【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達-   作:タツマゲドン

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西暦2070年 転

『目標を確認! 幾らか損傷を受けている様ですが異常なく動いています!』

『待て、奴の様子がおかしい。どこか変な方向を向いているぞ。』

 

 味方の通信を余所に、奴は余裕の、人を貶す嘲笑を浮かべていた。

 

 しかも俺に向かって指を指している。それから指を銃の形にし、バン、と撃つようなジェスチャーを見せた。

 

『今笑ったぞあいつ!』

『妙な行動を取りますね……』

 

 撃ってみろ、と誘っているのだろう。

 

「ふざけやがって!」

 

 幾らか理性を失った俺はいきなり対物ライフルの引き金を引いた。

 

 スコープの向こう側の奴は首を曲げて横を向いた。そこにあった瓦礫には大口径の銃弾と思われる銃痕、しかも砂煙が出たばかり。俺が撃ったのに違いあるまい。

 

 次の瞬間、スコープからは男の姿が消えていた。

 

『目標が目の前から消失!』

 

 少し遅れて味方の通信。

 

 来やがれ。例え俺は死んでもお前を絶対に殺す!

 

『……はあっちに……』

『……だ……しろ……』

 

 もはや味方の通信も聞こえない程、俺の気分は高揚していた。

 

 銃の向きを変え、男が真正面から恐ろしい速さで足を動かしつつ突進するのが見えた。こんなのを避けるのは余裕だってか?完全に俺を舐めやがって!

 

「待て待て、相手の思うつぼだ……落ち着けよ、最後の2発ぐらい当ててやろうぜ」

 

 スーーーーーッ、ハァーーーーー、……深呼吸し、気を取り直してスコープを覗き直す。

 

 いや、その前に。俺は銃を手放す代わりに右腕を前に突き出した。

 

 ババババババババババ‼‼‼‼‼

 

 右腕に搭載された3銃身ガトリングが俺の意志に連動して回転を始め、銃弾を秒間50発という驚異的なスピードで吐き出す。

 

 バイザーに映る拡大された映像では、男は大量の銃弾を前に躱す事も防ぐ事もせず、銃弾はそのボディに簡単に弾かれる。

 

 ならもう1丁、今度は左腕も前に出す。

 

 左腕に搭載されたグレネード連射銃が俺の思考を読み取り、毎秒2発のペースで発射される。ガトリングと比べ物にならない程遅い連射速度だが、それを爆発範囲で補っている。

 

 右腕は連続するまるで勢いのある水道みたいに腕が後退するのに対し、左腕は一瞬の間でまるでパンチを受け止める様に強い衝撃によって後退させられる。

 

 ただし、やはり初速が遅いのが駄目か、男は難無くグレネードを避ける。

 

 ならこれでどうだ。

 

 俺の意志に従って、両肩に格納された2丁の軽機関銃がロボットアームによって展開し、撃ち続ける。

 

 両肩を押さえ付けられるが、パワードスーツの重量と出力によって反動はへっちゃらだ。

 

 ただし軽機関銃程度の銃弾も男は受け付けず正面から突破される。

 

【グレネード:残弾無し 軽機関銃:残弾無し ガトリング:残り50発】

 

 左腕と両肩の反動が無くなる。やがてガトリングから発射音が無くなり、モーターの回転音だけが空しく残る。

 

【ガトリング:残弾無し 残り武装:ソード、ワイヤーガン 目標:正面100メートル停止中】

 

 音速で走れるはずの奴がガトリングの弾が無くなる程時間が掛かる訳ではあるい。しかも停止中だとは、じゃあ俺を舐めてる訳か!

 

 いや、逆だ。向こうは俺を甘く見ている。ならこちらが……

 

「来いよ。どうした? ただの人間の俺が怖いってのか?」

 

 俺は寝そべったままライフルを構えながら左手を前に出し、掌を上に、相手に見える様に数回ヒラヒラさせた。向こうが100メートル以上の距離から本当に見えていたならばの話だが。

 

【警告:目標:急速接近 目標:前方10メートルで停止】

 

 レーダーが示した通り、俺の10メートル先に男の姿があった。まさか俺の手に乗っかるってのか?

 

「おいオッサン」

 

 遠くから、恐らくは俺を呼びかける声。

 

「なあ、聞こえてんだろ? 決闘しようぜ」

「……ルールは何だ?」

 

 奴を「範囲内」にさえ入れられれば、俺はそれだけで良い。

 

 男は少しの間黙り込み、挙句ニヤッと笑って口を開いた。

 

「あんたは俺が戦った中でも”普通”の奴らの中では相当強い。だからよお、ここは1つあんたが決めて良いぜ」

「それは本当か?」

「へっへっへっ、これだからオッサンは頑固なんだ。勿論、俺が嘘を付くような奴に見えるか?俺が不利な条件でも構わん」

 

 見えるとも。お前みたいなヘラヘラ笑う若者はな。

 

 でもルールが決められるのはこちらにとってでかい。どうやって誘い出す?……

 

「なら、殺した方が勝ち、ただしハンデとしてお前は武器を使うな」

「これを使わなければ良いんだな?」

「そうだ。良い銃だな」

「おっ、分かる?」

 

 男は俺の要求をあっさり受け入れ、銃をゴミの様に投げ捨てた。

 

「しかし妙な銃だ。弾薬や反動はどうなっている?」

 

「簡単に言えば”俺達”の持つエネルギーを直接銃弾に変換して発射しているから弾薬は必要無いし、銃弾はエネルギーの塊だから反動も無いって訳。まああんたが知っても無意味だがな」

 

 エネルギーを銃弾に変換……一体どんな技術なんだ?

 

現代の歩兵携行装備にレーザー光線や素粒子ビーム、又は歩兵サイズのレールガンやらは開発段階にあっても実用化されていない。それは色々原因があるが、一番はエネルギー効率が悪いからだ。だがエネルギーを直接変換するなんて技術、少なくとも聞いた事が無いし、実在するならもっと世間に広まって世界平和に役立たれても良い筈だ。

 

「それで、他は無いのか?何ならあんたを殺すのには右腕と両足を折られたって出来る。だったらあんたがもっと武器を持って来ても良いんだぜ」

「いや、これだけだ」

「ほう……」

 

 男の目付きが急に鋭くなった気がした。

 

 そういえばこの男こそたった1人で俺の所属師団を滅ぼした張本人である。こいつに沢山の味方が、それも僅かな時間で殺された。そう考えると俺の意識は怒りと恐怖に占められた。

 

 だが考える力は残っている。

 

何か企んでいるのか?しかし爆薬は見えない様に置いているからばれてない筈だ。

 

「で、何時始める? 決闘は12時丁度村の通りのど真ん中で始めるものだろ?」

「若いのに中々センスあるじゃねえか……じゃあこうしよう、今だ!」

 

 我ながらずるい方法で開始の合図を告げ、先手を打った。つもりだった。

 

 即座に銃を目の高さまで持って来て、スコープの中心をを男に合わせ、引き金を引く。

 

 だが、男は体を右に傾け、心臓を狙った銃弾が虚空を貫通した。

 

「そんな程度か?」

「まだだ! さっさと来い!」

 

 挑発しながら俺は最後のライフルを抱えた。

 

 当然今までと同じならばこれも避けられるだろう。勿論俺はその事に手を打っておいた。

 

 銃弾を軽い小口径弾にしておいた。勿論口径が小さくなる分銃口に隙間が開いてしまうが、その分はその隙間を埋める補助発射体(銃口から飛び出た後に分離するのでちゃんと高速が得られる)があり、これにより、音速の3倍が音速の5倍にまで跳ね上がる。

 

 今までとは違って、軽く速い音がパワードスーツの音声表示機能によって高音質で俺の耳に届いた。

 

 反動は今までとは変わらないが、確実に今までとは違うのが俺には分かる。

 

「ぬおっ?!」

 

 男が咄嗟に腕を掲げ、腕は何かに当たった様に僅かに後退した。

 

「へへっ、やっと1発当ててやったぜ。どんなもんだ」

 

 殺しは無理だったが、俺はある種の満足感を覚えていた。

 

 しかし、もう1つやるべき仕事が残っている。

 

 一方、目の前の男はというと、

 

「ふざけてんのかてめえ!」

 

その肢体は無事だが、俺のさっきの呟きの所為か、明らかに怒っていた。強力な能力を持つというのに短気だとはやはり性格は大した事がないらしい。

 

 気付いた時には、男は俺の目の前60センチメートルに居た。

 

「これは殺し合いなんだ、よっ! そんな程度で満足する、なっ!」

 

 男はパワードスーツを装着したままの合計体重200キログラムの俺を、片手で地中から引きずり出して持ち上げ前に放り投げた。

 

 間も無く背中に強い衝撃を感じ、俯せの体勢で停止した。

 

 痛いが、奴はあそこに立ったままだ。後はC4のスイッチを……

 

 リモコンを携えている腰の辺りに手をやろうとした俺だが、途中まで動かしてそこから先が動かない。

 

 見ると、俺の横には既に男が立っており、リモコンに伸ばす俺の手をがっちりと掴んでいた。

 

「どうやら俺を爆弾で囲み、それで俺を殺すつもりだったらしいな。だが相手が悪かったな。ハハハハハ!」

「……お前の言う通りだ。もはや俺の負けだ……」

「やっと認めたか、最初っからオッサンが勝てる訳ねえんだよ。早くくたばれ、このクソで無能でクズで目障りで……」

 

 男は満足そうに俺に暴言を吐き続け、傍らで俺はあるイメージをする。そのイメージをパワードスーツが受け取り、思考通りにパワードスーツが動いてくれる。

 

 小気味良い発射音が2つと、これまた小気味良い反動が両腕に1つずつ。

 

 俺の目は視界に男に向かって飛んで行く2本のワイヤーを確認した。

 

 直後、右のワイヤーは男の足へ、左のワイヤーは男の首へ、それぞれ巻き付き、俺はそれを確認すると勢い良く引っ張った。

 

 力を入れても動かした感触が全く無い。まさか体重までも変化している訳ではあるまいし。

 

 直後、ワイヤーが千切られたのか引っ張る手応えを失った俺は腕を空しく空振らせた。

 

「野郎!」

 

 もはや俺はこいつを殺す事なんかどうでも良い。

 

 俺は考える暇も無く左腕で勢い良く体を起こし、同時に右手で腰の剣を抜く。

 

「うおおおおお‼‼‼‼‼」

 

 奴に一泡吹かせられなければ俺として悔しいだけだ。

 

 雄叫びを上げながら地面を蹴り、右腕を振り出す。

 

 目に映ったのは剣を真横から受け止める男の腕。本当に切れないのか……

 

 そこから先は意識が朦朧として良く分からなかった。

 

 何故なら、突然頭に強い衝撃を受け、そのまま後方に吹き飛ばされてしまった。

 

 不時着した俺は、次に豪快な破砕音を聞いた。

 

 そして俺の肌は風を、つまり外気に触れたのを覚えた。

 

 ヘルメット部が外れ、目の前に居た男がそれを投げ捨てる。

 

「”お前達”はな、何か武器を持たなければ戦えない、そんなザコなんだよ!」

 

 男から罵声を浴びせられ、男が手を俺に向かって突き出す。

 

 突然襲い掛かった激痛に、俺の感覚は一気に鋭さを増した。

 

 男が尖らせた手を突き出し、左肩から先の感覚が無くなった。

 

 男が俺に向かって足を振り下ろすと、両足の付け根に圧力を感じすぐに感覚は無くなった。

 

 意識が回復する代わりに襲い掛かったのは激痛。左腕、右足、左足を千切られた張り裂ける様な痛み。

 

「うあああああ!!!!! ぐっ、ぐわあああああ!!!!!」

 

 我慢できず、情けない悲鳴を上げた俺。

 

 俺は今まで軍人として戦場に赴き、あらゆる傷を負ってきた。例えば銃弾など何発も受けた事があるが、俺の気配りが良かったのか相手が下手だったのか、どれも致命傷には程遠かった。

 

 人体の一部を抉り取られるという傷を負った事のある者など中々居ない筈。

 

俺の友人に片足を失った奴が居たが、そいつは敵の爆弾による物だった。

 

だが問題の俺は、目の前で手足を無理矢理人力で引きちぎられるという残虐かつショッキングかつクレイジーなやられ方だ。何なら今の俺と同じ状況を全世界の五体満足の奴に味わわせてやりたい。

 

「殺して欲しいか?」

 

 男が俺の目の前に、千切った血の滴る俺の腕や足を見せびらかす。

 

「……まっ、たく、だ……おれ、は……ま、まだ……まだだ!」

 

 最後まで奴を殺せは出来なかったが、俺は最後まで抵抗してやる。

 

 何もしないまま死ぬか、馬鹿をやって死ぬか。答えは決まってる。

 

 俺は慣れた動作で、唯一残った右手を腰の位置に持って行き、そこにある硬く重量のある物体を掴む。

 

 腕を前に伸ばし照準を合わせる間も惜しく人差し指を曲げる。

 

 パン!

 

 乾いてあっさりした軽い発砲音。

 

 確認しようにも力が入らず首が曲がらなかった。

 

「まだ懲りねえのかよクソ野郎! さっさと俺に殺されろ!」

 

 ああ、もう俺に出来る事は何も無い。

 

 妻と息子と娘よ、戦場に立ってから覚悟して来た事だが、お前達を残して先に逝ってしまう俺を許してくれ。

 

 味方の姿は周囲には見当たらない。通信機を剥がされて情報が無いが、きっと対策を練るべく一時撤退したのだろうか。こんな時だけは頼りないぜ……

 

「あんたのその銃も良いことだけは認めてやろう。結構古いタイプ、オーストリア製の9ミリプラスチック拳銃か。カスタムが効いて良いよなそれ。俺は生憎45口径派だがな」

「……あ、た、り……かんつう、する、から、な……」

「まあ俺には傷を付ける事さえ出来んが」

 

 男が勝ち誇ったように言うと、俺の拳銃を手中から奪い取り、俺に銃口を向けた。

 

「これで死ねるならお前も本望だろう。ほんの少しの時間だったが、久し振りムカついたぜ。これで清々する」

「……あ、あ……」

 

 俺は目を瞑った。

 

「あばよ」

 

 あばよ、皆……


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