【THE TRANSCEND-MEN】 -超越せし者達- 作:タツマゲドン
少年を捕えた男は近くの兵士に気絶した少年を預けた。そして歩み寄って来た中年の男性に報告した。
「中佐、捕えました。ついでに起きない様に薬を打っておきましたよ」
「ご苦労だった。しかし、覚醒したのか?」
「いえ、まだその途中段階に当たる所でしょうね。手応えもそれ程ありませんでしたし。お蔭で被害は少なく済みましたが……ところで制御は効いて無かったのですか?」
「いや、「チップ」は埋め込み済みだ。それに反抗したのだからまだ調整は必要だろうな」
「それにしても、何故精神があんなに不安定状態を起こし、逃走という行動を取ったのか……」
「……うむ、記憶は無い筈だというのに不思議な事だ」
中佐と呼ばれた人物、その額に一滴の冷汗が流れていた事は誰も気づかなかった。
廊下を駆ける一つの姿。
その姿に監視カメラのレンズが向けられるが、別に気にする事ではない。少なくともあと20分は。
仲間の一人が遠隔でこの施設内のシステムコンピューターを操作し、例えば監視カメラが姿を写しても映像記録には残らないし、その他監視・警報システムを切ってもらっている。
それでも”彼女”は気を緩めない。少しでも役に立ちたい。彼女、この施設に忍び込む前に仲間からアンジュと呼ばれた少女、の思考は緊張と願望で埋められていた。
彼女の任務の一つは”可能な限り”この施設が持つ機密を盗み集める事。外側からハッキングしてくれる仲間が言うには外部から侵入出来ない独自の回線や紙媒体による機密は調べられないとの事らしい。
”可能な限り”とは、この施設を一斉攻撃する予定であるからで、遠隔操作が解除されて侵入がばれると思われる時間までがこの任務の終了時間であり、攻撃開始時間でもある。
また、同時に攻撃し易くする為にもこの施設内に爆薬を設置するという任務もある。というか本命はこちらだ。
(流石ハンさんですね。お蔭で任務が捗りそうです)
監視システムがダウンしているとはいえ、内部の人員等に見つかれば意味が無い。一応走っても足音が出来るだけ抑えられる靴を履き、服装も動作によって生じる音を最小限に留められる特殊なものではあるが、透明でも光学迷彩でもないので視認されるリスクが一番大きい。
それでも彼女は運良く誰かに遭遇する事は無かった。というか
誰も見当たらないので寧ろ不審に思った程だ。
(どうして誰も居ないんだろう? 少しぐらいそこら辺を歩いている人が居てもいいのに……)
そう考える中、彼女は数々のドアを出入りし(鍵が掛かっているものは解除ツールを使用した)、それっぽい情報媒体をかき集める。しかし一見パッとしないものばかりで重要機密と思われる物は無かった。当然爆薬の設置も忘れない。
(今の所爆弾は順調ね。良い情報が手に入ればもっと良いんだけど……)
「お前に与える物は此処には無い」
自分の考えに対して回答がなされた。声のしたのは後ろ、慌てて振り向き、姿を確認しながら後ろへ飛び退いた。
身長185センチメートル前後、横に広がる長めの茶髪と青い目、恐らく金属複合カーボン製のプレートアーマーを全身に纏い、存在感を見せつけるかの如く堂々と立っていた。
「存在を隠し切れていなかったぞ。まだ若く経験が足りない。何より、俺より出来が悪い事だ」
(そんな、いつも注意していたのに……)
腕時計は爆破まで残り5分である事を示していた。戦う以外に手段は無いと判断し、構える。
「大人しくするつもりは無いらしいな。良いだろう」
(こうなったら……)
少女は決心して素早くベルトに仕込んでいた通信機を取り、早口で言った。
「リョウさん、ばれました! 爆破します!」
『ちょっ、おまっ……』
通信機越しの仲間が返事し終える前に彼女は爆弾に繋がるリモコンのボタンを押し終えていた。
「なぬ……」
突如施設内を振動と轟音が襲い、廊下の奥から爆炎が見えた。
男は咄嗟に身を守るべく姿勢を低くし腕を胸の前で交差した。爆風で体が僅かに揺れ動き、爆炎がチリチリと熱を伝え、残った粉塵が視界を塞いだ。
防御体勢を解き、塵に視界を奪われている中、男は見回していた。まるでそこにある物が見えているかの様に。
「……自爆と見せ掛け、「障壁」を自分の外側へ広く展開し、爆発に巻き込まれず逃走……不意を突かれたとはいえ考えも「能力」も中々だ。いや、突発的なアイデアだろうか」
男が感心して呟く最中で施設内は侵入者の存在を告げる警報が鳴っていた。
『もうバレちまったのか?! やべえな……』
「ごめんなさい、不注意でした……」
耳に当てた通信機から聞こえる驚き声に少女は謝った。
『今は気にすんな。でも爆弾は仕掛け終えたんだろ? じゃあ予定より少し早く脱出すりゃ良い』
「はい、ありがとうございます」
『そういやハンには言っておいたか?』
「あ、しまった」
『オッケー、俺が伝えるぜ。その代わり後でコーヒーでも奢ってくれよ』
少女は二度も感謝し、通信が切れると駆け始めた。もうドジはこりごりだった。
途中で施設内の人員やロボットに遭遇したが、彼女の前には無意味に等しかった。銃弾は効かず、目に捉えられないスピードで走り、邪魔であれば軽々と吹き飛ばされる。
先程彼女の気配を察知した男やそれと「同じ」奴に遭遇しない限り、順調に進んで味方達がこの施設を思い切り攻撃出来る筈だ。いや、進めなければならない。少女は使命感に囚われていた。
『アンジュリーナ、話は聞いたよ。予定より5分早める、それで大丈夫かい?』
「大丈夫です! ハンさんありがとうございます。」
仲間からの通信に合わせ、腕時計のタイマーを5分早めた。
実質妨害者は居ないし、出口への行き方もきちんと分かっている。しかし、彼女は足を止めた。
彼女は目的を達成しなければならない時、もしもその行為によって人命が失われるなら、彼女は間違いなく命を助ける行動を選択する。
今まさに、目の前に名も知らず気絶している少年が横たわっている、それだけで彼女の疾走を止めるには十分だった。
「大丈夫?!」
傍に寄り、生きている事を確認する。心拍はあったが、触っても体が冷たいし、反応もなくだらりとしていた。
(助けなきゃ!)
彼の正体なんて関係ない、困っている人を助ける事に理由なんて要らない、かつて教わった事が彼女へと無意識に命令を下していた。
少女より少しだけ高い程度の身長の少年をおぶり、全速力で走る。
腕時計は残り20秒を示していた。しかし今のペースでは良い方に見積もっても出口へ到達するまで30秒掛かるだろう。
『アンジュちゃん大丈夫か?!』
「今、あとちょっと……」
心配して仲間から通信が掛かって来た。どうやら向こうは既に脱出完了らしい。今は自分をちゃん付けされた事に黙っていた。
(早く……速く……!)
その時だった。
ガクン、と体が急に動いた。自分の意志ではない事は明らかだった。
背中越しで見えないが、少年の身体が一瞬光った様に見えた。彼が力を与えてくれたのだろうか?
自分でも驚くべきスピードを得た少女はそのまま施設の出口を飛び出し、大地を駆ける。腕時計は丁度残り0秒だった。
「撃って下さい!」
通信機に叫び、言い終わったのとほぼ同時、少女の正面に見える山々からオレンジ色の微弱なフラッシュが大量に見えた。
少女は走る事を止めず、後方の施設から爆発が起きても振り返らなかった。
助ける、その一心のみ。
「本当にすみません!」
「そう気に掛けなくて良いよ、結果的に攻撃は成功して壊滅状態に持って行くことが出来た。君の設置した爆弾もあっての事だ。それに中々重要な機密も持って来たみたいだし」
背中まである黒髪を揺らしながら頭を下げる少女と、それに合わせて首を横に振っているのは坊主頭を少し伸ばした程度の短髪の男性。
黒髪の少女の名はアンジュリーナ・フジタ、17歳。肌は白く、顔は目鼻立ちが北欧系に近いが日系要素もあってか平均的な白人よりは鼻が低いし目つきも柔らかいだろう。黒目と黒髪は見方や光の当たり方次第では濃い灰色にも見える。身長は160センチメートル前半。日本人女性としては至って普通の身長だが、白人としては低いと言わざるを得ない。
彼女は「敵」の研究施設へ侵入した事をばらしてしまった事(彼女の考えでは)を悔やんでいたのだ。だが目の前の男性はそれを許すと言っている。が彼女はまだ自分が悪いと思い込んでいる。
男性の方の名前はハン・ヤンテイ、26歳。中国人と韓国人のハーフでいかにも東アジア人という顔立ちだ。身長175センチメートルは東アジアでも割りと高めではある。短髪の印象でそれらしく武術が出来そうな雰囲気も醸し出している。
「落ち着いてアンジュリーナ、でも彼は無事なんだろう? それは紛れも無く君が助けたいと思ってした行動であり、彼を助ける事が出来た。君が望んでやった事が君の「人を助けたい」と言う願いを叶えたんだよ」
「ハンもそう言ってるし、いい加減立ち直れよアンジュちゃん」
と横から別の声が介入して来たのは不意だった。アンジュリーナは反射的に振り返り、
「もう、何時になったらちゃん付け止めるんですか」
「死ぬまで、いいや死んでも言う。だってかわいいやん」
声の主はリョウ・フロイト・エドワーズ、28歳。赤系統に近い茶目茶髪が目立ち、茶髪は肩に掛かる程長い。日系の名前が入っているとはいえ日本人らしき外観的特徴は見当たらない。身長187センチメートルという大柄さは北欧系基準でも高い方に位置する筈だ。多少ボサボサな髪や髭は大雑把な性格を表していた。
「酷いですう……」
アンジュリーナはわざと頬を膨らませるという子供じみた行動を見せた。彼女はアンジュという愛称を気に入ってはいたが、子供扱いされるのが何となく気に食わなかったのだ。(かといって子供らしい行為をするのもどうかと思うが)
「すまんすまん……でアンジュちゃんが連れて来た奴だが、見に行くか? ハンも、来てくれよ」
リョウに連れられ、2人は簡素な布のドームで覆われたテントの内部へ入った。
ところで彼らが今居るのは独立行動用師団が仮設した移動基地である。彼らは「本部」の直接の命令は受けず、殆どの場合その師団長の命令によって行動する特殊師団だった。
数時間前に行われた研究施設強襲もこの師団長独断の作戦だ。そして反撃されぬようひっそりと去る。
話は戻る。3人はアンジュリーナがその施設内で助けたという少年が横たわる粗末なベッドの前まで来ていた。
青がかった黒い髪、表情どころか動作すら垣間見せない顔。見ただけではまるで生きているのかすら分からない。皮膚に触れても最小限の熱しか感じず、脈はあれど2秒に1回という非常に遅いペースだった。
「本当に生きてるのか?」
「リョウ、不吉な事は言わんでくれ」
少なくとも死を告げる証拠は何一つ無い。かと言って生きているとしても非常に弱々しい。
「大丈夫なんですか? チャックさん」
「詳しい事は言えないね。体内に生体活動を抑える薬は中和し終えた。しかし不思議な事に、数時間診ただけでは、この、所謂昏睡状態から良い方へも悪い方へも動かなかった。何かを待っているんだろうか、まるで彼自身が目を覚ます機会を窺っているみたいだよ」
「待っている、ですか……」
アンジュリーナの質問に答えたチャックと呼ばれた男性、彼はチャック・ストーン、42歳。師団内で内科外科問わず医師を”主な”生業としている。彼は更に付け加えた。
「それと、「チップ」が見つかった。早く摘出しなければ」
「それってこちらの居場所がばれてるって事じゃないですか?!」
「そう慌てる事でも無い。「チップ」は生体電気によって動くが、出力が低ければ電波を発する範囲は限られる。こちらから接近するか向こう側から接近されるかしない限りは大丈夫な筈だ」
「でも今こちらの居場所がばれていたら……」
「悲観的になるな若者よ。まあ確実な事は言えないがね……手術はすぐ行うとするよ。手伝ってくれんか、メスと麻酔を。どんな医師や手術ロボットより早く正確に執刀出来るのは私くらいしか居ないだろう」
アンジュリーナはそのチャックの冗談と思われる台詞を決して過言だとは思わなかった。何故なら、彼女達は「超越」しているのだから。