IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第25話 西風 兄として

生徒会長の人となりは理解した。

そしてそれによるこの人の気苦労も多少は理解した。

一番割に合わないことになっているのは布仏女史ではなかろうか。

振り回されているのかもしれないなぁ、日常茶飯事のレベルで。

 

「それで、他に何かお話はありますか?先輩?」

 

このタイミングで隣に座っていたメルクが口を開く。

何故かは知らないけど、生徒会長の時と同じく何かに警戒している様子だった。

ここまで話をして俺も多少は気を許してしまっていたけど、まだ警戒しておくべきことは…あ、在った。

 

「生徒会長はどうやってこの部屋に忍び込んだんですか?」

 

メルクが聞き出そうとしていたのはそれだった。

あ、確かにそうだ。

この部屋は俺たちに宛がわれていたけれど、鍵を開く前からあの御仁は中で待ち構えていたのだから、不法侵入の経路と方法は調べておかないと対策の立てようもない。

問い詰めようとすると先輩の視線は天井に。

 

「それは…」

 

…あ、通風孔か…。

 

「スパイ映画やってるんじゃないんだぞ…」

 

後で溶接しておくことにした。

そのあとも多少の世間話をするだけして帰ってもらうことになった。

 

 

 

 

「生徒会か…あの会長さんのせいで妙な偏見が出来てしまったな…」

 

両親や、姉さんへの連絡も終わり、天井の通風孔を溶接して人が出入りできないようにして終わり一息つくと、一緒にため息を吐き出した。

そもそもはといえばあの生徒会長が悪い。

あの人の妙な行動力のせいでメルクも気が立ってしまっている。

布仏先輩が相手でもどうにも警戒してしまっている。

その張本人はといえば、今は優雅に入浴中だ。

 

「うん、コレで良し」

 

ピッチリと溶接出来ていて、これで開く事も出来ない。

こういう技術も父さんから学んだものだ。

あの生徒会長の件は謝罪が入った為、姉さんへの報告には加えていない。

コレでロシア政府だとか日本政府への糾弾とかシャレで済まない話には至らないだろう、あくまで内密な話になるだけだ。

今日の件について話をして終わったけど、残念な事があるとすれば、シャイニィに触れなかったのが非常に残念であるというものだろう。

あのフワフワとした毛並みに触れないのがこんなに残念に感じるとは…。

 

「次に会えるのは5月の連休とかになるんだよなぁ…。

長いなぁ…。」

 

いつも一緒に居たのはメルクと同じ。

姉さんが居ない日には家に滞在していた。

毛並みに触れられなかったのは、ほんの数日だったな…。

思い返してみれば、初対面の時からどうにも気に入られていたんだよなぁ。

 

「お兄さん?もう工事は終わったんですか?」

 

おっと、メルクがお風呂から出てきたみたいだ。

今日も今日とて猫柄プリントのパジャマだ、勿論そのプリントはシャイニィなんだろうな。

メルクの合格祝いとして、家族一緒になって選んだものだ。

恥ずかしいことにも俺にもパジャマが買い与えられており、背中にはカモメがプリントされている。

 

「おう、キッチリ溶接したからネズミ一匹入れないぞ」

 

あ、でもシャイニィくらいは出入りできるようにしたほうが良いかな?

この場に居ないんだからそんな事をしても意味無いか。

これで通風孔からの侵入は防げるだろう。

あんのスパイ生徒会長の行動力は並大抵のものでは無いだろうと思い、メルクが風呂に入っている間に部屋の隅から隅まで調査をしておいたが、他に侵入経路になりそうな場所は無かった。

他に入ってくるとしたら、ドアを壊すか、テラスに通じている窓ガラスを割るくらいだろう。

そんな事をすれば間違いなく器物損壊で生徒指導室行きになるだろうから、そういった真似はしないだろう。

だから

 

「ハァイ♡」

 

テラスに彼女がいるように見えたのはただの幻覚だろう。

登場した際の格好があまりにも刺激的だったんだ、瞼に焼き付いてしまっているだけで、開いた強化防弾ガラスの向こうには誰も居ない。

開いた所で入ってくるのは陽射しと風だけだった。

星を見られないのも残念かもしれないが、さっさと防音カーテンを閉じるのであった。

 

…俺の偏見はあながち間違いではないのかもしれない。

だが、少しは訂正しよう。

『生徒会に所属する人間は変人』なのではない。

『生徒会長こそが奇人変人である』と。

…一応、布仏先輩に通報をして処理してもらうことにした。

今日はゆっくり眠れたら良いな…。

 

一応眠る前にメルクに見てもらいながらも教材を見ながら予習をしておく。

それが終わったら、自分の預かったテンペスタを確認してみる。

搭載されている兵装の3つを振り返ってみよう。

後付式副腕『アルボーレ』

可変形式銃槍剣『ウラガーノ』

可変形式脚部展開クロー『アウル』

一通り上手く使えるように訓練はしている。

明日の朝からもメルクと一緒に訓練をする予定だ。

代表候補生のメルクには正直勝てる気もしない、そもそも喧嘩になっても俺はメルクに勝てないのだから。

腕力で勝っていても、技術面はメルクが数段上だ。

 

「で、結局こうなるのな」

 

部屋にベッドが二つ在るにもかかわらず、メルクは俺と同じベッドに入ってきて、俺の左腕を枕にして眠っている。

長い合宿期間を終えた後も数日間はこんな日が続くこともあった。

俺としては別に構わないが、それでも少々恥ずかしい。

視線を滑らせてみると、落ち着いた様子で妹は眠っている。

こうやって落ち着いて眠れるというのなら、俺としては文句は言ってはいけないだろう。

さてと、俺も寝ようかな。

 

目を閉じて頭の中でスケジュールを思い返す。

今日だけでも新入生幾人とは顔を見合わせ、簡単な自己紹介をするくらいの余裕もあった。

明日になれば、また多くの生徒とかが姿を見せるようになるのだろう。

そして明後日には始業式、もしかしたら噂のもう一人の男子生徒と顔を合わせる事になるのかもしれない。

名前は…確か…

 

「オリ…ムラ…」

 

額の傷跡がジクジクと疼く気がした。

それに…何か触れてはならない何かに触れてしまっているような、そんな錯覚すら在った。

胸の奥、心臓を掴まれているようなそんな幻さえ感じてしまっていた。

 

「バカか俺は…どこの誰だろうと関係無いってのに…」

 

その人物に関しては全く知らない。

FIATで訓練を受け、名前をちょろっと耳にしたくらいだ。

興味はあるけど、特に調べる事なんてしなかった。

同じような境遇でこの学園に通うことになってしまったんだ、いずれは顔を合わせる事も在るだろう。

なら、その人物のことに関しては学園に通っている間に分かるものだと思っている。

友情関係の構築が出来れば良いなとは思っている。

だけど同時に…嫌な予感を感じさせる人物だろうという何かを感じ取っていたのも確かだ。

 

 

夢を見た

粘つく闇に囚われた傷だらけの少年の夢を

傷ついた背中を向けながら彼は細い声で叫ぶ

 

「居場所が欲しかった…」

「…居場所になりたかった」

 

その叫びは、いつも悲嘆と絶望に染まっていた

 

 

 

 

夢を見た

涙する少女の夢を

 

「一緒に居たい…」

「一緒に居られなかった自分が赦せない」

「もっと…踏み込んでいれば…」

 

その叫びはいつも後悔と自責の念に潰されそうだった

 

 

 

 

夢を見た

逆光に隠れる誰かを

 

「オマエガワルインダゾ」

 

その声は、いつも悪意と優越感に満ちていた

 

 

 

冷たい夢はそこで終わる

何もかもが裏返り、視界に広がるのは家族との夢だった。

イタリアで過ごした暖かな日々

 

満ち足りているのに、何かが欠けていると感じていた。

けど、その欠けたピースを埋めてくれていたのは紛れもなく家族だった。

料理を教えてくれた母さん。

機械について教えてくれた父さん。

学業関係で色んな事を教えてくれたメルク。

世界を教えてくれた姉さん。

俺の中の失われた何かを与えてくれたのだと思ってる。

だから俺は…

 

 

 

目が覚めた。

一番最初に目に入ってきたのは、見慣れない天井だった。

一瞬混乱しそうになったけれど、現状に至るまでの経緯を思い出す。

 

「ああ、そうだ。

ここはイタリアじゃない、極東に在るIS学園の学生寮だ」

 

ああ…俺、本格的に女子高に通うことになったんだな…イタリアの工業高校に通える筈だったのにな…。

早くもホームシックになりそうだったけれど、深呼吸してから上体を起こす。

メルクももうすぐ起きるだろう、それに備えて準備をしておこう。

脱衣場に入り、動きやすい服装に着替え、寝間着を洗濯機に放り込む。

それからコーンスープを作る。

早朝からジョギングと訓練に行くんだ、これくらいの量は胃袋に入れ、体を温めておきたい。

 

「ん…ん~…お兄さん、おはよう…」

 

「ああ、おはよう。

スープを作ったけど、飲むより前に顔を洗って来いよ」

 

「そうします…ふ…ぁ…」

 

どうやら普段と違うベッドでも熟睡していたらしく、まだまだ眠気が残っているらしい。

あのベッド、すごいフワフワだもんな、我が家で使っていたものよりも品が良い物なのだろう。

こんなところにまで金を惜しみなく使っているのか、IS学園。

 

メルクも着替え、スープを一緒に飲む。

生クリームも入れてあるから喉越しもいい。

これも母さんから教えてもらったレシピの一つだ。

 

「さて、じゃあ行くか」

 

「はい!」

 

授業でISを使う事にもなるし、放課後や早朝にもISを使用して訓練することも在り、学生服の下にISスーツを着込むようにしている。

全身タイツを着用しているようなもので、どうにも違和感がある。

それを悟られないように、俺の制服は長袖と長ズボンのセットだ。

物のついでに、白髪を隠すためのフードを上着に勝手に縫い付けている。

おっと、眼鏡も忘れずに、と。

 

学園には9つのアリーナが存在し、各生徒は気まぐれで使用するアリーナを選んでいるらしい。

陸上関係に費やす体育会系でガス抜きをする人も居れば、ISを使用して本格的に訓練する人も居る。

この学園に配備されている機体は三種類。

だが概ね使用されているのは、日本製第二世代量産機『打鉄(うちがね)』と、イタリア製第二世代量産機『旋嵐(テンペスタⅡ)』。

 

フランス製第二世代機『疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)』は、導入されているものの、倉庫の奥で埃を被っている予備パーツ扱いらしい。

コアもテンペスタや打鉄に載せ替えられているのだとか。

 

んで、今日俺達が使うことにしたのは第3アリーナ。

まだ早朝の五時半なので、誰も居ない。

二人でトレーニングするには過剰なまでに広い訓練場所だ。

準備運動をしてからグラウンドを一周。

それから俺達二人の専用機を展開してからの基本訓練に移る、そんな流れだ。

始業式はまだ明日だから、それぞれの割り振られることになる教室にも入れない。

なので今日は特訓三昧だ。

 

けれどまあ、ある程度時間が過ぎると興味を持ったのか、訓練をしに来たのか知らないが女子生徒が集まるわ集まるわ。

別段見ているだけで声をかけてくるわけでもない。

 

「ここから先はアルボーレは使わないほうが良いな、アウルもウラガーノも」

 

なので、一応は搭載しているデフォルトの装備を展開しておいた。

メルクもそれを察したのか、ブレード一振りだけにしていた。

そこから先の訓練の内容は至って平凡な接近戦に限らせる。

射撃も、独自の兵装も収納したままにしておく。

 

よそ見をするつもりは無いけど、視線が気になって周囲に視線を向けてみる。

ISに標準搭載されているハイパーセンサーは便利なもので、全方位が一度に、そして同時に見える。

あ、生徒会長も来たみたいだ、見てるだけのようだが。

 

「…人目が集まり過ぎてるな、ここまでにしよう」

 

「そうですね」

 

着陸してから機体の展開を解除して収納する。

機体に収納しておいた緊急用の制服を身に纏い、フードをすっぽり被る。

そのままさっさと退散させてもらうことにした。

 

で、更衣室のロッカーに入れておいた制服を機体に再インストールしてからアリーナから出た。

そのまま地図を見ながらやってきたのは図書室だった。

ここなら静かに勉強なり予習なり出来そうと思ったのだが…先客が結構居るなぁ。

ならば食堂はと思ったのだが、生徒達の憩いの場らしいのでとっとと退散。

結局の所は、学生寮に戻ってくる羽目になったのだった。

 

「落ち着かないからって部屋に戻って引き籠るとか、本格的にホームシックだよなぁ」

 

口をついて出てきたのは負け惜しみだった。

感じた視線は様々だ。

似て非なるものかもしれないが『興味』と『好意』。

それとは真逆の『侮蔑』と『敵視』。

誰かはわからないけど『嫉妬』も在るみたいだ。

それから最後に、あくまで傍観者を気取ろうとする『観察』。

など様々だ。

視線を向けられるのとか未だに慣れない。

こういうストレスは釣りで癒すのが一番だね。

だが残念なことにもこの学園近隣の釣りスポットをを俺はまだ知らない。

 

「…釣りが出来そうな場所を探してみようかな」

 

あの大橋は却下だ。

海面との距離がありすぎて吊り上げるまでに糸が切れそうだし、高低差があるという事は風も発生する。

つまり、釣り糸を思った場所に下ろす事が出来ない。

そうだ、裏には港が在ったような気がする、そこで釣りに挑戦してみよう。

とは言え、明日は入学式という形になっていた筈、釣りに挑戦できる時間なんて無さそうだ。

早朝はランニングの訓練が在り、放課後にしたってこれまた訓練だとかメンテナンスが待ち受けている。

釣りが出来そうなのは週末程度しか無さそうだ、ここに関してはイタリアに居た時とそんなに大差は無いのかな。

 

「えっと…ウラガーノは、と…」

 

今回少しばかり弾丸を使用した為、その分を補充させておく。

アウルは稼働そのものをさせていないから問題はないが、駆動確認をしておく。

これを怠れば、使うべき時に使用できなくなるというシャレにならない展開が待ち受けているかもしれない。

続けてイーグルは…良し、問題は無さそうだ。

アルボーレは…

 

「良し、こっちも問題無いな…」

 

続けて背面メインスラスターの確認、脚部サブスラスターの確認。

反重力制御ユニットの確認、マニピュレータの駆動、各関節部分の駆動。

それらを全てを緻密に確認しておく。

これで「試合に必ず勝てる」という訳でもない。

だがそれでも『確認を怠っていたから敗北した』などと言う負け惜しみは言わなくて済むようになる。

それに俺が求めているのは試合での勝利ではなく、試合で得られるであろうデータそのものだ。

 

「後は…『リンク・システム』だな」

 

より多くの経験値をコアに与えるために、このシステムをインストールし、登録している機体同士で経験値を共有経験させている。

つまり、インストール、登録した機体2機で模擬戦をすれば自分の経験値を相手に植え付け、相手の経験値は自分にも与えられる。

自分と相手の経験値を同時に得られるからそれだけで二倍の経験値を取得出来る事になる。

3機でバトルロワイヤルをすれば三倍習得といった具合にだ。

自分の手で完成させたかったけど、ここはまだ俺には手が出せなかった、悔しいけど。

 

「これも問題無しかな」

 

それから全システムを確認するのにお昼まで要した。

ああ…腹減った…。

 

「お兄さん、お昼ご飯出来ましたよ」

 

「助かったよ、もう空腹でさ」

 

お、この薫りはミネストローネか、大好物なんだよな。

メルクが作る場合は豆が多く入っている。

それとシャキシャキとしたキャベツもたっぷりだ、姉さんがメルクにも仕込んだのかもしれないな。

うん美味しい。

 

 

食事が終わってからはこれまた勉強だ。

メルクがいろいろと教えてくれているが、そのスピードは俺に合わせてくれている。

システム関連ではいろいろと理解していたつもりだが、まだ甘い部分も残っていたらしい。

一時間の勉強につき10分の休憩を挟むという学校のカリキュラムのような状態で勉強をしていく。

 

「もう無理だ…」

 

頭がパンクしそうになった。

ペンを握る左手も気のせいか痛むようになってきた。

楯無さんの扱いに関しては、前作とは分別を着けようと思い至り、再度アンケートを実施します。

  • 友人、頼りになる生徒会長
  • ヒロインとして投入

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