IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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書いてたら止まらず
気づけば10000文字オーバー。
どういう事?

久しぶりに傾いた鵞鳥さんが声だけ登場します


第15話 灼風 怒りの日

大会が始まり、二週間が経過した。

その日その日にローマにいる弟妹(家族)達には電話でのやり取りを繰り返している。

ドイツとイタリアなんて、時差は一時間程度だから、迷惑にもならないだろう。

モニターの向こう側では、メルクもウェイルも元気そうに過ごしている。

両親も一緒にいるみたいで、楽しそうにしている。

それと、モニター越しでの会話をするのは、朝食と夕食のタイミングに絞っている。昼食は会場の控室になるからどうしても殺風景になってしまう。

それに、こうやっていると一緒に食事を楽しんでいるようにも感じられた。

何より一緒に食卓を囲むのは楽しいから。

モニター越しじゃなくて、本当の意味で同じ卓につきたいサ。

 

「姉さん、明日は決勝なんだよな?」

 

あの日以降、モニター越しだけれどウェイルもメルクも私のことを『姉さん』と呼んでくれるようになった。

これがまた嬉しくて、大会の試合でも頑張っていける。

 

「ああ、頂上戦(タイトルシップ)までもう少しのところにまで来たサ」

 

次の試合の相手に関しても情報は極力集めているから、負ける気がしない。

弟妹達の応援だけでも百人力サ。

相手は…アメリカのパイロットだったサね。

 

「見に行きたいです…」

 

「また次の機会があれば、サ。

けど、次の大会は何処で開かれるやら…」

 

第一回大会の開催国であったフランスはもう無理だろう。

第二回大会は、ここドイツ。

第三回大会は…さて、私にも予想がつかない。

 

それでも選手に同行できる人材は酷く限られている。

エンジニアやメカニックのような技術者、それと心理カウンセラーに、助手とかそんな感じ。

私としても最低限度には連れてきている。

あいにくと部屋はお隣同士だけどもサ。

 

弟妹達がついてくるともなれば、そういった枠に入ってもらわないと多少の無茶もできないだろう。

 

「今日の夕飯はメルクお得意の『ふわとろのオムライス』です」

 

あの場にいられない自分の今の窮屈さが恨めしい!

とてもおいしそうじゃないサね!

今日の私の夕飯ときたら…豪華なのは認めるけど、それでも家族が作ってくれる食事がどれほど嬉しいものかが今になってよくわかる。

やっぱり、さ…豪華な食事よりも家族と一緒に過ごせる時間って貴重だよね…。

私はソレを今回は自分から削ったようなものなんだから…なんかいまさらになって憂鬱サ…。

大会が終わったらみんなで過ごせる時間が増やせるように頑張ってみよう、軍人だから無理だけどサ…、それでも悪あがき位したっていいよね…?

 

ええい、この鬱憤は明日の試合で吹っ飛ばしてやるサ!

 

翌朝の朝食は焼いたトーストがお揃いになったけど、…やっぱりみんなで一緒に食べたかったサ…。

シャイニィが尻尾をユラユラと揺らしてモニターの向こう側から慰めてくれてたけどサ…。

 

 

 

 

 

第二回大会である今回だが、あの女、『織斑 千冬』は未だに戦いの場に姿を現していない。

前大会の優勝者であるあの女は、決勝戦の更にその先、『頂上戦(タイトルシップ)』まで常に裏で出番を待ち続けている。

各地から集った選手がその腕を競い合い、そのトーナメントを勝ち抜き、決勝戦で勝者となった者だけが、あの女への挑戦権が与えられる。

それが今回からの大会で課せられた特別ルールだった。

参加する選手からは圧倒的に不利なルール、勝ち抜くまでに、各自が持ち合わせているであろう戦術や、兵装を悉くをさらけ出してしまうというのに、あの女は裏からそれを見て、事前に対策も立てられるというものだった。

案の定、強者ばかりが集うこの大会でも、多くの選手が、隠し玉としているものを出してしまっており、選手同士で対策をも立ててはいるが、それすら見られるというわけサ。

本当に…気に入らない…!

あの女は、タイトル防衛の為だけに、たった一度の試合をするだけということサ。

 

唯一助かる点があるとすれば、あの女の姿をモニター越しにでもウェイルに見られることは無いってことサね。

 

 

 

 

『さあ!とうとう戦女神達の戦いも最高潮!

第二回モンド・グロッソ決勝戦です!』

 

大会会場に響き渡る実況の声。

もちろん競技用ステージの外に議員だのなんだのという連中は居るのだから、いたって安全。

けれど、あいつらは『それが当然』と思い込んでいる。

『女だから』という理由だけで。

 

この会場にはいくらかの旗が掲げられている。

各国の国旗だけでなく、国際IS委員会を示し、同時にある学府の校章にも使われている『守護天使』もまた。

そしてそれを模倣したうえで、両手に武器を握り、八方位を楯で包まれた『撃滅天使』の紋章もどこかにあるかもしれない。

そんなものがあれば容赦無く撃ちぬくけどサ。

 

「よう、随分と眉間に皴が寄ってるじゃねぇか」

 

誰の眉間にシワが寄ってるだって…?

 

「フン、そういうアンタは相変わらず筋肉質じゃないのサ。

鎧を身に着けたグリズリーでも出てきたかと思ったサ」

 

こめかみに青筋が浮かびそうになるのを懸命に堪え、相手をにらむ。

アメリカ代表選手、『イーリス・コーリング』。

搭乗機体は第二世代機『(ファング)』。

この大会でもかなりの猛者、相手にとって不足は無いサね!

 

『それでは、試合開始!』

 

機体を展開し、互いに腰の得物を引き抜く。

抜刀が早かったのは私だった。

 

「「おおらぁっ!!」」

 

刃が咬み合い、火花が散る。

目がつぶれそうな閃光にも耐え、左手で追撃の銃撃を浴びせる。

 

「痺れるねぇっ!流石前大会準優勝者なだけはある!」

 

「はっ!負けられない理由があるからサ!」

 

両手の武器だけでは手数が足りない。

さらには足技も含めて戦いを繰り広げる。

(ファング)は見てくれが鈍重だから吹き飛ばすには届かないが、先手を取り続けるだけなら容易い。

重量じゃ負けちゃいるかもしれないけど、舐めんじゃないサ!

そのまま機動力を武器に、翻弄を続ける。

楯で攻撃を防がれようものなら、足技でその楯を奪い、そのまま懐に踏み込み、胴を蹴り飛ばした。

 

「…やるねぇ」

 

「さあ、まだヤるサね?」

 

そこからも展開は一方的だった。

手数とスピードで翻弄を続け、両手に握る武器を振るい、一気にダメージを蓄積させ続ける。

その果てに私は勝利した。

隠し弾は使わず終いだったけれど、こんなものだろう。

本気に近いまでの力は出した。

それでも、またまだ余裕は残している。

 

 

さぁ、後は一試合だけ。

ようやく、ようやくこの時が来た。

あの女を叩き潰し、『お前と私は違うのだ』と証明する為に。

あの時の借りを返す時が来た。

 

 

さぁてと、頂上戦(タイトルシップ)は明日だから今だけはリラックスしておこう。

今日の夕飯時には弟妹と過ごそう。

モニター越しだけどサ。

おっと、機体のメンテナンスもしておこう。

足技も使った事で、装甲にも多少ダメージが残っていたかもしれない。

エンジニアにその旨を伝え、しっかりと整備をしてもらおう。

 

ステージから喝采が聞こえてきた気がした。

前座試合が始まったのだろう。

 

頂上戦(タイトルシップ)前の余興としての前座試合(エキシビションマッチ)ですね。

前大会優勝者が入場したようですよ」

 

「そうみたいサね」

 

整備室のモニターの電源を入れれば、あの女の姿が映る。

前大会主催国であるフランスの選手を相手に、刀一振りだけで捌き続けている。

縦横無尽に、絶える事の無い剣舞で対応しきっている。

その表情に陰りは無い。

それすらも私にとっては憎悪の対称にしかなり得ない。

いや、どのようにしていても私はあの女を憎んでいただろう。

それと同じように、もう一人、今ものうのうと日本で日々を謳歌しているであろうクソガキもまた…!

 

「整備、終わりましたよ」

 

「判った、確認してみるサ」

 

ハンガーに置かれていたテンペスタに搭乗する。

意識を集中し、感覚を確かめてみる。

うん、バッチリだ。

不備なんて何処にも無い、今まで以上に最高潮とも言える。

隠し弾に関しても…よし、イケる!

 

「感謝するサ。

これなら負ける気がしない!」

 

「応援してますぜ」

 

整備士に軽い感謝をしながら私は機体を待機状態に戻す。

そのまま私はベンチに腰掛け、試合を見ておく。

剣舞に続く剣戟に斬撃。

その太刀筋を観察する。

ああ、大丈夫だ、あの程度なら見切れる。

なおも加速しようとも、その剣閃も見てとれた。

そして続くのは、必殺の斬撃だった。

自分のシールドエネルギーを消費しながら、相手に大ダメージを与えるという『諸刃の剣』。

それに対しての策もある。

 

試合が終わる。

やはり、あの女の勝利だった。

それも圧倒的なまでの完封試合だった。

 

「ああ、ようやくサ。

ようやくお前を潰せる」

 

この日をどれだけ待ち望んだだろう。

 

「お前に刻んでやるサ。

あの日の借りに熨しを付けて、ね」

 

整備も終わり、控室にもなっているホテルへ帰ろうとした時だった。

大会会場の前で、あの女が居た。

それと…

 

「へぇ…わざわざ連れてきてたってのか…」

 

ウェイルとどこか似たような顔つきの少年が居た。

今この時も日本でのうのうと過ごしていると思っていたが…ああ…間違いない…!

 

それからその二人は数回の言葉を交わしてから別れた。

あのクソガキは一人で会場から出ていき、歩いていく。

凡そ、控室にあてがわれているホテルに部屋でも用意しているのだろう。

 

「ああ…久しぶりだな、アリーシャ・ジョセスターフ」

 

「…ああ、四年振りサ」

 

視界が真っ赤に染まりそうなになるほどの怒りを抑え付け、私は言葉を返す。

感情を出さないように、無機質になるように、氷よりもなおも冷たくいられるように…!

 

「世界は広いな、前大会と比べても多くの選手が育ち、腕を競い続けている。

私もうかうかしていられそうにない」

 

「それで、用心に足る選手がいくつか見つけられたってのかい?」

 

「ああ、何人も居た。

その中でも、最も警戒しているのがお前だ、アリーシャ」

 

ああ、そうかい。

裏でコソコソ見ているだけのお前が言っても説得力の欠片も無いサ。

それに、既にすべての選手は敗退している、それはアンタも知っているだろうサ。

 

「アレ、アンタの弟かい?」

 

「ああ、そうだ…前大会の時にも、連れてくるべきだったと思ってな…。

そうすれば、一夏も、  と同じように一緒に居られた筈だ…」

 

この女はまだ勘違いしている。

その少年が、どれだけ心を殺され続けてきたかを知ろうともしていない。

どれだけ傷つけられ続けてきたかを知らない。

あの子が…どれだけの地獄を歩んできたかを知らない…!

 

「で、連れてきただけで守れると思ってんのサ?」

 

「目の届く範囲に居るんだ、前回とは違う」

 

どの口が言う…!

お前は、弟を失った(・・・・)わけじゃないだろう。

お前は弟を捨てた(・・・)という事実から未だに目を背けているだけだ。

目の届く範囲に居るから守れる、だと?

お前は…その目の届く場所から傍観していただけサ!

お前も、あのクソガキも!

 

「まあ、私には関係の無い話サ」

 

この言葉を最後に、私はさっさと離れるつもりだった。

 

「おまえにも判るだろう、アリーシャ。

あの日以来、懇意にしている人物が居ると訊いている(・・・・・)

 

ああ…ああ…やはり貴様か…!

あの日の夜、ヴェネツィアの夜闇に紛れ込んでいた日本から来たという暗部。

ウェイルの周辺を調べていたと私は訊いていたが、調べていた対象は、私だったという事か!

それを派遣させたのは…お前だったのか…!

 

視界が真っ赤になるどころか、気が狂いそうになる。

それをも抑え込めたのは我ながら奇跡といっても良かったかもしれないサ。

 

その分、それこそ最後に放った言葉は今までに無い程に冷たくなったのが自覚できた。

 

「四年前の借り、必ず返す」

 

精々首を洗って待っていろ…!

 

 

 

 

 

その日の夕飯も、モニター越しに家族との食事だった。

離ればなれになっていると、やっぱりこの時間が楽しみになってくる。

互いの姿が見えると、途端に弟妹が騒ぎだす。

 

「凄いよ姉さん、圧倒的だった!」

 

「あの足技、見たことも無いです!

あんな隠し弾があっただなんて驚きました!」

 

誉められると悪い気はしないサね。

とはいえ、アレはまだまだ序の口、本当の隠し弾は使っちゃいないからサ、決勝では驚かせてあげよう。

ああ、やっぱり家族と過ごす時間は癒しそのものサ。

荒んだ心も落ち着いてくる。

 

足技

手に兵装を持って戦いを繰り広げることの多いISだけど、脚部に関しては実はそんなに用途は多くなかったりする。

武器をマウントしたり、機体姿勢制御用の補助スラスターを搭載したりと、あまり重要視されていない。

だから私はその裏をかく。

『速さは重さ』、すなわち脚部スラスター全開の速度で振るわれる蹴りは強大な威力にも繋がるってことサ。

反動はあるけどサ、それに関しては私自身耐えられないわけじゃないから問題無し。

装甲は凹むけど、そこに関しては予備パーツを用意しておけば大丈夫サ。

そして決勝戦では、それ以上の隠し弾を使う。

あの女が絶対的攻撃力を持っているけれど、私の持つ切り札は、それに対しての特化対抗策にもなる。

 

「さあ、それじゃあ夕飯にしようサね」

 

ああもう、ハース家の夕飯は今日もおいしそうサ。

なんでそんなに豪快に大きいエビを使ったドリアを作ってるのサ。

あの場にいられない私としては悔しいサ。

コッソリと手元に置いている手帳にあの料理内容をメモしておく。

イタリアに帰ったら食べたい料理がいくつもある。

それが日毎に…というか朝食と夕飯の度に増えていく。

ああ、私もあのドリアを帰ったら食べよう、そう決めた。

 

それからスープにピザにボロネーゼと書き出したら、一ページが文字で真っ黒になってる。

この年で食欲旺盛なんて先が真っ暗になりそうだけど、それでも後悔は…しないようにしとこう。

ダイエットで大変なことになる人生なんて想像したくない。

 

「それで、ウェイルは何か嬉しいことがあった、なんて顔してるけどどうしたんサね?」

 

そう、おいしい食事や、私の活躍だけでなく、それ以外で妙に表情が朗らかに見えた。

どうしようもなく気になったからさっそくで悪いけど聞き出しておこう。

 

「へへ、それは、コレ!」

 

「……!?」

 

ウェイルが考案し、FIATの技術者に見せ、参考にして作り出された副腕の特許認定だった。

ちょ、待ちな…!?

そして開発者名は『FIAT』とされている。

更には、その隣に並べられたのは、FIATから直接届いたであろう『バイト契約書』まで。

あの副腕の考案だけで特許を得られるだけでなく、イタリアのIS開発企業FIATのヴェネツィア支部から早くもヘッドハンティングされてしまっているらしい。

しかもバイト先は設計部門ときている。

その書状を見るに、高校卒業した時点での就職も約束されることになってる。

これは大変なことになってきているみたいサ、今年の大会が終わったら早々に帰国してウェイルの勉強のプランを組み立てなおさないと、就職してからも大変なことになりそうサ。

でも私としては大学まで行かせたうえで、卒業してからの就職というルートでいたからこれからウェイルが大変サ。

就職しても恥ずかしくないようにキッチリと面倒を見てあげないと、サ。

 

それにしても、あの副腕一つで特許をとれるとか凄いサね。

よくよく見たらあのオッサン(国家元首)のサインまで入ってる始末。

猫かわいがりされてるような…しっかりと様子見しないとウェイルが大変なことに…あ、もうなってるか。

特に釣りが原因で。

一先ず、特許に関しては先伸ばしにするようにウェイルを説得した。

詳しい話の確認も必要だろうからサ。

 

「あ、そうだ、釣り場にも最近になって新しく来るようになった人が居てさ」

 

「…へぇ、それって誰サ?」

 

「『ヘンリー・ブロス』って名乗ってたかな」

 

おい、オッサン(IS製造企業代表取締役)、なにやってんのサ。

なんで弟の周りにはこうもタダで済まないような御仁が集まり続けるのサ?

釣りってそんなに楽しかったっけ?

もう私からすれば頭痛を催すものに外ならなくなってしまっている。

けど、あの子の数少ない楽しみだから「辞めろ」だなんて言えないのもまた事実。

だから精一杯の努力で笑顔を作って見せる。

 

「ウェイル、これからまた勉強が大変になるから、キッチリと頑張りなよ」

 

「ああ、勿論!」

 

 

 

 

家族との食事も終え、FIATの代表取締役と、国家元首に回線を繋ぎ、精一杯に怒鳴りつけた。

気が早すぎ、手を回すのが早すぎ、先に私に話をつけろ、職務怠慢にもほどがあるだろう、etc,etc…。

とまあ、怒りとストレスとヘイトを言葉にして叩きつけ、こちらの回線も切断する。

話としては、今後に話をきっちりと着けるとの事。

 

さてと、そちらの回線も切って終わった後は、誰にも知られていないであろう情報回線を開く。

これは私が作り上げた情報ネットワーク、ウェイルを守るために、家族を守るためにもつないでいる情報網の一つだった。

 

「凰 鈴音が転校?」

 

日本に在籍し、在学していた彼女が突然に転校していったらしい。

どこへ向かったのかと思うと、中国の上海。

それと同時に中国人民解放軍に入隊している。

私の勘で考えるのならば…これは真っ正直な入隊じゃないサね。

軍に入れば、ハイリスクな仕事ではあるけれど、ハイリターンの支給が得られる。

けど、あの少女の目的はそれだけじゃない。

 

「…なるほど、民衆の中にいただけでは情報が集まらないから、軍を利用したってわけか」

 

更にはISの適性試験も行っていると見ていいだろう。

この少女が求めているのは、『力』と『情報』の二つサ。

直情的ではあるけれど、理性的でもあり、合理的。

この少女、並々ならぬ勘の鋭さをしている。

そしてこの行動力、ただの少女かと思えば、想像以上の傑物。

 

「さて、調査はここまでにしとこう」

 

あの少女、逢う日が来るとしたら楽しみサ。

PCの電源を落とし、さてと、シャワーでも浴びようサね。

 

「ちょっと待ったアーちゃぁぁん!」

 

どこぞで聞いた声。

その声に私は頭を抱えた。

振り向いてみれば、電源を落としたはずのPCに再び電源が入れられ、モニターにウサギのマーク。

…見覚えは…在るサ、あのウサギのマークは…。

容赦無く電源を落とす。

すると今度はテレビの電源が勝手に入る。

容赦なくコードから引っこ抜く。

今度は天井の映写機が勝手に稼働して壁面にウサギのマーク。

こっちもリモコン使って電源を落とす。

カーテンが勝手に開かれ窓ガラスにウサギのプリントが貼りつく。

引きちぎって破って引き裂いて風の中にポイ。

起床に使うアラームスピーカーからウサギの声。

アラームのスイッチをOFFに。

挙句の果てにはラジオから

 

「酷いよアーちゃぁん!」

 

フザけんな!こんな怪奇現象のオンパレードの部屋を私にあてがってくるんじゃないサね!

ラジオの電源よりも先に電池を引っこ抜く。

そして最後にモーニングコールや内線にも繋がる電話が悲鳴を上げだす。

 

「こんな時間に何の用サね?ウサギ?皮を剥いで塩のベッドに放り込んでやろうか?」

 

「い~や~!酷いよ~!」

 

「アンタと戯れるつもりなは無いのサ。

用があるのならさっさと言いな」

 

下手すりゃ家族との団欒を見られていた可能性だって否定はできない。

弱味を晒すような話になるよりもさっさと切り上げて話を片してしまおう。

 

「アーちゃんのいけず~」

 

「…ウサギの肉ってのはソテーにすれば美味いんだってね?

それとも煮込み料理にしあげようか?

皮を剥ぐ時には強いにおいがするっていうけど、下拵えもキッチリしとかないとね?

ソテーが良いか、それとも煮込むか…ああ、丸焼きにするのも悪くなさそうサ…。

ミンチにするって手もあったサ…」

 

「ええと、本題は…」

 

コレで良し。

んで、本題はというと、ウェイルの特許はFIAT社預かりという形ではあるけれど、既にあちこちから技術提供が申しだされているらしい。

軍や消防機関などによる技術拡大、個人レベルのクレーンの代わりだとかで、驚いたことにも、つい先日にドイツからも技術提供要請が入っているとか。

少し改造すればISにも搭載が可能なのだとか。

搭載するにしても後付兼取外し自在(アタッチメント)式にも出来るという事で。

アメリカ製第二世代機『王蜘蛛(アラクネ)』の外装腕よりも操作が簡易的でとの話も上がっているらしい。

ウェイルの柔軟な発想が、世界レベルにまで輪を広げているのだとか。

さぁて、次は何を思いつくのやら、楽しみ半分、怖さ半分といったところサね。

 

「とまあ、今日は此処まで!

明日も頑張ってねアーちゃん!」

 

この疫病神()に目をつけられてなかったらいいんだけどサ。

いや、もう手遅れか。

将来は不安の無いようにしてあげたかったけど…いや、あの子は生まれが悪すぎてたからなおのこと心配サ。

 

「さてと、気を引き締めておかないと。

明日はあの女と決着をつけるようになってるからサ」

 

生半可な気持ちで勝てる女じゃない。

例え小物であったとしても、英傑だろうと、下してやるよ。

 

「証明して見せるサ、ウェイル、メルク。

私は、あの女とは違うって事を!」

 

4年前の雪辱、必ず果たす!

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

「機体の調子は…今迄にないほどに最高潮、体の調子も申し分なし。

よし、行ける」

 

機体格納庫にて最終段階の確認をして終わった。

システムエンジニアも最終確認が終わり、ホッとしている。

 

「張り切ってますねジョセスターフさん」

 

「勿論サ、今年の大会は弟妹達も見てるからサ。

張り切ってるところを見せておかないと私としても気が済まないのサ」

 

そう、あの子たちがモニター越しとは言え見ている。

無様な姿も試合も見せられるわけがない。

そして魅せるのサ、優勝している姿を!

その為に修行も就けた、努力を続けてきた。

だから見てなよ、私の姿を!

 

機体を待機状態にし、私は格納庫を後にして、外へ出た。

頂上戦の舞台はドイツ上空5000メートル。

 

「来な、大旋嵐(テンペスタⅡ)!!」

 

両手には何も握らずに空へと羽ばたく。

背面の大出力スラスターが唸りを上げ、一気に空へとたどり着いた。

そのまま待機位置に向かい、その場で急速静止。

雲一つ見当たらぬ蒼天を見渡す。

その中にあの白は見当たらなかった。

…遅れてくるつもりか?勝者の余裕か?

随分と見下げてくる女サね。

それから待つこと15分。

 

「…遅い!」

 

試合時間はすでに過ぎている、なのになぜあの女は現れない!?

 

「オペレーター!どうなってるのサ!?」

 

通信回線を開き、地上に居る筈のオペレーターに声を荒げる。

大人気ないのは自覚している、それでもここまで待たせておいて現れる気配もない。

それどころか、レーダーにも反応が無い!

 

「そ、その…ジョセスターフ選手、それが、たった今入った話なのですが…」

 

そこから入る情報に私は頭が狂いそうになった。

怒りで視界全てが赤く染まる気がした。

憤怒、憎悪、蔑視、狂気

 

それらがないまぜになったどす黒い感情が溢れ出しそうになった。

だけど、それらを必死に抑え込む。

弟妹達が見てるんだ、無様な姿は見せられなかった。

 

「その情報、確かな話サね?」

 

「は、はい。

織斑千冬選手は、弟さんが誘拐され、それを助けるために試合を棄権しました。

よってジョセスターフ選手が繰り上げで優勝となります」

 

「ああ、そう」

 

本気で失望した。

結局その程度の俗物でしかなかったのか。

 

一人は見捨て(なんで助けなかったんだ)

 

なんで助けたんだ(もう一人は自分の手で助けた)

 

そんなに家族が大事なら(なんで守らなかったんだ)

 

魂を賭けてでも(死に物狂いで)守って見せろよ(足掻いて見せろ)!!!!

 

 

 

 

そのまま地上に降り、大会ドームへと舞い戻った。

そのままあの女が居ない表彰台に乗り、金色のメダルと、大きなトロフィーを受け取り、表面上の笑みだけを世間に見せた。

 

なんというか…何もしていなかったのに、ひどく疲れたような気分だった。

この疲れは…ヴェネツィアに帰って癒したい。

何と言うか…無作法と分かっているが、記者会見もせずに、当日中に飛行機に乗り、イタリアに帰ることにした。

 

私が今までしてきた修業は何だったのだろうかと自分で自分を疑いたくなった。

 

この疲れはきっと帰るまで癒される事は無いのだろう。

 

赦さない

 

家族に対してまで取捨選択(二者択一)をするあの女を

 

 

 

大切な人が二人、崖の淵にしがみついている。

自分の力で助けられるのは一人だけ。

もしも、そんな境遇に相見えてしまったのならどうするだろうか…?

どちらかを助ければ、もう一人は助けられない。

手を延ばせるのは、一人だけ…?

そんな法則、クソ喰らえサ。

私はあの女(織斑 千冬)とは違う。

私であれば、その双方に手を延ばす。

その差し伸べる手は、私でなかったとしても構わない。

それに、ウェイルはあの副腕も設計してくれているからサ、手が足りないなら、増やすだけ…かな?

 

 

 

夜遅くにイタリアに着き、その日は空港のホテルに泊まり、翌朝にローマへと車を走らせた。

 

「お帰り姉さん!」

 

「お帰りなさいです!姉さん!」

 

「なぁっ!」

 

「ただいま、ウェイル、メルク、それにシャイニィも」

 

ローマの市議会堂で待ち合わせをしていたハース一家に出迎えられた。

ご両親方も揃ってるみたいで何よりサ。

出来れば釣り人ご一行は遠慮してほしかったけどサ。

おい釣り人(ビッグ過ぎるオッサン)共、そこで何してんのサ?

ああもう、コイツ等は相変わらずみたいサ。

 

「アンタ達、変なことはなかったサね?」

 

「大丈夫だったよ、見慣れた人たちも試合観戦にここに来てたことくらいだけど、それ以外は何も無かったよ」

 

この期に及んで正体を隠し続けているオッサン達に、そしてこんなところにオッサン達が来ているのを不自然にも思わないウェイルに呆れそうになった。

まあ、いいか。

 

「さあ、それじゃあ見せるサね。

これが優勝メダルとトロフィーさ!」

 

やっぱり私にはこういう場が似合うのかもしれない。

記者会見も待ってるだろうけど、そういうのは二の次三の次、家族と触れ合える場所が一番心地いいのサ!

 

その数日後だった、あの女が現役引退を表明したのは


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