不死人が異世界から来るそうですよ? 作:ふしひとさん
「武器を納めろ、甲冑の男。争いに来たわけではない」
窓の外にいるのは、赤い衣装を着た金髪の美少女だった。肩から生えた黒い翼で空を飛んでいる。
少女は部屋の中に入ると、軽やかに着地した。
只者でないことは確かだが、会話はできる。敵意も感じない。名亡きは手に持つブロードソードを消した。
十六夜も彼女に敵意がないことに気づいたのか、拳を下げる。ただ、その表情はどこか不服そうだった。
「おいおい、素手だから俺は眼中にないってか? だとしたらあんた、可愛いが相当の節穴だぜ」
「わかるさ、君の力が強大なことくらい。ただ、甲冑の彼から刃物のように鋭い殺意が飛んできたからな」
そう言われてみると、仮にこの少女が攻撃を仕掛けてきたら、自分も問答無用で殺しにかかったかもしれない。
名亡きは胸中で密かに反省する。ここはロードランではないのだ。殺しは自重しなければ。
ふと、ドアが開く音がした。黒ウサギが盆に載せた2つの湯呑みを持ち、談話室に入ってきた。
「お二人とも、お茶をお入れしましたよってレティシア様ぁ!!??」
黒ウサギは金髪の少女を見た瞬間、湯呑みを載せた盆が地面に落ちる。
カーペットにお茶がぶち撒けられるが、黒ウサギはそれを気にした様子もなく少女に駆け寄る。
「久しぶりだな黒ウサギ、元気にしてたか?」
「YES、会えて嬉しいですレティシア様!」
ギフトゲームに参加する身として、十六夜は景品にされた仲間の名前を事前に知らされていた。その仲間の名前はレティシアといった。
目の前の少女こそ、かつての黒ウサギたちの仲間であるレティシアなのだろう。
ただ、何も前情報がない名亡きは状況がわからなかった。
「知り合いか?」
「知り合いも何も、レティシア様は魔王に襲われる前のコミュニティにいた先輩なのですよ!! 右も左も分からない黒ウサギをあれこれ面倒見てくれて……」
「様はよせ。私はもう他所に所有される身だ」
「……レティシア様」
レティシアがコミュニティから抜けてしまった事実を改めて突き付けられて、黒ウサギの耳がシュンと垂れ下がる。
「騒がしいわよ、黒ウサギ」
「……近所迷惑」
黒ウサギの声を聞きつけた飛鳥、耀、ジンが部屋の中に入る。
「久しぶりだな、ジン」
「レ、レティシアさん……!」
ジンと顔を合わせた瞬間、レティシアが僅かにだが、申し訳なさそうに目を伏せた。
まだ11歳の少年に、コミュニティのリーダーという重責を背負わせてしまっているのだ。レティシアたち主力陣が魔王に負けなければ、こんなことにはならなかっただろう。
自分たちの力が足りないせいで、コミュニティは今の状況に陥ってしまったのだ。ジンに対して消えない負い目を感じていた。
「私の名前はレティシア。箱庭の貴族と称される純正の吸血鬼だ。かつてここのコミュニティに所属していた」
吸血鬼という言葉を聞き、十六夜たちは創作の中だけど思っていた存在に会えて軽く感動を覚える。
「あなたが吸血鬼…… もっと悍ましい姿をイメージしていたわ」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「それで、その吸血鬼が何の用でここに来たんだ? まさか偶然近くに来て、ふらっと立ち寄ってみたってことはないだろ。暇な部活のOBじゃあるまいし」
十六夜の言葉にレティシアは小さく頷く。
「君たち異世界人に用があり、ここに来た。ノーネーム復興は茨の道だ。生半可な力と覚悟では、行く末にあるのは破滅しかない。だが、ノーネームの名前が広まってしまった今、解散させることも叶わなくなった。君たちに今後を任せるに足る実力があるか、測りたい」
「い、十六夜さんたちの力なら黒ウサギが保証しますよ! それに、今回のゲームでレティシア様が戻ってくれれば──」
「すまない、それはもう不可能なんだ……」
レティシアの持ち主であり、ゲームの主催であるペルセウスというコミュニティが彼女を巨額の値で売り払ってしまったのだ。
それによって、レティシアが景品のギフトゲームは無期限の延期となってしまった。事実上、ギフトゲームの中止である。
ノーネームにそれ以上の大金を用意できるはずもない。ギフトゲームでなければ、レティシアは取り返せない。ペルセウスはサウザンドアイズの傘下のコミュニティだが、管轄の違う白夜叉にはどうすることもできない。
ゲームが中止になったことが余程気に食わなかったのか、十六夜は詰まらなそうに舌打ちした。
「私にはあまり時間がない。だからこそ、自分の目で君たちの力を見極めたいんだ」
「……いいね。それじゃあ、試されてやるか」
その後、槍の投げ合いのゲームで、十六夜が見事に己の力を示した。
──しかし、ペルセウスの団員たちによってレティシアは石にされ、そのまま連れ去られてしまうことになる。
▲▽▲▽▲▽▲▽
サウザンドアイズ支店の応接室。
そこには店の主である白夜叉とノーネームの面々、そしてペルセウスのリーダーであるルイオスがいた。
彼らがここに来たのは、レティシアの処遇について話し合うためだ。
「へえ、こいつが月の兎か。東側に来てるって噂だったけど、実物は初めて見るな。つーかミニスカにガーダーソックスってエロくね? 君、ウチのコミュニティに来いよ。あ、僕はペルセウスのリーダーのルイオスって言うんだけど。君が良ければ三食首輪付きで飼ってやるぜ」
ルイオスの言葉を皮切りにして、黒ウサギの美脚談義が始まった。
それを聞きながら、名亡きはふと思う。そんなに肌を露出した女性を見たいなら、人食いミルドレッドをこの場に連れてきてあげたかった。
ミルドレッドはずた袋を被り、下着同然の服を着ている。当然、肌の露出も半端ではない。きっと十六夜たちも喜ぶだろう。
肉断ち包丁を片手に問答無用で殺しにかかってくるが、そこは各自で対処してほしい。
「ところで、何その鎧の人。ははっ、もしかしてウケ狙い? ネタとしてはそこそこだけど、ここは話し合いの場だぜ。兜ぐらい脱ぎなよ」
「すまないが、諸事情で兜を脱ぐことができない。そちらの言い分ももっともだが、どうか容認してくれ」
「あっはっは! 別にいいけど諸事情って何さ! 顔に名誉の負傷でもしたとか!? あっ、もしかして人様に顔を見せられないくらいブ男なの!?」
まさかの正解だ。名亡きは胸中で拍手を送る。亡者化した顔は人様に見せていいものではない。
唯一その諸事情を知る飛鳥は、本気で不愉快そうにルイオスを睨みつける。
「初対面の人に向かってなんて無礼な口の利き方かしら。ガルドもそうだったけど、器の小ささが計り知れるわね」
「……おい、さっきから口の利き方に気をつけなよ。僕はペルセウスのリーダー、ルイオスだぞ」
「さっきから肩書きしか言うことがないのかしら。だとしたら貧相なご自慢ね」
一触即発の空気を塗り替えるように、黒ウサギがペルセウスの団員たちの狼藉を説明する。
一先ず矛を収めたルイオスは、太々しい笑みを浮かべながら黒ウサギの話を聞いていた。
「以上がペルセウスの狼藉です。この屈辱は両コミュニティによる決闘をもって──」
「嫌だ」
ルイオスは黒ウサギの言葉を斬り捨てた。
「そっちの狙いはわかるよ。いちゃもんつけてギフトゲームに持ち込もうとしてるんだろ? 所有物の過去くらいちゃんと洗ってるよ。あんた、あれの元お仲間なんだろ?」
僕たちを相手にギフトゲームで勝てると思ってるなんて、それはそれで不愉快だけどね。ルイオスはそう付け加えながらも、言葉を続ける。
「そもそも、あれは僕たちの正式な所有物なんだ。逃げ出したら捕まえるのが当然さ。今回は偶然そっちの領地にいたって話さ。というか、僕たちが手際良く捕まえたおかげでそっちに何も被害がなかったんじゃないの? よしんばあれが暴れたのが事実だとして、経緯を詳しく調べたら困るのが他にいそうだけど」
ルイオスが白夜叉に目を向ける。すると、白夜叉は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
レティシアがペルセウスのコミュニティから脱出するとき、白夜叉の手引きをしてもらった。それが暴露されれば、白夜叉のコミュニティの立場も多少ながら影響するだろう。
「さて、あの吸血鬼を売り払う準備でもするかな。知ってる? 吸血鬼の買い手は箱庭の外のコミュニティなんだ。吸血鬼は不可視の天蓋で覆われた箱庭を除いて、日の光を浴びられない。アイツは日光という檻の中に閉じ込められて、永遠に玩具にされるんだ」
「あ、あなたはどこまで……!」
怒りに呼応するように、黒ウサギの髪の色が緋色に変わる。
しかし、ルイオスは笑顔を崩さない。
「カワイソーな話だよねえ。魔王に己の魂でもあるギフトを譲渡してまで、元お仲間のコミュニティに駆けつけたのにさ」
魔王にギフトを譲渡して── その言葉から、黒ウサギはある可能性に行き当たる。黒ウサギの髪の色が青に戻る。
十六夜を試すゲームで、レティシアは全盛期とは比べ物にならないくらい衰えていた。ギフトの格が落ちていたのだ。
己の魂であるギフトを譲り渡すという屈辱的な行為。それも全て、こうして自分たちのコミュニティに駆けつけるために。
ルイオスは黒ウサギの前まで足を進めると、そのまま彼女の顔を覗き込んだ。それはまるで、弱った心につけ込む悪魔のように。
「ねえ、取引しない黒ウサギさん? 吸血鬼はノーネームに返してやる。その代わり、君は僕に一生隷属してもらう。箱庭の騎士と箱庭の貴族、価値としては釣り合いは取れてるだろ?」
ルイオスの提案に、飛鳥が立ち上がる。
「もうたくさん! 行きましょう黒ウサギ、そんな提案なんて聞く必要──」
しかし、黒ウサギは顔を俯けたまま、その場から動こうとしない。その表情は、自分の身を捧げることを覚悟したものだった。
「ほらほら、君は月の兎なんだろ? 帝釈天に自己犠牲の精神を買われて箱庭に招かれたんだよね。元お仲間の為に、僕にその身体を差し出し──」
「黙りなさい!!」
飛鳥の威光が発動し、ルイオスの口が強制的に閉じられる。
「不愉快だわ! 地に頭を伏せてなさい!」
今にも地に頭を伏せようとするギリギリの瞬間、ルイオスは飛鳥の威光を跳ね除けて立ち上がった。まさか跳ね除けられると思わなかったのか、飛鳥は驚愕の表情を浮かべる。
「こ、の、アマァ!! それが通じるのは雑魚だけなんだよ!!」
ルイオスはギフトカードからショーテルを取り出す。
自分の頭を地に着けさせようとした不届き者に天誅を下さんと、斬りかかろうとしたそのとき。甲冑の男── 名亡きがルイオスの前に立ち塞がった。
「──は?」
名亡きはショーテルの太刀筋に合わせ、右腕を振るった。
名亡きの絶技── パリィによってショーテルを弾かれ、ルイオスは胴を無防備にも曝け出す。体勢を崩され、次の行動に移れない。
次の瞬間、氷柱を突き刺されたような悪寒がルイオスの背中を駆け巡った。あたかも絶対的捕食者を目の前にした獲物のように、狂おしいほど死を身近に感じてしまった。
腹部に違和感を覚えた。目線を下に向ければ、自分の腹部に突き刺さっている鋼の剣が見える。刀身には、赤い液体が滴っていて──
「ぁぎっ!?」
貫かれた。剣で、体を。
燃えるような痛みを知覚した瞬間、名亡きの蹴りが腹部に叩き込まれる。
その衝撃で後ろに倒れ、突き刺さっていた剣が強引に抜けた。
受け身も取れず、背中から床に衝突する。傷口から血が溢れる。湧き水のように止まらない。呼吸が浅くなる。意識は急速に遠のき、生命が零れ落ちる恐怖が胸に満たされる。
そんなルイオスの様子を、名亡きは兜越しに見つめていた。
「……またやってしまった」
名亡きはそう呟くと、どこからか液体の入った瓶を取り出した。
栓を開け、ルイオスの腹部の傷口に液体をかける。するとどうだろうか。傷は塞がり、ルイオスの顔にも血の気が戻っていく。
この液体を女神の祝福という。傷や状態異常を癒す聖水だ。
篝火がない今はそれなりに貴重だが、今回は高い授業料だと思って諦めよう。
ルイオスの傷が完全に回復したのを確認し、名亡きは自分の座っていた場所に戻る。
「……すまない。ついいつもの癖が出た」
憎悪と恐怖が混ざり合ったルイオスの目に気づき、名亡きは軽く頭を下げる。
そして、何事もなかったように座布団に座る。
誰も何も言わない、奇妙な沈黙が訪れる。
それでこの話は終わりだと言わんばかりに、名亡きは一切言葉を続けようとしなかった。彼が話すのを待っていれば、それこそ夜が明けてしまうだろう。人を殺しかけたとは思えない、あまりにもあっさりした対応だ。
「……おい、まさかそれだけで済ませるつもりなのか!? お前はペルセウスのリーダーであるこの僕を殺しかけたんだぞ!! ふっざ、ふざけんなよ!!」
沈黙に我慢しきれなかったルイオスが、名亡きに食ってかかる。殺されかけた当事者とすれば当然の反応だ。
「しかもお前、癖って!! 何だよその意味不明な言い訳は!! お前は癖で人を殺そうとするのか!!??」
「……ああ、そうみたいだ」
名亡きは潔くルイオスの言葉を肯定した。まさかの対応にルイオスは唖然とする。
名亡きは無意識のうちに── それこそ息をするように、ルイオスの腹部を剣で貫いてしまった。
パリィが成功したのに致命を取らない不死人は滅多にいない。いるとすれば、獲物を嬲り殺すことしか考えていない偏屈者くらいだろう。
名亡きはそんな偏屈者ではなく、パリィが成功すれば速やかに致命を取っている。幾度なく繰り返してきたその動きは、もはや習性と言ってもいい。
だが、何度も繰り返すがそれは名亡きの世界での話だ。箱庭では違う。
「だが、殺すつもりはなかったのは本当だ。だから治した。それで手打ちにしてくれないか?」
さも当然のように、そこまで悪びれる様子もなく言っている。
本気で言っている。こいつ、頭おかしい。イかれてる。ルイオスは脳裏にそんな言葉が浮かんだと同時に、沸々と湧いてくる怒りが恐怖を上回った。
倒れていたルイオスは勢い良く立ち上がる。
「……こ、こいつ──!!」
「やめんか」
白夜叉の一喝にルイオスが動きを止める。
「これ以上部屋を汚されたら敵わん。見よ、畳がルイオスの血で台無しじゃ。これ以上騒ぎを起こすようなら店の外に叩き出すぞ」
「……申し訳ありません」
畳が血で濡れたことに対して、名亡きは深々と頭を下げた。少なくともルイオスのときよりも真剣に謝っているように見える。
名亡きのその態度はルイオスの神経をこれ以上なく逆撫でした。
「ちょっ、さっきのやり取りを見てなかったんですか!? 僕は殺されかけたんですよ、どう考えても悪いのはこいつでしょう!! あんたの目は節穴か!?」
「見ていたとも、おんしが飛鳥に危害を加えようとした故の結果をの。先に手を出したのは飛鳥じゃが、おんしの報復は明らかに度が過ぎておった。信じ難いが、名亡きのこれまでの言葉に嘘はないみたいじゃしの」
白夜叉が扇子をパッと開く。
表情──といっても、名亡きの顔はフルフェイスの兜で隠れているが──心拍数、声色など、その気になればあらゆる情報から嘘かどうかくらいは判断できる。勿論、それが通じるかは相手によるが。
名亡きは自然体な様子で、嘘を吐いている様子は一切なかった。
「私から言わせればどっちもどっち。喧嘩両成敗じゃ。これ以上この件に関して言葉を重ねるのは不毛。さっさと本題に戻られよ」
白夜叉の威圧に屈し、ルイオスは乱暴に座布団に座る。ただ、その目には憎悪の炎が揺らいでいた。
「わかったよ、ゲームを受けてやる」
ポツリと、ルイオスは呟くように言った。激情を抑えるように努めているが、言葉の節々からそれが滲み出ていた。
「その代わり、今すぐそいつを殺せ! 月の兎なんてもうどうでもいい!!」
「なっ!?」
鬼気迫る表情でルイオスが吠える。
驚く黒ウサギたちの傍ら、十六夜は呆れた目でルイオスを見ていた。
威勢良く吠えているが、ルイオスの滑稽さはサーカスで見る道化師と良い勝負だ。
「条件を確認するぜ。名亡きが死ねば、ギフトゲームを受けてくれるんだよな?」
「ああそうだとも、ペルセウスの名に懸けて誓ってやるよ!! まあ、そんなことできるとは思えないけどねえ!!」
「ヤハハ、だとよ名亡き」
「ああ」
名亡きは躊躇なく、手にした剣を兜の覗き穴に突き刺した。
ぐずりという音が部屋に響く。
名亡きの肩が一度震えたと思うと、糸が切れた人形のように畳の上に倒れた。
「…………はっ? へっ、はぁ!!??」
唯一名亡きの不死性を知らないルイオスは、突然の事態に酷く狼狽していた。
ただ、それも仕方ないことだろう。事情を知る黒ウサギたちですら、顔を背けずにはいられない惨状なのだから。
「ば、馬鹿かこいつ!!?? 自殺しやがった!!??」
ルイオスの言葉に喜びの色はない。ただただ、名亡きの行動が理解不能だった。
名亡きの姿が粒子になって消える。最初からその場に何もなかったように、名亡きの遺体は消え失せた。ルイオスがそれに驚く暇もなく、死んだはずの名亡きが幽霊のようにその場に現れた。
今度こそルイオスは、言葉を出せないほど驚愕した。魚のように口をパクパクと開ける。
「条件達成だ。ギフトゲームを受けてもらおう」
こうして、ペルセウスとのギフトゲームが約束された。
名亡きの認識
アルトリウス:つおい。やみのま!
ゴー:デカイ。いい人。
オーンスタイン:槍マン。二人がかりとか死ね。
スモウ:デブ。二人がかりとか死ね。
キアラン:グウィン王に仕えていた四騎士の一人であり紅一点。深淵狩り、竜狩り、鷹の目と呼ばれる中、彼女だけが『王の』刃という二つ名を授かっている。グウィンから勅命を受け、敵となった者を暗殺していたのだろう。彼女の得物は二振りの短刀である。右手に携えた武器の名は暗銀の残滅。その刃には凄まじい猛毒が塗り込まれており、かすり傷一つで致命傷になるという。左手に携えた武器は黄金の残光。暗闇で不吉に輝く刃から繰り出される剣技は、いっそ舞踏のように美しく見えたという。黄金の残光で標的の目を引き、暗銀の残滅で冷徹に、合理的に標的の命を奪った。グウィンから与えられた指輪には蜂のレリーフが刻まれているが、僅かな金の残光を残して闇に紛れる戦方は、まさに蜂を髣髴とさせるものだったのだろう。キアランは騎士叙勲で授かった白磁の仮面を被っているため、彼女の顔を伺うことはできない。でも絶対に美人だ。キアランは深淵狩りアルトリウスの数少ない友人の一人でもある。しかし、彼女はアルトリウスに対して友人以上の感情を抱いていたのではないだろうか。深淵に呑まれてしまった彼の魂を静かに眠らせるため、名前も知らない不死人に己と共にあった得物を躊躇なく渡した。アルトリウスの魂を渡した後、瓦礫で作ったアルトリウスの墓の前に座り、彼女はしばらく動かなかった。名亡きの時代のアルトリウスの墓の背後にも、彼女らしき死体が静かに寄り添っている。最期に眠るときくらいは、彼の側にいたいと思ったのだろう。アルキアキテル…。
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