IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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急遽、加筆修正しなければいけない場所が在り、投稿時間を遅くしました。
すいません。

Q.一夏君が誘拐された件ですが、もう少しヒントを貰えませんか?
P.n.『世界の中心で狂おしき愛を叫ぶ』さんより

A.…こ、これ以上のヒントですか?
これが最後ですよ?
『大会終了後、千冬が自宅に帰ってきた際の織斑兄の様子』

これ以上は流石にネタバレに近いのでご容赦を

近日中に登場人物紹介や世界設定を用意しときます。
いや、殆ど書いてはあるんですがもう少し加筆をしとかないと納得できないものでして。


第22話 流風 その刻が来て

ダァンッ!!!!!!!!

 

あまりの怒りに我を失いそうだった。

 

あまりの憤怒に気が狂いそうだった。

 

いっそ気が狂ってしまえばどれだけ楽だろうか。

 

そんなことすら考えた。

 

やっと…やっと忘れられると思っていたのに…!

 

それは三日前の早朝のニュースだった。

世界で初めて男性IS搭乗者発見を知らせていた。

このニュースはたった一日で全世界を巡っていた。

 

『織斑千冬の弟、男性IS搭乗者となる』

『世界初の男性IS搭乗者、日本に現れる』

『神童と呼ばれる少年が世界に激震を走らせる』

『初代ブリュンヒルデの弟、その名は【織斑 全輝(まさき)】』

 

 

 

 

振り下ろした拳の下では議事堂の執務室の机に亀裂が走っていた。

 

「…首相、あのニュースは真実なのサね?」

 

「ええ、間違いありません、真実です。

既に我々とアリーシャさんの情報網を利用して調べ上げましたが、裏付けが整っています。

間違い無く、彼はISを起動させました。

世界で最初の男性IS搭乗者として世界中に名が響いています」

 

ギリ…!

 

右手は拳のまま強く握りしめる。

それが過ぎて爪が皮膚を裂き、赤い流血が机に滴る。

 

「なんで…なんで今になって奴等が…!」

 

「国際IS委員会からイタリアにも通知が届きました。

同年代の男子学生にも適合検査を行い、二人目の男性IS搭乗者となる人物を探し出せ、と」

 

国連にも匹敵する巨大な組織が国の長にも命令口調で命じてきた、と。

普段から怠惰な組織のくせに、こんな時にも他力本願か。

 

「ってことは…」

 

「ええ、ウェイル君も適合検査を受けることになります。

場所は三日後、彼が通っている高校の体育館にて。

そこでアリーシャさんには、その場にて監察官をしてもらう予定です。

むろん、警察や空軍にも連絡を入れ、国際IS委員会が立ち入らないように警戒はするように手配はしました。

ですが、その場合でも…」

 

「結果は向こう側に漏洩する危険性が在る…いや、その危険は大前提になる、か…」

 

全世界で、あのクソガキと同年代の男子学生はISの搭乗者になれるのではないのか、という可能性が出てきた。

だが、それを統括する組織がクズにも程が在る。

各検査施設ではあの組織の構成員が検査を見ることになっている。

しかも、銃を携帯した状態か、ISを待機形態にした状態での待機という扱いで。

 

発見されようものならば、その場で即座に銃殺をも計画している危険性が見え見えというわけだ。

 

「で、どうするのサ?

最悪、ウェイルが起動させてしまう可能性が」

 

「ええ、極大です。

ですから、対策を打ちました」

 

その対策を訊いて、私も即座に動くことにした。

 

けれど、それすらも手遅れだった。

 

その日はウェイルがバイトをしているFIATのヴェネツィア支部への見学会だった。

一室に第一世代機のテンペスタを置き、説明をして終わるだけだった筈なのに、係員による勝手な判断で生徒達に触れさせたから。

大勢集っている生徒の中、バイトをしているウェイルが最前列に立たされ、触れる事になったらしい。

『らしい』と言うのは、私が間に合わなかったから。

一人が触れ、反応が無ければ次の生徒へ交代させる。

そんな形にしていたと言うのに。

見学会の都合も鑑みて、一人が触れる時間は長くて1.5秒になるだろう。

触れても反応しなかった生徒はそのまま次の部屋への見学を行うという形になる。

その瞬間には私は間に合わなかった。

ここなら、国際IS委員会も不必要に入っては来れないから、だからこそ。

事前のアポを入れておかなければ立ち入ることすらできない製造機関、兼、研究所。

無論、ウェイルには気づかれない形で周囲も動き始めている。

あろうことか、あの日と同じように、民間、警察、軍、マフィアが動いているという始末。

それでも、係員の勝手で間に合わなかった。

 

私が一室に飛び込んだのは、その瞬間だった。

ウェイルが周囲に勧められISに触れる刹那。

 

「えっと…テンペスタに触れれば良いのか…?」

 

ウェイルはいつも機械関連にも、IS関連のことにも働いている。

触れる機会なんてソレこそ幾らでも在るけれど、それはコアを取り除いた状態の機体か、もしくはバラバラにされた状態だった。

だから、今まで起動は一度もさせていなかった。

だけど、今回は違う

 

「ア、アレ…⁉」

 

目の前で、ウェイルはIS(テンペスタ)を起動させてしまっていた。

 

「…間に合わなかった…」

 

私のその呟きは、混乱状態に陥っているウェイルには聞こえていないと信じたかった。

 

ウェイルが起動させてしまった直後、その部屋を封鎖し、その隣に事前に用意しておいた通路に残りの生徒達を通らせ、形だけの検査が滞りなく進むように促した。

結果として、起動させたのはウェイル一人だけだった。

それでも、人の口に戸は立てられない。

目撃者は係員と多くの学生。

すぐにSNSで情報が拡散し、奴等の耳にも届いた。

 

だけど翌日の国際IS委員会の構成員が検査を視察しに来た日は盛大にすっぽかしてやる。

イタリアにも国際IS委員会の支部が在る。

そこに居る穏健派のメンバーに渡し、適当にデータを捏造させ、提出させるという荒業。

だけど、ウェイルの名前だけはごまかしようのない事実として送られることになる。

 

「…姉さん、なんというか…ごめんなさい…あれだけ勉強を見てもらい続けてたのに、進級も決まってたのにフイにしちまって…」

 

ISを起動させてしまい、数日後に届いた通知が机の上に広げられていた。

それはウェイルに課せられた命令だった。

『IS学園への編入命令』

しかも、ウェイルがたたき出したデータや、設計案などは例外無く徴収するというオマケ付き。

早い話、ウェイルがISを搭乗した際の起動データや、今後開発されるであろう品の設計図や、考案したものの情報を奪い取ろうとする画策の一覧だった。

けれど、イタリアは即時に抗議書を送り付けた。

それと同時に、ウェイルは『バイト』ではなく『企業所属』という肩書になっている。

 

それによって、ウェイルの考案、開発した品の所有権は、FIATに還元されるという仕組みを急遽とりなした。

ウェイルはこれでイタリアお抱えの技術者という事にもなる。

無論、一国民として国家が守ろうとするのは至極当たり前だろう。

こんな荒業がなんとか通せたのは、ウェイルがFIATでバイトをしているのと、既に偉業をなしているからだった。

 

「ウェイル君にも今後はISを使用してもらい、起動データを収集してもらわなければなりませんが…肝心の機体はどうするべきか…」

 

「機体なら問題無いサ。

メルクの『テンペスタ・ミーティオ』を製造する上で必要になった試作機が在る。

あの試験機体をウェイルに合わせて調整しようと思ってるサ」

 

そう、あの機体ならウェイルに合わせて調整をしやすいとさえ私の勘が告げていた。

兵装に関しては、まだこれからだけれど、都合がつけられる物資が存在している。

尤も、それはテンペスタとしての基本兵装だけれど。

 

「ウェイル君ですが…」

 

「ああ、私の指揮下のテスター、ヘキサが面倒見ているサ」

 

その進捗は比較的順調。

だいたいではあるけれど、機体の性能面の把握が出来ている。

バイトといえども、システムや機能を齧った程度には理解している。

その助けもあって、進行具合は悪くはなかった。

だけど、今後のことを考えれば、急がなくてはならない。

 

「そうでもしないと、ウェイルは…」

 

「ええ、彼は渦中に飲み込まれる」

 

危険性その1、織斑姉弟。

血縁である事が疑われる可能(危険)性が高い。

たとえ、日本に於いて『織斑 一夏』が故人として扱われていたとしても、だ。

日本人の誰一人として、彼の死亡を確認したわけではないのだから。

これまたオマケとばかりに、IS学園にはあの女が教師として存在し、クソガキがそのクラスに入る事になっているという情報が私の手元に来ている。

 

危険性その2、篠ノ之 箒。

こいつは人格的な問題。

ウェイルが病院に担ぎ込まれた際、既に右腕は骨折していた。

その原因となったのがソイツだ。

兎の妹だからと言うだけで、IS学園への編入が決まっているとの事だから接触は避けさせたい。

人格的にも問題が在り、非常に短絡的で暴力的。

尚且つ、怒りの沸点が低く、言葉に困れば暴力に走る傾向が在る。

更には兎の名を利用して相手を黙らせたりとかも珍しくない。

言わば、言葉の語彙力が皆無。

暴力と姉の名を利用して、理解を求めぬ圧政者か、はたまた『虎の威を借る狐』か。

いずれにしても危険なメスガキだと思っておくサ。

 

危険性その3、『日本政府』そのものサ。

あの大会の日、彼を真っ先に見捨てた存在であるが故に。

『ウェイル・ハース=織斑一夏』であることが露見しようものならば、かつての失態を更に隠蔽しようとする。

あの国は、自分たちの失態を隠蔽したうえで全てのけん責をフランスに負わせたのだから。

 

危険性その4、その日本政府が放つであろう暗部(・・)

国を支える暗躍機関(カウンターテロ)であると同時に、随一の情報機関組織。

数年前には、私の身辺調査をするためにあの女が雇ったうえで放たれてきていたが、悉くを水泡に帰してやった。

だけど、それを今後もしてこないとは残念ながら言い切れない。

少なくとも、もう動き始めているはず。

 

危険性その5、『フランス(・・・・)』。

あの国もまた、あの日に彼を見捨てた。

理由の一つとしては、世の中に蔓延る『女尊男卑』の風潮によるもの。

その風潮が当たり前になってきているフランスに於いて、男である彼の命は、あまりにも軽かった。

二つ目の理由としては、フランスという国の沽券によるもの。

国際IS武闘大会『モンド・グロッソ』の初回大会開催地に選ばれたフランスは、大会関連でスキャンダルが起きたことになっては示しがつかなかった。

だから、何も起きなかった事にした(・・・・・・・・・・・・)

それを率先して行ったのが、フランスのIS企業であるデュノア社。

そこの社長夫人は女尊利権団体の筆頭近くとコネクションを築いており、それだけでなく、過激派組織ともつながりがあるとか聞いた覚えもある。

まあ、あの企業は社長ではなく社長夫人に牛耳られているのだろう。

尤も、後に隠蔽に躍起になっているのがバレ、国の信頼は地に堕ちた。

それも国際レベルというか世界的にも、サ。

隠蔽した日本も、非難する側に回ることにより、日本は自身らの無責任さと隠蔽した事実を有耶無耶にした。

 

 

危険性その6、『女尊利権団体』とその過激派組織『凜天使』

あの連中はISを得たというだけで『自分達だけが正義』だとか『神の遣い』だとかを堂々と宣言して過激な活動を起こしている。

そして、目的のためには手段を択ばない。

最近の話でも、彼女等を非難した企業だとかを潰す為に、都市一つ(・・・・)を灰塵に帰したという話もある。

そこに住まう5000人以上もの人間を巻き添えにして。

あの連中は手段を択ばないだけでなく、自らの行動を顧みない。

大量の人間をもののついで(・・・・・・)に虐殺をしておきながら奴らの言い分とくれば

「無力であった側が悪い」「そこに居た自分を恨め」とかばっかり。

私も奴らを討伐する部隊に組み込まれ、捕縛はしたものの、気分が悪いことこの上無かったサ。

それでもソイツ等は全てが捕縛されたわけではなく、幾分かが其処に居た同じ組織の人間に見切りをつけて見捨てて逃げ去った。

今も国際指名手配をされてるけどサ。

 

危険性その7…いや、コレは危険性とは言えないか。

彼女の名は…『凰 鈴音』。

かつて、彼が心を開いた友人であり、ただ一人愛してくれた人。

報告書を見る限りでは、乾いた日々への潤い、暗闇の中の一筋の光、生きる絶望の中に現れた希望だった。

今でも生存を信じているらしく、軍に所属しながらも情報収集に余念が無い。

だけど、どこからあの女に情報が漏洩するか判らないからこそ、私は凰 鈴音に情報が渡らぬように遮断した。

正直に言えば、あと数年したら…あわよくば、成人年齢になったらウェイルに逢わせてあげようと思っていた。

夢の中にまでウェイルを追いかけてきてくれる人だから。

きっと真実を知っても、あの頃と同じように、いや…あの頃以上にウェイルを思ってくれると信じられるからこそ。

だからこそ、想定外。

彼女の側からウェイルに逢いに来る可能性が起きてしまったから。

 

「ああ、もう…本当にウェイルは前途多難になりそうサ」

 

今更だけどサ。

 

「さてと、それじゃあ私もウェイルの様子を見に行っておくとしようサ」

 

ウェイルはヘキサを相手に射撃戦闘訓練をしている。

訓練の進捗具合を確かめてみる。

最初こそ遅々としていたけれど、いまでは着実に伸びてきている。

悲しいことにも、それは『慣れ』によるもの。

幼い頃から逆風の中に居ながらも壊れずにいたのは、『辛い』といえる環境に居ながらもそれに順応してしまったから。

喪失と絶望にの渦中に居ながらも…だけど、それは『壊れなかった』というよりも、『心を擦り減らし続けた』と言った方が正確だろうサ。

『崩壊への順応化』だなんて、ある意味死よりも残酷サ、なぜあの女は気付かなかったのか。

いや、それもこれも「私の弟だから大丈夫」の愚かしいセリフで片づけたのだろうサ。

 

「へぇ…なかなかやるようになってきたみたいサ」

 

素人にしては標準の領域に近づいている、今後の課題は多いだろうけどサ。

今でこそ取り外されているけれど、ウェイルがあの試験機に搭載していたAlboreは、ウェイルが考案・設計したもの。

けれど今は基本兵装だけになっているからか動きが拙い。

だからだろうか、現状ではあの機体はウェイルと明確に相性が良いとは言い難い。

数値上あの機体はウェイル専用にチューニングされている、皮肉にも試験機は専用機に転換しているけれどその動きは『まだまだこれから』との評価かな。

あの機体はテンペスタらしい動きはまだ上手く出せていない。

テンペスタらしさと言えば、その外見だけ。

けど、それどうやって発揮出来るかは指導者である私達の仕事だろうサ。

それと、ウェイルの努力もサ。

 

「じゃあ、私も見てみるとしようサ!

ヘキサ!交代しな!ここからは私が見るサ!」

 

「了解!じゃあウェイル君、頑張ってね!」

 

「はい!姉さん、コーチング宜しくお願いします!」

 

「ああ、任せな!」

 

私も茜色に染まる大旋嵐(テンペスタⅡ)を展開し、飛翔する。

そしてヘキサとすれ違う瞬間。

 

「裏事情を調査してきました。

後でお見せします」

 

「ああ、判った」

 

その短い会話を交わす。

コレは、ウェイルの身の安全を図るためのもの。

そして、向こう側から手を出してきた際のカウンターとするためのものだった。

この日、ウェイルのコーチングを終えた後になってから報告書を見たが、再び正気を失いかけた。

 

半月が経過し、首相執務室に私は再び訪れた。

そして、テスター兼イタリア暗部であるヘキサがまとめてきた報告書を首相に見せつけた。

そこには、尋常ではない情報が記されている。

同梱されていたUSBには、その証左となる映像が日付と時刻を刻んだ状態で。

 

「では、まさか…」

 

「ああ、そういう事サ。

だからこそ、ウェイルとメルクの身の安全を確保できる可能性を高めるのなら…」

 

「ええ、方法は選んでいられない。

彼は、イタリアに居なくてはならない存在ですから」

 

私達でその書面を作成し、同日にあの学園に送信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後

東洋の学び舎に於いてその話は唐突に起きた。

 

『全教職員は、学園長室に集合してください』

 

それはその日の放課後だった。

学園の生徒が放課後に於ける訓練実習や、部活動に勤しむ時間帯。

その顧問をしていた教職員、職員室や給湯室、談話室で思うが儘の時間を過ごしていたであろう彼女たちが緊急放送によって呼び出された。

呼び出したのは、学園長である轡木十蔵。

外見こそ好々爺だが、今はその視線は鋭くなっていた。

 

「さて、全教職員の皆さんに来てもらったのは織斑先生、貴女にあります」

 

「…な…私ですか…?一体、何が…?」

 

普段は温厚な筈の好々爺の視線がより鋭く、冷たくなる。

そして放たれた言葉は

 

「貴女は、イタリアに何をしでかしたのですか?」

 

氷よりも冷たかった。

その視線は疑いに満ちている。

だが、疑いは彼女の周囲に居た教職員にも満ちていた。

 

「…質問が曖昧で理解が出来ません、具体的に言ってくれませんか?」

 

「織斑先生の弟君に続き、イタリアの地で二人目の男性IS搭乗者が発見されました。

それは貴女もご存知ですね?」

 

彼女は首肯する。

耳に入らぬ筈が無かった。

その知らせは、ある場所を通じて学園にも届いている。

 

「はい、知っています。

ですので、来期から第一学年のクラス担任、副担任を務めるもので話し合い、その男性IS搭乗者の双方を私のクラスで受け持とうかと…」

 

だが、その言葉は好々爺によって遮られた。

 

「…イタリアから、届けられた文書データです。

壁に映しましょう」

 

ノートパソコンに繋げられたプロジェクターが壁面にその文書データを映し出す。

それを見て、幾人かの教職員が驚愕する。

だが、織斑千冬はその反応も、壁面に映し出された文書データを見ても理解に至らなかった。

なにせそれは、最初から最後までイタリア語(・・・・・)で記されていたからだ。

 

「これを日本語に訳します。

そうすればあなたも理解が出来るでしょう」

 

それは、請願書だった。

 

『イタリアに於いて発見された男性IS搭乗者【ウェイル・ハース】、及びイタリア代表候補生【メルク・ハース】に関して、IS学園に以下の条項を要求する。

 

一つ

織斑千冬は、【ウェイル・ハース】、及び【メルク・ハース】の在学期間中はクラス担任、副担任を執り行わないこと

 

一つ

織斑千冬は、上記二名の在学期間中は、実習担当を執り行わないこと

 

一つ

織斑千冬は、始業前、授業中、休憩時間、放課後問わず、上記二名に一切干渉をしないこと

 

一つ

上記二名の在学期間中は、同じクラスに在籍させること

 

一つ

日本で発見された男性IS搭乗者は、【メルク・ハース】【ウェイル・ハース】と同じクラスに在籍させることを禁じる。

なお、学生寮に於いても、同室にすることを禁じる

 

一つ

篠ノ之 箒は、上記二名と同じクラスに在籍させることを禁じる。

なお、学生寮に於いても、同室にすることを禁じる

 

一つ

日本で発見された男性IS搭乗者と篠ノ之 箒は、【ウェイル・ハース】【メルク・ハース】との接触、私闘を禁じる

 

一つ

以上のいずれか一項でも違反が確認された場合、即刻報復措置を取る

 

イタリア首相

ガルス・ドミート

 

ローマ法皇

ゼヴェル・オーリア』

 

 

その文面を見て、彼女は背筋に寒気が走るのを感じた。

IS学園は、世界から治外法権によって守られている閉鎖的な場所。

国家、企業、宗教などの干渉もすら一切が通じない場所…とされており、校則にも確かに記されている。

それは世界的にも知られている事だ。

にも拘わらず、イタリアはそれに真正面からぶつかってきていたのだった。

 

「全てが織斑先生、及びその周辺人物を指名した上での干渉です。

これはあまりにも尋常ではない」

 

「こ、こんなもの…こんな条件など飲むべきでは…」

 

「いいえ。

今回、このIS学園はイタリアからの要求事項全ての条件を承諾しようと思います」

 

それは、学園が創設されて以来前代未聞の判断だった。

外部からの干渉が一切禁じられている場所にも関わらず、複数条件の承諾など前例が在る訳も無かった。

 

「な、何故…?」

 

だが好々爺は彼女の疑問には答えずに鋭い視線を再び突き刺す。

 

「これらの条項を全て見せたうえで再び問います。

織斑先生、貴女はイタリアを相手に何をしでかしたのですか?

この文面にはローマ法皇のサインも記されています。

尋常ではない事態を招いているのは貴女なのではないのかと疑わざるを得ないのですよ」

 

答えられる筈が無かった。

心当たりは無いわけでは無い。

だが、それは失敗に終わっていたのだから。

途轍もない事をしでかしてしまっているのに、剰えそれは結果的には失敗に終わっている。

 

「…いいえ、何も…」

 

だから、そう答える以外に何も無かった。

だが

 

「では更識君」

 

「はい、こちらに」

 

学園長室の扉を開き、入ってきた女子生徒が一人。

彼女のその髪は空色、双眸は紅に染まっている。

普段は余裕を見せ続けるはずだというのに、今だけはその表情はどこか堅かった。

 

「君は何かを知っていますか?」

 

「黙秘させていただきます」

 

彼女は轡木も知っている暗部の新たな長。

その彼女、更識 楯無が黙秘をした(・・・・・)点からある程度は察した。

彼女にとってイエスと答えようと、ノーと答えようとも致命的な顛末を迎えてしまうことを悟っているのだと。

 

「そうですか、貴女の弟に関しては、このまま予定通りに貴女のクラスに請け負ってもらいます。

ですが、イタリア代表候補生【メルク・ハース】さんと、イタリアで発見された男性IS搭乗者【ウェイル・ハース】君は…そうですね、1年3組で請け負ってもらいます。

学生寮でも二人の部屋は同じにしましょう。

ですが、織斑先生、貴女はこの二名と干渉はしないでください。

そしてそれを貴女の周辺人物にも言い聞かせておくように」

 

「…は、はい…」

 

「では解散です。

言い忘れていましたが、今日ここで見たこと、聞いたことに関しては緘口令を敷きます。

一切他言無用、情報漏洩の無き様に気を付けてください。

中でも山田先生、貴女には1-1副担任としてだけでなく、今後は織斑先生の監視を担ってもらいます」

 

「は、はい。判りました」

 

そして全教職員が学園長室を後にする。

出来事はあまりにも唐突、しかもピンポイントでの狙い撃ち同然の書面。

それを見せられ、周囲の教職員から疑いの目を向けられ続けるという針の筵。

心当たりが在るだけに、猶の事に負い目があった。

周囲からの信頼など、この十分間程度で大きく堕とされているだろうことは予想出来た。

 

「それで、更識君、君からはどうなのですか?

君は暗部のメンバーをイタリアに派遣などは…」

 

「…もう察しているのではありませんか、学園長?」

 

あの場では言えなかったが、それはイエスの返答同然だった。

それは再び織斑千冬に、かの大会での連覇をさせる為。

だが、それで入手できた情報は、彼女にとってさして価値のあるものではなかった。

そして、入手出来た情報は、それで終わりだった。

派遣されたメンバーは悉くがイタリアから放り出された。

国境を越えて働く密偵や間者は、捕縛された時点で極刑が常だ。

それでも生かした状態で追い返されただけ慈悲があったのかもしれないが、日本はイタリアに借りを作ってしまっている。

そしてそれに間接的に干渉しているのが、あの織斑千冬だったのだから。

 

そのイタリアが譲歩をしたうえで、例の人物の編入について妥協した。

なら、従う以外に方法がない。

例え、傘下に居る彼女に疑いの目を向ける形になったとしても。

それでも、妥協というのは建前。

あの文章には『即刻報復措置を取る』と記されていた。

この学園は、イタリアに何らかの形で見せられない刃を突き付けられている。

だが、それが多くの教職員、多国籍の学徒に露見しようとも、それにカウンターを決めるだけの切り札(ジョーカー)まで持っているとも考えるべき。

最悪の場合、その切り札(ジョーカー)は複数持っている可能性も。

更に最悪の場合が存在しうるとするのなら、相手側の手札は、全てが切り札(ジョーカー)であると言うことも。

 

「イタリアは、何を掴んでいるのかしら?」

 

暗部の長すらも知らない何かがある。

でも、それが何になるのかは現段階では予想も出来なかった。

 

 

 

 

一週間後

 

「まあ、これで良いだろうサ」

 

いい加減見慣れた執務室で、これまた飲み慣れた紅茶を飲む。

首相も些か満足したかのような表情だけに、私としても苦笑が零れる。

机の上には、IS学園から届けられた書面が広がっており、全ての条件を呑むとの旨が記されている。

 

これでウェイルとメルクの安全は計れる。

なにせこの計画、失敗したところで痛手は無い。

織斑姉弟、篠ノ之箒、それらに対し、教職員による疑いの目が必ず向かう(・・・・・・・・・・)

そして、その風潮は他の学生にも必ず広がる(・・・・・)

 

「考えましたな、私の名前とゼヴェル法皇の名を使うとは」

 

「当然サ、弟と妹を守るのは、姉の仕事だからサ。

それにアンタ達にとっては大切な国民の一人、付け加えて言うと釣り仲間だろうサ?」

 

さて、編入に伴い、二人が飛び立つまで残り半月。

ちゃんと面倒を見てあげないとサ。


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