不死人が異世界から来るそうですよ? 作:ふしひとさん
というわけで重要な役を担わせました。
ペルセウスとのギフトゲームの約束を取り付けてから数日が経った。
すっかりと日は沈み、夜空には星が瞬いてる。
ノーネームの館の窓辺で、物憂れた表情でそんな夜空を見つめている飛鳥がいた。
「どうしました、飛鳥さん?」
「黒ウサギ」
黒ウサギが飛鳥の横に立ち、一緒になって夜空を見上げる。
「……名亡き様のことですか?」
飛鳥は少し困ったように頷いた。
そう、彼女が思い悩んでいるのは名亡きのことだった。
「名亡きさんが一度死んだおかげで、ペルセウスとギフトゲームに持ち込むことができた。だけど、不死だからって簡単に命を投げ捨てていいことにはならないわ」
「飛鳥さん、それは……」
「わかってるわ、彼と私たちが生きてた世界が違いすぎることくらい。だけど、せめてこの世界にいる間だけでも、自分の命を大切にしてほしいの」
黒ウサギの自分を犠牲にするやり方については、本人が改めると約束してくれた。
しかし、名亡きは違う。自己犠牲という形式だけは同じだが、本質は全く違う。
名亡きはさも当然のように自分の命を捨てることができる。誰かのためにも。自分のためにも。
彼は今までそうやって生きてきたのだろう。
「少し…… いえ、かなり危ない面もあるけれど、名亡きさんは優しい人だもの。そんな人が自分を削るような生き方をするなんて、悲しすぎるわ」
「YES、黒ウサギもそう思います」
名亡きは何も言わず、ノーネームの復興のために力を貸してくれた。元の世界にやり残したことがあって、今すぐにでも元の世界に帰れるのにだ。
十六夜たちにもそうだが、名亡きには感謝してもしきれない。
「だけど、私はそんなこと言える立場じゃない。名亡きさんが庇ってくれなかったら、どうなっていたことか。それに、私じゃペルセウスとギフトゲームに持ち込むなんてできそうにない。私が油断なんてしなければ…… ううん、油断してなくても結果は変わらなかったでしょうね」
ルイオスに威光を破られたのを、今でも鮮明に覚えている。
飛鳥の威光が通じるのは格下だけ。ルイオスが威光を破ったのはつまり、あの外道が自分よりも格上ということだ。それが堪らなく悔しかった。
「元の世界では誰も彼も私の言葉に従った。そんな毎日が退屈だった。だけど、箱庭ではそんなもの通用しない。こんな無力感は生まれて初めてよ」
落ち込む飛鳥に対して、黒ウサギは優しく笑いかけた。
「NO! 飛鳥さんは無力なんかじゃありませんよ!」
「黒ウサギ……?」
「恩恵には様々な使い道があります。それがうまくハマって、何倍もの威力を発揮するなんて話は珍しくありません! 飛鳥さんの威光にはもっと凄い力が秘められてるハズですヨ! だって、この黒ウサギがお呼びしたのですから!」
黒ウサギの励ましに、飛鳥も自然と笑顔を浮かべる。黒ウサギのおかげで、ほんの少しだけ自分の恩恵が好きになれた。
「……ありがとう、黒ウサギ」
今よりもずっと強くなろう。
誰にも負けないように。そして、いつか名亡きを守れるように。
その翌日。とうとうペルセウスとのギフトゲームが開催されることになる。
▲▽▲▽▲▽▲
緑の草原に、巨大な白い宮殿がどっしりと構えている。白亜の宮殿といい、ペルセウスの本拠地である。宮殿の周りは高い城壁で囲まれている。
巨人も通れそうな巨大な門の横には、一枚の羊皮紙が貼られていた。
契約書類には『FAIRYTALE in PERSEUS』というギフトゲーム名が書かれていた。
ゲームの内容を簡単に纏めれば、誰にも見つかることなくルイオスのいる最奥の部屋に行くというものだ。姿を見られたら即失格。ゲームに参加できるものの、ルイオスに挑戦する資格は剥奪されてしまう。
「このゲームの肝はいかに姿を見られず、ルイオスの野郎がいる場所まで辿り着けるかだ。全員が達成できるほど甘くはねえ。失格覚悟で囮兼露払いをする役がいる」
十六夜の作戦を聞き、飛鳥はわずかに目を伏せた。
ゲームマスターのジンは囮役にすることはできない。
十六夜と名亡きは言わずもがな、戦闘能力の高い彼らはルイオスを倒すのに必要だ。
耀は卓越した五感で、見えない敵だろうと索敵できる。
囮役に適任なのは…… このゲームで必要ないのは、自分しかいない。
「……それなら、私が──」
「待て、囮役を作るのは反対だ。戦力は一人でも多い方がいい」
飛鳥の言葉を遮り、名亡きが十六夜の作戦に異議を唱えた。
「で、ですが名亡き様。黒ウサギたちに姿を消す術がない以上──」
「……言ってなかったか? 俺にしか効果はないが、姿を消す方法はある」
「おいおい、マジかよ」
「そ、そんなことまでできるんですか!?」
名亡きはある指輪を装備した。次の瞬間、名亡きの存在感が急に虚ろになる。
霧の指輪。装備した者の存在感を薄める効果がある。白猫のアルヴィナがくれた指輪だ。
だが、完全に姿を消してるわけではない。虚ろになっただけで、まだ姿は確認できる。
「……す、凄い。一気に気配が薄くなった」
「だけど、目を凝らせば姿が見えてしまうわね」
「姿を消す魔術と重ねがけして、音も消す。制限時間はあるが、俺ならその間に敵を無力化できる」
見えない体をかければ、霧の指輪との相乗効果で姿を完全に消せる。加えて音無しをかければ、足音や武器を振る音も消せる。奇襲にはもってこいだ。これらの魔術は、魔術大国であるウーラシールで伝わっていたものだ。
佇む竜印の指輪を装備すれば、見えない体と音無しの効果時間が伸びる。
見えない体と霧の指輪では武器を消すことはできないが、要所で出し入れすれば問題ないだろう。
「剣士で不死、しかも魔法まで使えるときた。色々と属性を詰め込みすぎだぜ」
「伊達に長く生きていない」
剣士と名乗った覚えはないし、その気になれば弓や槍も使えるが、敢えて話す必要はないだろう。
これらの武術や魔法は、時には死ぬほど死ぬ気で覚えた結果だ。ましてや、不死人には寿命がないのだから、費やせる時間は無限にある。
「名亡きさん、その……」
黒ウサギが心配そうな顔をしている。その原因を名亡きは思い当たった。
「心配するな、誰も殺しはしない」
「い、いえ! ペルセウスは強大なコミュニティです。だから、決して無理はしないで下さい…… って言おうとしたんですけど、すみません。その心配も少ししちゃいました」
「……正直だな」
名亡きはほんの少しだけ柔らかな声色で、そう答えた。
名亡きは一つ息を吐き、気を引き締める。
姿を見られてはいけないという条件はとても厳しいものだ。殺しはなしとはいえ、本気でやらなければ足下をすくわれるだろう。
「制圧が終わったらここに戻る。では、行ってくる」
名亡きはローガンの杖を装備し、見えない体と音無しの魔術を使用した。この杖はかつて名亡きに魔術を教えてくれた大魔導士ローガンが使っていたものだ。
何故名亡きが持っているかというと、結晶の狂気で気が触れてしまったローガンが公爵の書庫で襲いかかってきたからだ。無心になって返り討ちにして、装備を拝借した。ロードランではいつもの日常だ。
名亡きの姿が完全に消え、いつも歩く度に鳴っている鎧の音も聞こえなくなった。
白亜の宮殿の門扉が開く。十六夜たちには独りでに開いてるように見えるが、名亡きが開けてるのだろう。
こうして、ギフトゲーム『FAIRYTALE in PERSEUS』が幕を開けた。
▲▽▲▽▲▽▲
白亜の宮殿の外周の背面。ある若いペルセウスの騎士が見張りをしている。しかし、その表情に緊張感はない。
参加人数はたったの5人。しかも、ほとんどが女子供だ。
見つかれば即失格という難易度が高いギフトゲームだ。ノーネームにこれを攻略できるなど、到底思えない。
「っぇ゛!!?」
突然、喉元に激痛が走る。悲鳴をあげようにも、的確に喉を潰されて声が出ない。
何が起きたのか。考えようにも、激痛で思考が正常に働かない。
すぐ近くで何かが切れた音がした。
夜が訪れたように視界が黒で染まる。
「ァァ、ギぁッ……!!??」
そして、あまりに堪え難い激痛。立っていられず、地面をのたうち回る。泣き叫びたい。しかし、潰された喉がそれを許さない。
ぬるりとした感触の液体が双眸から溢れる。それは涙などではなく、赤々とした──。
夜になったのではない。目を斬り裂かれ、物理的に視力を奪われたのだ。
白亜の宮殿の周りでは、同じような傷を負った兵士が何十人と転がっていた。全員が容赦なく目と喉を潰されているが、一応死人はいない。
しかし、宮殿の中にいる兵士たちはこの異常事態に気づかない。音もなく、気配もなく、まるで病魔のような存在に、ペルセウスは蝕まれていく。
異変を感じた頃にはもう、手遅れだ。
ペルセウスの指揮官は配下の騎士を引き連れ、白亜の宮殿の廊下を歩いていた。その表情は険しく、辺りが緊張感で張り詰める。
騎士たちを複数の隊で分け、宮殿内を巡回させている。しかし、どの隊も定時連絡を寄越さない。何か異常があったと考えるべきだ。そこで、指令室の外に足を運んでみたのだが……。
「何だ、これは……!?」
地獄のような光景だった。配下の騎士たちが恐怖に染まった悲鳴をあげる。
血の涙を流した兵士たちが掠れた声をあげ、壁を伝って歩いている。目は横一閃に切られ、喉は硬い何かで殴り潰されている。
見られてはいけないなら、目を潰せばいい。悲鳴で周りに気づかれないようにするなら、喉を潰せばいい。実にシンプルで、悪魔じみた対処法だ。
「ぐげぇ!!??」
「ぎゃあ!!?」
部下の悲鳴が聞こえ、咄嗟に振り返る。
全員が目を切られ、その場に蹲っている。
攻撃された。いる。確実に近くにいる。だが、どこだ。気配も音も、何も感じなかった。
自分たちがいる場所は中庭の中心だ。遮蔽物は近くにない。
考えられるとすれば、相手も不可視の恩恵を──
「っ!!??」
本能に従い、上体を後ろに反らす。
わずかな風圧を目の周りの皮膚が感じる。今、間違いなく眼球があった空間を何かが通り過ぎた。
全力でその場から跳び退き、手に持っていたハデスの兜を被る。
己の体が透明になり、辺りと同化する。レプリカとは違い、姿だけでなく音と匂いも消せる。これで敵も姿を見失ったはずだ。
「っ!?」
この場から離れようとしたとき、どこからともなく赤い血が舞い散った。
恐らく、敵の血──。
避けることも叶わず、血飛沫が体に付着する。付着した血ぐらいなら、ハデスの兜で消える。問題なのは、その血が宙で消えたように写ってしまうことだ。
気づかれた── そう思った瞬間、地面に押し倒された。
仰向けに倒され、青い空が目に映る。
起き上がろうと両腕を動かすも、途轍もない力で押さえられている。
当然ながら、ハデスの兜を脱がされる。
「ばけものめ……!!」
誰にも気づかれることなく、ペルセウスの騎士全員の目を切り裂いた。それを可能にする戦闘能力と恩恵もそうだが、真に恐るべきなのはその精神性だ。
ある確信があった。こんな悍ましい行為にノーネームの子供たちは関わっていない。この悪魔の策略を考え、実行したのは鎧の男── 名亡きだろう。
レティシアを連れ去る際、遠目にだが名亡きの姿を見た。そして、直感した。あれは間違いなく『闇側の住民』だ。先代のペルセウスのリーダーの元で戦い続けてきた指揮官の男だからこそ、それに気づけた。
透き通るような青空。それが指揮官の見た、最後の景色だった。
▲▽▲▽▲▽
白亜の宮殿のとある一室。
窓も扉も全て閉められていて、部屋は夜のような暗さだ。そんな暗闇の中、若い騎士が部屋の隅で膝を抱えながら震えていた。
悪夢だった。そうとしか言いようがない。何の前触れもなく周りの人間が血の涙を流し、喉を潰された。こうして無事逃げられたのは、一切戦おうとせず逃走を選んだからだろう。
ただただ怖かった。目を切られた同僚たちは苦しそうな呻き声をあげながら、地面をのたうち回っていた。彼らはどれほどの痛みを味わっているのだろう。想像するだけで身の毛がよだつ。
若い騎士の心は折れていた。ギフトゲームが終わるまで、ずっとここに隠れるつもりだ。敵前逃亡した卑怯者と罵られようと、もう構わなかった。
敵も不可視の恩恵を持っている。部屋の扉が開けば、その敵が部屋に入ってきた合図であり、自分の運命が決まった瞬間である。
開くな、開くなと祈りながら、瞬きせずに扉を直視する。
──しかし、その祈りは届かない。
ゆっくりと部屋の扉が開いた。
部屋の中に光が差し込む。地面には影すら映らない。
若い騎士は口を手で塞ぎ、必死に悲鳴を押し殺していた。まだ気づいてないかもしれない。自分の存在に気づかず、部屋から立ち去ってくれるかもしれない。
音もしない。気配もしない。部屋から出て行ったかどうかもわからない。気の狂いそうな時間が流れていく。
若い騎士は名亡きが既に目の前に立っているのも気づかず、ひたすら祈っていた。
名亡き:デスルーラしてよろしいですか?
ふしひとさん:どうぞ。ところで一日に何回くらいお死にに?
名亡き:二桁くらいですね。
ふしひとさん:亡者歴はどれくらいですか?
名亡き:30年くらいですね。
ふしひとさん:なるほど。あそこに大量のソウルが宿っている血痕がありますね。
名亡き:ありますね。
ふしひとさん:もしあなたが死んでソウルロストしなければ、
耀:ちくわ大明神。
ふしひとさん:あれくらいソウルを貯めれたんですよ。
名亡き:あれは私の血痕ですけど。
ふしひとさん:誰だ今の。
感想欄でバレちゃったので白状しますけど、実は私あるほーすという名で執筆してました。
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