?」

 

「そう、ですね…。

ウェイル君ですが、直に話を聞いてくれていたようですが、メルクさんに関しては警戒どころか威嚇していたのが気になりますね」

 

それは私も同じだった。

ウェイルくんはこちらの話をそのまま聞き入れていたような感じだけど、メルクちゃんはあからさまだった。

なおかつ、こちらが日本政府お抱えの諜報機関の身であると話した途端にその警戒の度合が跳ね上がった。

あの様子は警戒というよりも威嚇に近い。

 

「でも私としても判った事が有るわ。

あの二人、イタリア政府とバチカンが名を連ねて、日本政府やIS学園に送り付けてきた文書の存在を知らないのよ」

 

織斑先生と、その周辺人物を名指ししてまで送ってきた最後通牒とでも言える書状、明らかなまでに異常な代物ではあるけれど、今になってそれを送り付けてきた理由が今になっても判らない。

日本政府お抱えの諜報機関でもある更識としては条件は呑まなくてはならないだろうということは察している。

国際IS武闘大会モンド・グロッソ第一回大会。

織斑先生は破竹の勢いで勝利を続けてきていたが、最後の決勝戦でその勢いはストップさせられた。

決勝戦の相手はイタリア代表選手である『アリーシャ・ジョセスターフ』選手だった。

第二回大会で特例のルールによって、織斑先生は決勝戦後のタイトルマッチまでは観戦をし、すべての選手の状態を確認していた。

戦術、癖、兵装も含めて。

けれど、それでも不安だからという理由で日本政府はアリーシャ・ジョセスターフ選手の調査をするように更識に命じてきた。

スポーツマンシップに反するとは思うけれど、第一回大会で優勝した織斑千冬選手の体裁を整えるためでもあったのだろう。

 

優勝した国家には世界からの多大な期待と、開発優先などの予算管理も含まれる。

仕方ないから受理し、調査を始めたけれど、一週間程度で頓挫した。

調査対象に発見され、摘発されてしまった。

調査員合計15名がただの一人の例外もなく、ただの一夜でイタリアから追い出された。

けれど、イタリアはそれによる見返りを何一つ求めなかった。

まさか、それを今更…?

 

「確か、アリーシャ・ジョセスターフ選手には懇意にしているであろう人物が居る…という話が在ったわよね…?」

 

「はい。

ですが、それが誰なのかまでは特定が出来なかったそうですが…」

 

まさかとは思うけれど、その人物が、あの兄妹だったりして、ね…。

考えすぎかしら…?

 

「それとお嬢様、我々が暗部である事を彼らに教えて良かったのですか?

いくらウェイル君やメルクさんから信用を得るためといえども、ここまで赤裸々にするのは…」

 

「良し悪しはこれから先に考えれば良いわ。

正直、日本政府に対しては我々更識も信用が出来なくなってしまってきているのだから…。

最悪の状況に転じれば、更識と布仏を日本国外に転居させる可能性も出てくるでしょうね」

 

その受け皿になってくれるであろう国家はどこに在るかしら…?

私が国籍を得ているロシア?

それとも大きな借りを作ってしまっているイタリア?

はぁ、…考えることはあまりにも大きいわね。

 

「織斑先生は学園内部では一気に信用が失われてしまっているし、これからが大変ね…」

 

それに弟君とその幼馴染がさっそく問題行動を起こし、学園長から監督不行届の厳重注意を受けている。

あの二人は反省してくれていればいいんだけど。

 

「…ん?弟…?」

 

そうだ、確か織斑先生には弟がもう一人居た(・・・・・・)という話を聞いたことがある。

生憎接触もした事も無いし、調査もした事が無かったわね…。

名前は『織斑 全輝』…じゃなくて…?

 

「確か…そうだ、思い出したわ、『織斑一夏』君だったわね…」

 

「お嬢様?どうされました?」

 

「ちょっと思い出した事が有ってね…」

 

織斑 一夏という人物はこの学園に在籍していないのは把握している。

織斑 全輝がISに適性を持っていたというのなら、その兄?弟?であろうその人物も同じように適性が発覚していたかもしれないけれど、そんな話は全く聞かない。

むしろウェイル君の報せだけだった。

なら、その人物はどうしているのかしら…?

 

「虚ちゃん、面倒ついでにもう一つ調査をお願いできるかしら?」

 

「何でしょうか?」

 

「織斑先生のもう一人の弟君、『織斑 一夏』君に関してよ。

私も簡単に調べてみるけれど、その人物のことを調べてみてほしいの」

 

「…?承知しました」

 

今この界隈で起きているであろうことは、あまりにも複雑になってしまってきている。

はぁ、肩が凝りそう…。

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

小難しい話は終わったけど、まだメルクは少し不機嫌だった。

虚さんが立ち去り際に「今後も何かとお呼び出しするかもしれませんので」と、生徒会室のコピーキーを俺とメルクの生徒手帳にインストールさせてくれた。

いいのか、生徒会…?

 

「いい加減に機嫌を直せって」

 

ワシャワシャと頭を撫でてみれば少しは気分が落ち着いたらしく、雰囲気が柔らかくなってきたようだ。

 

「それでも、部屋に不法侵入してきたことについては触れてませんでしたよね?」

 

「言われてみればそうだな」

 

とはいえ通風孔は溶接して固めているから不法侵入はされる心配は今後はしなくてもいいと思う。

…合鍵を作ってこない限りは。

 

さてと、お昼休みは殆ど使ってしまっているし、そろそろ教室に戻ろうか。

4組のクラス代表である更識さんの機体も完成に至り、俺も時間に余裕が出来ている。

放課後は訓練に勉強に課題に…ああ…やることが多いなぁ…釣りに行きたい、シャイニィに触れたい…!

 

そのまま放課後まで何とか意識を保ちながら耐え、放課後になったら予約していたアリーナに行き、テンペスタを展開し、兵装を取り出す。

更に高機動訓練、近接戦闘訓練、射撃訓練に移る。

それらを交互に入れ替えながらメルクを相手にし続ける。

腕力では確かに俺はメルクを上回っているけど、技術ではやはり遠く及ばない。

それを埋めるためにも姉さんやヘキサさんに技術を教わり続けたけど、世界は広いのだろう。

自分の技術などどれだけ通じるのやら…通じないのが当たり前かもしれないけれども。

 

ましてやその世界の一端でもあるクラス対抗戦が3日後には控えているのだから、自分の実力を試すには調度良いだろう。

世界の広さを知ってみたいものだ。

 

「よし、続けて頼むぞメルク!」

 

「ええ、行きますよ!」

 

それから時間ギリギリまで切り結ぶ。

そんな日々をそれからも続けていた。

…やっぱり『アウル』『ウラガーノ』『アルボーレ』の使用は無しで。

釈然としない…理解はしてるけども…!

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

クラス対抗戦の前日の昼休み、私は再び学園長室に呼び出されていた。

今回は3組のティエルだけでなく、5組のフロワまで怒りの形相を浮かべていた。

 

「先日の件について、3組、5組の生徒からそれぞれの所属国家に報告した事で、既に日本、イタリア政府だけでなく、ギリシャ、ブラジル、中国、ロシア、オーストラリア、ルーマニア、以上の国々の政府から膨大な抗議文が来ています。

セシリア・オルコットさんによる一方的な射撃攻撃により、一般生徒、しかもISを纏っていない生身の状態でいるのを承知の上での命の危険に晒したとの事ですが、相違は無いですね、織斑先生?」

 

「それは…本人に訊いてみないことには…」

 

「アンタね…あれだけ日数が在ったというのにまだ事情聴取をしてなかったって言うの…⁉」

 

ティエルの言葉が突き刺さる。

だが、今の私にはそれ以上の言葉は用意できる訳も無かった。

何故…何故、こうなってしまうのかがまるで理解ができなかった。

 

「では、まず問いますが…他クラスを巻き込んで騒動を起こすな、と…織斑先生には厳命しましたが、それは1組の生徒に通告しているですかな?」

 

「ええ、それは当然…」

 

「その結果が…、コレ?

負傷者が出なかっただけマシだなんて言い逃れはさせないわよ、それはハース兄妹が居たからという偶然の上で成立していたからに過ぎないわ。

いえ、仮に居たとしても、彼らが機体を展開していたからという二重の偶然が成り立っていたからこその産物。

その偶然も成立していなければ、皆殺しになっていた未来も容易に想像できるわ」

 

判っている。

 

「それについては何か言い訳は在りますか、織斑先生?」

 

「…いいえ、何も…」

 

「では、本人を召還するとしましょう」

 

背後の扉が開き、手錠をかけられたオルコットが入ってくる。

その横顔を盗み見るが、今にも死んでしまいそうなほどに青白くなっていた。

オルコットの隣には怒り心頭といった具合のサラ・ウェルキンも同行していた。

確か…イギリスの予備候補生だったかと記憶している。

 

「召還に応じました、イギリス予備候補生サラ・ウェルキンです。

候補生、オルコットの事情聴取をしましたが…」

 

そこから先は私としても耳を疑った。

5組のクラス代表が季節外れの風邪で寝込み、代理を3組のハースに依頼。

それを不服とし、オルコットは独断で抗議という名義でハースに暴行を働いただけでなく、侮蔑の言葉を浴びせた。

後日、ウェイル・ハースが正式に代理を受理した事を耳にし、それを不服に感じてアリーナへ吶喊。

クラス代表代理をかけての決闘を申し込もうとした、と。

 

「ですが、その実は…ピットから無言のまま先制射撃攻撃を。

ハース兄妹が提出してくれたログを解析しましたが、狙い撃たれた場所は胴体のど真ん中。

人体の急所と見て相違ありません。

ハース君が無視をしたと言っていましたが、その場に居合わせた生徒にも話を聞きましたが、通信回線も開かずに無言のまま銃を構えていたそうで、『無視をした』という言葉も成立しないかと思われます。

その状況下で一般生徒が付近に居る状況を把握しながらもハース君に向けての連続射撃攻撃をしていた、と。

その際にも多くの侮蔑の言葉を浴びせていたそうです。

内容としても、差別的な言葉だというのもこちらは把握しております」

 

「成程、それは非常に宜しくない」

 

私には今となっては発言権は無かった。

この現状を見ているしかできない。

 

「ではオルコットさん、今までの話に相違は無いですかな?」

 

「…は、はい…で、ですが…」

 

「校則違反は無論の事、続けて代表候補生規約違反、国際IS委員会が定めたアラスカ条約違反。

この事はすでにイギリス政府にも通告済み、その果ての処分内容をウェルキンさんが預かっています」

 

視線がウェルキンに向けられ、頷く。

その口から吐き出された処分はあまりにも過酷なものだった。

 

「イギリス王家、女王陛下、並びに首相からの宣告です。

セシリア・オルコットから代表候補ライセンス、専用機所持権限、並びに資産、企業、爵位の剥奪、国家資金援助打切り処分を命じます。

並びに、これは最終的かつ永久的に不可逆な決定とする、以上です」

 

イギリスが、オルコットを完全に見限ったという結末だった。

強制送還命令が出ていないという事は、今のオルコットはただの一般生徒に成り下がったという事になる。

仮にイギリスに帰ることが叶ったとしても、帰る場所がもう無いという話になってしまっている。

 

「同時に、イギリス代表候補生は繰り上げという事で私、サラ・ウェルキンが就任することになりました。

ブルー・ティアーズの所持権限も私に移され、現在は整備課に依頼してコア情報の初期化(フォーマット)処理を進めています。

この会議が終わり次第、最適化(フィッティング)をする事になっています」

 

オルコットが私に目を向けてくる。

減刑、もしくは援助を期待しているのだろうが私は首を横に振る。

手助けなど出来ないのだと無言で伝えた。

それを見て察したのか、オルコットは顔を伏せた。

 

「では、学園からの(・・・・・)処分内容を伝えます」

 

それこそが本当の意味での最終宣告だった。

 

「そ、そんな…国家からここまでの処分が在ったというのに…まだわたくしに処分を課すと言うんですの⁉」

 

先程までの国家からの処分内容は、いわばオルコットを見限ったが故の判断だったのだろう。

それ以上は関心がないからこそ、何も言わなかったのかもしれない。

 

「当然よ、オルコット。

貴女の今までの起こした騒動は、全て言い掛かり(・・・・・)で巻き起こされたもの。

クラス代表を決める際には、自薦、他薦でも構わないという状況だったのに、それをせずに他者に決定されかかってからの異議申し立てに罵詈雑言。

その上で素人相手に試合を挑んで惨敗。

二度目は…5組のクラス代表代理の任を3組の生徒に推薦されたからという理由で、その初対面の相手に暴行を働き謂れの無い誹謗中傷。

三度目は、その相手の都合も知らず、知ろうともせずに誹謗中傷を浴びせた。

今回、四回目は彼が任を受理したからという理由で問答無用の恐喝に、第三者を巻き込んでの射撃攻撃。

いえ、背後から無言で、尚且つ急所を狙っての射撃ともなれば、『恐喝』ではなく『殺害』を目的としたものと判断出来るわ。

その全てがどう見ても自分本位で自分勝手な言い掛かり(・・・・・)によるものだわ。

そんな人を、これ以上学園に居させるわけにはいかないのよ」

 

「その言葉には賛同します。

私やティエル先生のクラスの生徒が無事だったという偶然が成立しましたが、それは先程申しましたように二つの偶然が成り立っていたからです。

ですが、次もそうなるとは思えません。

いえ…『次』などという機会があれば、確実にハース君だけでなく、周囲の生徒の死に繋がる。

それを未然に防ぐためにも、そして禍根も断たねばならないかと」

 

そうか、つまりは最終的な学園側からの処分内容とは

 

「では、通告します。

本日付でセシリア・オルコットを退学処分とします。

本日中に荷物をまとめ、学園から退去するように。

以上です」

 

隣でオルコットが放心したかのように膝を折る。

その顔は今まで以上に蒼褪めている、だが私には助けようもない。

何しろ…

 

「無論、織斑先生にも相応の処罰を下します。

先の通告にも応えられないというのであらば、貴女には担任としての素質が著しく欠けていると判断せざるを得ません。

よって、織斑先生には、来月からは副担任に降格、繰り上げによって山田先生に担任になってもらう事にしました」

 

処分の内容は、前もって用意されていた。

そして、私には今この場で初めて告げられていた。

その為の段取りは周囲で終わらせられているのだろう。

 

「…判りました…」

 

「ですが、努々驕らぬように。

限度が過ぎれば、貴女も学園に在籍させるわけにはいかなくなりますのでね」

 

私が何かをしでかしたというわけではない。

なのに、常に悪い方面へと事態が転がって行ってしまう。

何故、なぜこうなってしまうのだろうか…?

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

会議が終わり、彼女はサラ・ウェルキンに連れられ、空き教室に来ていた。

セシリアの顔は真っ青に染まっているがサラはそれに気付きながらも見ぬ振りをして口を開く。

 

「イギリスの製造機関、『BBC』の活動縮小が決定されたわ。

アラスカ条約違反によるペナルティでね。

最終的にはアイルランドが援助してくれたけれど」

 

「そ、そうですか…企業が存続出来るのなら…」

 

その言葉に彼女の眉尻が吊り上がる。

怒りのボルテージが一気に跳ね上がったのを察する事が出来たが、セシリアはその理由を理解出来ていなかった。

 

「活動縮小と言ったのよ。

つまり、何人もの社員が理不尽に前触れも無く解雇されると言っているのよ。

その原因はアンタよ、オルコット」

 

そして、頭を抱えながらも淡々と告げていく。

彼女の過去の振る舞いを。

 

「パッケージ『クラン』。

長槍を模したIS兵装、ブルー・ティアーズに搭載し、操作テストを頼まれたのは覚えてるかしら?」

 

「…え…あ…そんな話が在ったような…」

 

「近接戦闘向きと知った途端にアンタが一蹴した話よ。

あれはイギリスとアイルランドによって共同開発されたもの。

それをアンタは碌に確認せずに断ったのよ。

『カラーリングが気に入らない』、『近接戦闘なんて野蛮な事をしたくない』と言って、ね。

アイルランドは企業本社に送り返し、操作テストを別の搭乗者に任せでもしたんでしょうね。

これでイギリスはアイルランドとFIATに多大な借りを作ってしまったわ。

これを契機にBBCはFIATの傀儡企業にされるか、もしくはFIATによって買収される危惧も生じる。

社員も多くが路頭に迷う事にも成りかねない。

それについて、アンタはどう責任をとるつもりなの?」

 

とれる筈が無かった。

 

「………ぁ………」

 

両親が遺してくれた財産も、企業も、爵位も、自身の努力で得たライセンスも、何もかも自身の勝手な主張だけで失った今、自身が補填出来るものなど何も無かった。

 

「それと、アイルランドのFIATはあくまでも『支部』よ。

本社はイタリアのお抱えの大企業。

並びに、ハース君はそこの企業所属の技術者の一人でも在るらしいわ。

その大企業に『気に入らない』からと恥をかかせ、社員を殺害しようとして…アンタ、どれだけ国際問題を起こすつもり?」

 

「…そんな、つもりは…」

 

言い訳にもならない言葉は続かなかった。

そのか細い声に被せるように、叱責は続く。

 

「私もアンタの都合は知っているし、その努力も認めているわ。

でもね、自分が努力したからと言って、他者の努力を否定したり、知りもしない人を相手に侮蔑の言葉を叩きつけても良いと思ってるの?」

 

「…………」

 

その問いには答えられなかった。

居なくなった両親に代わり、大人相手でも侮られないように振舞ってきた彼女も、今頃になって悟る。

彼は、その言葉を向けるべき相手ではなかったのでは、と。

それを今になって思い出す。

 

彼は、自分のことを知らなかった。

 

そして自分も彼の事を知らなかった。

 

見た事も無く、誰なのかも知らず、名前も知らず、声も知らず、会話をしたことも無い、そんな欠片も因縁すら無い相手に、溜めに溜めた憎しみを、暴力と言葉にして叩きつけた。

ふと脳裏に疑問が浮かぶ。

自分が悪罵の掃き溜めにし、銃撃の的にまでした彼の事を。

自分の事を何一つ知らなかった彼を、彼について何一つ知ろうともしなかった自分は、なぜあんなにも憎む事が出来るようになったのかすら判らなかった。

 

「……学園長の言った通り、アンタは今日付で退学処分よ。

さっさと荷物をまとめて出ていきなさい」

 

サラ・ウェルキンも興味を失ったとばかりに背を向けて立ち去った。

 

「さよなら、セシリア・オルコット。

アンタの事は…まあ、出来るだけ早く忘れることにするわ」

 

もう、彼女には何も無かった。

何も考えられなかった。

 

だから、知る由も無かった。

『セシリア・オルコットの退学処分』が、誰かが組み上げたシナリオの一つだったと言う事を。

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

そして、その日がやって来た。

会場となったのは第5アリーナ。

その観客席は1年生で埋まっている。

女子生徒ばかりだからな…景品になっているデザートの無料パスが喉から手が出るくらいに欲しいのだろう。

俺なら工具セットや釣り具のセットが欲しいくらいなのだが。

女子には判らないのだろうか、こういう方向での拘りは。

昨日姉さんに言ってみたのだが、頭を抱えていたのは何故だったのだろうか…?

 

「景品を別のものに変えるって事は出来ないんですか生徒会長さん?」

 

「無理よ、これは毎年恒例なんだから。

というか釣り具や工具のセットに変更してほしいなんて今まで一度も聞いたこのない話だったわよ」

 

なぜか控室に来ていた生徒会長さんに尋ねてみたが、返答はやはり決まりきったものでしかなかった。

俺の言った意見が特異なものだったのか、顔が引きつっていた。

この学園には釣りのスポットが無い、学園外にも近隣には無いそうだ。

 

「それで、ウェイル君の戦術ってどんなの?」

 

「黙秘します。

それよか妹さんとの関係の修復は出来たんですか?」

 

「……」

 

黙秘された。

顔を見れば何となく理解が出来た。

まだなのだそうだ。

俺はメルクや姉さんと喧嘩なんてそんなにした経験も無いけど、機嫌を損ねてしまったら、その日の夕飯は各自の大好物を作ることで何とか修復できていたけど、この二人はそうはいかないのかもしれない。

数年にも渡る関係の悪化だからな、難しいのかもしれない。

俺が預かり知る話ではないのだから、これ以上は干渉する気は無い。

 

「メルクちゃんは今回の試合についてはどんな感じかしら?」

 

そこで楯無さんの視線はちょっとだけ不機嫌になってしまっていたメルクに向かう。

 

「私だって負ける気なんてありません!

デザートの無料パスは必ず手に入れます!」

 

食堂にジェラートがあったのを見つけてしまったからだろうな。

家でもジェラートを作ったら夢中になっていた頃があったし、懐かしい。

 

「先ずは相手の動きを確認しないことにはな…1組のクラス代表の映像は手に入っているけども…」

 

他のクラスに関しては映像が手に入らなかったから、出たとこ勝負になるだろう。

 

「それで、楯無さんは何故此処に?

妹さんが所属するのは4組であって3組ではないんですけども」

 

「…ちょっと気になる事が有ってね」

 

なんだそりゃ?

 

 

最初の試合の取り決めが発表される。

最初はメルクの試合だった。

対戦相手は…4組の更識さんだ。

 

「へぇ、早速か…日本製第三世代型2号機、『打鉄 弐式』の出番は…」

 

「メルクちゃんの機体は?」

 

「同じく第三世代機ですよ、イタリア製第三世代機1号機、『テンペスタⅢ』こと『嵐星(テンペスタ・ミーティオ)』ですよ」

 

俺の横に居たメルクが機体を展開する。

銀色の装甲が俺達の目を奪う。

 

「じゃあお兄さん、行ってきます!」

 

「ああ、頑張れよ!」

 

脚部には現在は折りたたまれているが、『アウル』が、背面には個別可動式大出力スラスター。

世界の目に触れることのなかった最新鋭式のテンペスタが飛翔した。

 

「美しい機体ね、でもなんで銀色に?」

 

「夜空を流れる『流星(ミーティオ)』に見立てたのだと思います」

 

「なるほどね…」

 

俺はこのピットから見下ろす形で試合を見ることになる。

さてと、どんな試合になるのかがとても楽しみだ。

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

「えっと…4組のクラス代表、更識 簪です。

この機体(打鉄 弐式)の初陣、絶対に負けないよ」

 

「3組クラス代表、メルク・ハースです。

全力で行きます!」

 

試合開始のブザーが鳴る。

私は両手にレーザーブレードを握り、一気にクロスレンジへと持ち込む。

簪さんの両腰に備えられた砲門がこちらを向くのを確認し、速度をそのままに真上へと方向を変える。

 

「凄い機動力だね」

 

更識さんの手に近接戦闘兵装が現れ、握られる。

あれは、長物(ポールアーム)

槍…のようにも見受けられますけど、その穂先の部位はレーザーで構築されているような…。

 

「面白い兵装ですね!」

 

左手にもブレードを握り、一気に距離を詰める!

あのタイプの兵装はクロスレンジに持ち込めば…!

 

「『薙刀』っていうんだよ、知ってる?」

 

「『槍剣(ブージ)』に似たようなものだということは察して取れますよ!」

 

接近を試みていたのに、両腰の砲門からの射撃で必要以上に距離が詰められない。

その最中に在りながらも、更識さんは薙刀を振るってくる。

 

「凄い腕前ですね、もしかして薙刀の経験は代表候補試験の時から?」

 

「ううん、それよりもずっと前からだよ!」

 

代表候補に成れてよかったと思えます。

こうやって、自分の知らない何かを得られるというのなら!

 

「絶対に負けません!」

 

お兄さんが時折口にする言葉、『ちっぽけな完成よりも、偉大なる未完全を』その言葉の意味を今になって実感出来る。

左手のブレードを収納し、今度は銃を握る。

近接戦闘と射撃を交えた戦術に切り替える!

 

 

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

「メルクちゃん、凄いわね…。

まだ1年生なのに、あの実力…二年生の生徒相手にでもタメを張れそうだわ」

 

メルクちゃんの腕前はそれほどまでだった。

右手にブレードを、左手に銃を持ち、遠近両用の戦術に切り替えている。

流石に度肝を抜かれる、あの腕前はそう簡単に身につくものじゃない。

まさかとは思うけれど…。

 

「ねえ、メルクちゃんは誰に師事してもらっていたの?」

 

「FIATのテスターの方ですよ。

俺も、メルクも、その人に教えてもらっているんです」

 

「その人の名前は?」

 

「…?『ヘキサ・アイリーン』さんです」

 

聞いたことの無い名前、専属のテスターの方かもしれないから可能性からは除外しておこうかしら。

でも、代表候補の子に教えるほどでもあるのだから、教える側としても優秀なのでしょうね。

そう思いながら横にいるウェイル君の顔を盗み見る。

メルクちゃんの腕前を見ながらも目をキラキラさせている。

出てくる言葉といえば「凄い」「良いぞ」だとか語彙力がちょっと低い称賛の言葉ばかり。

どうやらウェイル君には裏の顔は無いらしい。

私はメルクちゃんから警戒されちゃってんるんだけどなぁ…。

まあ、最初の印象が良くなかったのかもしれないけれど。

 

「ん?俺の顔に何かついてますか?」

 

「え⁉あ、ああ、何でもないのよ、気にしないで!」

 

思わず眺めちゃってたらしい、何やってるのやら、私は…。

 

モニターに視線を向ける。

二人のSE(シールドエネルギー)は…随分と差がついている。

簪ちゃん(打鉄弐式)は30%、メルクちゃん(テンペスタ・ミーティオ)はまだ81%といった結果。

ここまで差をつけながらも、メルクちゃんは、全力の本気を出していない。

それに、兵装も全部を使っているわけじゃない。

まだ何か隠し持っていると思われる。

なのに、この結果。

 

「教える側も半端じゃないってことね…」

 

簪ちゃんの機体のデータは一通りは揃っている。

だからこそ、簪ちゃんも例のアレを使用していないことは察して取れた。

まあ、アレは派手過ぎるし、メルクちゃんだったら回避までやってのけそうな気もするから賢明、かしらね…。

 

「ふぅ、仲直りできれば良いんだけどなぁ」

 

妹を守りたくて、裏関係の存在に手を出されなくて、口から零れ落ちた遠ざけるためだけの言葉は、越えられないような壁を作る拒絶の言葉になってしまっていた。

今となってもそれに後悔する、もう少し言い方がなかったのかな、なんて。

 

そんな悩みのうちに試合が終わる、結果としてはメルクちゃんの勝利という形で。

やっぱり強いわ、メルクちゃんは…。

 

試合終了のブザーが鳴り響いた後、二人は反対側のピットに並んで飛んで行った。

…おねえさん、ちょっと寂しいなぁ…。

そして気づけば隣に居た筈のウェイル君の姿も消えてしまっていた。

 

「…なんだかなぁ…」

 

 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 

 

試合が終了してから、二人が反対側のピットに向かったのを見て、俺も走って迎えに行った。

何か楽しそうに話し合ってるのを見かけたけど、まあいいか。

 

「よう、お疲れさん」

 

ピットに到着したころには二人の機体はすでに収納された後のようだった。

 

「お兄さん!私、勝てました!」

 

メルクは満面の笑みだった。

さて、更識さんはといえば、悔しそうだったけれど

 

「次は必ず勝つから!」

 

諦念など全く無く、次の機会に向けての宣戦布告をしてきていた。

こういう空気は嫌いじゃない。

 

「で、ウェイル君」

 

「なんだ更識さん?」

 

途端にブスッとした表情に。

この寒暖差は何なのだろうか。

 

「…できれば名前で呼んでほしい…名字で呼ばれるのは好きじゃないから。

その代わりに、私も名前で呼ぶから」

 

そういう事か。

それに、生徒会長とは今も確執があるようだし、仕方ないかな。

 

「判ったよ、えっと…コホン、簪…で、良いかな?」

 

「じゃあ、私も…簪さん、で」

 

何というか、クラス外で友人が出来たのは初めての経験かもしれないな。

それはメルクも簪もそうだったのか、嬉しそうにしていた。

もう少しばかりこのやり取りをしていたかったのだが、モニターからアナウンスが。

 

「あ、次の組み合わせが発表されるみたい」

 

試合が執り行われるのは今から30分後。

インターバルの間に整備のし直しや、準備なども含めてやらなきゃならないらしい。

テンペスタ・ミーティオのメンテナンスに入りますか。

 

この後はハンガーに持っていって、そこでエネルギーを充填させながらの調整に追われることになる。

だがしかし、その前に組み合わせを確認しておかないとな。

モニターに目をやり、そこに現れたのは…。

 

「…へぇ…」

 

俺の出番はまだまだ後…と思っていたのが、俺の出番が早速やってきていた。

で、相手は誰なのだろうかと思って続報を見ると

 

「1組、クラス代表…織斑 全輝(まさき)…!」

 

ズキン、と額の傷跡が疼いた気がした。

あの日もそうだった…食堂で相対した瞬間、傷跡が疼いた…!

 

「あの、お兄さん?」

 

「…大丈夫だ…」

 

メルクに返す声もどこか冷たくなってしまっていた。

言葉だけじゃない、周囲の空気が冷たく感じた。

テンペスタのモニターを展開する、気温、気圧に変化は無い。

寒く感じてしまっているのは、きっと気のせいなんだろう。

 

「ウェイル君、顔色が悪いよ?」

 

「大丈夫、大丈夫…すぐに良くなるよ…」

 

深呼吸を一度、二度、三度……よし、落ち着いた。

おっと、眼鏡も拭いておこう…。

 

「よし、なら俺は最終調整に入るか。

メルク、一緒に来てくれミーティオの調整もしておかないといけないだろう」

 

「あ、はい!」

 

必死の強がり、というのはバレているんだろうな…俺のことに関してはメルクは人一倍早くに気が付く。

そのおかげで助かった経験なんてそれこそ両手両足を使っても数えきれないだろう。

 

「手、震えてますよ」

 

今もこんな調子だもんな。

傷跡が疼き、寒気がする、おまけに手が震えるときたもんだ。

食堂で一度顔を合わせただけだったのに、なんであんなにも俺はアイツを恐れてしまっているんだろうか…?

 

「大丈夫だ、大丈夫だから…落ち着け、俺…!」

 

ハンガーでメルクのミーティオを調整するのと一緒に俺のテンペスタの最終調整に奔走した。

少ない時間をギリギリまで使い、ようやく納得のできる結果を出せた。

後は…試合だけだった。

 

「さてと…行こうか…!」

 

気遣ってか、同行してくれるメルクを傍らに格納庫から出たところで、彼女がそこに待ち構えていた。

 

「最終調整に余念が無いわね、ウェイル君」

 

「…何の用ですか?」

 

俺よか先にメルクが訝しげな視線を突き刺す。

うん、俺もちょっと疑うかな、このタイミングで遭遇するとか。

 

「う~ん、その視線は辞めてほしいんだけどなぁ。

二人が機体の整備をしている間に邪魔が入ったりしないように見張っておいてあげたんだから」

 

頼んでないんだけどなぁ…。

確かに調整している間は無防備なことこの上ないから狙いやすいだろうけど、調整中に妨害してくる人がこの学園に居たりするのだろうか?

…あ、居るか。

この前の食堂で不意打ちしてくる人とか居たりするわけだし。

 

「邪魔、入りそうになってました?」

 

「お姉さんが居たから大丈夫だったわよ」

 

あ、居たのかよ。

他人を妨害してまで勝ち取る勝利に何の価値があるのだろうかと疑わずにいられない。

調整に邪魔が入らなかったのはありがたいけども…。

 

「それに、私は個人的にもウェイル君に興味があるからね♡」

 

どこまで本気なのかと思わずにいられない。

はぁ、だけどこの人とは腐れ縁になりそうな気もするし…。

それとメルク、頬を膨らませるな、そんなことしなくてもメルクは可愛いから。

 

思わず脱力しそうになったけれど、良い感じにリラックスはできたかもしれない。

この気分のまま試合に臨みたいと思う。

ピットに到着し、時間を見ると、規定時間の1分前だった。

危ない危ない、このままだったら棄権扱いになるところだったよ。

けど、相手選手の姿もまだ見えない。

 

「…いや、見えた…!」

 

向かい側のピットに居た。

その傍らには、先日の木剣を振り回してきた女子生徒と…黒スーツの女性が居た。

 

「…!」

 

再び悪寒が走る

 

息が詰まりそうになる

 

アレが誰なのかはわからない

 

だけど…

 

「お兄さん」

 

()手を握ってくれる小さな手を感じる。

メルクがまた気を遣ってくれたらしい。

本当に頭が下がるよ。

 

「大丈夫だ、じゃあ行ってくる」

 

息を整えてから二人から離れる。

そして…

 

「来てくれ、嵐影(テンペスタ・アンブラ)!」




セシリア、君の事は嫌いじゃなかったよ。
今作では、彼の悪性を引き立てる為に礎になってもらったのは否定はしない。
だが、原作でもそうだが、君はやり過ぎていたのだと私見では思う。
その分、箔を付けた上での退場をしてもらう事に。
再度言うよ、君の事は嫌いじゃなかったよ。

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