IS 速星の祈り   作:レインスカイ

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第二作の幕開けです。
亀の歩みに追い付けず息切れするかのようなノロマな更新速度になるかもしれませんが、御容赦ください。


プロローグ fragment:a

『約束する

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も  を守るから』

 

微睡みの中、薄ぼんやりとした姿を見せる彼女は誰だろう。

 

思い出せない。

 

それとも、俺が知らない誰かなのだろうか?

 

それすら判らなかった。

 

ただ判るのは、薄れていくかのような声。

 

ちょっとだけ尖っているけれど、優しくて、日溜まりのように暖かい。

 

その声の主、を俺は今も探しているのかもしれなかった。

 

姿すら思い出せない、未だ見ぬ彼女を。

 

 

 

 

6years ago

 

バリバリと煩い音が耳を貫く。

音の正体は…多分、ヘリのプロペラの音だと思う。

 

此処が何処なのか、判らない。

目を塞がれ、両手両足を縛られている。

口は…呼吸は出来るけど、…うぇ…匂いがキツい布みたいな何かで塞がれてる…!

 

「うぐ…」

 

気持ち悪くて声をだすと、体が大きく傾く。

 

「うぐぇ…!」

 

腹に何か強い衝撃。

そのせいで胃の中を吐き出した。

匂いがより一層強くなって気持ち悪い。

バリバリという音の中、人の声が聞こえた気がした。

 

誰か居るのなら目隠しと布と、両手両足の拘束を解いてくれよ。

 

そう思っても、布で塞がれた口では、不充分な呻き声しか出せない。

ああ、気持ち悪い…。

 

俺の状況を知ってか面白がっているのか、腹への衝撃が継続的に続く。

 

もう辞めてくれよ。

今朝の朝食のトーストは吐き出して終わったんだ。

吐き出すものは胃液ですら残ってないんだ。

 

腹への衝撃が…多分、20回を越えた辺りから、次第に口の中に鉄の味が広がってくる。

 

何だって俺がこんなめに遭わなくてはいけないんだろうか。

此処まで酷い経験は無いけど、以前から似た事があった。

出血程度なら慣れてるけど、吐血する程の暴力は無かったと思う。

 

俺は…産まれた場所が悪すぎた。

気がつけば、両親は揃って蒸発しており、年の離れた姉と、同い年の双子の兄が居た。

 

姉は、武道に優れ、国にすら認められていた。

兄は、十全に優れ、誰からも認められていた。

なら、俺は…?

 

何もかもがダメだった。

 

俺がどれだけ努力しても、二人を強調させる為のダシにされた。

二人が強調される度に、誰からも侮蔑され続けた。

俺の努力を見てくれなかった。

努力の果ての結果も無視され、比べ続けた。

 

武道についても同じだった。

姉に比べられ、兄よりも劣っていると罵られ、道場主の次女の に木刀で殴られ、腕を骨折した。

当時は失踪していたらしい長女の さんと、道場主夫妻に助けられたが、利き腕は当面使えなかった。

 

その暫く後、その家族は離散した。

 さんが開発したものが原因で、なんとかプログラムだっけか、それで居なくなった。

 

それから数ヶ月後に、彼女は現れた。

外国からの転校生で、偶々同じクラスに、同じ窓際の席で隣り合った。

彼女の名前は『    』。

 

外国から来たというだけで、周囲からはハブられていた。

ハブられ者同士だったからか、俺は彼女に声をかけた。

それが切っ掛けだったのかな。

その子の悲しむ顏を見たくなかった。

笑顔を見たかった。

 

だからだろう、俺はその子の境遇はともかくとして、状況を変えてあげたかった。

俺の状況なんかよりももっとだ。

半月程時間をかけて、状況は大きく変わった。

 

「ねぇ、なんで助けてくれたの?」

 

帰り道にそう問われ、俺は応えることが出来なかった。

ただ…

 

「同じ感じがしたから」

 

「誰と?」

 

「俺と」

 

「ふ~ん?」

 

素直に言えなかった。

それで悪友とも言える二人の男子生徒と共通の友人になれたのに。

 

兄は、状況を変えた俺を侮蔑しただけだった。

俺が に腕を折られた時にも何もしてくれなかった。

 

姉は、俺達を見ているだけだったのか何もしてない。

両親に代わって、家長として見ているようで、それだけだった。

忙しいのは判ってるけどさ。

 

 

 

そして今は…このザマだ。

 

両手両足は縛られ、目隠しに、口には胃液と血の匂いと…臭い匂いが入り交じった布だ。

 

急に目隠しを剥ぎ取られる。

ピントも合わず、眩しさに目が痛くなる。

やがてそれもおさまり、目の前が見えてくる。

 

目の前にモニターがあった。

そこには…機械のような、鎧のようなものを身に纏った姉の姿があった。

知ってる。

あれはISだ。

 

『第1回、国際IS武術闘大会モンド・グロッソ 一回戦最終試合!

日本代表!    選手の入場です!』

 

「だ、そうだ。

お前に恨みは無いが、消えてもらうぜ」

 

声の主は覆面をした人物だった。

目出し帽で顏は見えなかった。

声からして…多分、女性。

 

文句なんて言えなかった。

口を布で塞がれてんのに何をどう言えってんだ。

 

それにしても…状況が判らない。

 

朝、 達と一緒に登校するつもりで、兄よりも遅くに家を出て、それきりだ。

記憶はそこで途絶えていた。

 

そう言えば何日か前か、「その日の夜から私の試合があるから見ていてくれ」とか言ってたっけ。

 

「お前の姉に身代金要求をしていたが、無視されたか、見捨てられたか、もしくは棄てられたか」

 

さあ?激しくどうでもいいや。

  姉からすればそんなものだったんだろう。

同じ屋根の下で過ごす他人みたいな。

 

  兄からすれば、俺は他人なんだろう、そんな扱いだったし。

俺を差別していた同級生達の煽りとかしてたし。

一度も助けてくれなかった。

 

ガコン!

 

そんな音が背後から聞こえた。

蹴飛ばされ、転がされ、開いた扉が見えた。

その先には…真っ青な海が見えた。

 

あれ?夜じゃないんだ?

さっきのアレ、録画された映像?

 

そんな事を気にする余裕なんて無かった。

 

ドガァっ!!

 

背中を蹴り飛ばされ、落とされた。

真っ青な海に、真っ青な空、白い雲。

そんな中に見える、黒いヘリ。

 

こんな子供を葬るのに、縛り、口塞ぎ、あまつさえ海に蹴り落とす。

念には念を、か。

 

助かる見込みなんて無いだろうな。

不思議と恐怖感なんて無かった。

何故か、胸の内には安堵感すらあった。

 

ようやくあの場所から解放されるのだ、と。

 

同時に、不安もあった。

 

『約束する

私は、どんなことになってもアンタの味方だから。

私を助けてくれた時のように、私も  を守るから』

 

俺が助けることが出来た女の子の暖かな微笑みを思い出した。

 

チュ…と音がして頬に触れた温もり。

 

「ファーストキスだからね」

 

「ほ、頬だからノーカンだろ!?」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

そう言って戯れた日々を今になって思い出す。

 

「  が私に居場所を作ってくれたように、私も  の居場所を作るから」

 

涙混じりの笑顔を思い出す。

 

「だから、  の居場所に一緒に居させて?

『  の隣』っていう特別な居場所に…」

 

あの瞬間の笑顔が日溜まりのようで暖かかった…。

なのに…ごめんな。

世界は、俺に居場所を赦さなかったみたいだ。

 

 

 

風圧の影響か、口を塞いでいた布が剥がれ落ちる。

 

もう、海の蒼は目前だった。

 

俺を侮蔑し続けた兄。

俺を一度も助けてくれなかった傍観者の姉。

 

家族という他人の二人に言い残す事なんて無い。

あの二人に比べられ続ける生活、日々、人生には疲れたんだ。

 

そんな日々の中で、彼女と共有出来る時間は、特別だった。

 

疲弊した心への癒しだった

 

渇ききった日々の潤いだった

 

生きる絶望の中の希望だった

 

俺という存在への…救いだった

 

ただもう一度だけでいい、 と逢いたかった。

 

だから

 

「ごめんな、鈴…」

 

海の蒼に飛び込んだ。

体の拘束はほどける様子も無い。

 

こんな状態でも、彼女の事ばかりを思い出す。

彼女の笑顔に見惚れていた事も。

 

「俺と同じだから、だけじゃなかったんだ」

 

こんなギリギリになって、どうしようもないタイミングになって、初めて口から思いが零れ落ちた。

 

 

 

「好きなんだ、誰よりも」

 

 

その言葉は波に呑まれた。

 

伝えることが出来なかった言葉を走馬灯に向けた

この言葉を伝えることが出来たなら、笑顔を見せてくれたかもしれない。

満面の笑顔を、見たかったな。

 

鈴、愛してる

 

より大きい波が俺を飲み込む。

目を閉じ、覚悟は決めた。

溺死は確実。

どうせなら楽に死ねたらないいな…そして…暖かな思い出の中で(永眠)りたい。

 

だけど

 

願えるのなら

 

 来世でも、鈴と逢いたい

 

  祈れるのなら

 

   暖かな世界で生きたい

 

    叶うのなら

 

     どうか

 

      居場所を下さい

 

 

 

こうして、齢10で『織斑一夏』としての生涯は終わったんだ。


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