【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達-   作:タツマゲドン

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7 : Invisible

「ヒャッハー!」

 

 前線の中で1人だけ大声で笑いながら敵兵達を圧倒する存在が1つ。その名をリョウ・エドワーズ。ミドルネームはフロイト。

 

 敵兵をサンドバッグみたいに殴ったり、静止した的みたいに銃弾を次々と浴びせたり、奇声を上げながらストレス発散の如く暴れまわる様は気が狂っていると言われても無理はない。

 

 とはいえリョウは四六時中こうも荒くれている訳ではない。彼は前述の通りストレス発散をしている。

 

「てめえらの所為で折角仕事終わりの酒飲もうと思っても飲めねえじゃんかよ! おまけに超過労働だぜバカヤロー!」

 

 愚痴を吐き叫びながら一番目立つリョウだが、彼は敵軍の撃退に最も貢献していると言っても良い。

 

 最前線で暴れ回る事でまず味方達の負担や損害を減らす。次に大声を上げる事で敵の注意を逸らし、これも味方達の負担減に繋がる。そもそもリョウ自体が「特殊な存在」なのでそれすらも敵を集中させる効果を持つ。そもそも彼の役割が陽動だった。

 

(ハン、お前らの手助けは出来そうにないかも知れないが、頑張ってくれ。俺も頑張るからよ)

 

 彼は見かけでは笑いながらも中身は真面目に考えていた。

 

 前方に居る3体の二足歩行戦車がそれぞれの腕に抱える機関銃をリョウ目がけて掃射。

 

 リョウは音速の3倍を誇る対物ライフル弾を体の動きだけで躱す。それも何十発と、ミスなく。彼にとっては慣れた余裕の動作だった。

 

 一瞬で中間の1体へ自分の銃の照準を定め、引き金を引く。しかし、銃弾は全く異なっていた。

 

 今までは対人用の一秒に100発と連射を重視したものだった(それでも十分に対物用には使えるが)。しかし、人間より大きな機械を相手取る為の銃弾に切り替わっていた。

 

 具体的には、弾速は今までとは変わらず音速の10倍。しかし、連射速度は1秒にたったの2発。その代わり、銃弾一発当たりの威力は比べ物にならない。連射速度が50分の1だから威力は実に50倍にも上る。

 

 こんな銃弾(砲弾と言っても差し支えないだろう)は現在の技術でも火薬と金属弾による仕組みでは生み出せない。

 

 速過ぎて操縦者には何が起きたのか分からなかったに違いない。リョウからは狙いを定めた操縦席に穴が開き、操縦者もろとも二足歩行戦車背部のエンジンや燃料タンクまで貫き、爆発したのを確認した。

 

 同じ銃弾をあと2発、隣の二足歩行戦車にも命中させ、爆発四散。

 

 ため息をつく暇もなく、耳にバババババ、というプロペラの羽音を聞き取る。

 

 振り向くまでもなくその正体は知っている。ティルトローター式(2基の角度可変メインプロペラが機体の左右に付いている)兵装ヘリコプター。どうでもいいがメインローター1基のみの軍用ヘリコプターは50年前にはほぼ廃れている。

 

 ヘリコプターは左右の羽根を飛行機の様に前にして飛んでいる。側面の開閉部に居る兵士、そしてヘリに固定された重機関銃。そのうえヘリ下部に取り付けられた対地ミサイルやロケット弾が火を噴く。

 

 リョウが跳び、先程まで彼が立っていた地面は銃痕や爆発による焦げやクレーターが出来上がった。

 

「通じねえよ! 俺を倒したけりゃ原爆でも用意しな!」

 

 跳び上がった勢いで銃弾が飛び交う中ヘリへ距離を詰め、その機体の外壁に足を着けた。

 

 折り畳んだ足を一気に伸ばし、ヘリが前方へ揺らぐ。リョウは反動で反対側へ。

 

 彼の目の前には1台の戦車。言うまでもなく敵のものだ。

 

 重力加速を上乗せしたスピードで頭より高く上げた右足を着地と同時に振り下ろす。

 

 戦車の豪快な破砕音と同時に、後方で宙から爆発音。

 

 上部を大きく抉られ動作不能の戦車を確認しながら、後方のヘリが爆炎を上げながら墜落したのが見えた。

 

「ナイスだぜ、誰かさん」

 

 今のはロケットランチャーによる爆炎か何かだろうと見当は付いている。どちらにせよ撃墜した事に変わりはない。味方兵が居る方向へ親指を立てて見せたが、誰なのかは分からない。

 

「さあて、もっと来やがれ……」

 

 呟きながら別の敵戦車に向けて走り出そうとした。

 

 しかし、リョウは途中で足を止めた。目標の戦車が突然爆発したのだ。

 

 爆発寸前、リョウは戦車のエンジンを貫く様に穴が開いたのが見えていた。

 

「俺の獲物を横取りすんなよ」

『いいや、俺の獲物だった。空対地攻撃とあらばこの俺にお任せありだ』

「宣伝するくらいならさっさと手伝え」

『今さっき邪魔すんなとか言ってたじゃねえか』

「記憶に無いな」

 

 リョウの発言に合わせて耳の通信機から返事が来る。若く強みのある青年の声だ。

 

 予想外の事が起きてもリョウは手あたり次第という感じで敵戦力を削っていく。時々、敵の機甲車両に大穴が穿たれる。

 

「よく来てくれたな」

『まあな、偶々近くを「飛んで」たもんでね。リョウ、調子はどうだ?』

「最悪だ。くつろぎの時間を邪魔された。レックス、お前の方は?」

『まあまあかな。今そっちへ「降りる」ぜ』

 

 通信が切れて間もなく、上空から大量の銃弾が降り注ぎ始めた。死角からの攻撃に敵兵達は成す術もなく撃たれ死ぬだけだった。

 

 敵が上空に意識を向けるや否や、リョウがそれを許さない。隙を見せた敵兵はたちまちリョウの餌食になった。

 

 数秒後、バコーン! という隕石でも落ちたかの様な音と共にリョウの目の前にあった戦車が押し潰された。

 

 衝撃音がした所を見れば、リョウと同じかそれより年下に見える青年の屈んで着地した姿があった。

 

「待ったか?」

「遅えよ、最初っからお前も来てれば良かったんだよ」

 

 愚痴を吐きながらもリョウの顔は友との再開を喜ぶように笑っていた。2人は一瞬で近づき、ハイタッチをした。

 

 レックス・フィッシュバーン、23歳。身長はリョウより僅かに低く、184センチメートル。ラテン系の黒髪の白人だ。口調はリョウと似て軽いが、見た目はそれとは対照的に整っている。

 

「前線へようこそ」

「前線? そんなもの海辺まで押してやろう」

「よっしゃあ。それじゃあ皆、聞いてるか?」

『どうしました?』

 

 リョウが通信機を付け、味方の兵士の一人から返事が来た。

 

「半分は前線から離脱して他の援護に当たってくれ。まあ俺達2人でも足りん事は無いだろうが、念の為だ」

 

 返事も聞かずリョウ達は通信機を切ると改めて正面を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……頭が痛い。

 

 まだ側頭部に受けた打撃のダメージから回復し切れていないらしい。冷たい砂の上に置かれた自分の体が思う様に動かない。

 

 首を動かして辛うじて見えたのは……

 

 「見え」ない。

 

 何があるのかは見当が付く。先程そこに居た四人がこの場に居る。だが見えないのだ。

 

 動きが速すぎる。存在は分かっても何をしているのかは分からない。

 

 一瞬、ドカッという衝撃音。同時に視界からはっきりしたものが見えた。

 

 吹き飛ばされ、地面に足を着けてブレーキを掛けて停止する真剣な表情の青年。起き上がり、地面を蹴る。青年の姿が見えなくなった。

 

 何が起きている?

 

 どうやったら「分かる」?

 

「喰らえ!」

 

 何も分からない状態の中からはっきりと男性の叫びを聞いた。そしてまた「止まった」。

 

 銃を前に向けるいかにも不味そうな顔をした推定40代の男性。そして、その銃口の延直線上を避ける様な体勢にしながらその男性の胸にブロー気味のパンチを当てるのは先程自分へ打撃を与えた張本人である若い男性。

 

 この男性は表情を変えずに怯んだ次に下段回し蹴りで中年男性のバランスを崩し、アッパーで宙に浮かせた。

 

 身動きが取れない中年男性へと跳び上がりつつ連続蹴りを決める。そして一番高い位置に達した時、若い男性が一回転して勢いを付け、その回転を蹴りに繋げて目の前の相手に叩き付けようとする。

 

「チャックさん!」

 

 今度は少女の心配する声。その方向を振り向くと、月明りに照らされて輝く長い髪が目に入った。

 

 その表情は、他の3人とは明らかに異なっていた。迷っていた。戦場に居るというのに虫すら殺せなさそうな、優しい顔だった。

 

 自分には彼女が嫌々この戦闘に参加している様に思われた。

 

 ところで、少女は中年男性に向かって名前と思われる言葉を発したかと思うと、空中の二人に向かって両手を突き出した。

 

 若い男性が今にも蹴りを放とうとしている時、その男の回転が遅くなった。まるであの少女が何かを手から何かを発して止めた……

 

 何か?

 

 少女の手を見る。「何か」が見えた。

 

 起き上がってテントから出た時、同じものを見た。光っているように見える「何か」。何なのか分からない。

 

 その光の筋を辿って見る。何故か回し蹴りの勢いが落ちた男へ向かっていた。あの光が止めたのだ。そう「感じ」た。

 

 状況はまだ回転速度の落ちた男のキックは中年男性に命中しない。そこへもう一つ人の気配を「感じ」た。

 

 地面から跳び上がり、蹴りを出す最中の男へ向けて蹴り上げが炸裂した。

 

 「見え」ない筈のものが「視え」た。いや、「感じ」取った。

 

 やがて3人はそれぞれ体勢を整えて着地し、少女の方も向けていた手を戻した。

 

「危なかった……済まんな若者達よ」

「ハンさん、誰か動ける人は居ないんですか?」

「まだ皆苦戦中だね。リョウは相変わらず先頭で頑張ってくれているし、トレバーは敵の戦力を割いてくれている。先程レックスが来てくれたのは良いが一番危うい前線の方に行ってる」

「せめてあと1人誰か居てくれれば良いのだがな……」

 

 3人の会話だ。

 

 一方、3人を相手にしている1人の男は、無表情のままそこに立っている。所謂棒立ち状態に見えるが、それは余裕の為だろう。

 

 男が一瞬こちらを向いた……が、すぐに無視する様に視線を逸らした。自分を放っておいても問題無いと判断したのか。今は起きているこちらに手を出すつもりはないらしいが……

 

 すると、この1人と向き合っていた3人の内の少女が相手の一瞬の視線に気付いたらしく、こちらを向いた。

 

 先程の1人の男性とは確実に違う、視線だった。自分を受け入れ差し伸べるような……

 

 変わらず身体は動かない。それでも動きたい。

 

 辛うじて手を前に出す事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジュリーナは相手の男がチラッと横を向いた気がした。だから若年的な好奇心に釣られて彼女もその方角へ視線を向ける事となった。

 

 さっきの少年が、砂に身を伏せながら朦朧とした定まらない視線で何かを見ている。

 

 何かを求めているのか。動きたいのに動けない。砂まみれの病人着を着た挙句真っ白な肌と霞んだ眼が弱々しさを物語っている。

 

(早く助けてあげたいのに……)

 

 相手の男がそうさせない。それどころかその少年を更に傷付ける。

 

 傷付いているのが老若男女問わずそして敵であったとしてもアンジュリーナの心は動く。

 

 少年が、その重力で今にも垂れ下がりそうな手をこちらに伸ばした。

 

(苦しんでいるの?)

 

 アンジュリーナは完全に気を取られていた。

 

 視野の端に「エネルギー」が、そう感知した瞬間既に手遅れだった。振り向いた時、隣のチャックが殴られる光景が見えた。

 

 チャックを挟んで反対側のハンが咄嗟に反撃を試みる。両腕を手数重視で素早く自在に動かし、あらゆる角度からの攻撃を可能とする。

 

 相手はそれをも上回る速さでハンの攻撃を確実に防ぎ、威力に重点を置いた攻撃でハンの攻撃を巻き込み不発させながらハンの余裕を削る。

 

 ハンも負けじと握った拳を平手に変え、逸らして防御し、相手の腕を自分の腕に絡める。

 

 引き離そうとする相手だが抜けない。その体勢で前蹴りを放つが、ハンの膝に阻まれる。

 

 相手が出した足を素早く畳んだかと思うと踵をハンの膝裏に入れ込み絡ませる。そのまま足を後ろに引き、ハンを引っ掛け倒そうとする。

 

 投げられる途中で体勢を変え、綺麗に着地したハン。絡めたままの両手で体を支え、地面を一蹴りして両足蹴りを繰り出した。

 

「ぬうっ!」

 

 不意に出た相手の男の声は驚きよりも掛け声に近かった。直後、ハンの全力を注いだ蹴りが男の胸にクリーンヒット。

 

 だがどういう訳か、蹴りを真正面から受けた男の上半身が僅かに後ろに逸れるだけ。それ以上は何も起こらなかった。

 

 対するハンの方はというと、まるで堅い壁を蹴った様に反動で大きく後方に飛んだ。当の本人であるハンは勿論、その光景を見ていたアンジュリーナも驚きと疑問を隠し切れなかった。

 

 味方から突き放され、呆然としていたアンジュリーナ。彼女に向かって相手の男が右手を熊手にして勢い良く繰り出す。

 

 少女は突然の早すぎる出来事に何も出来ず、ただその場に身を任せるしかなかった。

 

 しかし、何も起こらなかった。いや、起こさせなかったのだ。

 

 次の瞬間、アンジュリーナの目の前には彼女とほぼ同じ身長の少年が立っていた。そして、その弱々しく細い両手は相手の拳を正面から受け止めていた。

 

「「視え」た」


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