不死人が異世界から来るそうですよ? 作:ふしひとさん
「望むのは挑戦か、それとも決闘か?」
目の前に広がるのは、白夜の世界。
夜明けのように空は白澄み、地平の先には険しい山々が聳え並んでいる。
「今一度名乗り直し、問おうかの。私は白き夜の魔王── 太陽と白夜の星霊、白夜叉。おんしらが望むのは、試練への挑戦か? それとも対等な決闘か?」
目の前の少女がこの光景を作り出したことに、最早疑いの余地はなく。
こんな相手と対等に戦おうなどと、驕りが過ぎる。
誰もが圧倒されて動けない中、十六夜は降参するように手を挙げた。
「参った。こんなもん見せられちゃ、決闘しようだなんて思えねえ。今回は試されてやるよ」
「くくっ、賢明な判断じゃ。残りのおんしらはどうする?」
「私も同じよ。今は試されてあげるわ」
「同じく」
「そうかそうか。……名亡き、おんしはそうでもなさそうだな」
名亡きは立ち上がり、白夜叉の前まで足を進めた。そこに気圧された様子は少しもない。
最初からそうするのをわかっていたように、白夜叉は愉悦の笑みを浮かべた。
「白夜の王よ、その宙さえ統べる絶大な力には感服するばかりです。だからこそ、俺はあなたに挑みたい。どうか手合わせ願えますか?」
「それは決闘を申し込む、ということじゃな」
「はっ。……恐れながら、その前に一つお聞きしたい。その力で俺を元の世界に戻すことは可能でしょうか?」
「……まあ、不可能でないの。色々と面倒じゃが」
「では、万が一俺が勝利した暁には、褒美として元の世界に戻る権利を頂きたい」
「な、名亡きさん!?」
黒ウサギが慌てた声をあげる。今は少しでも戦える者が必要なのだ。今はまだ、名亡きに帰られるわけにはいかない。
「あくまで帰る権利だ。今すぐというわけではない」
今すぐではない。だが逆に、この世界に長く留まるつもりもない。ノーネームの復興を果たしたら、すぐにでも薪になるつもりだ。帰る手段は確保できた方がいい。
歴然とした力の差がある。勝ちを拾うのは絶望的だ。だが、そんな経験はロードランで幾度となく味わってきた。
習性を見極め、動きの癖を把握し、武器を強化し、ソウルを集め、そうして殺せる状況を作り出してきた。
だからこそ挑まなければならない。不死人にとって死とは終わりではない。勝利に繋がる礎なのだ。死ななければ何も始まらない。負けるのは、心が折れたときだ。
「勝利の報酬はそれでよい。だが、おんしが敗北したときはどうするのじゃ?」
「そのときは己の首を切り落としましょう」
一息も間を置かず、名亡きは己の命を賭けた。
あまりにも無謀な行為に、白夜叉は大きな笑い声をあげる。
「かっかっか! 面白い、私の力を目の当たりにしてそんな言葉が吐けるとは! 物静かな武人と思っていたが、とんだ命知らずよの!」
「か、考え直してください名亡き様! 白夜叉様なら対価さえ払えば望みを聞いてくれますし、最悪黒ウサギが何でもして頼み込みます! 決闘なんてする必要ありません! いくら名亡き様が──」
「黒ウサギ」
名亡きの不死性を口にようとした瞬間、黒ウサギはハッと口を塞ぐ。
余計な口出しはするな。短い言葉から、そんな意思が伝わってきた。
「では、直々に遊んでやろう。ただ、流石にルール無用で死合うのはおんしにあまりにも勝ち目がない。そこでじゃ、私に一太刀でも入れればおんしの勝ちとしんぜよう。安心せい。その気骨に免じて、おんしが負けても首はいらんよ。おんしの敗北条件は心が折れたとき── 気の済むまでかかってくるがよい」
十六夜たちのいる場所に半円状の結界が張られる。
どんな武器でいくか── 数瞬の思考の後、名亡きはダークソードを選んだ。外見はなんら特徴のない、普通の重厚な剣だ。
昔、ロードランには小ロンドという小国が存在した。4人の公王が小国を治め、偉大な功績として讃えられた。
しかし、彼らはやがて闇に魅入られ、アノールロンドに災厄を撒き散らす化物と成り果てた。彼らに仕えていた騎士も、闇の魔物であるダークレイスと化した。
このダークソードは、そんなダークレイスたちが装備している剣だ。
右手にダークソードを握る。選んだことに明確な理由はないが、本能がこの武器にしろと囁いた。
「さて、始めようか」
白夜叉の言葉が終わると同時に、名亡きは地面を蹴った。
その脚力は地面を砕き、尋常ならざる速さを生み出す。
白夜叉は扇子の先を名亡きに向ける。
戦場から隔絶されているはずの十六夜たちですら、莫大なエネルギーが集うのを感じた。
瞬時に扇子の先に炎の球が形成された。
バスケットボールほどの大きさだろうか。それでも、まるでこの白夜の世界を照らす太陽のような存在感がある── いや、あれはほとんど太陽だ。かつての友がこれを見れば、涙を流しながら喜ぶだろう。
「そら、小手調べじゃ。防ぐという考えは捨てた方がいい。その小さな太陽はことごとくを焼き尽くすぞ?」
圧縮されたはずの意識の中で、名亡きはそんな言葉を確かに聞いた。
白夜叉が軽く扇子を振ると、小さな太陽が弾かれるように宙を駆けた。
空気を灼きながら名亡きに迫る。立ち塞がる障害物など瞬時に灰に帰すだろう。今の名亡きに無傷で受け止める術はない。
「!?」
だからこそ、名亡きは愚直にも足を前に進めた。ここで足を止めれば、白夜叉に近づく機会はない。彼の予想の斜め上の行動に、白夜叉も大きく目を見開く。
名亡きは上級騎士の鎧に代わって黒騎士の鎧を、左手に黒騎士の盾を装備し、小さな太陽に向かって黒騎士の盾を突き出す。
黒騎士。グウィンの薪の王となる旅に最後まで付き従った、アノールロンドの兵士たちの成れの果て。始まりの火に炙られて、彼らの銀色に輝いていたはずの装備は黒く変質した。
そんな経緯からか、黒騎士の装備は炎耐性がズバ抜けている。左腕諸共溶けるのを覚悟すれば、きっと受け止めきれる…… かもしれない。
小さな太陽が黒騎士の盾に衝突する。
その瞬間、唸るような轟音を発し、眩いばかりの炎が奔流する。名亡きの姿を一瞬で呑み込んでしまった。
「バカな、何故避けんかった……!?」
己の力を見せつけるための攻撃だった。名亡きの背後…… といっても、遥か後方だが。そこの山でも消し飛ばしてやろうと、そのつもりで小さな太陽を放った。本物の太陽には及ばないものの、それをできるだけのエネルギーは秘めていた。
受けてはいけない攻撃だと本能が叫んだはずだ。だが、結果として名亡きは躱さず、小さな太陽をその一身で受け止めた。生存は絶望的。最悪、消し炭すら残らない。
「!」
しかし、炎の中から感じる気配が白夜叉のその考えを切り捨てた。
炎から飛び出す一つの影。名亡きだ。瞬く間に白夜叉との距離を詰める。同時に、ダークソードを白夜叉へと振るう。
この太刀筋、殺す気で──!
振り下ろされるダークソードを、白夜叉は手に持っていた扇子で受け止める。
轟音が響き、大気が震えた。
「ひっ……!?」
ジンは顔を青くし、小さく悲鳴を漏らす。
十六夜たちもあまりの痛々しい名亡きの姿に顔をしかめている。
「おんし、腕を……!?」
名亡きは生きていた。左手から肩の付け根までがグズグズに溶けた状態で。
彼の走った後には溶けた肉片と鎧の残骸が地面にこびりついている。
泣き叫んでもおかしくない痛みが襲っているはずだ。それなのに、名亡きから感じる殺意は微塵も衰えない。
「っ、そこまでするか……!?」
白夜叉の問いかけに名亡きは何も答えない。
いっそ独りでに動く鎧と戦っていると言われた方が、まだ納得できる。
ただ、左腕の付け根から見える黒焦げた肉と、肉の焼けた匂いが、目の前の相手は生きた人間だと証明している。
「恨むなよっ……!」
白夜叉の蹴りが名亡きの右足に叩き込まれる。
脚甲と骨が砕ける音が響いた。名亡きの体が衝撃で吹き飛ぶ。
水面を跳ねる水切り石のように、名亡きは地面の上を跳ねた。
目まぐるしく回転する世界を見据えながら、名亡きは思う。
ああ、やはり彼女はこの温かき世界の神だ。こっちは殺す気でやってるのに、此の期に及んでも俺の命を気遣っている。
確かに白夜叉は強い。強いが、これならそこらで彷徨っていた亡者の方がよっぽど怖い。
勢いが弱まり、全身で地面を擦ってようやく止まる。
右足の状態を確認する。鎧は砕け、血まみれになった足は曲がってはならない方向に曲がっている。亡者の足だが、そうとわからないくらい無残な有様だ。
この足で戦闘を続けるのはともかく、白夜叉を相手となると少々厳しい。
──……使うか。
名亡きの右手に黒い靄が浮かぶ。
太陽がいくつも光り輝くこの世界で、掌に収まるサイズでしかない暗闇は異様な存在感を放っていた。
「これ、は……」
白夜叉は険しい顔を浮かべる。
神性を持つからこそ、白夜叉は気づいた。世界の果てを表すかのような、絶望的な黒。小さいながらも、あの靄には光を呑み込んでしまいそうな凶兆が渦巻いている。
この黒い靄を、名亡きの世界では── 人間性という。
名亡きの手が人間性を握り潰す。人間性はあっさりと霧散し、名亡きの体内に吸収される。
名亡きの右足が怪しく蠢いたかと思うと、白夜叉の蹴りをくらう前の足に戻った。ただし、亡者の状態でだ。露わになった右足を隠すように、新しい黒騎士の脚甲を装備した。
様子を窺っているのか、白夜叉は距離を保ったまま近づこうとしない。その隙に名亡きはのそりと立ち上がる。
剣を構え、先ほどよりも軽くなった体で白夜叉との距離を剣の間合いまで詰める。予想外の速さに、白夜叉は目を見開く。
「チッ!」
虚をついたが、白夜叉は圧倒的格上。あっさりと反応し、扇子を振るう。
名亡きはわかっていた。自分では、どう足掻いても白夜叉を翻弄するような速さで動けない。力だって敵わない。
──それでも、やりようはある。
名亡きはただ一つのことを考えた。
──何故なら、彼女は慈悲深き神だ。
それは白夜叉に刃を届かせるということ。
──俺を殺す気がないのなら、存分にそれを利用させてもらう。
たとえ己の安い命と引き換えにしても。
白夜叉の扇子が名亡きの胸の下を横一閃に斬り裂いた。
「──ガッ」
胸の奥から熱い血が迫り上がる。兜の隙間から吐血した血が溢れ出る。
名亡きの体はあっさりと二つに分けられた。夥しい量の血を地面に撒き散らす。
名亡きの胸から下は崩れ落ち、胸から上は重力に引っ張られる。
やはり、白夜叉は驚愕で目を見開いている。この慈悲深き神ならば、自分を殺した瞬間に僅かでも動揺してくれると思った。動揺は思考を鈍らせ、動きを奪う。その瞬間を狙えば、やれる。
名亡きはダークソードを強く握った。
「ぉれの、かぢでず」
薄れゆく意識の中、白夜叉に向かって刃を突き出した。
▲▽▲▽▲▽
名亡きの上半身がどさりと地面に落ちた。
あまりにも惨い有様だった。左腕は溶け落ち、胸から下は少し離れた地面に崩れ落ちている。
当然ながら、名亡きはもう死んでいた。最後の一撃は生きることより、刃を届かせることを優先していた。
白夜叉は険しい目でモノのように打ち捨てられている名亡きを見つめる。
その細い首に、一筋の赤い線が浮き出ていた。
名亡きの命を賭した一撃は、白夜叉の薄皮一枚を薄く裂くだけで終わった。
そう、薄皮を裂いたのだ。普通なら傷一つつけられないだろう。
「神格を持つ私に傷を── いや、神格を持っていたが故か?」
白夜叉が切傷に手を当てる。手を離したとき、首にあったはずの傷は消え失せた。
心当たりがあるとすれば、あの黒い靄。あれは神に対する猛毒だ。
「!」
名亡きの体が光の粒子となって消えた。白夜叉はそれだけで、何が起きているか把握した。
名亡きの上半身があった場所に、五体満足の名亡きが現れた。霊体などではない。確かな実体を保ってここにいる。
「蘇生の恩恵…… いや、違う……」
蘇生などという前向きなものではない。もっと後ろ向きで、呪いめいた何かだ。
「俺の勝ちでよろしいですか?」
第一声がそれだ。呆れればいいのか、感心すればいいのかわからない。
「確かに私に一太刀入れたのは紛れもない事実。今回はおんしの勝ちとしてやろう」
名亡きは膝を地面に着き、頭を下げた。堂の入った所作。だが、今となっては白々しい。
「最初からこうするつもりであったか。とんだ食わせ者じゃ」
全てが生き返ることを勘定に入れた上での行動だったのだ。
ただ、名亡きは何も答えない。
「あの黒い靄は何じゃ?」
「俺たちの世界では人間性と呼んでました。申し訳ありませんが、詳しいことはわかりません。ただ、体力の回復など様々な効果があるとしか」
「……そう、か。一つ忠告じゃ。いつまでもそんな破滅的な戦い方をしていれば、心が保たんぞ」
「しかと肝に銘じておきます」
その忠告はまったくの無意味だろう。
名亡きの心は、既に手遅れなのだから。
「う~~ソウルソウル」
今ソウルを求めて全力疾走している僕は最初の火の炉にいるごく一般的な兵士。
強いて違うところをあげるとすればグウィン王に仕えたことがあるってことかナー。
名前は黒騎士。
そんなわけで出入り口辺りを彷徨いてみた。
ふと見ると一人の若い男がやって来た。
ウホッ!いいソウル……。
そう思っていると突然その男は僕の見ている目の前で剣を握りはじめたのだ……!
「殺らないか?」
バックスタブで尻を掘られまくりました。クソミソな経験でした。
〜作者の言い訳コーナー〜
名亡き「俺の身体能力高すぎね?」
ふしひとさん「神とかのソウル溜めまくってるワンチャン! こう、ナッパと天津飯が戦えてた感じで……」
名亡き「人間性に身体能力上げる効果なんてねえよ」
ふしひとさん「耐久が上がってるからワンチャン!!」