【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達- 作:タツマゲドン
「何がだ?」
「”それ”がだ」
次の瞬間、ポールは阻まれた右手を十数センチメートルばかり引き戻すと再び同じ所へ打ち付ける。少年の方は同じく攻撃を掌で受け止めようとする。
接触。少年はしっかり受け止めたにも関わらず、後方へ大きく吹き飛んだ。その様子は大質量のトラックに跳ね飛ばされる人間か。
予期出来なかった少年はそのまま背中から地面に不時着。取り残されたアンジュリーナ。
ポールは1メートルの距離に居るアンジュリーナを見詰め、動かない。
「何故俺に向かって来ない?」
「……」
アンジュリーナは言えなかった。例え敵でも命を奪う事は彼女の望む事ではない。だからこそ戦闘においては味方の防御を行う役割しか担えない。
「ならば……ぬおっ?!」
手を下そうとしたポールは結局行動を想定通りに終わらせる事が出来なかった。彼は突然上体を後ろへ反らした。
その体を掠める軌道で銃弾が通り過ぎた。その様子はアンジュリーナにも見えた。
(……あの男、まさか全員片付けたとでもいうのか?)
ポールの視線の先には、ライフルを構えたトレバーがスコープでこちらの様子を窺いながら銃口を向けていた。
「……味方の残存状態を教えろ」
『現在こちらの戦力は半減しています。ですが相手の損害は3分の1にも満たないでしょう』
「お前達は先に撤退しろ。私は後で行く」
『了解』
通信が切れため息をつくポール。それは諦め、ではなく面倒さだった。
周囲にちらちら見える敵兵達は皆撤退を始めたらしく慌ただしく後退している。
「良くも「奴ら」を全員片付けたものだ。その点は称賛しよう」
「大した戦力ではない、俺の足止めが目的だったのだろう。やはりあの少年が目的か」
ポールの心が籠っておらず抑揚のない褒めの言葉に、トレバーが見通すように言った。二人はまだ地面に背を着けている少年を見た。
「なら破壊するまでだ!」
「むっ?!」
ポールが地面を蹴り体を後方に移動させながら右手を体の後ろへ折り曲げ、トレバーがそれを追おうとする。ポールがアンジュリーナを通り越し、トレバーは未だにポールが今さっき立っていた所にさえ届いていない。
アンジュリーナがワンテンポ遅れて追跡すべく振り返り、懇願する様に手を伸ばす。だがその速度はポールに到底追い付かない。
ハンが側面から阻止しようと動いていたが、それでもスピードに違いがあり過ぎた。
(止まって!)
その少女の願いに応えたかのように、
「止まれえいー!」
ハンの反対側から大量の銃弾。
ポールはそんな事態を予想しておらず、咄嗟に腕で頭部を守り立ち止まるしか方法はなかった。
立ち止まったポールを直ちにアンジュリーナ、ハン、トレバーが囲んだ。
「やっとまともな出番が来たらしい。しかしやっと命中とは……」
と呟くのは離れた位置に居たチャック。言うまでもなくさっきの銃弾は彼が放ったものだ。それにアンジュリーナだけが会釈程度に礼をした。
「どうする? お前は勝てん、そうだろう」
「確かに、味方は殆ど撤退したし、お前達四人相手では歯が立たないだろう。」
トレバーが尋ねたのに対し、ポールはその内容をあっさり認めた。だがポールはまだ何か言いたげな顔をしていた。
「だが、お前達など目的の範疇ではない」
次の瞬間、4人の視界に映る敵の姿が揺らいで見えた。そして目の前から消えた。
(速過ぎる?!)
慌てて少年の方を向く。1番目に反応したトレバーと2番目に反応したハンが追いかける。3番目に反応したアンジュリーナが手を向け、4番目に反応したチャックが銃を向け引き金を引く。
ポールがまだ倒れている少年に向かって拳をナックル気味に振り下ろす。
ガコッ! 効果音にすればそんな何か物が潰れた音だ。
起きかけていた少年が一瞬にして地面に伏した。ポールが少年へ突き出した拳を引き、通り過ぎ去る。
アンジュリーナが出した手が脱力し垂れ下がった。トレバーとハンが少年に駆け寄る。チャックが銃を下ろしその場に座り込んだ。
「……頭蓋骨の右半分にヒビが入っている。脳のダメージも大きいだろうな」
トレバーが見透かしたように言った。触れても調べた動作もなしに、だが他の3人は本当であると知っている。
少女は目を涙で滲ませながら少年の元に来るとその場で座り込んだ。長い髪が少年の顔に掛かりそうだ。
「お願い、生きていて……」
ポールが爆破された研究施設の非常事態用仮設テントに戻ると、中佐が椅子に座って待っていた。
「兵士達は撤退させたそうだな」
「戦力は思った以上でした。こちらがこれ以上用意するのは難しいでしょう。ですが「アンダーソン」に関しては捕獲こそ出来ませんでしたが、脳に損傷を与える事は出来ました」
「まあそう立ってないで座れ」
中佐は興味なさそうに言うと、手で自分の正面にある椅子を勧めポールはそれに従う事にした。話は再開する。
「……では「アンダーソン」は始末したのか?」
「いえ、覚醒状態と思われる兆候にありましたので、確実に仕留めたかどうかは分かりません」
「そうか……ならば次の機会を狙おう」
「と仰いますと?」
「次の制圧作戦だ。奴らもそう遠くまでは行かないだろう。行先など見当が付く奴らが仮拠点としていた地点から半径200キロメートル圏内を中心に調べろ」
「了解。分かれば掃討作戦という事ですね」
「そういう事だ。「アンダーソン」の確認はついでとして行えば良いだろう。今回は相手を把握出来ていなかったとはいえ必要程度の戦力だったが、次ならばもっと用意出来る。それでだ……」
2人の会話はまだ続く。2人は椅子から体を前に傾けていた。
「よし、生存者は確認完了したらしいぜ」
「では引き上げる準備をしよう。ベースキャンプを片付けるぞ」
リョウの発言に対してハンが味方の兵士達に指示を与えた。闇夜を照らすライトを頼りに、慌ただしく動き始める者、マイペースに動き回る者、それぞれが行動を開始する。
「しかし、来てくれて助かったよレックス」
「いえいえ、俺だけしか近くに居なかったものですから」
「謙遜しなくて良いよ。君のお陰で敵が撤退を早めたし」
ハンの褒めにレックスが頭に手をやりながらリョウの時とは打って変わって礼儀正しく答えた。
「そういえばアンジュちゃんは?」
リョウが訊く。
「終わってからずっと自分の任された部隊の死んだ仲間達を弔っているよ。今は例の少年の所に居る筈だ」
「一応聞いたが、敵の目的はそいつだったんだろ?」
「らしいね。あの少年は今脳に衝撃を受けて意識不明だ。だが、もし彼が「トランセンド・マン」ならば、また起きる筈だ」
「そん時に詳しい事を訊こうってか」
まあね、と答えたハンは兵士達に混じって片付けを始めた。リョウは嫌そうな顔で参加せず逃げたが。一方でレックスは去るリョウを見ながら、仕方ないな、という顔をしてハンに加わった。
「言っておくがここは教会ではないぞ。私は医者であって死者を蘇生する神官ではないのだぞ」
「違う。今詳しい分析が出来るのは貴方しか居ない」
チャックがトレバーに向かって冗談を交えて言うと、トレバーの方は真面目な顔を変えず応じる。
「分析かね、分かった。しかし、こんな気味の悪いのをよく持って来たな。最近の若者はどんどん過激になるのか?」
チャックが吐き気を示す様に口に手を当てたのも当然だろう。何故なら、トレバーは先程この医療テントに平然と生々しい傷跡の付いた死体を抱えて入って来た。しかも、死体は頭と胴体が離れ離れになっている特典付きだ。腕や足程度の肉体欠損は流石に軍医であるチャックは平気だが、こう慣れていない惨い死体を見れば誰だって気持ち悪く思う。
「「トランセンド・マン」にしては標準よりも劣るし実戦向きとは思えない奴らだった。俺はこいつらに足止めを喰らった。一人一人の実力は大したことが無いが、集団で対「トランセンド・マン」に関してはかなりのものだった。これと同じ奴があと15体も居たが、それらの死体は全部焼失した」
長い話にチャックは平手を前に出して中断させた。
「要するにこいつを調べてくれって事だろうが、待ってくれ。「焼失」だって?」
「死んでから死体が突然発火して止める間もなく全部燃えた。だが、この死体だけは脳と身体が繋がっていない。脳からの命令によって発火が起こったのかも知れない」
「成程……」
「それと他の同じ奴らを「視た」のだが、奴らは「同じ」だった。身体的特徴に多少の違いはあっても精神の区別が付かなかった」
体から切り離された頭を見ながらチャックは吐き気を我慢しながら考えた。
「……こんな話は聞いた事もない。トレバー、こりゃお手柄かも知れんぞ。あの「管理軍」の施設は特に「トランセンド・マン」に関する研究を行っているとは噂に聞いた。その一部の可能性が高いだろう」
「それはあの少年もそうだろう」
「だな」
ベッドに横たわる少年を目線で示して言ったトレバー。少年は幾らか顔色が良くなった気もするが、顔が動いていない。呼吸も実質的にゼロだ。
「しかし、アンジュリーナのやらも看護熱心だな。ナース服を着せてやったらまさしく天使だろうな」
トレバーはチャックのジョークを無視し、少年とそれに付き添う少女の姿を暫く眺めていた。
アンジュリーナはまだ少年の傍に寄り添っている。
「ごめんね、私のせいでこんな目に合わせてしまって……」
その罪悪感は少年の容体が良くなっても悪化しても消えないだろう。彼が目覚めたら彼はどう思うだろうか……
頭蓋骨骨折はチャック医師の「物質合成」によって新しい骨を生み出し動いても支障がないまでに治っている。だが無傷の身体であっても脳のは必ずしも治る保証がない。脳細胞は本来増殖機能が無いからだ。作り変えるなどしたらとんでもない事になる。
少年の顔は動いていない筈だが、彼女には彼が怒っている様に思えた。
あの時、彼を助けるべきだったのか。自分の信条に反した事までも考えてしまっていた。
「でも今は、治って欲しい。私の事をどう思っているかなんていい。貴方が無事なら……」
俯きながら彼女は左手に違和感を覚えた。長い髪で視界が邪魔され見えなかったのをどける。
アンジュリーナがベッドの端に置いていた手に、誰かの手が置かれていた。
手は他でもない、少年の肩から伸びていた。そして、半分だけ開いた目が太陽でも見るかのようにこちらを覗いていた。