【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達- 作:タツマゲドン
少年の腕が次々と相手の大人に向かって繰り出される。それを上回る速さで大人は片手で逸らす。
大人の腕が少年の腕に絡み、手繰り寄せる。
「当てようとするな、当てろ」
トレバーの助言にアダムが顔を引き締める。
(もっと速く。まだだ)
アダムが1歩踏み出す。トレバーが1歩下がる。
拳の連撃と共に少年の足が動き、大人を後ろのフェンスにまで追い詰めた。
トレバーが今まで動かさなかった左手でフックを放つ。
(見えた)
右腕でフックをガードし、左半身を前に捻る。上体を後ろに逸らし、体重の乗った横蹴りがトレバーの胸に伸びる。
しかし、トレバーの右腕が正面から蹴りを防いでいた。
「遅い!」
トレバーの右足が1歩前に動き、右半身が前に突き出る。それを瞬時に察知したアダムは両腕を胸の前に持って行きガードしようとする。
腕が達する前に拳がアダムの胸を抉った。衝撃に耐え切れずアダムは脱力し膝まずいた。
「ハア、ハア……」
「……休憩だ。それ以上は休んでからにしよう」
そう言ったトレバー。すると屋上の端に立っていたアンジュリーナが何かを持って駆け付けた。
「水とタオル持って来ました。アダム君も使って」
「気が利く」
大して汗もかいていないトレバーは無愛想とも言える返事をすると2つを奪い取る様に手の中に収めた。それでもアンジュリーナは慣れているのか嫌な顔をしなかったが。
疲労で四つん這い状態のアダムは右手だけ前に出すと、柔らかい布の感触を認め顔に持ってくる。
「……水も頼む」
「はいこれ。大丈夫?」
アダムはやっとコンクリートの床の上に座ったがまだ息が上がっている。そして水筒を受け取った途端がぶ飲みし始める。
(いいや、まだ速くなれる筈だ)
考え事をし始めたアダムは自然と顔を俯かせ、それがアンジュリーナを心配させる事となったのだろう。少なくとも少女には少年が落ち込んでいる様に見えた。
「本当に大丈夫なの?」
「ああ」
その発言と顔に歪みは無い。アンジュリーナは話題を変えた。
「難しい?」
「そうだな」
「私も、最初は全然だったわ」
「……どうやって出来た?」
「私は、人を助けたい、「力」を使うときはそう思うの。貴方の願いは何? それを強く思えばきっと上手く行くわ」
助言を送るアンジュリーナの表情はどこか大人びていた。人の役に立ちたい、という思いもあるのだろう。
「願い……」(……知りたいんだ)
「アダム君の助けになれば良いかなーって思ったんだけど……」
またしてもアダムが黙り込んだのでアンジュリーナは訊く。
「いや、助かる」
「それなら良かった」
しかしアンジュリーナは違和感を覚えていた。
彼の抑揚の無い声や無表情は普段他人と接する時とかけ離れているものだ。しかも訊かれた事だけにしか答えない。彼女にとってはロボットと会話している感覚だった。
だから少年から彼女に話し掛けたのは心外だった。
「アンジュ」
「えっ、な、何?」
少女の愛称は紛れもなくアンジュリーナに掛けられたもの。少女は驚いて戸惑いを見せた。
「君は自分を救ってくれたし、自分の要望にも応えてくれた。だから……何と言うべきか……」
アダムは迷っていた。言うべき言葉を知らなかった。
それを察したアンジュリーナは手を差し伸べた。
「ありがとう、だよ」
少年の迷いが消えた。
「助けてもらった時、感謝する時、ありがとう、って言うんだよ」
「そうなのか……ありがとう」
腑に落ちない表情だったが、アダムの顔は何か新しい発見をした様だった。
「どういたしまして」
そしてお礼を言われたアンジュリーナは笑顔だった。
日中の新ロサンゼルス市の中に潜む2つの影。
「ブラウンがやってくれたお陰で随分助かるわね」
「だな」
物足りなさそうに飽き飽きした表情の金髪メッシュの女性に、最短で言い返したヘルメットの男。
彼らの目の前にそびえ立つビル、彼らはお構いなしに中へと入る。
外や内部に居る警備員らしき人物達は彼らに注目どころかチラ見もしない。”普通の人間”にとって彼らは”存在しない”も同然だった。彼らが奇抜な外見でも音を立てて歩いてもだれも見向きもしない。
「じゃああたし達も作戦通りにしよう」
「分かっている」
そして非常階段を上る。
金髪メッシュの女性はある階に達するとその廊下に出た。
建物の職員達が廊下を行き来している中、派手な彼女の外見は目立つ筈だが、誰も彼女を見ない。
「楽な仕事ねえー。まっ、そんな思った所で誰か来るんだろうけど」
荒い口調の独り言はすれ違った人々の耳に届きもしない。これこそ彼女の能力「認識阻害」である。
進む内に人が少なくなり、やがて人一人すら居なくなった。
ちなみにその能力は生物の五感にしか作用しない。「能力」の行使は「エネルギー」を由来とする為、ある種の人物には気付かれる可能性もある。
だから仲間の1人が外部から「エネルギー」となる物を送り、妨害している。それが市郊外に居る大柄なサングラスの男の役割である。
所謂ジャミングだが、ノイズがあっても完全に誤魔化せる訳ではない。どれだけうるさい音楽が鳴っている中で囁いても声を発した事は事実に変わりない。
メイン演奏の中に含まれている小さなパーカッションは聞こうと思えば聞こえる。それと同じ原理で”意味”を持った「エネルギー」を感知する事は可能だ。たった今この女性の前に現れた人物の様に。
何の予兆も無く繰り出された両足蹴りに女性は成す術も無く吹き飛ばされた。
女性の方は空中で体勢を整え、廊下に見事着地した。
「あたしに不意打ちするなんて良い度胸ね。それに女を蹴り飛ばすなんて男としてどうかと思うけど」
「関係無い。問題はその理由だ」
両足蹴りから着地した男性、ハン・ヤンテイは女の文句に耳を貸す暇も無く構える。
「そういう理屈付ける男って嫌い」
「僕はそういった大して考えないのが好きではない」
女の方も構える、と思った矢先、女は床を蹴った。
正面からのタックルを受け止め、床に押さえつけようとするハン。
上半身をガクン、と下にずらされた女はその勢いと体の柔軟さを活かし、後ろ脚を後ろから上を辿り、そしてハンの頭に向かって振り下ろされる。
すかさず手を放したハンは両腕を交差させてブロック。同時に前方からの圧力が消えた。
女が蹴り足を戻し前方へスライディング。ハンも前方に跳び回転しつつそれを躱す。
距離が離れたのを機にハンは耳に当てたヘッドフォンマイク型の通信機に手を当て、言った。
「警報だ。侵入されている」
しかし、聞こえて来たのは意味を持たないノイズのみ。
「無駄よ。ついでにあたしの”領域”で何をしようと外部には伝わらないわ」
(ジャミングか。ステルス系の能力か。発信源はどこだ?)
空間に存在する不自然な「エネルギー」はすぐに発見した。しかし、何処から来ているのかは分からない。
(複数の方向からの妨害だろうか)
廊下には2人以外誰も居ない。外へ出せば街がパニックになるし、一般人に被害が出るかも知れない。それは相手の女もこれ以上広まるのが不味いと感じているに違いない。
レックスはノイズしか聞こえない通信機を投げ捨てると愚痴った。
「何でこんな良い仕事してる時に限って……お前の仕業か!」
返事の代わりにサングラスの男から「エネルギー」の塊が飛来してきた。
空中へ飛び、回避するレックス。そして空中に留まったまま停止した。
(飛行能力? 念動力系か?)
「こいつを喰らいな!」
軽機関銃型の銃を背中から取り出したレックスは空中から銃弾の雨を降らせる。
相手も躱しながらPDW型の銃を1丁右手に持つと上空に向かって引き金を引く。
その光景は銃弾の見えない”普通の人間”から見れば何もないのに躱す仕草を見せるのだから奇妙だろう。(そもそも人が何の装置も無く空中を自在に飛び回っている時点で奇妙だが)
空中を飛び体を錐もみ回転させながら銃弾を撃っては躱すレックスの姿はまさしく戦闘機だろう。
「避けんなよっ!」
指を引き金から外し、掛け声と共にレックスが左手を相手に差し出す。掌に「エネルギー」が集められる。
「エネルギー」は変化し、周囲の空気を一点に集中させる。外側から見れば高圧の空気はレンズの様に見えるだろう。
空気塊が相手に向かって飛ぶ。相手の男が軌道を見切り、横に体をスライドさせる。
地面に当たった空気塊は弾け、周囲に空気分子を拡散させる。その圧力は直撃を避けたサングラスの男のバランスを一瞬だが崩した。
銃を持ち直し、一瞬の隙を突いて銃弾を大量に飛ばす。それも1秒に100発というペースでだ。
それを相手は崩れた体勢から地面を転がり、器用に避けてみせた。銃口から銃弾をお返しに送りながら接近する。こちらも秒間100発。
レックスも自身の「気体操作」によって自信を空中で方向転換し、追い掛ける男に正面から迎い撃つ。
互いに銃弾を避け、そして正面衝突した。
「負けねえよ!」
「空気操作」で衝突後もなお自分を加速する。双方へのダメージは同等だったが、吹っ飛ばされたのは相手だけ。
岩に背中を叩かれた男だが、平気としか思えない無表情のまま立ち上がる。レックスは「マジかよ」と呟いた。
レックスもまた「エネルギー」を「感じる」事が出来る。通信妨害するそれらの流れを辿り、”発信源の一つ”がこの男である事を突き止めていた。
(妨害とは汚ねえや。認識阻害や他の所からの妨害もあるみたいだな。しかし、リョウの奴まだ遊んでんのかよ!)