【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達- 作:タツマゲドン
兵士達が生存安否の報告をしている傍らで、2人が会話を交わしていた。
「申し訳ありません、実力差で油断していた私の完全な誤算でした」
「そう謝るな。私にとってはどうでも良い事だ」
頭を下げるのはアンジュリーナを捕え損ねた男。興味無さそうに返事をしたのは中佐と呼ばれた男性。
「施設の軍事能力は大幅に削られたが、襲撃で壊された研究成果はほんの一部に過ぎない。侵入者はこの施設の表層しか漁っていないらしい。しかし……」
中佐は一旦間を置いた。話す事を少し整理する為か。
「しかしだ、侵入者は「アンダーソン」を盗み去った。アレクソン君、これがどういう事だと考えるか?」
中佐と呼ばれる男は静かに、見様では冷酷に責める様な口調で尋ねた。アレクソンと呼ばれた男はその態度に動じず訊かれた事に答えるべく考え、少し経って口を開いた。
「まさか奴らが「計画」に感づいているのでしょうか? しかし、あの研究の記録は外部に漏れ出ない、極秘媒体を使っている筈……」
「その通り、直通回線で侵入された訳でもあるまい。「お前達」の中にはきっとステルス能力が使える者も居るかも知れない」
「それでも「エネリオン」や「インフォーミオン」の存在に変化は無いですから「私達」が気付くでしょう」
「……この話は一旦置こう。結論が出ない、本題に入ろう」
中佐は近くにあったコップの中の水を半分程飲むと、別の話題を持ち掛けた。
「ところでお前は「アンダーソン」についてどこまで知っている?」
「……奴が最初の「成功例」だという事位でしょうか。しかし何故元の「能力値」が低い者を実験に選んだのですか?」
「知っての通り「トランセンド・マン」は何故か複製の困難さがあって分化し終えた細胞からではIPS細胞が作れない。被験者が持つ卵子や精子を直接操作するという原始的な方法でしか増殖が出来ない。それに細胞分裂開始から胎児へ成長させる段階でも何故かしら異変が起きてしまう」
中佐は一旦休み、一呼吸置いて再び話し出した。中佐の口調は感情が無かった。
「お前の言う通り「アンダーソン」は最初の成功例だ。出来れば成功した要因を調べたいし、薬で昏睡状態にしているとはいえこれ以上「計画」に関与した事を知られたら不味い。「アレクソンEX級特殊戦力」へ命じる。施設を襲った「反乱軍」分子を一掃し、「アンダーソン」を奪還もしくは破壊せよ。その他戦力は幾らでも用意して良い。用意の際には私から上層部に報告しておこう」
「了解」
中佐の長話とは反対に、短く返事したアレクソンと呼ばれる男は振り向き、指をポキポキ鳴らしながら何処かへ歩いて行った。
一方、中佐はハアー、とため息をつき、コップに入った残りの水を全部飲み切った。
「そうか分かったぞ!」
医療テント内に大声が広がった。
「ストーン先生、怪我人が居るのでちょっと静かに……」
「ああすまん。ところで外で待たせているリョウ達を呼んで来てくれんか?」
「分かりました」
チャックは表面では部下に謝っていても、自分が発見した事に驚いていた。
部下に命じた通り、3人がすぐに来た。
「チャックさん、大声出してどうしたんですか? 彼は無事なんですか?」
一番最初に部屋に入って来たアンジュリーナが他2人を代表して尋ねた。
「勿論手術は成功したとも。摘出成功だ」
チャックが指し示した先の台の上にあった金属トレーの上には、体液が付いた手術道具、そしてマイクロチップがあった。
「だが面白い事が分かったのだ。何だと思う?」
この医師はまるで生徒に対する口調で訊き返した。3人はそれぞれ首を振って否定の言葉を述べ、チャックが口を開いた。
「彼は、まるで生まれたての胎児なんだ」
言葉の意味が分からず、黙ったままの3人。リョウが一番早く言葉を返した。
「じゃあこいつは妊娠何年目なんだ? こいつを生んだ母親は大変だろうなあ」
「全く、冗談の絶えない奴だ」
「でも一体どういう事なんです? 彼はこれだけ、少なくとも十数年間は胎盤の中に居たという事ですか?」
リョウの疑問をハンが代わりに問う。チャックは考える間も無く質問に答えた。
「色々調べてみたのだが、彼の細胞分裂回数を示すテロメアは少なくとも15年分細胞分裂を続けて来た事は判明している。しかし、成長している筈なのに身体的な老化が全く無いのだ。それに、彼の消化器官中に入っていた液体が、羊水と同じ物質で出来ていた。更に液体には未知の有機物まで確認された。私が思うに、彼は体外受精によって誕生し、その後何らかの設備によって促成培養されたのだと思う」
説明は3人共黙って聞き、説明が終わっても暫くは黙ったままだった。(尚、アンジュリーナは話の半分が分からなかった)
「「管理軍」は何を考えてるのかサッパリだな……」
「こんな話聞いた事も無い。もしこれが極秘研究の一部だとすれば……アンジュリーナ、これは思わぬ収穫かも知れない」
「ええっ、本当ですか?」
リョウが呟く中、ハンの嬉しそうな声に釣られ、アンジュリーナも声を上げる。
「まあ今は何とも言えないが……彼のゲノムはどこまで調べていますか?」
「まだ詳しい事は分からん、ここには良い設備も無いしな。ハン、本部にもっと言ってやってくれ……で、時間は後2時間程掛かるだろう」
「分かりました」
チャックは愚痴混じりに答え、ハンは答えを聞くとアンジュリーナへ次なる質問をした。
「アンジュリーナ、彼について何か変わった所は無かったか?」
「へっ?……」
少女らしい抜けた声が聞こえた直後、短い沈黙が流れる。再び動いたのは3秒後だった。
「私が脱出しようとした時、彼が光った様に見えました。ひょっとすると彼は「トランセンド・マン」なのかも知れません」
「成程、そうか……参考になった」
ハンは感謝の念を表すと、1人考え込んだ。
「「チップ」の反応が消えました。摘出されたと思われます」
「だが場所は分かった筈だ。攻撃を開始せよ」
「了解」
一番先に医療テントから出たリョウは大きく背伸びした。時計に目をやると既に深夜2時を過ぎていた。後ろをハンが出て来る。尚、アンジュリーナはテントに残ったままだ。
「あーあ、やっと寝れる。酒も飲みてえし」
「気を抜くなよリョウ。「管理軍」の力は底知れない。この場所がばれて攻め込まれるかも知れないから油断するな」
「分かってるぜ」
親指を立ててみせたリョウは笑っていたが、目つきは真剣だった。
シュタッ
リョウ達の正面を何かが横切って行った。その存在は目の前を通らなければ分からなかっただろう。
「ん? どうしたトレバー……」
トレバーと呼ばれたのは当然先程横切った男性を指す。既に数メートル離れている今、顔は見えないが黒髪と前進を覆う黒い伸縮素材の軍服が特徴的だった。トレバーは訊かれても答えず、何処かへ走り去るだけだ。
「行ってみようぜ。あいつが考えも無く動く筈が無い」
「賛成だ」
リョウ達が走って追い付く中、トレバーがちらと後ろを見た。そして言葉を発した。
「助かる」
「良いって事よ、でもどうしたんだ?」
「後だ」
トレバーは最小限で返事をした。すると突然立ち止まった。
背中のリュックから何か金属製の物体を次々と取り出した。どれも形が違っていて、一体何なのかは分からないだろう。
だがトレバーは慣れた手つきで物体を動かし早回しの様に組み立てた。何時の間にかトレバーが握っていたのはライフル型の銃だった。
「まさか敵襲か?!」
「確信は持てん。研ぎ澄まして気付いた。」
ハンの台詞にきちんと返事はするもののトレバーは前を向いたままだった。横側からは夜の僅かな明かりでも分かる彫りの深い男性だった。
トレバー=マホメット=イマーム、31歳。名前からでも分かる通りイスラム系の混血。リョウよりも少し大柄で身長190センチメートルにまで迫る。
引き金に掛けられた指が動いた。銃口と思われる所からは何も発射するのが「見え」なかった。火薬の音も発光も、空薬莢も反動も無い。
恐らく、いや確実に「普通の人間」からすれば何もしていないと思うだろう。しかし、リョウとハンは銃口から細長い針状の「銃弾」が発射されたのを「感じ」取った。
「銃弾」は斜め上へ飛び、3秒後、
ピカッ、と上空で何かが光った。遠くて見え難いが、リョウ達には発光に照らされて爆発塵が見えた。
「ナイス」
「早く知らせるぞ!」
リョウが親指を上げ、ハンが敵襲である事を知らせに行った。トレバーは依然としてその場に立ったままだ。
「敵はまだ15キロメートル先だ」
2人にそう言い残すと、引き金を更に引く。それも連続で。その度に空中で爆発が起こった。
兵士達は思わず驚いた。
何せ発射した砲弾が何の前触れも無く着弾前に爆発したのだから。着弾まで残り10キロメートル地点、残り3分の2もある所で撃ち落された。
「砲撃防がれました」
「分かっている。砲戦は無駄だ。直ちに歩兵隊と機甲隊を出撃させろ」
「了解」
アレクソンは部下に命じると指をポキポキ鳴らしながら戦闘指揮車から出た。出る途中で机の上にあったサブマシンガン型の銃を2丁、腰のホルスターに収めるのを忘れなかった。
「泥棒共を皆殺しにして来る」
「チャックさん、彼はあとどれ位で目を覚ますんでしょうか」
そう訊いたアンジュリーナの顔は申し訳ななそうな表情だった。訊かれたチャックはそんな事は気にせず自分の口調で話した。
「分からん。死ぬ事は無いだろうが、昏睡状態が覚めるのは分からんよ。1日後かも知れんし、1年後かも知れぬ……そう暗い顔になるな」
「はい。でも……」
「それ以上言うな。物事は明るく考えろ」
「先生、こちらを手伝って下さい」
「今行く。アンジュリーナ少し待っとれよ」
遮蔽布の奥から聞こえた声に答えたチャックはマスクを付けゴム手袋をはめて向こう側へ行った。
アンジュリーナが椅子に座る丁度前には彼女が助けた少年が横たわっている。その顔は表情すらなく冷酷さが感じられた。
「戦争には勝ちたい。でも誰も傷つけたくない……だから貴方を助けた」
少年に呼びかける様に呟くが、当然彼は全く動じない。それでも喋るのを止めなかった。
「もう人が死ぬのは嫌。敵も、味方も、皆打ち解け合えれば良いのに……」
それが不可能な事は彼女自身が分かっている事だ。少年はまるで話を無視する様に眠り続けている。
不意に、ビーッ、と敵襲を伝える警報音が鳴った。(基地内だけ聞こえ、基地外には殆ど聞こえない)
バタバタと多数の足音、ガチャガチャと武器を準備する音、呼び掛けを行う大声。
(きっと彼を狙って来たんだわ! 待ってて!)
使命感に動かされ、アンジュリーナは医療テントから勢い良く飛び出した。