IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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Q.体育祭編での山田先生のコスチュームって誰のコスプレだったんですか?
P.N.『変態お面』さんより

A.『テイルズオブレジェンディア』の『グリューネ』です。
彼女のドレスは『ブリオー』とか呼ばれる種類のものだと耳にしたことがありまして。
コレを山田先生が来てみればムチムチパツパツに(殺


第9話 昏風 悪夢と思い出の節目

剣道は…本当はやりたくて続けていたわけじゃなない

 

惰性で続けていたんだ

 

続けていることに本当に意味があるのだろうかと疑ってしまっていたんだ

 

『継続は力なり』

 

  姉の繰り返している言葉は信じてた

 

だけど現実は非情だった

 

どれだけ頑張っても  兄と、  姉と比較され続けていた

 

手にまめが出来ても、それが潰れて血が出ても、俺は頑張った

 

頑張ったんだ

 

だけど、結果は出なかった

 

比較され、劣っているといわれるのが結果だった

 

 

 

「……痛………!」

 

今日も(・・・)だった

 

  兄と、門下生の皆から袋叩きにされた

 

特訓だと言って、一本取られる度に交代を続け、試合を続けさせられる

 

相手は門下生の半分以上

 

しめて20人以上だった

 

インターバルも無しに試合を続けさせられ、フラフラになっても休ませてくれない

 

喉がカラカラになっても水分補給する暇も与えてくれなかった

 

防具が重石になり、竹刀を持ち上げることすら出来なくなっても、終わりはなかった

 

疲れきって声も出なくなり、大上段から振り下ろされた竹刀を受け止める事も出来なくなり、防具越しに衝撃が駆け抜け、俺は気絶した。

 

目覚めたそこは道場の片隅だった

 

疲労がひどくて体がマトモにいうことをきいてくれない

 

眩暈が酷くて、喉がカラカラで、体が重くて、意識も朦朧としてる

 

「…帰ろう…」

 

もう夕方だった

 

  姉も今日は珍しく帰ってくるって言っていた

 

普段はどこで何をしているのかは教えてもらえなかったけど、帰ってくるという事実だけは嬉しかった

 

居場所なんて無いって判ってるけど

 

フラフラとしながらも、竹刀を杖にして立ち上がる

 

立ち上がってから、苦労しながらも防具を外す

 

この防具は、道場の倉庫にいつもしまっているから、今日もコレを運ばなくてはならない

 

この体の状態で、運べるかは判らないけど、やっておかないと文句を言ってくる人もいる

 

「こんな事になるなら…剣道なんてやらなきゃ良かった…」

 

  姉の勧めで始めることになったこの剣道

 

  兄は始めてからも破竹の勢いで上達していった

 

大会にも早くに出ていて、昨年は小学二年生でありながら試合で『副将』を任されていた

 

今年の大会では『大将』を任される可能性が在る、とまで言われてた

 

道場始まって以来の最年少での『大将』の座を得るかもしれない、と称賛されていた

 

俺だって頑張った

 

なのに、そんな兄と比較されるばかりで

 

我武者羅になって頑張った

 

けど、誰も褒めてくれなかった

 

やりたくなかった剣道でも頑張った

 

頑張って…頑張って…頑張って…いつまで頑張ればいいんだろうって思ったんだ

 

 

 

 

そんな日々の帰り道、気まぐれに寄り道をしていて、その光景を見たんだ

 

近くの河川敷で野球をしている人たちを

 

野球をしていたのは、年上の人ばかり、初対面の中学生ばかりだった

 

でも、たとえミスプレイをしてもそれを蔑む人はいなかった

 

ミスをしても互いに明るい言葉を掛け合う

 

その光景に憧れた

 

相手は年上の人ばかりだったけど、俺が見ているのを見つけるなり、面白半分で俺を誘ってくれた

 

初めてグローブを左手に着けた

 

白球が飛んできて、俺のグローブに収まった

 

それを幾度も繰り返し、ぎこちなかったけど、それでも初めてバウンドもさせずにキャッチしたら周囲の中学生達は褒めてくれた

 

もしかしたら居場所を掴めるかもしれない

 

そう思ったんだ

 

だから…俺は…

 

剣道の合間だけでもいい

 

数少ない楽しみであってもいい

 

興味の範囲だとか言われても良い

 

野球をやってみたいと思ったんだ

 

 

 

 

 

 

フラフラになりながらも防具を脱ぎ、倉庫に押し込む。

 

竹刀も置き場に戻し、倉庫のドアを閉めた

 

誰も居なくなった…そう思った道場に女の子が来ていた

 

もう時間が過ぎているのに、まだ胴着を来ていた女の子が

 

それが誰なのかは知ってる

 

この道場の師範の次女だった

 

特に親しい訳じゃない

 

寧ろ、  姉と  兄に憧れていて、俺は目の敵にされていた

 

「待て  !」

 

「…何?もう帰るんだけど?」

 

もう、疲れてるんだ

 

「稽古の途中のあの情けない姿は何だ!?」

 

『情けない姿』ってどの姿?

 

思い当たることはいくつもあるから判らない

 

稽古の途中にはいろいろと考えてた

 

野球の事とか、家での事とか、夕飯の事とか、色々と

 

言ってしまえば雑念だらけ…というか、それしか頭にない状態で竹刀を振り続けていた

 

「近日中に試合を行うというのに、それにあたり  と大将を巡って試合を行うというのにその体たらくはなんだ!?」

 

「…へぇ、そんな話になってたのか…」

 

…というか、俺が  兄と大将の座を巡って試合?

 

辞退しようかなぁ

 

「聞いていなかったというのか貴様!?」

 

さっきからこの子、怒鳴ってばかり

 

いや、俺と相対しているときにそれ以外の様子を見たことは無いけどさ

 

「うん、聞いてなかった。

だから初耳だよ」

 

そう告げると、目つきがより酷くなる

 

もう関わっていられなかった

 

だから、帰ろうとした

 

「ふざけるなぁぁっ!!」

 

肩を捕まれ、引き倒される

 

目に映るのは道場の天井

 

追って感じたのは背中全体に襲ってくる激痛

 

 はそのまま続けて怒鳴ってくる

 

怒鳴り散らしてくる

 

『情けない』だの、『お情けで道場に通わせてもらっているくせに』とか『一度も試合で勝てたことが無いくせに』とか『お前は大将に相応しくない』とか

 

『勝てたことが無い』のはというのは誤りだ

 

試合では幾度か勝ったことがある

 

そのたびに『何かズルをした』と言われ罵られたけど

 

練習が終わった後、帰り道でも袋叩きにされた

 

 

 

少しだけ考えてみる

 

次の道場試合では大将戦を捨て、副将以下で勝ち星を掴ませよう、とかそんな感じなんだと思う

 

お飾りで大将にされても嬉しくもなんともない

 

「俺は今日は、もう帰るから」

 

怒鳴ってくるのを右から左へと受け流し、俺はフラつく体で起き上がり、立ち上がった

 

「待て  !話はまだ終わってないぞ!」

 

「…話っていうか、一方的に怒鳴ってるだけじゃないか」

 

実際、 とは会話が成立したこともない

 

事実、ただの一度も

 

「大将は…どうなってもいい、なれようと、なれずに終わろうと。

もう、コレでいいだろう…。

正直、剣道は続ける気になれないしさ…」

 

それで終わらせようと思った。

 

だけど、終わらなかった。

 

むしろ、やりたい事も出来ずに終わるという、すべての終わりだったかもしれない

 

「この…痴れ者があああぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

怒鳴る声が耳を劈いた。

 

続けて襲ってきたのは、右の二の腕に襲ってくる凄まじい痛みだった

 

ビキ…

 

そんな音が耳を突き抜けたのは幻だったのかもしれない

 

だけど、激痛は現実だった

 

「…が…あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

 

立っていられない

 

思わず跪く

 

「お前なんかが!

  と同じ場所に立っていていいわけが無い!」

 

二度目の激痛が右の二の腕、肩寄りの場所を襲う

 

「誰にも勝てない出来損ないなんかが!」

 

三度目の衝撃は背中に襲ってくる

 

それでも何とか の様子を見る

 

いつの間に、どこから調達してきたのか知らないが、木刀が握られていた

 

右腕は…痛くて動かせない

 

痛みで足も動かない

 

呼吸さえできなかった

 

「~~~~~~~!」

 

四度目の激痛が襲ってきた

 

今度は肘寄りの場所

 

なんとなくだけど理解ができる

 

右の二の腕の骨を骨折したか、ヒビが入ったかしている

 

「  くん!」

 

「無事かね!  君!」

 

薄れていく意識を舌を噛んで保つ

 

師範と…長女の さんがそこに居た

 

助けてもらいながら起き上がる

 

 は、神社の宮司さん?だとかに取り押さえられていた

 

「師範…それに…… さん…」

 

肩を貸してもらい、なんとか立ち上がった

 

「お疲れ様です、じゃあ…俺はこれで…」

 

振りほどいて歩こうとしたけど、疲労と激痛で数歩歩いたのが限界だった

 

意識が、そこで途絶えた

 

 

 

気が付いた頃には、30分ほど経っていたらしかった

 

変わらず道場の天井が目に入った

 

「…痛ッ~!」

 

一瞬で朦朧としていた意識が現実に叩き戻された

 

右腕には、包帯を巻かれて固定されているだけ

 

「右腕だけど…」

 

声が聞こえた

 

視線を向けると、 さんがそこに居た

 

「二の腕の骨、上から下までヒビが入ってる。

私から見ても、全治二年。

だけど大丈夫、このまま病院に搬送してもらおうって事になってるから、お医者さんに診てもらえば、きっともっと早く回復が…」

 

「要らない」

 

話の途中なのに、俺はぶっきら棒な言葉で斬って返した

 

「だけど、診てもらったほうが、まだ…」

 

「もう、竹刀を握るつもりなんて無かったんです。

道場で門下生同士で諍いが起きてけが人が出た、なんて話になれば、師範の顔に泥を塗ることになる」

 

包帯を剥ぎ取り、右腕を見下ろしてみる

 

青い痣が三か所、クッキリと残り、痛々しく腫れ上がっていた

 

痛みのせいで、手を肩の高さにまで持ち上げることもできない

 

手を握ったり開いたりするだけでも痛みが腕を突き抜けた

 

「でも…」

 

「階段から転げ落ちて右腕を故障した、それを理由にして剣道を辞めた、それでいいです。

だから病院には行かない、  姉にも  兄にも、本当の事は言わないでください」

 

「駄目だよ…それじゃぁ、  くんが…」

 

やりたくない事は在った

 

それをようやく辞められる

 

やりたい事は見つけたばかりだった

 

それはもう出来ないのだろう

 

俺にはお似合いの話だった

 

「お願いです」

 

「………………」

 

「それと、師範にも伝えてください。

俺を『破門処分にしてくれ』って」

 

それだけ言って、俺は道場から出た

 

神社の境内を歩いている最中、痛みが酷くなって歩くのも嫌になった

 

何かの本で見たことがある『骨折時の応急処置』方法を思い出し、それを実践した

 

落ちていた太い木の枝を拾い上げ、それを二の腕に包帯で括り付ける

 

痛みを耐えるために歯を食いしばり、歯が割れた

 

『添え木』とか言うんだっけ?

 

まあ、何でも良いや

 

「…帰ろう…」

 

 

それからの生活には色々と支障が出た

 

俺の利き腕は右だったから

 

利き腕を変える必要があった

 

右から左へと

 

三日経ってから、  兄の告げ口で  姉には、俺が道場に行くのを辞めたのがバレた

 

腕を故障したのを知るや否や、回復後にはまた剣道をさせようと  姉は説得してきたけど、俺はそのことごとくを受け流した

 

受け流すその場で叱られ続けた

 

道場の次女の は…知らないけど、剣道を続けているのだろう

 

他の道場との試合では、  兄が大将をすることになり、日々それを自慢話として聞かされた

 

もう、どうでも良かった

 

 

 

日々を送るのに疲れた

 

 

 

家族といるのが苦痛だった

 

 

 

生きていることにも涸れ果てていた

 

「  、  はまだ剣道を続けているんだ。

その弟であるお前が挫折するなど、情けないと思わないのか」

 

  姉の言葉は乾いていた

 

『情けない』からって何なんだ、『情け』が無いよりずっといい

 

 

 

それからは、眠れない日々の連続だった

 

学校内での迫害は勢いを増した

 

『出来損ない』『挫折者』

 

そんな言葉はもう聞き飽きていた

 

右腕を庇っている事を知られたら、そこを狙って攻撃されることも少なくない

 

助けてくれるのは二人だけだった

 

『五反田 弾』『御手洗 数馬』の二人だった

 

だけど、焼け石に水だった

 

「挫折なんて誰だって在るだろ?

俺だってサッカーをしたかったけど、料理だってやりたい、けどどちらかだけしか選べないから片方を選ぶしかできなかったんだよ」

 

「僕も似たようなものかな。

それに勉強だって似たようなものだろ?

理系もいれば文系もいるって感じでさ」

 

俺なんて二人の言ってる部類にはどちらにも入れない

 

剣道は惰性で続けていて、つい先日破門処分…というかそうしてくれと願い出た

 

確認まではしてないけど、今頃は正式に除名されている筈だ

 

理系というわけでもなければ文系でもない

 

やりたくないことを惰性で続けて、勝手に辞めて

 

やりたいことを見つけたのに出来ない内に諦めるしか出来なかったわけで…

 

けど、それを知っても二人はあくまでも友人として接してくれるようになった

 

そのことに関しては心の底から感謝している

 

きっと、人生を使い切っても返しきれない大恩だから

 

暑苦しい男同士の友情とか言われるものかもしれないけど、それでも良いんだろう

 

 

 

 

それからも  兄からの迫害は続いた

 

それは弾や数馬にも害は及んだ

 

俺は傷つく二人を見ていられなくて、縁を切ろうとしたけど、二人は頑として聞き入れなかった

 

「当たり前だろ、ダチが傷つくのを見てほっとけるわけないだろ」

 

「やましいことがなければ堂々としていればいい。

悪いことをしていないのなら堂々と胸を張っておけばいいんだから」

 

「開き直りって言うかもしれないけどさ、ワハハ」

 

この二人の友人は希望だった

 

数少ない救いだった

 

 

 

「どうしたんだ、その傷は?」

 

二人と知り合ってから数週間程度経った頃だった

 

二人があちこち青あざだらけに傷だらけになっていた

 

保健室から出てきたけど、そのケガのひどさは何となしに判った

 

「喧嘩しちまってよ、いやぁ善戦してたんだけどなぁ」

 

「まさかあそこで負けるとはね」

 

「喧嘩の相手って……  兄とだったのか?」

 

「いんや」

 

時には二人が無理をしているようにも思えた

 

けど、隠されてると思ったんだ

 

なにかの秘密を

 

その予想は嫌なことにも的中した

 

その日の夜、自宅で

 

  兄に、階段から蹴り落された

 

「お前が悪いんだぞ。

雑魚とはいえ、あの二人を俺に喧嘩を売らせるように仕組んだお前がな」

 

  兄の口元は吊り上がっていた

 

繊月(悪魔の嘲笑)のように

 

もののついでに…腕の傷が余計にひどくなって完治まで遠のいた

 

少ない小遣いを少しずつ少しずつ削り、湿布や絆創膏、包帯を買っては身に着けるのが日常になっていた

 

でも  姉にはバレたくなくて、血の付いた包帯はクローゼットに隠し続けた

 

湿布や絆創膏は新聞紙にくるんでゴミ箱に隠し、ごみの日には出した

 

だけど、体の痛みからは解放されなかった

 

どこか、あたたかな場所なんて在るのだろうか

 

あるのなら、そんな場所を求めたかった

 

 

 

 

バキィッ!

 

「ガハッ⁉」

 

少なくとも、此処じゃない

 

「出来損ないは頭の中まで腐っているらしいな。

二人がかりで  を襲わせるなど…恥をしれぇ!」

 

こんな場所じゃない

 

俺は何もしていないのに

 

冷たい場所は嫌だ

 

なんで俺が殴られなきゃならない

 

「辞めろテメェッ!!」

 

ドガァッ⁉

 

微かに見えたのは、誰かが に飛び蹴りを炸裂させる瞬間だった

 

「一夏、大丈夫か⁉」

 

「…数馬、か?」

 

「俺も居るぜ」

 

弾もそこに居た

 

肩を貸してもらいながらなんとか立ち上がる

 

繰り返し殴られたせいか、背中が酷く傷んだ

 

「数馬、ひとまず俺の家に運んでやってくれ!」

 

「判った!」

 

「そこを退け!その卑怯者を叩き直してやらねばならんのだ!」

 

「うるっせぇっ!卑怯者はテメェだろうがぁぁぁぁっっ!!」

 

その後のことは詳しくは知らない

 

路上で大喧嘩をしていたらしいけど、どんな結果になったのかまでは

 

 

 

 

「こりゃ酷い傷だぜ坊主、病院にも行ったほうが良いぞ」

 

弾の爺さんであるらしい厳さんに看てもらったけど、そういう判断に終わった

 

だけど、これ以上世話になるのが嫌で俺はその誘いには断った

 

「だがよう…」

 

「これ以上、迷惑をかけたくないんです。

それに…  姉にだって知られたくない…」

 

「馬鹿野郎、子供なら大人を頼れ!

それは『迷惑』じゃなくて『当たり前』ってもんだろ!」

 

「…俺個人の問題なんです…。

じゃあ、学校に行きますので」

 

包帯を巻きなおし、制服を着てから俺はカバンを掴んで弾の家を後にした

 

門の前、弾が待ってくれていた

 

制服はところどころ破れているけど、軽傷なんだろうと悟る

 

「大丈夫なのか、弾?」

 

「お前そのセリフは鏡を見て言えよ。

お前のほうがよっぽど重傷だろうに、病院連れて行こうか?」

 

「病院は…いいよ。

そんなところよりも学校に行こう」

 

「病院を『そんな所』って…一夏もヤキが回ったね…」

 

病院には何故か良いイメージが湧かない

 

出来ればお近づきになりたくない場所だ

 

「ところで一夏、右腕の事だけどよ」

 

「誰にも言わないでくれよ、頼むから」

 

「…判った」

 

骨折し、右腕には添え木をしているだけで、それだけの処置だ

 

だから今は右腕は使えず、日々の生活にも苦労している

 

もう一本、右腕があれば良いんだけどな…それじゃあ人間ではなくなってるだろうけど

 

 

 

 

それから少しだけ経った

 

何とかプログラムが実施され、篠ノ之家は離散することになった

 

道場は、上段者が看板を預かることになり、形だけは維持されているらしい

 

人から聞いた話でしかないけど

 

「幼馴染が引っ越すことになるんだ。

別れの挨拶くらいしておけ」

 

神社の前まで連れていかれ、やむなく挨拶をすることになった

 

  兄と は、賽銭箱の前で何か仲良く語り合っている

 

まるで、仲のいい友人同士を超えた何かがあるかのように思えたのは、きっと俺の気のせいなんだろう

 

「私は柳韻さんに挨拶をしてくる。

お前は と挨拶してこい」

 

無理矢理に  姉に背中を押され賽銭箱の前まで連れていかれた

 

でも、何も話す事なんて何もなくて、二人の様子を少し見ただけで離れようとした

 

「お前、何も言わないのかよ?

長い間世話になってた幼馴染が引っ越すことになったんだぞ」

 

「…俺は何も世話になってないよ」

 

そんな言葉が自然と口から零れ落ちた

 

だけど、正直な話だ

 

何かあれば悪罵の吐き場所にされた

 

何かあれば暴力を振るわれ続けた

 

その結果が…コレだ

 

「辞めたいと思っていたことは辞めることができた。

でも、やりたいと思ったことは…もう出来なくなった。

たったそれだけだ。

もう、顔を合わせることも無くなると思っただけで、安心したよ」

 

それだけ吐き出すのにも時間はかかった

 

俺は を幼馴染だなんて思ったことはなかった

 

『関わりたくなかった他人』なんだ

 

関わりたくなくても、因縁を吹っかけて暴力に走る

 

そんな認識でしかなかった

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

ほら、まただ

 

背後から蹴り倒された

 

そのまま二人がかりで殴られる

 

こんな二人と何の関係も持っていたくなかったんだ

 

「続けていたことを捨てても、やりたいことを見つけたんだ。

それをやりたいと思っただけだったんだ…。

挑戦してみたいって思ったんだ…なのに…なんで…なんで…」

 

「お前が未熟だからだ!

情けないぞっ!  さんの弟のくせに!」

 

胸を蹴られ、いやな感触が続く

 

その感触を最後に意識が途絶えた

 

 

 

気づいたそこは自宅の玄関前だった

 

横目で確認すると、そこには  姉が居た

 

肩を貸してもらった状態でここまで運ばれたらしい

 

「一夏、何故最後の時だというのに喧嘩を売ったんだ?」

 

でも、最初の言葉は刃のように冷たかった

 

「…何のこと?」

 

「  からその時の状況を聞いた。

まるで を貶めるようなことを口にし続けた、とな。

何故そんなことを口にしたんだ?幼馴染だろう⁉」

 

他人だよ

 

そしてこの人も

 

それを今さらになって思い知った

 

俺には家族だなんて居なかった

 

そこに居たのは『同じ屋根の下の他人』でしかなかった事を

 

だから、改めて識ったんだ

 

俺は…『命を宿した時点で捨子だった』のだと

 

 

 

「お前、また傷だらけになってるのかよ」

 

「これくらい大丈夫だよ」

 

休日は弾の家に避難させてもらっていた

 

厳さんの厳つい顔に出迎えてもらいながらも、俺は奥の席に座っていた

 

添え木をしている右腕を使えない為、食事…というか箸も左手で扱うのが存外に難しく、この場を借りて練習していた

 

今は箸で大豆を皿から皿へと運ぶ練習中だった

 

あたり前な話だけど、途中で何個も落としてしまっている

 

「だけど、これで少しは落ち着くんじゃないのか?」

 

「どうだろうな、数馬も弾も…もう必要以上に喧嘩なんてしなくなってくれればいいんだけどな」

 

「そっちかよ」

 

当然の話だった

 

『俺』を原因として他人と親友が喧嘩なんてしないでほしい

 

これはまごうことなく正直な本音だ

 

「けどさ、あんな暴力女が居なくなっただけでも安心だろ」

 

「僕も同感だよ。

この前は返り討ちにしたけど、相手をするのも面倒だったし。

公衆の面前で一方的に暴力を振るう人がいなくなって安心だよ」

 

弾も数馬も喧嘩はそこそこ強い

 

けど、返り討ちにしていたなんてな

 

その腕前に驚きだ

 

「今度転校生が来るらしいけど、その人はマトモな人であってほしいな」

 

ぅん?転校生?

 

「転校生なんて来るのか?

その情報は俺は知らなかったけど」

 

「へっへへへ、職員室に書類届に行った際にちょろっと話を聞いたんだよ。

外国からの転校生らしいぜ」

 

へぇ…外国からの、か

 

その人とは…距離を開けた方が良いのかな…なんて、さ

 

けど、もしかしたら…なんて夢を見るくらいは良いよな…?

 

翌年、進級した先のクラスで、俺の席は、窓際の最後部

 

グラウンドを見下ろすことができる昼寝しやすい席だった

 

それと、空を見上げることができる都合のいい席だ

 

繰り返される苦痛の日々の中、彼女は唐突に現れたんだ

 

「凰 鈴音…です」

 

俺の隣の席、話に聞いた転校生の席はそこだった


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