不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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月夜の二人

 

「黒ウサギ」

 

 サウザンドアイズ支店の玄関前。名亡きたちがコミュニティに帰ろうとしたとき、黒ウサギだけが白夜叉に呼び止められた。

 またセクハラされるのではと身構える黒ウサギだったが、白夜叉の表情は普段と違って真剣そのものだった。

 名亡きたちも何事かと足を止める。

 

「ジン坊ちゃん、十六夜さんたちを連れて先にコミュニティに向かっててください」

「うん、わかったよ」

 

 白夜叉の表情から諸々を察した黒ウサギは、名亡きたちをジンに任せ、コミュニティに向かわせた。

 名亡きたち── 正確に言えば名亡きの姿がなくなったのを確認してから、白夜叉は口を開いた。

 

「呼び止めた理由はわかっとると思うが、一応口に出しておこう。あの男── 名亡きは何者じゃ?」

 

 黒ウサギの予想通りの質問だった。

 人の身でありながら規格外の恩恵『不死』をその身に有し、擦り傷とはいえ白夜叉に傷を負わせた。これで警戒しない方が不自然だ。

 この質問に答えないのは、白夜叉に対する信頼を裏切るのと同義だ。観念した黒ウサギは、名亡きについて知ってる情報を全て話すことにした。

 

「……名亡き様は今、死ぬことができない呪いにかかっています。あの方の世界では、他にも多くの人々が不死の呪いにかかっています。理性をなくし、見境なく襲いかかってくるそうです。名亡き様はそんな世界で戦ってきた、と」

「死ねぬ呪い、か。その呪いを解く方法を探すために、この箱庭にやって来たのかもしれんの。して、他に何か聞いてないのか?」

「すみません、名亡き様が喋りたがらないのでそれ以外は……」

 

 頭を下げる黒ウサギに、気にするでないと白夜叉は返す。

 

「じゃがな、黒ウサギ。一つだけ言っておく」

 

 白夜叉と名亡きの戦いの後、十六夜たちも無事に試練を突破した。その褒美として、各々にギフトカードが渡された。

 ギフトカードを使えば、恩恵の名がカードの表面に現れる。さらに、これまで手に入れた恩恵の収容も可能という貴重品だ。

 そして、そのカードは名亡きにも渡された。

 

「あやつから目を離すな。おんしが呼んでしまった以上、責任を持って手綱を握れ」

 

 名亡きのギフトカードは世界の深淵のような黒さだった。

 

「あれは正しく、神殺しになれる器じゃ」

 

 彼のギフトカードには、こう書かれていた。ギフトネーム『闇の魂(ダークソウル)』と。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 空には満天の星空が広がっている。

 月明かりは平等に降り注ぎ、ノーネームのコミュニティも照らしていた。

 かつての規模の大きさを表すように、ノーネームには広大な館がある。そして、その館を囲むようにして木々が立ち並んでいる。

 誰もが眠る中、名亡きだけが館の外に出ていた。館の壁に寄りかかり、芸術のような美しさの満天の星空には目もくれない。

 ドアの開く音がした。名亡きは玄関の方に目を向ける。

 

「ここにいたのね、名亡きさん」

「久遠飛鳥」

 

 現れたのは飛鳥だった。白いブラウスではなく、赤を基調としたドレスを着ている。

 

「その服は?」

「黒ウサギの余りを貸してもらったの。どう、似合ってるかしら?」

 

 飛鳥はその場で軽く一回りし、赤いドレスをなびかせる。

 月明かりに照らされる一輪の薔薇のようだ。綺麗だと、素直にそう思った。

 ふと、度重なる死に埋もれてたはずの遠い記憶が刺激された。ずっと昔に、こんなことがあった気がする。不死人になる前── 騎士として国に仕えていた頃かもしれない。

 

「ああ、似合ってるよ」

「あら、随分と素っ気ない感想ね」

「……すまない。ただ、似合ってると思ったのは本当だ」

「わかってるわ、冗談よ。あなた、口下手そうだものね」

 

 白夜叉と死闘を繰り広げた名亡きが、15の少女にからかわれている。

 それが可笑しくて、飛鳥は年相応の悪戯な笑みを浮かべた。

 

「こんな時間にどうしたんだ?」

「……そうね、外の空気を吸いたくなったのよ。あなたこそ何をしてたの?」

「君と似たようなものだ」

 

 静寂が訪れる。不思議と気まずさはない。

 飛鳥は空を見上げ、名亡きは森の向こう側を見ていた。

 

「子供たちに見事に怖がられていたわね」

 

 ふと、飛鳥はそう呟いた。

 ノーネームのコミュニティに着いたとき、たくさんの子供たちが出迎えてくれた。子供たちは異世界人である十六夜たちに興味津々で、彼らに群がっていた。

 しかし、遠くから甲冑姿を興味深そうに眺めていても、誰も名亡きに話しかけようとしなかった。全身甲冑だけでなく、名亡きの異様な雰囲気が恐怖を与えているのだろう。

 

「やっぱり、その兜は脱いだ方がいいんじゃないかしら。顔まで甲冑を着けてたら、どんな相手でも圧迫感を感じてしまうわ。これから同じコミュニティで暮らすんですもの、みんなと顔合わせするべきよ。顔に大きな傷があるとか、そんな理由なら私たちは気にしないから」

「……」

 

 名亡きは少し考え込んだ後、壁にもたれるのをやめて、飛鳥の方を向いた。

 

「君にだけは、話しておこう」

 

 そう言って、ゆっくりと兜を脱いだ。

 

「っ……!!??」

 

 名亡きの顔を見て、大きく目を見開く。悲鳴だけはどうにか抑え込めた。

 大きな傷なんてものじゃない。顔の皮膚はミイラのように枯れかけ、目は暗闇のように落ち窪んでいる。

 化物だと、そう思ってしまった。

 しばらくして、名亡きは兜をかぶり直した。

 

「これが理由だ。骨と皮だけの醜い顔だろう。何度も死を味わった不死人は、人ではなくなる。こんな顔で箱庭は出歩けない。子供たちにも尚更見せられない」

 

 かける言葉が見つからなかった。そんなことないと、無責任に否定することができなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 事情を知らなかったとはいえ、兜を脱がせようとしてしまったことか。それとも、一瞬でも化物だと思ってしまったことか。

 何に対して謝ってるのかわからなかった。

 名亡きは何も言わず、首を横に振った。気にするなということだろう。

 自分なら堪えられるだろうか。死ぬこともできず、名亡きのような姿になってまで戦うことに。

 どうして名亡きは、そんな世界に戻りたいのだろうか。

 

「名亡きさん、あなたには元の世界でやり残したことがあるのよね。箱庭にはどれくらい留まるつもりなの? 」

「少なくとも、ノーネームが復興するまで。呼ばれたからには、多少なりとも力を貸してやるつもりだ」

「……ねえ、名亡きさん。あなたが元の世界に帰る理由って──」

 

 飛鳥の言葉を遮るように、空を切る音がした。

 名亡きが飛鳥の前に庇うようにして立つ。

 少し離れた地面に矢が突き刺さった。どうやらそこまでの使い手ではないらしい。

 

「来たか」

 

 苛烈さなんて微塵もない、どこまでも静かな殺意が辺りを支配する。

 名亡きの手には剣が握られていた。

 彼をこのまま放っておけば、迷いなく襲撃者を屠殺するだろう。

 

「大丈夫よ、名亡きさん。それと庇ってくれてありがとう」

 

 だからこそ飛鳥は腕を伸ばし、名亡きの行く手を遮った。

 

「十六夜君の言った通りね」

 

 できるだけ遠くまで声が聞こえるよう、飛鳥は大きく息を吸った。

 

「姿を現しなさい!」

 

 飛鳥の凜とした言葉が響き渡る。

 しばらくして、木々の合間から数人の獣人たちが現れた。

 獣人の襲撃者たちは横一列に並んだ。意思に反して体を動かされているせいか、彼らの表情には恐怖の色が浮かんでいた。

 狼の獣人だけが弓を担いでいる。彼が弓を放ったのだろう。

 

「そこのあなた、矢を放った理由を聞かせてくれるかしら?」

「俺たちは、ガルドの部下だ……!」

 

 腹心の部下に子供の遺体を食わせていたと、ガルドは自白した。おそらく、彼らがその腹心の部下なのだろう。

 飛鳥は絶対零度の目で彼らを見る。

 

「今までフォレス=ガロで甘い汁を吸えてたのに、ガルドが殺されて全て台無しだ! 俺たちの居場所は一気になくなった! 箱庭の外に逃げる前に、ガルドを殺した張本人に復讐してやろうと思ったのさ!」

 

 抑えていたものを吐き出すように、狼の獣人は唾を飛ばしながらまくし立てた。

 しかし、飛鳥の見下した表情は変わらない。ガルドに媚びへつらい、寄生していただけの連中だ。ガルドよりも尚更浅ましい。

 

「呆れた。ガルドは外道だったけど、あなたたちはそれ以下ね。もういいわ、口を閉じてなさい」

 

 狼の獣人の口が勢い良く閉じられる。そして、直立不動の姿勢で動かなくなった。

 

「君もわかっていたのか?」

「ええ、十六夜君が言ってたわ。早ければ今晩にでも、ガルドの部下が名亡きさんを襲いに来るかもしれないって。十六夜君は箱庭の外に逃げようとしてるガルドの部下を捕まえているでしょうね。こんな場所にいるってことは、あなたもわかってたんでしょう?」

「……ああ。ここで禍根を絶つつもりだった」

「ひっ!?」

 

 獣人たちが短く悲鳴を漏らす。今更になって、名亡きがどう足掻いても勝てる存在ではないと認識した。

 

「こいつらをどうするつもりだ?」

「正当な罰を受けさせるため、フォレス=ガロ傘下のコミュニティに引き渡すわ。十六夜君が悪い顔をしてたから、他にも狙いがあるんでしょうけど」

「なら、彼らの処遇は任せよう」

 

 それだけ言うと、名亡きは剣を消し、館の壁に寄りかかった。

 

「彼らは俺が見張る。君は安心して眠るといい」

「大丈夫よ。私の拘束はそんな簡単に解けはしないわ」

「万が一もある。それに、もう少しだけ夜風に当たりたい」

「……そう、そこまで言うなら任せるわ」

 

 飛鳥が館のドアに手をかけたとき、名亡きはあることに思い当たった。

 

「そういえば、どうして最初にガルドの部下を迎え撃ちに来たと言わなかったんだ?」

 

 飛鳥はそのまま立ち止まり、柔らかな笑顔で振り返った。

 

「名亡きさんと少し話したかったから、かしら?」

 

 扉の閉まる音が静かに響く。

 こうして、箱庭の最初の夜は過ぎていった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ノーネームの館のとある一室。

 テーブルを挟み、十六夜と名亡きが向かい合ってソファに座っていた。

 今後の方針はどうするのか。それを確認するために、2人はここにいた。

 

「対魔王専用コミュニティ?」

「ああ、そうだ。これからはおチビをリーダーにして、打倒魔王を掲げたコミュニティとして売り込んでいく。箱庭を駆け上がるならこいつが一番手っ取り早くて、何より面白ぇ」

 

 ガルドの部下がノーネームに襲撃した翌日、ガルドの部下をフォレス=ガロの傘下だったコミュニティに引き渡した。

 その際、十六夜は打倒魔王を掲げたコミュニティとして生まれ変わると宣言した。この話は既に箱庭中に広まっているだろう。ちなみに、名亡きがガルドを殺した件は大分脚色して説明── というより、英雄譚の一節のように語ったらしい。

 これこそが十六夜の狙いであり、人質を1人残らず捕まえた理由だ。

 

「魔王を殺すのか。それならわかりやすい」

 

 殺し殺されなら、名亡きの得意分野だ。

 なんなら、今すぐコミュニティを離れて魔王を殺し回ってもいいくらいだ。

 

「相変わらずバイオレンスな思考回路だな。一つ言っとくが、お前にばかり良い思いはさせねえぞ。魔王討伐なんだ、男なら誰しも一度は夢見るもんだろ?」

 

 ふと、単眼の黒竜を思い出した。

 その竜の名はカラミット。アノールロンドの竜狩り隊ですら手を出せなかったという、恐るべき力を秘めた竜だ。

 カラミットと戦うとき、グウィンに仕えていた四騎士の1人── 鷹の目のゴーの力を借りた。彼は言っていた。竜狩りとは、騎士の誉れだと。

 名亡きとしては、カラミットは敵でありそれ以上でもそれ以下でもなかったが。

 ただ、十六夜の言葉もそれと同じなのだろう。

 

「……そうだな。魔王とは違うが、竜を討伐するのは騎士の誉れだ」

「話がわかるじゃねえか。箱庭でも竜をぶちのめしたが、お前の世界にも竜はいたのか?」

「いたな。もう殺したが」

 

 殺しはしたが、本当に手強い相手だった。何しろ、討伐すればその功績をグウィン直々に讃えられるほどだ。当然、名亡きが讃えられることなどなかったが。

 黒い炎で焼き尽くされ、眼力の魔力で呪い殺され、その鋭い牙と爪で切り裂かれた。

 鷹の目のゴーが弓で撃ち落としてくれなければ、いつまでも空から嬲られて手も足も出なかっただろう。

 名亡きの竜殺しを聞き、十六夜は本当に嬉しそうに笑った。その目は絶好の獲物を見つけた獣のように爛々と輝いていた。

 

「やっぱ面白えわ。俺としては、いつかお前とも戦ってみてえ」

「……手加減は苦手だ。殺したらすまない」

「ヤハハ、上等じゃねえか」

 

 何気なく語り合う2人とは対照的に、部屋の空気が張り詰める。

 黒ウサギがこの場にいれば胃を痛めていたことだろう。

 

「話を戻すが、手始めにノーネームの元お仲間を取り戻すことになった。ギフトゲームの賞品として出品されてんだとよ」

「お前がやるのか」

「そのとーり。対魔王専用コミュニティにする代わりに仲間を取り戻してくれって、おチビと約束したからな」

「そうか」

 

 2人は突然ソファから立ち上がり、窓の方へと体を向ける。十六夜は拳を構え、名亡きはその手に剣を握る。

 誰かに見られているのは2人とも気づいていた。突然窓の裏まで近づいてきたからこそ、臨戦態勢に移った。

 

「武器を納めろ、甲冑の男。争いに来たわけではない」

 

 窓が開く。そこにいたのは金髪の少女だった。

 





名亡き「はじめてーのー?」

人喰い鼠「チュウ」

名亡き「君と?」

人喰い鼠「チュウ」

名亡き「ウフフ」

人喰い鼠「I will kill you all my have.」

名亡き「!?」


 後の展開を考えるとカカオ100%である。愉悦ゥ!
 感想や評価を注ぎ火してくれると嬉しいです。

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