メルクが国家代表候補生として正式に指名を受けて暫く経った。
俺は学生として学業と一緒にFIATのバイトとして奔走を続けた。
メルクと姉さんがいない日が長らく続いていたが、シャイニィや、親友のクライド、キースがいてくれるからさみしさは少しで済んでいた。
そんな中
「姉さんとメルクが帰ってくる⁉」
FIATでパーツ組み上げをしている最中にそんな情報が舞い込んできた。
「違う違う、メルクさんの機体の組み上げがほとんどできたから、試験稼働してもらうんだって」
早い話が試乗か。
だが、それで会えるのだとしても俺としては嬉しいぞ。
俺が考案した脚部クロー『アウル』もテンペスタⅢに搭載されているから、それが稼働する瞬間を見てみたい。
「それで、その機体のお披露目はいつなんですか?」
「明日だ」
やばい、楽しみ過ぎる。
早くその試乗現場を見てみたい。
稼働する瞬間を見てみたい。
「あ、『Albore』はどうなりました?」
「ああ、アレな。AlboreはⅢには搭載されなかったよ。
ちょっとバランスが悪くなるってことでな。
試作機には搭載されているけど、ありゃあかなりのじゃじゃ馬だ、常識への反逆者もいいところだよ」
試作機、ともなると第三世代機開発に使用されていた通称『テンペスタ2.5』か。
そっちもそっちで見てみたかったな。
どんなカラーリングされていたのかも気になる。
「第三世代機のテンペスタⅢですけど」
「正式名称は決まってるぞ、新入り。
イタリア製第三世代機1号機、その名前は『
カタログスペックが俺の担当するモニターへと転送されてくる。
両足には確かに『アウル』が搭載されているが、まるで鳳の脚部、それが稼働して『斬る』『蹴る』『掴む』の三用途が再現されている。
そして二挺のレーザーライフル『ファルコン』、連結式長射程レーザーライフル『レイヴン』が。
そしてさらにはレーザーブレード『ホーク』、杭状兵装『イーグル』。
背面には大出力スラスターが二対四機、それぞれが独立可動式になっており、マニュアル/オート操作も切り替えが可能になっている。
いくつもの兵装を搭載しながらも、姉さんの機体である『
「これが…メルク専用の機体…『テンペスタ・ミーティオ』…」
装甲のカラーは銀色、なるほど『流星』を名乗るだけはありそうだ。
「これが明日になれば見られるわけですか」
将来、俺はこんな機体の調整とかに参加が出来るんだな…!
楽しみだ…!
早く正式にスタッフとして加わりたい!
その為には勉強とバイトを頑張らないとな。
あ、そうだ、テンペスタ・ミーティオのカタログスペックを見せてもら
「明日まで我慢しろウェイル」
「…はい…」
ですよね。
うん、勉強を頑張ろう。
そしてその日の夜。
近所の釣り場ではなく、波止場の釣り場に居た碧の釣り人(非公式)から随分前に教えてもらったサーモンのバターホイル焼きを作っている最中だった。
「ウェイル!
メルクが最新鋭機の搭乗者に選ばれたらしいわよ!」
「あ、うん、知ってるよ、FIATのバイトしてる時に聞いたんだ。
それで、専用機所持者としても認められたんだってさ。
明日、ウチのバイト先で試乗するらしいからさ、もしかしたら見れるかもしれないよ」
バイト先の親方にも訊いてみたけど、親族ならパスをもらえるらしい。
ってー訳で、鞄の中にはそれが入っている。
後で渡しておこう。
「よし、これで後はホイルにくるんでフライパンで20分ほど蒸し焼きだ」
メルクや姉さんにも接触できるかもしれない。
お弁当を作っておこう。
ああ、楽しみだなぁ…!
とはいえ、メルクもこれから大変だ。
最新鋭機に搭乗することになったけど、その機体の搭乗にも慣れるどころか、熟練する必要がある。
その翌日、高校の授業が終わってから自転車に飛び乗る。
行き先は勿論、バイト先のFIATだ。
駐輪場に自転車を置き、タイムカードを読ませ、更衣室で作業着に着替え、工程に飛び込む。
親方から呼び出され、即座に演習場へと飛び出した。
「お、ウェイルが来たみたいサ」
「暫く振り、姉さん、メルク」
「待ってましたよ、お兄さん!」
隣には父さんと母さんも来ている。
大慌てで俺が飛び込んできたのを軽く注意されるも、その視線はすぐにメルクに突き刺さった。
メルクは最終選抜試験にも合格し、その後の模擬戦にも合格したとの事。
その結果が今のメルクなんだろう。
来年からはまた離ればなれになるのが寂しいが、自慢の妹だ。
「姉さん、メルクの専用機は何処に?」
「右手のブレスレットがそれサ」
あ、もう待機形態で所持してるのか。
ISは、展開していない状態であれば、小型のアクセサリーなどに形態変化をする。
ある搭乗者であればイヤリングに、ある搭乗者であればペンダント、と言った具合だ。
そして姉さんとメルクはブレスレットといった形状に。
これを『待機形態』と呼ぶ。
展開されたままであればかなりの重量と体積を持つため、運搬にも支障をきたすからこそ、この形態変化は重宝されている。
地球上の物質が縛られている『質量保存の法則』『自然摂理の法則』を超越した技術であり、これもまた篠ノ之博士が開発したシステムだ。
ほかの技術者には未だに真似が出来ないらしいが、その形状を整えることくらいは出来るらしい。
言わば、その根幹には誰も到達出来ていないということだ。
「来て、
メルクの声に従い、ブレスレットが閃光を放つ。
それに伴い、メルクの体が装甲に覆われていく。
閃光が収まった先に居たのは、銀色のそれだった。
「おお、凄いなぁ…」
各装甲はスマート。
両腕には外装として杭のような形状の装備が。
アレは敵のスラスターや装備を損壊させるものだ。
腰にはレーザーブレード、脚部には連結仕様の2連装レーザーライフル。
背面には2対4基の大型スラスター。
そして爪先は…俺が考案した可変形式装甲『アウル』が搭載されている。
今でこそ鳥の脚のように爪先が三つに広がっているが、必要な時にはそれが一段階伸び、捕獲クローにもなるシステムだ。
勿論ブレードとしても扱える形態にもなり、姉さんのような蹴り技だって出来るだろう。
これ一つだけで『斬る』『蹴る』『掴む』の三種類が扱えるというわけだ。
腕に搭載されている装備と合わせることで、そのまま相手を機体と一緒に鹵獲してお持ち帰りもできるわけだ。
なぜかわからないけど、この装備を考案したらあれよあれよという間に採用されて、上層部の目にとまったらしく、バイトにも関わらず俺には結構な報酬が支払われることにもなったんだが…それは数週間後の話だ。
起動したテンペスタ・ミーティオと一緒に、姉さんの茜色のテンペスタも一緒に空へと舞い上がっていく。
そこで試験稼働が始まる。
やってることは簡単な模擬戦闘だ。
ここからさらに出力調整だとか、搭乗者に合わせたチューニングも必要になってくるので、ここからは俺たち技術者の仕事も盛りだくさんだ。
ああ、これからが楽しみだ。
再び視線を空へと戻す。
記憶中に刻まれた茜色と銀色が幾度もなく交差している幻が見えた気がする。
いや、
選抜試験突破者でも、国家代表の熟練者にはまだまだ遠く及ばない、という事なのかな…?
「にゃぁ?」
肩に乗ってくるシャイニィが首を傾げている。
もしかしたらシャイニィも現状をハッキリと理解しているのかもしれない。
開始してから下降してきたのは27分が経過した頃だった。
それから放たれる燐光、展開されていた機体が待機形態に戻ったようだった。
「あれで完成、って訳じゃないんだよな」
一緒に家に帰った後、お使いを頼まれ、街の中を歩きながら、空に視線を向けながら呟いていた。
そんな呟きに反応したのは、
「当然だよ、技術開発に終わりは無い。
『完全』なんて存在しちゃいけないんだ」
鵞鳥の落書きの向こう側の誰かだった。
適当に歩いていただけだったのに、此処に来てしまっていたらしい。
この声は幾度か聞いたけど、嫌な感じはしていない。
「どういう意味?」
鵞鳥の向こう側からなぜか感じるその視線は、空ではないどこかに向いているように見えたのは…俺の気のせいかもしれない。
「『完全な存在』というのは、手を付ける場所がないということ。
それ以上の発展が存在しないということ。
それは私達、技術者や研究者、開発者には行き着いた先の袋小路、何もすることができないという絶望と同じ。
だから、『完全な完成』『完全な存在』というのは『何も出来ない最大の欠陥品』ということだよ、ウェイ君」
その視線は俺に向けられているのかもしれない。
それこそ何故だろうか、その視線は、その声は、どこかで見覚えが、聞き覚えが在る気がした。
この既視感は…いったい…?
「だから、覚えておいて。
私達研究者のあるべき理念を。
それは『ちっぽけな完成よりも
その言葉は、姉さんの言葉と同じように胸の内側に自然と浸み込んでいくのが実感出来た。
「それって、人間も同じなのかな…?」
「…うん、変わらない。
十全に優れているだけで、完成された人間だと思う人間は、成長もしないし、改善されることもないし、救いようもない。
私はそんな人間を3人…いや、4人知ってる。
へえ、世の中そんな人が居るんだ…。
っていうか、他者を傷つける以外に能が無いって…。
「けど、きっと君のように限られた事に万全になれる君なら、それよりもずっと先に行けるのだと、私は信じてるよ。
例え…一度は全てを失っているのだとしても」
夕飯を終えてから勉強をしていたら、FIATで見た光景を思い出す。
しかし…ISスーツというのはどうにも目に毒だな。
そんな考えが脳裏をよぎり、バレないように他の技術者の影に隠れる俺だった。
っていうか、妹にあんな格好させるとか何を考えているんだ、イタリアのスタッフは。
形状がほとんど学校指定の水着なのは仕方なかったとしても腹部が露出してるじゃねぇか…。
一先ず、メルクに関しては少しばかり露出を抑えたものにしてもらいたい。
妹にあんな恥ずかしい恰好をさせられるか。
…姉さんも、な。
…数日後、その案は却下された。
「ISスーツの性能?
それに関しては以前に授業をした通りサ、ウェイル」
とはいえ、この二人にも自覚を持ってほしいので、多少不自然になろうとも構わず、話題を振ってみた。
こんな話の振り方をしてしまった為、以前にした授業の復習になった。
流石は姉さん色んなことを知っている。
でももう辞めて、俺の頭が限界になってきてる、もうそろそろ知恵熱起こしそう、ってかオーバーヒートしそうだよ。
その日俺は勉強漬けになりそうだった。
理由?宿題にされたからさ。
「姉さんは使ってるISスーツが恥ずかしいデザインしてるとか考えたことはなかった?」
「はは~ん、そういうことサね、ウェイル。
私たちが注目されているという事が…いや、他人に見られていることが今になって複雑になってきたってことサね」
もうバレた。
そして姉さんはニヤニヤと、メルクは今になって恥ずかしくなったのか、机の影に隠れてる。
けど残念、その長い髪の毛が机の影から飛び出していた。
「まあ私は大丈夫サ、メルクもそこの所は」
「だ、大丈夫です…」
机の影から頭を出しながらだったけど弱弱しく返答をしてくれた。
やっぱりちょっと恥ずかしいらしいな。
「私たちなんてまだ良い方サ、中にはビキニみたいなスーツを使っている搭乗者もいるほどだからサ」
「それってスーツの意味あるの?」
「指示をISに出す際には的確な速度で伝えてくれるメリットもあるし、スーツとしては機能しているってところだろうサ。
一応だけど自動小銃くらいなら防いでくれるから付け焼刃程度には安心できるんじゃないかと思うよ」
むろん、生地が皮膚を覆ってくれている部位に関しては、だよね。
弾丸は生地が防いでくれるだろうけど、弾丸が着弾した衝撃までは防げないらしいとか何とか。
だから搭乗者のファッション扱いしている企業もいくつか見受けられているとか追加で授業された。
一応、メルクと姉さんのISスーツはそういう類いのものではないらしいから安心…安心なのか、これ?
改めて開発スタッフの端くれとして参入し、テンペスタ・ミーティオのスペック調整に入る。
とは言っても俺がさせてもらえるのは細部のちょっとした手入れだけ。
細かい調整だけなので、そんなに出来る事は多くはない…筈だったのだが、色々と叩き込まれてます。
大学を卒業したらFIATで働くのを自分の内心で決めていたけど、それはあくまで一般応募枠として、だ。
本当にね、これってバイトの仕事としては相応なんだろうけど、資材の運搬って大変だ。
「計測器はどこだ⁉
おいバイト、持ってきてくれ!」
「は~い、ただいま!」
「よっしゃ始めるぞ、やる事は多そうだ、あの機材も持ってきてくれ!」
「判りました!」
そんな感じでテンペスタ・ミーティオの最終調整にも入っており、きりきり舞いだ。
それと同時に姉さんの
「シンクロ率は⁉」
「現在50%、60…まだ上昇してきています!」
姉さんの機体調整もあるが、今はメルクのそれが先だった。
何せ来年の四月には極東の学び舎に入学することになる。
そこへの受験には充分に間に合うような成績を修めているが、それでも実技試験もあり、それも想定した調整も必要になってきていた。
季節は既に秋、編入試験は年を越える直前に始まるっていうのに、それは大急ぎの日々だった。
そんな中、またもやテロリストがFIATに忍び込んできていたが、姉さんの手で叩き潰されていたらしい。
狙いはISコア。
調整途中だった姉さんの機体のコアを奪うだけでなく、機体にも爆薬が仕込まれており、気づかず搭乗すれば姉さんの命は無かったとのことらしい。
まあ、あっさりと捕縛されたらしいけど、姉さんの機体にほかに妙な細工をされていないかの確認、調整もされることとなったが、特にコレと言って検出されなかったのは不幸中の幸いか。
以前の事件もあり、テロリストへの警戒は強まっている。
ちなみに、犯人はメルクと同じように国家代表候補生選抜試験の受験者の一人だったそうだ。
メルクが受かり、自分が脱落したことへの腹いせ、要は逆恨みによる八つ当たりだそうだ。
そして…開発スタッフの一人にも共犯者が紛れ込んでいたので、そちらもついでに捕縛された。
こんなテロも日常的に起きうる世界が現在の現実だ。
しかも『女性による行動だから』というだけで正当化されることもあるらしいが、イタリアではそんな考えを持つ者がいれば「頭が遅れている」という嘲笑の対象になるそうだ。
なので、女尊社会なんてものにはなっていない。
無論、完全に男女平等というわけでもないらしいけど。
その場その場での綱渡りみたいらしい。
無意味に偉ぶったりする人はそんなに居ないし、「女だから」というだけで相手を無条件に見下す人も見かけない。
実際には安泰した社会だと思う。
そんな社会を「時代遅れ」と笑う国もあるらしいが、正直知ったことではない。
他人が作り出した波に乗っているだけの紛い物なのだから。
姉さんが言うには、「思考しない愚物」だっけか。
言いえて妙というか、その言葉のままだ。
自分にとって最も都合のいい思考だけをして、自分が頂点に立っていると決めつけ、自分以外の他者を無条件に見下す。
そんな人も世の中に入るそうだ。
対処方法は実に簡単だ。
『干渉しない』
この一択なんだそうだ。
その言葉には俺も驚かされた。
「ウェイル、メルク、アンタ達は『八つの枢要罪』ってものを知ってるサ」
「…
「その『七つの大罪』の原型ともされているものサ。
詳しく言うと『暴食』『強欲』『憂鬱』『色欲』『憤怒』『虚飾』『傲慢』『怠惰』の八つとされているのサ」
「そんなものがあったんですねぇ…」
これはメルクも初耳だったらしく、関心していた。
正直、俺も息を飲んでいた。
「けど、原型というだけあって、いくつか入れ替わったりしているものがある。
『虚飾』『傲慢』の辺りが別のもに、サ。
入れ替わったのは『狂信』」
それは、頑なすぎる信仰に似たものだ。
その先に待ち受けるものが破滅だったとしても、それを信奉することを辞めようとしない悪徳なのだとか。
「もう一つは『正義』サ。
行き過ぎた正義漢は、些細な悪も見逃そうとしない。
そういう些細な悪を見つけようとすれば、命を奪う形で贖わせようとする。
自分以外に正しいものは何一つ存在しないのだ、としてサ」
それは、とても重い話だった。
だけど、この時代に於いては符合するものは幾つも見てきた。
『IS』が開発され兵器という虚飾が為され
『女性だけがISを起動できる』という狂信が世界に広がり
『ISを起動できる女性が優れているのだ』と傲慢になり
『それに刃向かうものは悪だ』と断じて個人勝手な正義感をひけらかす。
尤も、その正義を見せつける形というのは『殺戮』だ。
相手の言い分も聞かず、無価値と決めつけ、反抗していると見做せば惨殺なりして見せびらかし、畏怖を向けられながらも賛美されているように感じている。
そんな人間が溢れているのが現在の現実だった。
「いいかい二人とも、『自分こそが正義』だと、『自分だけが正しい』『自分以外が間違いだ』と思うのは辞めるべきサ。
それは、奴らと何も変わらない悪徳的な思考サ」
更に、欧州そのものにもそう言った視線は向けられている。
5年前から突然始まったのだとか。
その中でも酷い事になっているのがフランスだ。
世界的にも有名なIS国営企業『デュノア社』の運営も危うくなってきている。
昨年の大会で『ラファール』に次ぐ最新鋭量産機である『ラファール・リヴァイヴ』がロールアウトされたけど、シェア率は全然伸びておらず、順位も5位以下どころか最近は7位を下回った。
しかも大会では、頂上戦前の前座にて叩き斬られたとか。
フランスの国威回復は正直、難しいものらしい。
それとは反比例するように株価を伸ばしているのがイタリアだ。
こちらも正直驚いているけど、『Albore』のお陰で急成長している。
俺が設計考案しただけのものが評価されて株価が急成長するなんて、世の中判らないよな…。
それと、フランスが失墜した理由も…