日は進み、私は仕事がある日以外、毎日のようにナルの所に顔を出しに行っていた。ナルみたいな鈍感バカがそれで私の気持ちに気付くとは思わないけど、少しでも意識してもらえれば良いと思って行動して来た。
だが、それも今日で最後だ。明日からはいよいよ文化祭、私が告白する日だ。そのために、今日というこの日も気を抜かずにナルにアタックを続ける。
今日もナルと一緒に登校して来た所だ。ナルの中で私はどんな風に映っているのか分からないけど、泣いても笑っても明日告白なので、その辺はあまり考えない事にする。うー、なんか今から緊張して来た。
しかし、一つだけ不安な事がある。最近、ナルと一緒にいると、たまにナルが少し難しい表情を浮かべることが多い。アレはなんでなんだろう。私といるとつまらない、とか?
「………はぁ」
だとしたらショックだ。なるべく、ナルも楽しめるような会話をして来たはずなのに。………思いつかないときはちょっかい出しちゃうんだけど。
もしくは、体調が悪いとか?ナル、ここ最近実行委員の仕事頑張ってたし、疲れが溜まってることもあり得そうではあるけど………。
とにかく、少しナルの様子がおかしいことが気になる。告白の前に、そういう不安要素は潰しておきたいというのもあるけど、逆に明日の告白をヘタれるような内容だと怖いので、聞きたくないのもある。
でも、どちらにせよ告白の前に不安なことがあるのには変わらないんだよね。それなら、聞いておいた方が良い気もするけど………。でも怖い。
普段のライブよりも、告白前の方がよっぽど緊張する。今更になって、心臓がバクバクとうるさい。でも、前の遊園地でヘタれたように、ここでヘタれるとここから先ずっと告白出来なさそうだ。
自分でやると決めた以上、ここで告白しなければダメだからね。そんな事を考えながら、ただ何と無く授業をぼんやりと聞いていた。
×××
放課後になった。私はいつものようにナルが仕事中と思われる、文化祭実行委員の教室に向かった。最初は色々と遊びに来た理由とかを考えてたんだけど、最近は普通にもう事情とか言わずに隣に座ってしまっている。
今日も特に手伝うつもりは無いけど、とりあえずナルの隣にいようかなって。だってナル手伝わせてくれないんだもん。途中で居心地が悪くなって、他の人の手伝いしようとしたら、何故かナル不機嫌になるし。
結局、ナルの隣で何もしないでボンヤリと会話してるだけになるんだけど、まぁそれでも私は楽しいし、ナルも満更でもなさそうだったから良いんだけどね。
そんな事を考えながら、いつものように教室に入った。一応、ノックをしてから入り、ナルがいつも座ってる席を見ると、そこにナルの姿は無かった。
「あ、渋谷さん」
確か……委員長さんだっけ?
「あの、ナル………水原くんは?」
「あなたの彼氏さんなら、門の設営に行ったよ」
「ーっ、か、彼氏じゃないですから………」
「ああそう、どうでも良いわ。リア充」
あれ、なんか怒ってる?
まぁ、ナルがいないならここにいても仕方ないかな。門の設営って言ってたよね、遊びに行こっと。
そう決めて、靴を履いてナルの元へ遊びに行った。校門付近に到着すると、門はすでに完成していた。だが、肝心のナルの姿はいない。
………あれ、いないのかな。………なんかナルがいないなら私も教室に戻ろうかな。そう決めて下駄箱に引き返そうとした時、校門に向かってるナルと目があった。
「あ、ナル。ここにいたんだ」
「り、凛………」
………あれ、何か怪しい。なんで狼狽えたの今?
「どうしたの?」
「ナルの所に遊びに来たんだけど……なんで狼狽えたの?」
「い、いや狼狽えてないよ………」
「………ああそう」
問い詰めたかったけど、嫌われるのは嫌だったので我慢した。告白前に下手なリスクは負わない。
すると、ナルの方から声をかけて来た。
「あー、凛」
「? 何?」
「今日、この後は暇?」
「暇だけど?」
「じゃあ、その………一緒に、帰ろう」
今更なんで約束を取り付けてくるの?という感想が即座に出て来ない程、嬉しかった。いつもは私から誘ってたけど、まさかナルの方から誘ってくれるなんて。
「い、良いよもちろん!」
「お、おう。いつも一緒に帰ってるのに嬉しそうだな」
「えっ?べ、別に普通だから!い、いやまぁ嬉しいは嬉しいんだけど………!」
なんだか茶化された気がして反射的にそう返すと、ナルは「そっか……」とぼんやりした目で返した。やっぱり、なんか考え事してるみたいだ。
「今日終わるの何時になるか分からないけど、それでも良いの?」
「うん、ナルと一緒に帰れるならいつまでも待つよ」
その言葉に、ナルは若干顔を赤らめて目を逸らした。こういう所、少しは照れてくれてる辺り、私のことを全く意識してないわけじゃないんだろう。
まぁ、何にせよ少しでも早く帰れるように、今日は自分のクラスにいよう。
「じゃあナル、仕事頑張ってね」
「うん、あとでな」
「うん」
と、いうわけで、私はウキウキしながら教室に戻った。
×××
クラスの準備が終わり、暇になって図書室で待機してると、ナルから連絡がきた。
水原鳴海『終わった、どこいる?』
やっとだ!
渋谷凛『図書室にいるよ』
水原鳴海『りょかい』
もうすぐ来るので、私は読んでた本を棚に戻した。しばらく待機してると、図書室の扉が開いた。
「凛、帰ろう」
「うん」
返事をして鞄を持ってナルと合流した。
図書室から昇降口に向かい、靴を履き替えて校門を出た。何か話しかけようと思ったのだが、ナルが未だに難しい表情を浮かべていたので、中々に声を掛けにくい。自分から誘って来たくせにどうしたんだろ。
「…………」
「…………」
何も話す事も無く、私の家に近づいて行く。
すると、ナルが「あのっ………」と控えめに声をかけて来た。
「凛、少し寄り道しても良いか?」
「え?い、良いよ?」
寄り道?なんだろ、どこに連れて行ってくれるんだろ?
と、思ってたら、ナルが連れて来てくれたのは公園だった。もう日も沈みかけていて、街灯と自販機の灯だけが輝いてる公園。
そこで「待ってて」とナルは私をベンチに座らせると、自販機で缶コーヒーを買って来てくれた。
「はい」
「えっ?あ、ありがと」
私に手渡すと、隣に腰を掛けるナル。二人でコーヒーを一口飲み、10秒くらい無言が続いた。
何か話しがあるんだろう。でも、ナルにこうして呼び出されて話される内容に心当たりがない。
とりあえず、この空気は何と無くキツかったので声をかけてみた。
「そ、そういえば、こうして公園に来るのって初めてじゃない?」
「え?あ、ああ。そうだな。夏休みではうちの地元の公園行ったけど」
そうだっけ?と思ったけど、確かお兄さんとの思い出の場所とかいって連れて行かれたのを覚えてる。
都会暮らし16年の私が、まさかあんな遊びをする事になるなんて思いもしなかった。
「…………」
「…………」
会話が止まっちゃった。な、何か他に話題を………。いや、でもなんかナルがずっと難しい顔してるし。
どうしたものか私まで悩んでると、ナルから声をかけて来た。
「あー……あの、さ。こういうのって、どう聞けば良いのか、分からないんだけど………」
「? 何?」
「凛の初恋の相手って………俺、だったりする、のかな………」
「…………はっ?」
こいついきなり何を抜かす?
一発で、ボンッと音を立てて顔から煙を出しそうになる程に顔を赤くしてる私を他所に、ナルは語り始めた。
「違ってたら恥ずかしいんだけど………。その、ほら、何?なんか最近、ヤケに俺の所に来たりしてたし……最初は男の好みを知るためとか思ってたんだけど、考えてみたら凛は一回も俺の事じゃないとは言ってないし、むしろ『ナルの好みが知りたい』の一点張りだったし………」
セリフが続くにつれて、ナルの口調は早口になって行った。そして、私の顔は赤く染まって行った。
「ここ最近、ずっとその事ばかり考えててさ………。ま、まぁ、もしそうだった時のために、俺は俺なりに答えを見つけてたわけで……。違うなら違うで良いんだけどね。そしたら、うん。一週間ほど実家に帰って不登校になるだけだから」
その言い草に、私は少しカチンとした。ナルがどんな答えを用意してるのかは知らないけど、もしおーけーとナルが答える気だとしたら、自分から告白しないで私から告白させようとしてるって事でしょ?
………いや、怒ってるのはそんな事じゃない。もっと単純な理由だ。そう理解した直後、私の身体は勝手に動き出していた。立ち上がり、ナルの胸ぐらを掴んで振り回した。
「何それ。ねぇ、何それ?」
「えっ………?」
「そんなのズルいでしょ。ナルの答えが何だか知らないけど、何様なのそれ?」
「な、なんで怒ってんの………?」
「そりゃ怒るよ!私は1ヶ月以上も前から告白の決心をして、加蓮や奈緒に協力してもらって………!これまでも一生懸命、ナルを少しでも振り向かせようと思って、恥ずかしかったり照れたりするのを必死に抑えてアタックして………それなのに気持ちに気付いたから告白してくれって何様⁉︎」
「い、いやそんなつもりはなくて……」
「そんなの、そんなのズルいから!私が今までどれだけ………!」
羞恥と怒りで顔が真っ赤になる。そんな私に、ナルは目を逸らしながら答えた。
「あーいや……ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど………」
「じゃあどういうつもりなの⁉︎」
問い詰めると、ナルはボソッと呟くように答えた。
「あー……その、何?観覧車でさ、俺に告白しようとしてた、でしょ………?」
「っ!き、気付いてたの⁉︎」
一気に羞恥が私を支配した。
「いや、気付いたのは最近だけど………」
うわあ………ていうことは、ヘタれたのもバレてるんだ………。なんか恥ずかしさでなんかもう本当にもう………。
胸ぐらを掴む力が弱くなっていく私の手を、ナルは優しく握った。
「………それで、その……前の告白でヘタれたのに、俺から告白されるのは嫌かな、って思って……」
「………えっ?そ、それって……」
それって、ナルも私の事を………?そう自覚した直後、カアァッと顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そもそも、凛が『初恋した』なんて遠回しな事を言わなければもっと早くコクってたと思うし」
その一言がまた私をカチンと来させた。
「は、はぁ⁉︎何それ!私の所為だっていうの⁉︎私がそう言わなかったら、どうせナルの事だから自分が私の事好きな事に気付きもしなかったでしょ⁉︎」
「なっ………!そ、それはあるかもしれないけど……!でも、そんな事言ったらあんな表現したら、まず間違いなく俺以外の奴に恋してるって思うだろ!」
「そんなの知らないから!」
「な、なら俺だって知らないよ!」
ぐぬぬっ、と私とナルは睨み合った。が、やがて不毛に感じたのか、ナルがふぅ、とため息をついた。
「………もう良いよ、そんな事。それより、もう俺から告白して良い?」
「ダメ!私からするから!」
「ああ、そう………」
小さくため息をつかれた。私も小さく深呼吸してから、告白する事にした。
「………ナル」
「はい」
「私と、付き合って下さい」
「はい」
………なんか、緊張感もへったくれもないな………。
せめて緊張感を出そうと思って、私はナルの胸に頭を埋めるように抱き着いた。
「………最悪の記念日だよ、まったく……」
「悪かったよ………」
「予定では、明日告白するつもりだったのに………」
「………いや、本当に悪かった」
素直に謝られた。なんか、ムカつく。せっかくの初恋で初彼氏なのに、こう……ロマンチックな事なんか一つもない。
せめて、せめて一つくらいロマンチックにしたかった。そんなわけで、私はナルに声を掛けた。
「ナル」
「? 何………んっ⁉︎」
突然、ナルの口に私の口を押し付けた。ノーモーションで、何の予告もなく。顔を真っ赤にしたナルから手を離す事もせずに、口の中に舌を絡め込む。
………ディープキスっていつやめれば良いか分からないな。まぁ、良いか。適当で。プハッ、と息を吐いて離れると、私とナルの口を結ぶように涎が伝っていた。
「…………」
「っ、ぃ……りっ、凛………?い、いきなり、何を………?」
「………なんか、もう。色んなことの仕返し……。もう一回やる?」
「………あの、色々保たないので勘弁して下さい……」
と、いうわけで、付き合う事になった。
明日からは、いよいよ文化祭だ。
本編はあと1〜3話ほどで終わります。