【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達- 作:タツマゲドン
「何か来る」
「ふえっ?」
休憩中、トレバーが放った台詞により、アンジュリーナが思わず間の抜けた声を発した。
「2人とも此処に居ろ。アンジュリーナ、アダムを頼む」
「えっ、ちょっと、何が……」
起きているんですか、と続けようとして少女は断念した。トレバーは既にドアを開け階下に繋がる階段を降りていた。
だが何が起こっているのかは大体想定が付いた。
(きっと「反乱軍」ね。だとすればまたアダム君が目的ね……)
あの時対峙した「管理軍」の指揮官らしき男が目に浮かんだ。
(私が守らなきゃ!)
アンジュリーナは強い使命感に囚われた。
「ジャミングは維持されています。逆探知の兆候はまだありません。ブラウンとガルシアは既に妨害に入られたそうですが、計画自体は外部には知られていない模様。テイラーも向こうの1体に気付かれた様です」
「うむ、優秀な「トランセンド・マン」だな。我々の想定外だ……計画を少し変更する。もう1体出すぞ」
「ですがこれ以外は……」
「一応俺から用意している。強化措置を受けた「予備軍」を1体、隠密行動特化型だ」
ポールの隣には何時の間にか彼より一回り小柄な人物が立っていた。
素顔はフードに隠れて見えない。この人物もまた、表情を変えない。そして身体的特徴がこれといって無かった。
「現在アンダーソンはこの建物の屋上に留まったまま動きません。すぐ近くに「トランセンド・マン」が1体居ます」
モニターの3D画像を見ながらオペレーターが報告する。
「並みの「トランセンド・マン」どころか戦闘特化型にも劣るだろうが、アンダーソンのみを殺すならば十分だろう。それに……」
ポールは画像隣のグラフの数値や信号パターンを見ながら言った。
「もう一体の相手があの”小娘”なら楽勝だ」
部下達はポールのその発言の意味を理解出来なかった。
何時の間にかポールの隣に居たフードの人物が姿を消していた。
トレバーは廊下の向こう側から歩いてくる人物を見るなり立ち止まった。
「見事なものだな。俺とお前だけ外部から隔離しているという訳か」
「こちらこそ、俺を見抜けた事には称えよう」
バイザーヘルメットの男がトレバーから3メートルの間隔を空けて立ち止まる。コートのポケットに手を突っ込んだまま動かない。
トレバーは相手から「エネルギー」が絶えず流れ、自分と相手の周囲の空間を包んでいるのに感付いていた。これも「認識阻害」である事に変わりはない。
「もし奴を渡すのなら引き下がっても良い」
「断る」
ガキン!
衝突したのはトレバーの右籠手と相手がポケットから出した物体。”2人の間だけ”に金属音が鳴り響いた。
トレバーの左籠手が更に相手が突き出した左手を防ぎ、今度はこちら側から4連続で殴る。
ヘルメットの男がトレバーからの最初から最後の打撃を受け止め終えると、1歩下がり左手に握った物体を投げ飛ばした。
腕に装着された籠手で飛翔物をガードし、それを取ろうとする。
しかし物体はどういう訳か、まるで意思を持った様に動き、投射点だった男へ戻ろうとする。
相手が戻って来た物体を受け取る。物体は剃刀サイズのナイフだった。良く見るとナイフの柄には細いワイヤーが繋がっており、ワイヤーは相手の袖の中へ伸びていた。
(だが暗器は俺も同じだ)
相手が両方の手に握ったナイフを素早く振るい、トレバーの籠手が次々とそれらを伏せぐ。そしてタイミングを見つけた。
相手が右手を振り出したと同時に自分も右手でその腕に向かって拳を放つ。
「エネルギー」が籠手に流れ、刃が突き出し……
手応えが無かった。
籠手から伸び出た刃は確かに相手の腕に真っ直ぐと突き出され、刺さる筈だった、のだが何か滑らかな感触にツルリと逸らされて不発に終わる。
引き下がったトレバーは原因を探るべく、先程突き出した相手の腕を凝視した。
袖に隠れて見えないが、「視え」ている。腕に纏わり付く性質を変換された「エネルギー」が見える。まるでコイルを腕に巻いている様だ。
(あのワイヤー、腕に巻いて防御にも使えるのか。自在な伸縮も可能と見た……巻かれているのは腕だけだな)
沈黙が流れ、動かぬまま隙を探り合う二者。トレバーの目は確かにバイザーの奥にある瞳を「感じ」ていた。
「アンジュ、「管理軍」とは何だ? 疑問に思っていた言葉だ」
(や、やっぱりトレバーさん全然教えてなかったんだ……)「……まあ良いわ、私が教えるね」
トレバーに屋上から動くなと命じられてから危険も”感じず”、暇だと思ったのか知りたいからなのかアダムが会話のきっかけを作った。
アンジュリーナは仕方ないなあ、と思いながら話す事を整理すべく考えた挙句話し始めた。
「……「管理軍」というのはね、人間の完全管理社会を達成しようとしている組織なの。本当は「地球管理組織」と言ってその頭文字から「EMO」(Earth Management Organization)とも呼ばれているわ。組織自体は百年以上前から存在したらしいけど。第三次世界大戦は管理軍によって引き起こされたとも言われているわ」
「第三次世界大戦?」
訊かれた少女は一瞬戸惑った。彼女には第三次世界大戦は誰もが知っているという先入観があったからだ。
「……えっと、30年程前に起こった世界的な戦争なんだけど、その時は90億人も居た世界人口がそれから30年後に終わるまで10億人にまで減ったの。管理軍は戦争を起こした事によって世界を混乱させ、再建を兼ねて管理社会を作ろうとしたという事なの」
話について行けているのか確かめる為、一旦区切る。
「では何故管理しようとするんだ?」
「そう言うと思ったわ。管理軍の主張によれば人類を破滅させない様に徹底した社会を作り上げるのが目的らしいの。でも管理軍は人道を無視した政策ばかりで……」
「例えば?」
「えーっと……支配のために人々にコンピューターチップを埋め込んで感情を抑制したり行動を制限したり、娯楽や芸術や宗教とかを禁止したり……人が人じゃないみたいでとても受け入れられないわ。しかも逆らえば鎮圧され人格を改造させられる、でもそんなの耐えられない、だから私達は「反乱軍」を結成し立ち上がったの。人として生きる為にね」
「それが君達か」
「そうよ。私思うの。人は笑ったり泣いたりするからこそ人なのに、楽しみも悲しみも無いなんて人じゃない。ただのロボットと同じよ」
突然アダムの意識は視界から自分の脳内に移った。
無機質な施設・廊下・人員・ロボット、それらから逃げる。
逃げるのは自分。しかし逆らえなかった。
それ以上は分からなかったが、アダムには十分だった。
少年が抱いたのは激しい共感に他ならない。自由を押さえつける存在が嫌だった。そんな気がする。
「……自分も同じ考えだアンジュ」
「そ、そうなの?」
予想外の答えにアンジュリーナが訊き返していた。
「……自分は逃げ出したかった……管理軍から逃げていたのを思い出した。だが奴らは許さなかった……」
アダムが痛そうに頭を押さえる。アンジュリーナが駆け寄る。
「無理しないで!」
「大丈夫だ……」
この時アダムは自分の記憶を探るべく思い出そうと集中し、アンジュリーナはアダムを心配してそれだけに気を掛けていた。だから屋上に足を踏み入れた人物に気付かなかった。
その存在は他3人の協力者が敵を引き付けているのを良い事に、ビルの壁をよじ登った。この存在は自身の「認識阻害」という能力によって他人にはその存在を一切知られずに目的地たるビルの屋上まで辿り着いた。
見えているのに見えていない、それは「認識阻害」無しでもあり得る事だ。人が背景の中から一つの物だけを見詰める時、その人には背景が認識出来るだろうか。
要するに「認識阻害」は阻害させる対象を意識させないように「背景」にする、という訳だ。
しかし、注目するきっかけさえあれば対象は「背景」から抜け出して「一点」となる……今が丁度まさにその時だった。
不意にアンジュリーナは背中に強い衝撃を感じた。途端に前に飛ばされてしまう。
「ひゃっ!」
少女らしい声で悲鳴を上げ、体の正面から地面に落ち、腕を体の前にやって顔が地面に着かない様にし不時着した。痛みは引き、立ち上がり振り向く。
その時には既にアダムが謎の人物に羽交い絞めにされていた。フードに隠れて素顔が見えない。相手の右手に握るナイフはアダムの首に突き立てられ、左手に握る拳銃はアンジュリーナに向いていた。
「……い、一体アダム君をどうするつもりなの?!」
「俺が命じられたのはアンダーソンの奪還もしくは破壊。こちらは出来れば奪還で済ませる事を望んでいる。だがいざとなれば破壊も認められている」
「や、止めて!」
「ならば差し渡せ」
アンジュリーナは言い返せなくて黙り込んでしまった。
(そんな、アダム君を助けたいのに……渡してしまったらきっと酷い目に……でも断れば今殺されてしまう……)
少女が迷い固まる中、少年の方に迷いは無かった。
(抜け出そう)
そう考えている時には既にアダムは左足で地面を蹴っていた。
上体を後ろに逸らす事でナイフから離れ、羽交い絞めされている腕を支点に縦に回転し、拘束から外れた。
“目標物”の思いがけない行動に不意を突かれた人物は手を離してしまい、”目標”から振り下ろされるオーバーヘッドキックを、両腕を交差させガードした。
蹴りのダメージは無かったが勢いを殺し切れず後退する。アダムは蹴りを放った後体の回転を持続し左足から着地した。
(情報と違う。「覚醒」はまだと聞いていたが……)「どうやらお前が逆らうか」
相手は左手の銃をサッとアダムに向け、引き金を引く。
(分かる)
少年は音速の10倍で迫り来る”不可視”の弾丸を”感じて”いた。認識よりも先に体が動き、頭を貫く軌道だったそれはアダムの左方に逸れていた。
(やはり「覚醒」している)
(勝てる。いや、勝つんだ)
状況の急変によってオロオロしているアンジュリーナを他所に2人が向き合った。