不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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狂人

「……」

 

 道行く人からジロジロと見られている。本来なら自分たちが周りの景色や人に目を向ける側のはずだ。

 周りからの視線の煩わしさに、飛鳥は小さく息をついた。耀は周りの視線を気にする様子はなく、ジンはそもそも視線に気づいていない。自分たちをエスコートするのに必死なのだろう。

 目立つのが嫌いなわけではないが、悪目立ちするのが平気なわけではない。

 原因はわかっている。今もガシャガシャと足音を響かせている名亡きだ。この世界でも、街中で甲冑を着けている男は珍しいらしい。

 

「名亡きさん、ずっと気になってたんだけどせめて兜は脱いだらどう?」

 

 堪えきれず、とうとう名亡きに兜を脱ぐよう指摘した。

 湖から救出されたときも、頑なとして兜を脱ごうとはしなかった。

 名亡きは兜を脱ぐわけにはいかない。目は窪み落ち、肌はミイラのように枯れ果てている。元の世界ならまだしも、この世界で素顔を晒して歩けば、最悪討伐隊が編成される。

 

「……事情があって脱ぐことはできないんだ。目立つのが恥ずかしいなら、少し離れて歩こう。すまない、俺の配慮が足りなかったな」

 

 どこまでも大人な対応に、逆に自分が子供染みた我儘を言ってるように感じた。

 離れて歩かせるなんて、そんな意地の悪いことはしたくない。

 

「いえ、大丈夫よ」

「……ありがとう」

 

 名亡きは一言だけ礼を述べた。こうして気遣われるのを久しく経験しておらず、それが嬉しく思えたからだ。

 お互いに気恥ずかしくなり、それっきり言葉を交わすことなく歩き続ける。

 飛鳥は恥ずかしさを誤魔化すように天幕についてジンに説明を求め、思いがけず露見した吸血鬼の存在に呆気に取られたのも可愛い話である。

 

「あそこで休憩しましょうか」

 

 ジンが指差したのはオープンカフェだった。

 複数のパラソルが並び、その下には椅子とテーブルが設置されている。

 4人は適当な席に座る。

 

「私は紅茶を注文するけど、あなたたちはどうする?」

「……私はオレンジジュース」

「僕は緑茶で」

「……」

「名亡きさん、あなたは?」

「俺はいい」

「あらそう」

 

 飛鳥が手を挙げると、猫耳を生やしたウェイトレスがやって来た。その表情は何故か硬い。

 

「い、いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」

「紅茶と緑茶、オレンジジュースを1つ。それと──」

「にゃにゃにゃ(すまんなぁねえちゃん、ツレの甲冑男が怖がらせてしまって。ねえちゃんには手ぇ出させないから安心しとき。あっ、それと猫まんま1つ)」

「い、いえ、そんな!」

 

 ウェイトレスは緊張が少し和らいだ笑みを浮かべた。

 

「紅茶と緑茶、オレンジジュース、猫まんまを1つずつですね。ただいまお持ちします」

 

 そう言って、早足で去っていった。名亡きの放つ異様な存在感から逃げるように。

 耀は少し驚いた表情で、ウェイトレスを見送った。

 

「あの人も三毛猫の言葉をわかってた」

 

 耀の発言に、飛鳥が目を輝かせる。

 

「『も』ってことは、春日部さんも猫の言葉がわかるの!?」

「うん」

 

 名亡きにとって、動物と会話できるのは驚くようなことではない。

 名亡きは猫を見て、黒い森の庭に住む白猫アルヴィナを思い出した。彼女は深淵歩きの騎士アルトリウスの数少ない友人だったらしい。

 アルヴィナは大狼シフと共に、アルトリウスの墓を見守っていた。

 名亡きは過去の世界でアルトリウスと死闘を繰り広げた。彼は深淵に呑まれており、助け出すことなど不可能だった。名亡きにできることは、いつだって殺ししかない。

 左腕は潰れ、本来装備してるはずだった盾もなかった。彼が本来の力を発揮できていれば、自分はどれだけ死の淵に叩き込まれただろうか。

 後に知ったことだが、アルトリウスはまだ子供だったシフを人間性から守るため、盾を授けたらしい。

 だからこそ、シフは命を賭してまでアルトリウスの墓を守ろうとしたのだろう。

 名亡きは過去の世界でシフと共にウーラシールを滅ぼした張本人── 深淵の主マヌスと戦った。それから元の時代に戻り、アルトリウスの紋章を得るために彼の墓へと訪れた。そこで、戦士として立派に成長したシフを殺した。

 シフは名亡きのことを覚えていた。それでも、己に課した誓約を貫いたのだ。アルトリウスを静かに眠らせるために。

 アルヴィナも、シフも、人間なんかよりずっと人間らしかった。

 自分にも獣と話せる力があれば、シフを殺さないで済んだかもしれない。今となってはもう、全てが遅すぎるが。

 

「その猫は喋らないのか?」

「喋らないよ」

「俺の世界では、猫は勿論キノコも人の言葉を話すことができた。訓練すればその猫もいけるんじゃないか?」

「……考えたこともなかった」

「にゃっ!?(いやちょっと勘弁してくれへんかお嬢!? 無理やから、普通無理やから!!)」

「無理かどうかはわからない」

「そうだな、諦めないことは大切だ」

「えっ、普通に流してるけどちょっと待って。キノコって、えっ……?」

 

 飛鳥は引き攣った表情で説明を求める。

 名亡きはウーラシールに拉致された日のことを思い出す。

 そう、彼女はキノコだった。キノコとしか言いようがない。本人もキノコと言っていた。

 

「名前はエリザベス。優しい女性だった。下手な不死人より意思疎通できた」

「キ、キノコ…… 女性…… エリザベス……!?」

 

 説明を受けたはずなのに、もっと意味不明になった。

 

「少しよろしいですか?」

 

 タキシードを着た色黒の男が現れた。

 そういえばと、名亡きはずっと誰かに見られていたことを思い出す。殺意がないので放っておいたが、こちらの様子を窺っていたのはこの男かもしれない。

 

「ガルド=ガスパー……!」

 

 それからというもの、ガスパーは無駄に良い声で黒ウサギたちが所属するコミュニティ── ノーネームの現状を説明した。

 魔王と呼ばれる存在がコミュニティの名、旗、そして中核を成す仲間たちを奪い去ってしまった。残されたのは10歳以下の子供と、ジン、黒ウサギだけ。

 ただ、名亡きの世界ではその手の話などよくあるものだった。子供を実験材料や皆殺しにしなかっただけ温情のある魔王だ。

 

「お三方、黒ウサギのコミュニティよりも俺のコミュニティ、フォレス・ガロに入りませんか?」

 

 要するに、ガルドがしたかったのはヘッドハンティングだ。

 ガルドの話の中にも、ノーネームを自分のコミュニティと比較して乏しめることが多くあった。

 だが、3人はどのコミュニティにするか既に決めていた。

 

「結構よ、ジン君のコミュニティで間に合ってるわ」

「私は友達を作りに来ただけだから。別にこの子のコミュニティが弱くても構わない」

「……俺も遠慮させてもらう。この世界に俺を呼んだのは彼らだから」

 

 ガルドの顔の端がピクピクと震える。

 言葉遣いこそ表面は取り繕っていたが、その端から粗野な性格が滲み出ていた。今の状態などが分かりやすい例だ。

 

「お、面白い冗談です。どうやら、俺の話をきちんと聞いていなかった──」

「黙りなさい」

 

 飛鳥がそう言った瞬間、ガルドは歯を剥き出しにして口を閉じた。

 ガルドの表情は何が起きたかわからず、目に見えて動揺していた。必死に抗おうとしているが、体がわずかに震えるだけ。顔には大きな汗が浮かんでいた。

 

「これ以上、あなたの話に付き合うつもりはないの。あなたはただ、私の質問に正直に答えなさい」

 

 ガルドはこくりと頷いた。彼女の言葉を聞いた者は、それに従う。そういう類の恩恵のようだ。

 飛鳥はどうしてガルドが他のコミュニティを吸収できたのか疑問を抱いていた。それを解明すべく、ガルドにポツポツとガルド自身の所業を語らせる。

 相手のコミュニティの子供を人質にとって、旗本を懸けたゲームを受けざるを得ない状況まで追い込んだ。そして、いざ傘下に入っても反乱できないように子供を人質にし続けていたらしい。

 

「人質はどうしたの?」

「……もう、殺した」

 

 飛鳥と耀、ジンの3人が険しい表情になる。

 しかし、ガルドの口はまだ止まらない。

 

「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭に来て思わず殺した。それ以降は連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。だが、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が喰」

「黙りなさい!」

 

 飛鳥の言葉に従い、ガルドは再び口を閉じた。

 

「素晴らしいわね。ここまで絵に描いたような外道はそうそういないわ」

「はい、箱庭にも彼のような外道はそうそういません」

 

 名亡きは知っている。この男なんて足元に及ばないであろう、本物の外道たちを。

 ただ、それを口にする意味はない。黙って事の成り行きを見守ることとしよう。

 彼が外道と呼ばれるほど、この世界は温かく── だからこそ、自分が尚更あってはならない異物のように感じた。

 

「もういいわよ、似非紳士さん」

 

 飛鳥が指を鳴らすと、ガルドの行動を縛っていた見えない鎖が外れた。

 暴露された。もう、フォレス・ガロは終わりだ。全てを台無しにされ、ガルドの表情が怒りに染まる。

 

「こ、この小娘がぁぁぁぁ!!」

 

 虎のデーモンのような姿になり、ガルドが飛鳥に飛びかかる。この瞬間、彼の運命は決まった。死神に己の魂を差し出した。

 

 

 

 ──ずちゅん!!!

 

 

 

 肉が弾けるような音がした。

 ガルドの巨体が吹き飛ぶ。地面を擦り、ようやく勢いが弱まる。

 何が起きたのか、ガルドには全く理解できなかった。ふと、両足に違和感を覚えて視線を移す。

 

「ぁあ、ギャアアアァァァアアア!!??」

 

 尋常でない痛みが、遅れてやってくる。

 ガルドの悲痛な叫び声が木霊した。

 騒ぎを聞きつけた住民たちが集まり、ハッと息を飲む。

 ガルドの両足は原型を留めていなかった。骨が剥き出しになり、肉片が皮で繋がっているだけの状態となっている。

 ガルドが吹き飛んだ地点には名亡きがいた。

 名亡きは巨大な何かを肩に担いでいた。

 それを武器と呼ぶには、あまりにも大きく、重厚で、無骨だ。普通の人間ではマトモに持つことすらできないだろう。

 持ち主の名亡きだけが、この武器が何なのかを知っている。

 この武器は大竜牙と呼ばれている。古竜の牙をそのまま利用した大槌だ。岩より硬く、決して折れることはない。伝説の英雄ハベルの得物として伝わっている。

 大竜牙の先端には赤い血がこびりついていた。名亡きがガルドを吹き飛ばしたことに、疑いを挟む余地はなかった。

 

「名、名亡きさん……!?」

 

 ジンが震えた声で名亡きを呼ぶ。

 飛鳥を庇った行動なのはわかる。そう、それは理解できる。

 ただ、さも当然のようにガルドの両足を潰した名亡きが、血も涙もない悪魔のように思えた。ああやって無感動に、人を傷つけられるものなのか。

 名亡きは一歩一歩、虫のように地べたに這い蹲るガルドに歩み寄る。両者の距離が縮まるに連れて、ガルドの表情が恐怖に染まっていく。

 名亡きはとうとう大竜牙の間合いで足を止めた。

 

「た、助けて…… 命だけは助けてください!!」

 

 同情を引くためか、ガルドは人の姿に戻った。

 ガルドは涙を流し、額を地面に擦り付けながら命乞いをする。名亡きの一撃はガルドの心を容易く折った。

 哀れには思えど、無様だと思う者は1人もいなかった。自分がガルドの立場だったとして、果たして命乞いせずにいられるだろうか。

 見ていられず、耀が仲裁に入る。

 

「名亡き、気持ちはわかるけど──」

 

 名亡きは微塵の躊躇もなく、ガルドの頭部に大竜牙を振り下ろした。

 猛々しい轟音が響いた。

 地面と大竜牙に挟まれたガルドの頭部は地面の赤いシミと化した。頭部と泣き別れた体がびくりと跳ねる。

 誰も言葉を発することができなかった。指先一つ動かすことすらできなかった。

 しかし、名亡きの暴走はまだ止まらない。

 名亡きはガルドの亡骸に大竜牙を何度も振り下ろす。今度こそ、観衆から声にならない悲鳴が溢れた。あまりの酷さに失神する者もいる。

 名亡きが手を止めたとき、ガルドの亡骸は誰だったかわからないくらい損傷していた。

 どうしてこんなことをしたのか。名亡きにそう聞けば「頭部がなくても襲ってくる可能性があったから」と答えるだろう。

 名亡きは3人に向き合う。いつの間にか彼の手から大竜牙は消え、その代わりに無難なロングソードが握られていた。

 

「名、名亡きさ──」

「構えろ、3人とも。この男は周囲に助けを求めていた。まだ近くに仲間が潜んでいる」

 

 ジンの言葉を遮って、名亡きは周囲に殺気を向ける。遠巻きに見ていた観衆が一気に騒めく。

 彼はガルドが自分に向けて助けを求めていたことに気づいていない。名亡きは冗談などではなく、本気で言っている。

 

「名亡きさん。ガルドはあなたに向かって、助けてくれって言ったのではないかしら……」

「……俺に、命乞いを? 馬鹿な、どうして俺が奴の命を助けなければいけない。俺たちはさっきまで殺し合っていたんだぞ」

 

 自分たちまで巻き込まれたら堪ったものじゃないと、観衆たちは蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 残ったのは、名亡きたち4人だけだった。

 

「どうやら、本当にそのようだな……」

 

 名亡きの手からロングソードが消えた。

 

「……どうして、ガルドを殺したの? あんな傷じゃ、もう戦えないのはわかったはず」

 

 両足は潰れ、完全に戦意が喪失していた。

 おそらく、ガルドは今後立ち向かう心すら折れていたはずだ。

 耀の目には名亡きを非難する色がある。

 

「どちらかが殺意を持って攻撃したときが殺し合いの始まりで、どちらかが死んだときが殺し合いの終わりだ。たとえ敵が戦闘不能になろうとも、殺し合いが終わったことにはならない。それに、あの男は久遠飛鳥を殺そうとしたんだぞ。大事をとって殺しておいた方がいい」

「で、ですが箱庭で殺人を行えば……!!」

「……やけに慌てているが、何かまずかったのか?」

 

 名亡きは本当に不思議そうに言った。

 ガルドを殺したことに疑問を持っていない。当然のことだと思っている。

 まるで、命を紙切れのように──!

 凪のように静かな人だと、ジンは名亡きにそんな印象を懐いていた。しかし、それは大きな間違いだった。荒れ狂う嵐のような名亡きの異常性に触れ、体の底から凍りつくような感覚が走った。

 

「名亡きさんの言い分は間違っていないです。ガルドは子供を人質にして殺した上、激情に任せて飛鳥さんを襲おうとしました。擁護できる点は一つもありません」

 

 恐怖に塗れながらも、ジンの目は真っ直ぐに名亡きを見据えていた。

 

「それでも、箱庭には箱庭の法があるんです。戦う意思がなくなった者を、問答無用で殺すのはやりすぎです……!」

 

 名亡きは沈黙を貫く。ジンの言葉をどう思っているのか、窺い知ることはできない。

 

「すまない、俺の行動が浅はかすぎた。ここはもう、ロードランではないのにな」

 

 名亡きは自嘲するようにそう答えた。

 今まで短い時間ながらも行動を共にした飛鳥たちは、今この瞬間彼が初めて言葉に感情を込めた気がした。

 




やめて!白夜叉に決闘を挑んだら、名亡きの命がなくなっちゃう!
お願い、死なないで名亡き!あんたが今ここで倒れたら、始まりの火はどうなっちゃうの? エスト瓶はまだ残ってる。ここを耐えれば、白夜叉に勝てるんだから!
次回、「名亡き死す」。デュエルスタンバイ!

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