【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達-   作:タツマゲドン

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2 : Calm

「チキンタコス3つだ。1つは唐辛子3倍にしてくれ」

「あいよ。仕事は大変だったかねリョウ」

「おう、お陰さまで。別に元気だ。そっちこそどうなん? あっあとコーヒーも3杯、こっちも1つは濃く淹れてくれ」

「オッケイ。最近かね、変わらんよ。でもそう安心出来ない世の中だからなあ……」

「働いた後で嫌なフラグ言うなよ」

「すまんすまん」

 

 リョウが通りに面したカウンター席から頬杖をつきながら後ろを見渡した。

 

 朝日に照らされたロサンゼルス郊外。通りには飲食店が並び、賑わいを見せている。

 

 太陽はロッキー山脈から八割方顔を出した所だ。リョウからはテーブルを正面にすると右側にある。

 

 遠くを見れば都市の中心部にあるビルが見える。せいぜい60メートル程度だろうが。

 

 第三次世界大戦によって世界の重要都市の殆どは破壊され、戦争が終わって西暦が廃止され、それから17年後の「地球暦」0017年現在となる。アメリカ合衆国は戦争が始まった西暦2070年から真っ先にあらゆる国家の敵となり、崩壊を余儀なくされた。経済的理由、宗教的理由、何であれアメリカ合衆国は主に発展途上国、中南米国家、イスラム教国家、多数から爆弾やミサイルを浴びせられた。

 

 メキシコ国境に近かったカルフォルニアは真っ先に攻撃を受け崩壊した。しかし、アメリカ合衆国に敵意が向けられなくなる程衰退すると、州規模の経済圏の上で大戦終結前から再建が進んだ。あの中途半端な高層ビルも一応復興が進んだ証なのだ。

 

「浮かない顔してどうした?」

「取っておいてくれたみたいで助かるよリョウ」

 

 ぼんやりと見渡していたリョウに声が2つ掛けられ、目の前のメキシコ料理店に引き戻された。

 

「よう、チキンタコスとコーヒーにしといたぜ。ハン、お前の分は両方とも濃くしてもらった」

「どうも。僕はポークが良かったんだけどね」

「てかリョウ、途中で抜け出しやがって大変だったんだぞ」

 

 声の主達である、ハンがお礼と独り言を述べ、レックスが軽く顔をしかめた。リョウはそれぞれの反応を見せる2人にタコスとコーヒーを手渡した。

 

「どいつもこいつも働け働け言うくせに何もくれねえんだよ。産業革命からブラック企業って何で無くならねえんだよ」

「さあ。言っておくが「僕ら」は法に従った企業なんかではない、法から外れた「組織」だ。その事は分かっているだろう」

「おう……何でアジア人はこんな説教が好きなんだ?」

 

 リョウは話を聞く気が無い様に返事し、愚痴を冗談を利かせて呟いた。

 

「ほれ、出来たぞ」

「サンキューおじさん。ここのタコスは良いっすね、特にこのサルサに入ってるアボカドが良いんですよ。あと焼き方も最高」

「分かっているなレックス」

「でもこれ、何か辛過ぎだと思いますが……」

「そこは好みだ。生まれつきでね」

「そうか? あんまり物足りないぞ。いつもよりマイルドじゃないですか?」

 

 レックスの意見といがみ合ったのはハン。2人は頭をひねって自分のをもう一度一齧りする。

 

「……やっぱ辛い。てか痛いし涙出て来た」

「……やっぱ辛くない。店長、唐辛子をもっとくれ」

 

 レックスは口直しに、ハンは唐辛子が来る僅かな合間に、それぞれのコーヒーを一口含んだ。リョウがニヤリと笑った。

 

「苦っ!」

「薄っ!」

「ハハハハハ!」

 

 予想を超える苦味で口の中の液体を吐き出したのはレックス。期待していたより薄くて驚いて思わず一気に飲み込みむせたのがハン。そして、それらを予め起こるのが分かっていた様に笑い出すリョウ。店長はリョウを呆れ顔で見ながらため息をついた。

 

「またお前か……」

「へへっ、まさかそのまま食うとは思わなかったぜ」

「てめえ、後でなんか奢れよー」

「分かった分かった。昼飯は俺の代だ」

「全く、昔から変わらんなお前は」

「まあ、お前らはもっと楽しめよ。そうじゃなきゃ生きてられるか」

「お前は何時も能天気で良いよな……」

 

 リョウは三人から呆れの視線を送られても笑顔を崩さなかった。3人も過ぎた事だ、とリョウに加わって笑った。

 

「ところで、他の皆は元気か? あのアンジュとかいう可愛い女の子が居たろう」

「アンジュリーナは良くやってますよ。ただ今は元気無さそうですが……」

 

 ハンの沈みがちな返答に店主も声を落とした。

 

「……なら今度会った時伝えてやってくれ、今度来たらタコスでもトトポスでもブリトーでも何か一つタダで食わせてやる、と」

「良いなあー。じゃあ俺も超過労働だから何かくれ」

「お前は敬語というのを知らんのか? それにさっきは元気と言ってなかったか?」

「さあ、健忘症でね……ハア、分かったよ」

 

 店主のしかめ面を見たリョウは諦めた。店長は笑いながら鼻をフンとならし、店の厨房奥に調理する為か姿を隠した。

 

 少しの間、リョウはタコスを完食し、ハンとレックスは持っているのを交換して食べている途中だ。ハンは何故か首を曲げて骨を鳴らしていたが。

 

「で、ハン、何か言いたい事でもあるのか?」

「良く分かったね」

「これでも7年の付き合いだろ?」

 

 リョウからの提言でハンが意外感を覚えた。レックスも「良く分かるな」と表情に出していた。レックスは3人の中で一番年下であり、2人との関係もそう長くはなかった。

 

「……例の少年がまた起きたそうだ」

「本当か?」

「言葉は話せる。歩きも可能だ。チャック先生によればやはり「トランセンド・マン」だそうだ。今は先生とアンジュリーナが付き添っているってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

 チャックはベッドから起き上がり、スリッパを履かずに裸足で床に立った少年に言った。

 

「問題無い」

 

 短く告げた少年。その反応は前に起きた時とはかけ離れていた。

 

 静か過ぎる。それが率直なチャックの感想だった。

 

(どういう事だ?)

 

 チャック自身は起き上がる前の彼の様子を「赤子」と評していた。しかし今は違う。

 

 アダムと名乗ったその少年の、何かを見透かす様な視線は医者も不振がる。まるでチャックの姿が目に入っていないかのように。

 

「……何を見てるんだ?」

「……全てを見たい。知りたい」

 

 アンジュリーナとの接触を見た時、この少年は確かに未知の状況に置かれた子供の様な反応を見せた。

 

 だが今は穏やか。老人の様に強い感情が見えない。いや、起きてからの無表情から何も変わらない様子を見れば彼に感情があるのかすら疑わしい。

 

(これじゃあ別人だぞ……一体どうなっている? それに未知の状況にこれ程驚かない奴など居るのか?)

 

「1つ訊きたい」

「ん、何だ?」

 

 唐突に声を掛けられたチャックは思わず跳び上がりそうになった。一切の感情を見せない顔から突然何か言われたら驚くに決まっている。人によっては怒っていると思うかも知れない。

 

「何時になったら教えるのだ?」

「あ、ああ、今君に異常が無いか調べ終わったところだ。特に身体的な異常は無かった。精神も安定している様だしな」

 

 チャックは精神状態を「普通」とは言わずに「安定」と言って誤魔化した。感情の起伏が無いのなら安定とは言えるが、人間としてはどうなのか……

 

 少年の動作に無駄は無い。たまに瞬きをしながらチャックを見詰めていた。凝視というよりその周囲全体を見通す目付き。

 

「自分は誰だ?」

 

 またも前触れ無しに少年の唇から言葉が飛び出た。2回目なので最初よりも驚かなかったが、間が中途半端に開いてから突然の問いなのでびっくりする事に変わりは無かった。

 

「少年、自分で名はアダムだと言っていたそうだな」

「そうだ」

 

 必要最低限の返事。それ以上は何も読み取れない。

 

「……で、少年、お前自身が分かる事は他に無いんだな?」

「そうだ……」

 

 はっきりしない口調だった。更に少年の視線が斜めを向いた。

 

「……戦場であの男に殴られ、それ以前の記憶が分からない」

 

 チャックも自分がハンとアンジュリーナと協力してすら不利状況だったあの指揮官らしきプレートアーマーの男は覚えている。

 

「少年、あの男は君を探しているらしかった。というかあの男は君が目的だと言っていたんだ」

 

 チャックが一旦言葉を止めたのは少年の反応を見る為だった。だが少年は立ったまま動じず、話の続きを聞きたいらしい。

 

「研究施設で君を助け出したアンジュリーナは、君が酷い扱いをされているのではないかと言っていた。思い当たる節は無いだろうか?」

「無いな」

 

 一言で一蹴されたチャックはうーむ、と困った表情で首を傾げた。

 

「……だが少年、記憶というのは決して消えるものではない。記憶とは箱だ。箱に記憶を出し入れするんだ。記憶を失うというのは、その箱が開かないだけの事。開けるきっかけは必ずある筈だ」

「思い出せるのか?」

「どれぐらい掛かるかは分からないがな」

 

 丁度その時、部屋の廊下に面したドアが静かに開いた。

 

「チャックさん、彼は……あっ、もう大丈夫なんですね」

 

 入って来たのはアンジュリーナ。少年がベッドから立ち上がっているのを見ると嬉しそうに言った。

 

「丁度良かった、どうか少年をトレバーの所へ連れて行ってやってくれんか?」

「分かりました。ねえ、ちゃんと歩ける?」

「大丈夫だ」

 

 少年がアンジュリーナの元へ歩き寄る事で発言を証明した。

 

「少年、今から君に合わせる人物は君が求めている答えを教えてくれるかも知れない。だが話が分かりにくいかも知れんから気を付けろよ」

「……分かった」

 

 少年は少し間を置いてから短く答えた。アンジュリーナがドアを開け部屋から出る様に促すのに合わせ、振り向きもせずに出て行った。

 


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