不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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闇の王

 飛鳥の活躍により『The PIED PIPER of HAMELN』はノーネームの勝利で幕を下ろした。数日後には中断されていた火竜生誕祭も再開し、魔王を撃退したセレモニーも兼ねて大いに盛り上がった。

 祭には名亡きたちノーネームの姿もあった。フロアマスター専用の特別席で住民の喝采を一身に浴びている。

 祭はつつがなく進み、名亡きたちは魔王撃破の立役者として表彰された。なるほど、ノーネームの名を売るには打ってつけだ。名亡きたちは住民からの喝采を一身に浴びた。

 名亡きとしては一刻も早く不死人の老婆の話を聞きたいが、己への戒めとして最後まで付き合うと決めていた。

 表彰が終わった後、十六夜たちはサウザンドアイズ旧支店に向かった。ちょっとした観光のはずが、もう1週間以上もコミュニティを空けてしまっている。そろそろ帰らないと、子供たちも不安に思っているだろう。

 そんな中、名亡きだけは別行動をとり、北の街を彷徨っていた。目的はただ一つ、不死人の老婆に会うためだ。

 黒ウサギには先に帰ってるように伝えている。白夜叉にとっては手間だが、彼女は快く了承してくれた。今回のギフトゲームでの貸しを考えると当然であるが。

 熱狂に沸く街の中、名亡きは住民から隠れるように裏路地を進む。この薄暗い裏の世界だけは普段と何ら変わりない。

 表通りを歩いていると、まるで英雄のように扱われる。不快なわけではないが、何となく居心地が悪かった。火竜生誕祭のときも同じように感じた。

 十字路に行き着く。ここを右に曲がれば、あの老婆がいた裏路地だ。あの老婆は待っていると言ったが、その保証はどこにもない。いてくれればいいのだが……。

 

 ──名亡きさん。

 

 ──久遠飛鳥。

 

 ──ハロウィンの準備をして待ってるわ。早く帰ってきてね。

 

 ──ああ。

 

 ふと、飛鳥との会話を思い出した。どうして今になって思い出したのだろう。疑問に思いながらも右に進むと、老婆の後ろ姿が見えた。

 

「……おや、やっと来たかい」

 

 老婆も名亡きの気配に気づいたのか、ゆっくりと振り返った。

 一週間以上も待たせていたと思うと申し訳ない。

 

「すまない、待たせた」

「いいさ別に。こんな明るい世界に、私のやることなんてないんだからさ」

「……ああ、違いない」

 

 老婆の言葉に共感する。この世界は温かいが、自分にはどこか場違いだと感じてしまう。名亡きも黒ウサギに呼ばれずに箱庭に来たとしたら、裏の世界でひっそりと暮らしているだろう。

 

「それじゃあ、話すとするかね。私が何者で、どうしてあんたを薪の王と分かったのかだっけ?」

「……ああ」

「私は巡礼者と呼ばれている。あんたと同じ不死人で、名前はもう忘れちまった。ロスリックの吹き溜まりって場所にいたんだが、気づいたらこの世界に飛ばされていたのさ。不思議なこともあるもんだね」

 

 巡礼者の言葉を信じるなら、誰に召喚されたわけでもなく箱庭に来てしまったらしい。神隠しのようなものだろうか。

 だとすれば、この老婆はどれだけ幸運だろうか。あの絶望しかない世界から逃げることができたのだから。

 それにしても、ロスリックという国は聞いたことがない。よっぽどロードランから遠く離れた国なのだろう。

 

「あんたが薪の王だとわかったのは、名前を聞いたからさ。あの金髪の幼女が名亡きって呼んでただろう」

「……情報屋にでも聞いたのか?」

 

 あの不屈の男から情報を買ったのだろうか。薪の王に最も近い不死人は名亡きであり、多少なりとも面識のある者ならそれを知っている。

 しかし、老婆は首を横に振った。

 

「あんたの名前は未来の世界じゃ有名だよ。偉大なる太陽の王グウィンの跡を継ぎ、誰よりも長く最初の火を燃え上がらせた伝説の不死人なんだからね」

「……は?」

 

 老婆の言葉が、名亡きの心にヒビを入れる。

 しかし、もう後戻りはできない。聞いて、理解してしまった。未来の世界に、不死人がいる。その意味がわからないほど、名亡きは馬鹿ではない。

 

「お前は、未来から来たのか……!?」

 

 一縷の希望を頼りに、名亡きは問う。

 否定してくれ、間違いであってくれ。信じてもいない神に、そう祈りながら。

 

「ああそうさ。どうしたんだい、特別驚くことでもないだろうさね。世の理が歪んでる私たちの世界と比べりゃねえ」

 

 だが、老婆はそんな淡い希望を跡形もなく打ち砕いた。

 崩れていく。壊れていく。これまで築いてきたものが、信じていたものが、哭き叫びたくなるほどあっさりと。

 

「馬鹿、な…… そんなはずがあるか! 全ての王のソウルを器に捧げた! 最初の火はもう消えることはない! 不死人は現れないはずだ!!」

 

 激情に任せて、声を荒げる。

 かつてグウィンは薪の王となったが、再び火が消えかけた。それは最初の火から見出したソウルが不足していたからだ。

 グウィンが分け与えた王のソウル。その4つを全て回収し、器に捧げた。名亡きが薪となれば、今後火が消えることはない。そのはずだった。そう思っていた。

 

「何を言ってるのかね。薪はいつか灰になり、火は消える。当然の摂理さ。あんたまさか、何も知らずに薪の王となったのかい?」

 

 目の前の老婆は、名亡きの都合の良い解釈を否定する。

 

「………本当に、本当に始まりの火は消えてしまったのか……?」

「信じられないのかい?」

 

 名亡きは小さく頷く。

 確証がないからこそ、心はまだ壊れていない。嘘だと断じて、この場から去るのが正解なのだろう。

 しかし、名亡きは動けない。巡礼者の話に耳を傾けてしまっている。

 

「……ああ、そうだ。ちょうど良いのがあったね」

 

 巡礼者は枯れ木のような腕を前に出すと、掌に小さな炎が燈った。

 

「それ、は……?」

「残り火さ。触れてみな」

 

 名亡きは残り火に触れた。

 残り火とは、始まりの火の残滓。薪の王たちの想いが、ソウルが流れ込んでくる。

 巡礼者の言葉が全て真実だと、心で理解させられた。

 

「薪の王とはね、次の薪の王が現れるまでの火の延命措置さ。あんたの後に何人も薪の王が現れたが、誰も彼も短い間しか火を保たせることができなかった。全員の時間を合わせても、あんたが火を続けさせた時間の足元にも及びやしなかった」

 

 老婆の言葉もう、名亡きに届いていなかった。

 北の不死院を出てからの記憶が、名亡きの頭の中で何度も繰り返される。

 誰かに託され、何かを成し遂げ、立ち塞がる敵に殺され、殺し返し、友に出会い、友を殺し── 思い出したくない記憶だろうと、容赦なく掘り返される。

 

「……そうか。命を懸けてまで俺がすることは、だれかのソウルを糧にしてまでやってきたことは、その場凌ぎに過ぎないのか」

 

 そして、至った。

 これまで名亡きのしてきたことは、何も意味がないものだと。あの騎士に託された使命は、名亡きのこれまでの戦いは、なんの価値もないゴミクズのようなものなのだと。

 足がもつれ、近くの壁に背中からもたれかかる。

 

「くくっ……」

 

 堪え切れず、笑い声が溢れた。声をあげて笑ったのは何百年振りだろうか。

 悲しみ、絶望、怒り、失望。ずっと前から忘れていた感情が、堰を切ったように溢れ出る。

 名亡きはその衝動を抑えるのをやめ、大きく口を開けた。

 

「ははは、ハハッ、はは── ははははは。ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははぁはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはっはっはっはっは!!!!」

 

 その高笑いはどこまでも哀しく、聞くに耐えないものだった。しかし、その高笑いは祭の熱狂に呑み込まれる。

 ただ1人だけ名亡きの笑い声を聞く巡礼者は何も言わず、ただ名亡きを見つめる。

 

「ハッハッハッハ!! 傑作だ!!俺が薪になろうと世界は何も救われない!! 世界蛇に唆されるまま戦い続けて、死に続けて、殺し続けて、待っていたのはそんな答えか!! はははははははははははははははははははは!! はははハッハッハッハははあはははっはは、ははっはっはははっは──……」

 

 電池の切れたブリキ人形のように、名亡きの高笑いはピタリと止まった。

 

「聞きたいことは聞けた。感謝する」

 

 それだけ言うと、名亡きは巡礼者に背を向けて歩き始めた。

 

「行くのかい?」

「ああ、やるべきことがわかった」

「始まりの火を消すために?」

 

 名亡きの足が止まる。

 

「俺を止めるか?」

 

 名亡きの手にはブロードソードが握られていた。その一言にどれだけの殺意が込められているのだろうか。返答次第で、名亡きは容赦なく巡礼者を殺すだろう。

 巡礼者は首を横に振った。しかし、名亡きの殺意を恐れたからではない。

 

「まさか。あんたが何をしようとも、私には止める権利はないよ。好きにするといい」

 

 巡礼者に敵意はないのを感じ取り、名亡きはまた歩き始める。

 

「どうか、後悔のない選択を」

 

 最後に、名亡きの耳にそんな言葉が届いた。

 後悔のない選択? あの世界に、絶望と後悔以外の何があるというのか。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 サウザンドアイズ旧支店の一室。その部屋には白夜叉と名亡きがいた。

 白夜叉の表情には驚愕が色濃く現れている。それもそのはず、名亡きは帰ってくるなり元の世界に帰すよう要求してきたのだから。

 

「いつか帰るとは知っておったが、いくら何でも唐突過ぎるじゃろ。黒ウサギたちノーネームにはきちんと説明したのか?」

「いいえ。しかし、十六夜たちだけでも必ずやノーネームの復興を遂げられるでしょう。俺の力は必要ない」

 

 確かに十六夜たちならノーネームの復興を遂げられるだろう。そこは同意する。

 しかし、だからといって名亡きの存在が不要となるわけではない。あのコミュニティには、名亡きの帰りを待つ人たちがいるのだ。別れの挨拶すらなく離別するなんて、あまりにも救われない。

 

「考え直せ、名亡き……! せめて黒ウサギたちとの別れを済ませてから──」

「くどいぞ、白夜叉」

 

 名亡きの声には苛立ちが含まれていた。

 

「お前がどれだけ言葉を重ねても、俺の心が動くことはない。もう一度言う、今すぐにだ」

「……あいわかった」

 

 名亡きの言葉通り、この男はどれだけ言葉を重ねても意思を曲げないだろう。

 それに、不義理を働くわけにはいかない。この男には元の世界に帰る権利も、恩もある。

 

「まず、おんしが呼ばれた場所を特定する。そこでじゃ、おんしの世界の物を何か一つを貸してくれんか? できれば太陽と関わりの深いものなら良いのじゃが……」

「これならどうでしょうか」

 名亡きの手に浮かび上がったのは、橙色に揺らぐソウルだった。その魂の輝きを見て、白夜叉は目を見開く。

 

「これ、は…… 太陽の神の魂……!?」

 

 薪の王グウィン。またの名を太陽の光の王グウィン。彼は火の時代を創り上げ、最初に薪の王となった。

 

「名亡き、何故こんなものを!」

「その神は俺が殺しました」

 

 最初の火の炉に辿り着いたとき、グウィンは朽ちかけた肉体で襲いかかってきた。

 薪の王に相応しいか試したのか、それとも火を絶やされることを恐れたのか。あれは何を意味したのか、それを知るのはグウィンだけである。

 

「……これほどの代物があれば十分じゃ。色々と聞きたい心境じゃが、詮索はよそう」

 

 白夜叉はグウィンのソウルに触れると、目を瞑って動かなくなった。その手の動きは、どこか彼の魂を労っているようにも感じた。

 やがて、グウィンのソウルから白夜叉の手が離れる。世界の特定が終わったらしい。

 

「次は時間の指定じゃ。どの時間に送る? 一応言っておくが、おんしが2人存在してしまうような時間には送れんぞ」

「俺が箱庭に呼ばれた直後に」

「承知した。……では、送り返すぞ」

 

 名亡きの足下に魔法陣が浮かび上がる。

 

「名亡き、ノーネームに何か伝えることは?」

「何も」

 

 名亡きの冷徹な言葉に、白夜叉は辛そうな顔を浮かべる。

 魔法陣から光が溢れ、名亡きの姿を呑み込む。光がおさまったとき、そこに名亡きの姿はなかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 ──私たちは名亡きさんの帰りを待ち続けた。

 

 

 

 ──ハロウィンの準備は万全。だけど、どれだけ時間が過ぎても名亡きさんは現れない。

 

 

 

 ──名亡きさんが帰ってくることは、なかった。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 最初の火の炉に帰ってきた。

 暗く、陰鬱で、絶望に満ちた世界。箱庭での暮らしは間違いなく幸せだった。それでもやはり、この世界の方が落ち着く。

 辺りは灰にまみれていて、中心には小さな炎が揺らいでいる。

 俺はもう、薪の王になる気はない。終わる世界を騙し騙し続けて、なんの意味がある。不死の定めに苛まれる人を増やして、なんの意味がある。それなら俺が終わらせてやる。

 始まりの火に向かう。なんて弱々しい火なのだろう。これが世界を照らしていた最初の火だなんて、誰が信じるだろうか。

 俺は最初の火を踏み躙った。足の裏に火が消える感覚が伝わる。足を上げると、そこに火は残っていなかった。

 ……今、火の時代が終わった。

 とある胡散臭い蛇の話を思い返す。火を終わらせた不死人を何と呼んだだろうか。

 最初の火の炉の扉を潜ると、何匹もの巨大な蛇が道の横に並んでいた。まるで俺の帰還を待っていたように。

 どいつも似たような容姿だが、先頭にいる蛇だけは見分けが付いた。こいつらはそう、カアスとフラムトだ。

 火を継ぎ、薪の王となる道を王の探求者フラムトは示した。逆に、火を絶やし、闇の時代を始める道を闇撫でのカアスは示した。どちらの話も聞いたが、胡散臭いことこの上ない。

 

「驚きました。まさか貴方が始まりの火を終わらせるとは」

 

 カアスが話しかけてきた。

 こいつからすれば、俺が火を絶やすのを選んだのは降って湧いた話だろう。その表情は心なしか喜んでるように見える。

 

「……俺では不満か?」

「とんでもない。貴方のような強きお方なら、世界に真の闇を齎せるでしょう」

 

 闇に魅せられたつもりはない。ウーラシールや小ロンドの末路を見てきた。闇はロクでもないとわかっている。

 だからこそ、この世界に引導を渡す手段としてなら丁度いい。

 

「その口調は何のつもりだ」

 

 カアスの俺に対する口調はもっと尊大だった。敬語を使われるのは違和感しかない。

 

「貴方は我らが王となりました。これまでの無礼な物言いを、どうかお許しください」

 

 王と呼ばれて、ふと思い出す。始まりの火を絶やす不死人が何と呼ばれるのか。

 

「王よ、我らは貴方を何とお呼びすれば?」

「名などない。好きに呼べ」

「畏まりました」

 

 カアスが頭を垂れると、他の世界蛇たちも一斉にそうした。

 その世界蛇たちを通り過ぎながら、俺は目の前にある道をただ進む。

 

 

 

 

 

「では行きましょう、名も亡き闇の王よ」

 

 

 

 

 




ソードマスター名亡き

最終話 希望を胸に


──すべてを終わらせるとき…!


名亡き「チクショオオオオ! くらえ4人の公王! 新必殺音速致命斬!」
公王「さあ来い名亡きイイ! 実は俺はボッチで普通に1人しかいないぞオオ!」

グアアアア!?> ─公─←名
         ザン!

公王「王のソウルを分け与えられた四天王の我が… こんな不死人に…」

バ、バカなアアアアア!> ─公─←名 三三
               ドドドド!

公王「グアアアア!」

白竜シース「公王がやられたようだな」
混沌の魔女イザリス「フフフ、奴は四天王の中でも最弱」
墓王ニト「不死人ごときに負けるとは四天王の面汚しよ」

名亡き「くらえええええ!」バン!

グアアアア!?> ─墓混白公─←名
         ザクザクゥ!

名亡き「やった… ついに四天王を倒したぞ…。これでグウィンのいる最初の火の炉の扉が開かれる!」

扉<ギイイィィィ

名亡き「!!」
グウィン「よく来たなソードマスター名亡き… 待っていたぞ…」
名亡き(こ…ここが最初の火の炉だったのか…! 感じる…グウィンの魔力を…)

グウィン「名亡きよ… 戦う前に一つ言っておく。お前は最初の火を継ぐために戦ってるようだが… ここにあるのは寒いから私が普通に焚いただけの火だ」
名亡き「な、何だって!? じゃあ俺たち人間が不死なのは…」
グウィン「貴様らが特別丈夫なだけだ」
名亡き「じゃ、じゃあこのガリガリの体は…」
グウィン「ただの不養生だ。肉を食え、肉を」

名亡き「フ… 上等だ… 俺も一つ言っておくことがある。異世界で仲間と一緒に魔王と戦うような気がしたが、別にそんなことなかったぜ!」
グウィン「そうか」

名亡き「ウオオオいくぞオオオ!」
グウィン「さあ来い名亡き!」


──名亡きの勇気が世界を救うと信じて…!




 はい、というわけで『不死人が異世界から来るそうですよ?』は完結となります。名亡きが帰っちゃったからね、仕方ないね。名亡きをキチガイのつもりで書いてたのに、感想欄で聖人認定されるのは草生えました。今までご愛読ありがとうございました! 不死人さんの次回作にご期待ください!















ダークソウル風に言えば、
『Nameless, Lord of Dark』編が始まる予定です。
感想・評価を捧げよ。


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