【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達-   作:タツマゲドン

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3 : Doubt

 廊下を歩きながら少年は考え事をしていた。

 

 この建物は医療施設かと思ったが、少し違うらしい。少年の前方を歩くアンジュリーナという少女によればこの都市の中心部に位置する20階建ての建物は彼女達が所属する「組織」の支部だという。その「組織」とは何か訊くと彼女は「これから会う人が教えてくれるわ」と言った。

 

 窓からは荒れた大地に建つ数々の建築物が、離れた場所には古い自然式農業地帯、更に遠くには廃墟や荒地が……まるで一度文明が崩壊し、その上で再建が行われている様だ。

 

「あっそうだ」

 

 思考は少女の明るい声によって目の前に引き戻された。少女は振り向いて少年の方へ向く。少年は釣られて立ち止まった。

 

「もう聞いたと思うけど、私はアンジュリーナ・フジタ。これから色々私も教える事あると思うから、改めてよろしくね」

「分かった」

 

 返事されてアンジュリーナが少し黙ったのは、少年の反応があまりにも薄情だったからに違いない。それでも少女は気を取り直して言った。

 

「……アダム・アンダーソン、それが貴方の名前なんでしょ?」

「そうらしい」

「……貴方の事はアダムって呼んで良い?」

「良いだろう」

「……じゃあ私の事はアンジュって呼んで」

「分かった」

 

 少女は少年に優しく接する為に親しく話し掛けているが、少年は表情一つ変えず、聞き手によっては冷酷に返す。

 

(……やっぱり怒ってるのかな?)「……アダム、貴方に言っておきたい事があるの」

「何だ?」

 

 アンジュリーナは明るい表情から一変、悲しみと言うべきか、申し訳なさを帯びた。

 

「私は、貴方を助けてあげたかった。苦しそうな貴方を見てそう思ったの……でもそれが貴方を傷つけてしまう事になって……ごめんなさい!」

 

 アダムはどうすれば良いのか分からず、頭を深く下げた少女相手に立ち尽くしたままだった。手を差し伸べも突き放しもしない。

 

(何故謝っている?)

 

 少女は頭を下げたままで動かない。

 

「何故そうするのだ?」

「だって、酷い目に遭って怒っているでしょう……」

「どうでも良い事だ」

 

 アダムの発言にアンジュリーナは思わず顔を上げた。

 

「ぼんやりしているが、アンジュリーナ、君は戦場で不思議な顔をしていた。今のそれと似ている」

「へっ?」

「いや、何でもない」

 

 言われた事が分からず、拍子抜けた声を上げた少女。一方、少年は混乱した様に頭を振ると話題を打ち切った。

 

 少女は歩き始めたアダムを見るや、自分が先導する役割を思い出して慌ててアダムを追い越した。

 

 沈黙が流れる。先に破ったのはアダムだった。

 

「……アンジュリーナ」

「アンジュ、で良いわよ」

「……アンジュ、自分には知らない事がある。君の分かる範囲で構わない。自分が頼んだ時で良い、教えてくれ」

「分かったわ」

 

 またも無表情なアダムだったが、アンジュリーナの方は愛称で名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、それとも頼まれたのが嬉しいのか、とにかく笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあハン、あの例の少年はどうしたんだ?」

 

 朝食を満喫し、ロサンゼルスの下町を歩きながらリョウが問い掛けた。

 

「実はトレバーに任せている」

「えっ? トレバーの奴に?!」

 

 リョウは本当に驚いたような、まるで冷水を浴びた様にショックというか驚愕の声を出した。それと同時に3人の足並みが止まった。

 

「トレバーさんって自分から何かを話す事ってめったにないですよね?」

 

 レックスは驚きと疑いを同時に顔に出していた。

 

「そうだ、そのトレバーがだよ。実は彼から頼まれたんだ。あの少年に何かを見出したのか……」

「あいつは何も喋らんからずっとコミュ障と思ってたが……」

「それにトレバーさんが動くときって何か大事な時ですよね? 俺何か嫌な予感するんですが……」

「同感だレックス。こりゃ傘でも持っておけば良かったかな」

 

 リョウが雲一つ無い晴天を眺めながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上の転落防止柵に手を掛けていたトレバーは後ろの気配に気付くと振り向き、空調設備の動作音に混じって丁度ドアの開く音を耳にした。

 

「トレバーさんの話は難しいけど、頑張って」

「あの人物か」

「そう。私はここで待ってるから」

 

 先に扉を開けた少女は扉の元に立ったまま動かず、後から出て来た少年は真っ直ぐ前に進み始めた。

 

 少年はヘリポートマークを横断し、トレバーの隣へ立った。

 

「アダム・アンダーソンか」

「そうだ」

「待っていた。チャックかアンジュリーナから聞いただろうが、俺はトレバー=マホメット=イマーム。お前に教えるべき事を教える」

「教えてくれ」

 

 そう言われたトレバーは手すりに掛けていた手を放し、身体をアダムと向き合わせた。

 

「……」

「……」

「……それは疑問だ。感じた事が府に落ちない、起こった出来事が信じられない。そうだろう」

「ああ」

 

 何が疑問なのか、少年はそれを理解していた。

 

「お前が疑問に思ったのは、「真実」だ。普通の人間には「疑問」にすら思わない。だがお前の様に「疑問」を持つ者が稀に居る。「疑問」を持った者だけが「真実」を知る。だからお前には「真実」を教える権利がある……何を感じた?」

 

 アダムは少ない僅かな記憶を思い起こし、昨日医療テントで起きてから戦場に出た事、そして感じた事を思い出した。

 

 少年にとっては不思議としか言いようがない出来事だった。例えるなら光の筋が、「見え」ない筈のものが「視え」た。否、「感じ」た。あの輝きはそれを操る人物に途轍もない力を与えた。

 

「「あれ」は何だ? 「あれ」によって力が得られたとしか思えない。「あれ」を認識した瞬間、全てが「視え」た」

 

 表情に変化は無かったが、その声は「知りたい」という強さがあった。

 

「説明するより実際にやった方が早い。これを見ろ」

 

 トレバーは右手を前に出し、掌を少年の頭に向けた。”普通の人間”にはそれだけにしか見えなかったに違いない。

 

 だが、アダムには見えていた。いや、感じていたのだ。

 

 トレバーの掌に纏う輝き。

 

「これだ、あの時これと同じものを見た。分かる」

「やはり、間違いない」

 

 何が間違いないのか、それを言わずにトレバーは掌に力を込めた。

 

 輝きはアダムの顔面に向かって飛んだ。発射された、とでも言うべきか。

 

 少年に命中し、輝きは少年の身体の中に吸収された。

 

 次の瞬間、突然の感覚がアダムを襲った。

 

 視界が眩む。耳が痛い。皮膚に何か触れる。流れ込んでくる。

 

 たった一瞬の出来事だ。

 

 しかし、終わっても尚心臓の鼓動が自分にも分かる程速くなっていた。

 

「……今のは?」

「軽い幻覚だ。あの「光」を操り調整し、お前に作用させた結果だ。「光」が分かるならお前も操れる可能性がある」

「今の幻覚も使えるのか?」

「いや、人によって違う。俺の場合は今の様に幻覚を人に見せる。お前の「能力」は何なのかはお前が答えを探せ」

「どうやって行う?」

 

 そう訊かれたトレバーは自分が居た位置から2歩だけ下がり、言った。

 

「まずは覚えろ。俺に攻撃を当ててみろ。やり方は分かるな」

 

 右手を平手にして体の前に出したトレバー。

 

「格闘なら分かる」

 

 対するアダムは、左半身を前に重心を後ろに、右拳で顎をガードし左拳を胸の高さに。

 

「来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンダーソンはロサンゼルスの「反乱軍」のこのビルに居る様です」

「ご苦労。早速戦力の確認をしろ」

 

 ポール・アレクソンはオペレーターの操作するモニターを見ながら、大して礼の気持ちも込めずに次の命令を出した。

 

 丁度そのタイミングで指令室のスライド式ドアがスーッ、と開く音が聞こえた。

 

「アレクソン君、仕事熱心なのは結構だ。今はどんなだ?」

「中佐、はい、たった今アンダーソンの居場所を特定しました」

「良し。それとアレクソン君、私から提案があるが良いか?」

「勿論です」

 

 表情を変えぬポール。中佐は言う前に目だけをチラチラと横に動かした。何か迷いでもあるのだろうか。

 

「実はだな、前から計画していた掃討計画は別の機会にして、少数によるアンダーソンの奪還もしくは破壊計画にしようかと思ったのだ。奴らもこの前で随分と警戒しているだろうからな。向こうだって戦力も揃えるだろうし、こちらは前回の損失が予想以上に大きかったし侮れん。だから潜入工作ならどうかと思ってな」

「成程。ですが、アンダーソンは「覚醒」している可能性もありますし、」

「ステルス能力を持つ者に行かせる。それと「変圧器」だ。もう実質的に成功段階にあるだろう」

「はい、成功はまだ3機だけですが」

「3人も居れば十分だろう。おい君、早速手配してくれ」

「了解です」

 

 中佐に命じられたオペレーターは嫌な顔もせず黙々と作業に向かった。

 

 そして中佐は安堵のため息をつくと指令室から出て行った。

 


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