外の世界に救いなんて無い。いつだって残酷で、欺瞞が溢れている
人を貶め、人の人生を闇に葬る人間が何くわぬ顔で生活している、俺はその事が許せない
いくら親友と呼べる人間がいようと、そいつらは自分の立場、命、地位が危うくなると、いとも容易くその親友に牙を突き立てる
それに見て見ぬふりをして、常に取り繕い、自分の心に反して首を縦に振り、上っ面だけの友人関係に意味を見出す
そんな世界に未練なんて無いし、正直どうだっていい
だけどこの世界は……
この世界だけは……
このちっぽけで使い道の無い自分自身の命を使って守り切れるのなら……
それで死ぬのは本望だ。自分なんてどうだっていい、どうせいずれ消え失せる命なのだから
自己犠牲なんかじゃない、自己満足だ
でも、もしそれで悲しんでくれる人間がいるのなら……
それが周りの評価を気にした感情じゃないのなら……
涙じゃないのなら……
俺は何度でも死地から生き延びよう
墓場から蘇ってみせよう
「楽しみにしてたんだ、君と戦うのを」
「あぁ、俺もだ。お前を殺すのを楽しみにしてる」
だから俺は────
「さぁ……最高のショーを始めようか」
「待ってたぜ」
こいつを……狂を殺して、その生首を掲げてやろう
この醜くて、地獄と化した幻想郷を狂を殺すことで救ってやろう
それこそが今の俺がするべき最善の選択だと信じて───
「はぁ……」
俺はため息をついて、空を見上げた
天気が悪い。まるで俺の心を映しだしたよう。
今この場にいるのは狂と俺だけだ。それ以外には、人がいないのはもちろん、鳥や虫さえもいないように感じられる。
「今日は天気がクソだな」
俺は思った事をそのまま口にした
狂は不気味な笑顔を顔に貼り付けたまま、俺の目をじっと見つめている
「黒い雲が太陽光を遮り、雷がゴロゴロ鳴って、風がチリを運ぶ」
俺は見たことをそのまま口にした
何故かはわからない、ただ勝手に言葉が飛び出した
俺はそれをやめずに、身を委ねることにした
「最悪な今日に最悪なお前は──」
俺らしくない事を口走ろうとしたが、それを俺はやめようとしなかった
「──ここで醜く朽ち果てるべきだ」
狂は微笑を浮かべる
それは荒野に咲く一輪の花のような儚さを含んでいた
「ようやくだね。楽しめそうな獲物と戦うのは」
狂は短刀を握りなおす
「もうこのショーにも飽きてきた頃だからさぁ」
彼女は、さっきの儚げな微笑とはほど遠い、牙を剥き出しにした笑顔を浮かべた
だがもう俺にはその笑いに恐怖も、怯えも感じない
狂は予備動作無しに駆けだし、俺の喉元目掛けた突きに、上半身を後ろに反らす事で対応する
彼女はそのまま俺の顔に回し蹴りを叩き込もうとしたが、寸前で俺は脚を掴んでそのまま投げ飛ばす
「……?」
俺はこの若干の違和感に気が付いた。この懐かしい感覚、なんだ?
あぁ、そういうことか。闇の波動と幻力の力の使い方が似てるんだ
闇の波動に堕ちてしまったが、そんなことこの際もうどうでもいい
俺はここに来てようやく抜刀し、構えずに手を下ろした
シュっと投げナイフのようなものが飛んでくる、そしてそれを弾く
すると、後ろから鋭い殺気を感じ取る。まったく、殺気の隠し方が下手な奴だ
俺は振り向きざまに斬撃を放つ。
その斬撃は彼女の上半身と下半身を切り裂くには充分すぎる程の威力を持っていた。まさに一刀両断、血と内臓が視界一杯に広がる
ボトリと、テケテケになってしまった狂が地面に落ちる
顔には驚愕の表情を浮かべ、目から光が消えかけている
「そ、そんな……」
「……」
消え入りそうな声を漏らす狂の頭に、俺は己の武具を突き立てた
狂の目から光が完全に消え失せる
終わった……何もかも。狂は死んだ、悪霊は除霊された
案外呆気ない。俺は猛烈な空虚感に襲われた。
たしかに狂は死んだ、犠牲者は心が安らぐだろう。だが、俺は……
これは自分で選んだ自分の選択だ
もしかしたら、他にも手があったと言う人もいるかも知れない
その行動をやるべきじゃないと言う人もいるかも知れない
誰も俺を肯定してくれないかも知れない
だから俺は昔の自分を肯定する。誰も肯定してくれないなら、自分で肯定してやるしかない
それを正しいと考えてやったことだから
「……っ」
俺は投げナイフを首を反らして躱した
なるほど、そういうことだったか