不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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罹人

 レティシアとサンドラはペストを相手に、街の上空では熾烈な空中戦を繰り広げていた。

 この2人は空を飛べるからこそ、同じく空を飛べるペストの相手を任されていた。

 しかし、レティシアとサンドラの2人がかりであっても、ペストの猛攻を凌ぐので精一杯だった。それ対し、ペストの表情にはまだ余裕がある。

 

「このっ……!」

 

 振り下ろされたレティシアの槍は黒風の障壁によって防がれる。しかし、レティシアは強引に槍を振り抜ける。

 ペストは地面に向かって急降下し、そのまま激突する。

 土埃が舞い上がる。ペストの姿は見えない。

 レティシアとサンドラはむしろ表情を引き締める。これで倒せたなんて考えていない。負傷してくれたら儲け物だ。

 やがて土埃が晴れる。そこには、興の醒めた表情で佇むペストがいた。服に付いた土埃を払う。その体にはやはり傷一つない。

 

「手緩い攻撃ね。私を倒す気がないのか?」

「ああ、その通りだ」

 

 ペストは眉をひそめる。この極限の状況でイかれてしまったのだろうか。

 

「私たちの役割は、お前を地面に引きずり落とすことだからな」

 

 レティシアはペストの疑惑を否定するように言葉を続ける。

 今回のギフトゲームにはそれぞれに役割が与えられている。この場においてなら、制空権を確保する者と、ペストを抹殺する者といった風に。

 

「っ……!?」

 

 死角から火球が飛んでくる。

 生半可な防御では突破される。そう感じさせるほどの熱量。

 最大出力の黒風で炎を受け止める。黒風に阻まれた炎は音もなく消えた。

 サンドラの炎とは威力が明らかに違う。全てを蝕み、燃やし尽くすという破壊の意志しか感じられない。

 

「……」

 

 炎が襲ってきた方向には甲冑の男が── 名亡きがいた。

 名亡きの持つ剣は甲虫の脚を彷彿させる形姿をしている。ペストから見ても悍ましいと称せざるを得ない。

 だが、最も悍ましく、そして恐ろしいのは、その刃に纏う炎だ。いや、果たしてあれを炎と呼んでいいのか。

 炎は神が人類に齎した叡智だ。火は使い方を誤れば大いなる破壊を巻き起こすが、それ以上に人類の発展に貢献してきた。暗闇を照らしてくれるし、寒さから守ってくれる。

 しかし、名亡きが操る炎は違う。外見だけは普通の炎と変わらないが、決定的に違う。

 炎がずっと叫んでいる。壊せ、燃やせ、そして混沌を齎せと。炎というよりも呪いに近い。それなのに、この男はどうして平然と使役できるのか。どう考えてもマトモではない。

 

「あなた、何者なの……!」

 

 敵の問いかけに応じる義理も必要もない。名亡きはクラーグの魔剣を構え、地を蹴った。

 

「!」

 

 名亡きの踏み込みは、彼を容易く剣の間合いまで運んだ。

 ペストが知覚できたのは、今まさに刃が振り下ろされようとする瞬間だった。

 いよいよ炎の魔剣が振り下ろされる。黒風を纏わせた右腕で受け止めようとした瞬間、ペストの生存本能が警鐘を鳴らす。

 躱せ。受け止めるな。この炎は、さっきのそれとは格が違う──!

 

「くううぅぅっ!!?」

 

 その場から強引に跳び退き、名亡きの凶刃から逃れる。あと一瞬でも判断が遅ければ、確実に命を刈り取られていた。

 しかし、その代償は大きかった。完全には避けきれず、右腕の肘から先を斬り落とされた。

 傷口から血は流れていない。刃に纏った炎が断面を焼き焦がしたからだ。

 肉を斬り焦がされる苦痛は想像を絶するものだ。ペストは苦悶の表情を浮かべながら名亡きを睨む。憎悪を剥き出しにしたその目には、確かに恐怖の色が滲んでいた。

 

「……」

 

 魔王の憎悪を向けられても、名亡きの心は微塵も揺るがない。

 それどころか地面に転がるペストの右腕にクラーグの魔剣を突き刺し、刃から迸る混沌の炎で包み込む。ペストの右腕を薪にして、炎はより大きく燃え上がる。

 名亡きはクラーグの魔剣を引き抜く。ペストの右腕は塵一つ残っておらず、最初から存在しなかったかのように消失した。

 

「っ、挑発のつもりかしら……!?」

 

 挑発なんてとんでもない。全力で警戒している。右腕だけが動いたり、毒を撒き散らす可能性があったので排除したまでだ。ペストの態度から察するに取り越し苦労のようだが。

 ただ、そんな無意味な問答に付き合うつもりはない。名亡きは緩慢な足取りでペストとの間合いを詰める。

 しかし、ペストは動けなかった。少しでも隙を晒せば、名亡きは即座に距離を詰め、刃を振るうだろう。

 呪いのような炎を従え、生命を刈り取るだけの存在。このような存在を、箱庭では魔王と呼ぶのだろう。魔王である自分がそう思ってしまったのだから笑うに笑えない。

 

「……そうね、やっとわかったわ。あなたは私の側にいちゃいけない人」

 

 だからこそ、名亡きはここで殺す。ここで確実にだ。確かに名亡きは強い。だが、それ以上に危険すぎる。こんな男をコミュニティに抱え込むなど、導火線に火が付いた爆弾を抱えて眠るようなものだ。

 本気の黒風を放つ。触れただけで生命を落とす、まさに死を運ぶ風。この化物でも躱すしかないはずだ。

 

「……」

 

 名亡きはクラーグの魔剣を振るう。爆炎が壁のように巻き起こり、黒風が呑み込まれる。

 役目が終えたのを理解したように炎が収まる。

 ペストが見たのは、炎の残滓の上を歩く名亡きの姿だった。

 

「ばけものめ……」

 

 その光景はまさに悪夢のようだった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 飛鳥は今までハーメルンの犠牲者である130人の子供たちが転生した群体精霊── もう1つのラッテンフェンガーに匿われていた。彼らとのギフトゲームで赤い鋼鉄の巨人ディーンを託された今、満を持してギフトゲームに戻ってきたのだ。

 飛鳥の使役するディーンはあっという間に3体の白い巨人シュトロムを撃破した。

 ディーンの巨腕でラッテンを捕え、飛鳥の勝利は決まったも同然だった。

 しかし、このまま一方的な勝利を収めるのを良しとしない飛鳥はラッテンにあるギフトゲームを提案した。飛鳥の使役するディーンを操ってみろ、というゲームだ。ラッテンはそのゲームを引き受けた。

 夜のハーメルンの街に蠱惑的な笛の音が鳴り響く。この笛の音を聴けば、誰もが虜になるだろう。飛鳥も目を瞑り、演奏をじっと聴き入る。

 

「っ」

 

 名亡きに射抜かれた肩の傷が疼いた。

 指の動きが鈍り、甘美な音色の中に凡庸な音が混じる。決してミスではない。だが、真っさらなキャンパスの中央に黒い点が描かれたように、どうしても目立ってしまう。

 それでも一瞬で持ち直し、その後にも完璧な演奏を成し遂げた。並々ならぬ技術と、己の演奏に対する誇りがあるからだろう。

 観客としてここに立つ以上、飛鳥はそれらに拍手を送らずにはいられなかった。

 

「とても良い演奏だったわ。思わず聴き入ってしまうくらい」

 

 箱庭に来る前の自分なら── 独りぼっちだったあのときなら、きっと彼女の演奏の虜になっていただろう。

 しかし、演奏者であるラッテンは首を横に振った。

 

「お世辞は要らないわ。まったく、あんな凡ミスをしたなんて初めてよ」

「お世辞なんかじゃないわ。だけど、そうね。万全のあなたの演奏を聴きたかった」

「ふふん、ちゃんと演奏できたら── いいえ、肩の傷がなくても、赤ネズミちゃんの勝利は変わらなかったかもね」

 

 ラッテンは足の先から光の粒子となって消えていく。ディーンの一撃は致命傷だった。

 

「そうだ。同じ女として、お姉さんが一つアドバイスしちゃう」

「?」

 

 まさか、今回のギフトゲームに関するアドバイスなのでは。

 飛鳥は真剣な面持ちでラッテンの言葉に耳を傾ける。

 

「──男はちゃんと選びなさい」

 

 一瞬、何を言われたかわからなかった。

 頭の中で言葉を反芻する。男は、ちゃんと、選びなさい……?

 名亡きの姿が浮かんだ瞬間、飛鳥の顔は茹で上がったように赤くなる。

 

「な、何を……!?」

 

 ラッテンは飛鳥の狼狽を見てイタズラが成功したように笑うが、その目は真剣そのものだった。飛鳥もそれを感じ取ったのか、ラッテンが言葉を続けるのを待つ。

 

「あなたの怖〜いナイト様── 名亡きだっけ? あれは多分、私たちよりもずうっと闇に近い存在よ。離れるなら今の内だと思うわ」

 

 名亡きと言葉を交わしたことはない。遠目で姿を見ただけだ。それでも、確信に至るには十分だった。名亡きからは闇側の気配がする。

 

「あなたに、名亡きさんの何が……!」

 

 飛鳥は強い口調でラッテンの言葉を否定する。

 名亡きについて知らないことは多い。ラッテンの言葉だって嘘だと言い切れない。

 だけど、名亡きはどれだけ苛酷な運命に翻弄されても、人としての優しさは失わなかった。優しい人なのだと、強い人なのだと、飛鳥たちは知っている。

 

「そうね、私は彼の一面しか見ていない。だから別に聞き流しても構わないわ」

 

 言いたいことを言い尽くしたのか、消える速度が速まった。

 首から上しか残っていないが、ラッテンの表情は満足気だった。

 

「それじゃあね、可愛いお嬢さん。最後まで演奏を聴いてくれてありがとう。マスターにもよろしくね」

 

 ラッテンが完全に消えた。

 彼女がここに確かに存在していたのを示すように、笛がディーンの掌に落ちる。

 飛鳥はそれを複雑な表情で眺めていた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 ペストは黒風を撒き散らしながら距離を取り、名亡きはクラーグの魔剣で黒風を焼き斬りながら進む。

 身体能力そのものならペストが何枚も上手だ。しかし、名亡きはその差を戦闘経験とセンスで強引に埋める。

 ペストは魔王になってから日が浅い。戦闘経験が希薄とも言い換えられる。だからこそ、こうして名亡きの立ち回りに翻弄されている。

 

「強いとは知っていたが、ここまでとは……!」

 

 上空にいるレティシアとサンドラは、ただ呆然と眺めるしかなかった。この2人が介在できる余地など何処にもない。

 この2人の役割はペストを地面に引きずり落とし、空に逃げさせないことだ。いくら名亡きでも空は飛べない。隠し札を切っていないだけで飛べるかもしれないが。

 

「……」

 

 名亡きは新たに吹き荒れる黒風をクラーグの魔剣で焼き斬る。黒風に触れたらその時点でアウトだ。そう考えると、ペストの逃げの一手は当然だろう。

 このままではラチがあかない。だから、範囲攻撃で強引に隙をこじ開ける。

 クラーグの魔剣を右手に、空いている左手が呪術の火で赤々と燃え上がる。

 

「混沌の嵐」

 

 名亡きが地面に手を着くと同時に、名亡きのいる地点を中心として地面が赤く燃え上がる。当然、ペストはその範囲内にいる。

 混沌がやって来る──。

 地面から幾つもの火柱が上がる。闇に包まれた中世の街を赤々と照らす。まるで地獄から炎が溢れ出したようだ。

 名亡きはペストの立っていた地点を見る。殺せはしなくとも、無傷とはいかないはず。

 

「!」

 

 黒風を纏ったペストが、混沌の炎を突き破って名亡きの前に現れた。

 名亡きがクラーグの魔剣を振るうよりも速く、ペストは名亡きの胸に左腕を突き刺した。

 

「……カッ…………!?」

「名亡きさん!?」

 

 サンドラの悲鳴が響く。

 ペストは左腕を引き抜く。その手には心臓が握られていた。

 名亡きは膝から地面に崩れ落ちる。その胸には握り拳大の穴が空いていた。穴からは湧き水のように大量の血が流れる。

 名亡きの心臓を握り潰す。これで当面の脅威は消え去ったと、安堵の感情で満たされる。

 

「あなたの敗因は私を侮ったこと。全力の風の障壁なら、あの炎の中でも少しは耐えられるわ。もう死んでいるから、聞いてないでしょうけど」

 

 ペストは上空にいるレティシアとサンドラに視線を移す。

 名亡きが殺されると思っていなかったのだろう。レティシアとサンドラは愕然とした表情を浮かべている。

 

「次はあなたたちよ。安心して、有用だから生かしてあげる」

 

 黒風が吹き荒れようとした、そのとき。

 

「はっ?」

 

 胸から炎を纏った刃が突き出る。体の内側から灼かれる苦痛に悲鳴をあげそうになる。

 

「馬鹿、なッ……! 確かに殺したはずッ!」

 

 肩越しに振り返れば、そこには殺したはずの名亡きがいた。胸の穴もいつの間にか塞がっている。

 

「まさか、蘇生…… いや、不死の恩恵!?」

「……」

 

 名亡きはペストの背中に蹴りを叩き込む。ペストは前に倒れると同時に、炎の刃が強引に引き抜かれる。

 うつ伏せになって倒れるペストに歩み寄り、名亡きはクラーグの魔剣を振り上げる。狙うは、その首だ。

 

「なめるなぁ!!」

 

 ペストは振り返ると同時に、黒風を放つ。

 名亡きはペストの黒風に呑み込まれる。

 糸の切れた人形のように背中から地面に倒れこむ。名亡きも例外ではなく、黒風に命を刈り取られた。

 名亡きの死体が光の粒子となって消える。

 しかし、その場にはまだ死を運ぶ黒風が渦巻いていた。名亡きの姿は黒風に隠されて見えない。それが意味するのは、名亡きは蘇っては殺されるを繰り返しているということだ。

 

「その場で蘇るタイプのようね。それなら好都合だわ。そこで永遠に蘇っては死んでを繰り返してなさい……!」

 

 ペストは冷笑を浮かべる。

 死んでは生き返るなんて、想像を絶する苦しみを名亡きは味わってるに違いない。

 

「な、名亡きさん! 今助け──」

「お待ちください、サンドラ様。私たちではあの黒い風を打ち破れません。弱った魔王に早急にトドメを刺すの最善です」

「ですがっ!!」

 

 そのまま放置するなんて、そんなのあまりに惨すぎる。

 そう言葉を続けようとしたとき、サンドラはハッと気づいた。レティシアは血が滲むほど強く拳を握っている。

 十六夜たちと同じく、名亡きもペルセウスから解放してくれた恩人だ。今、一番名亡きを助けたいのは彼女のはずだ。

 

「よう、取り込み中か?」

「十六夜!」

 

 屋根の上にはペストの配下の1人、ヴェーザーを倒した十六夜がいた。

 

「そういうことか」

 

 死を運ぶ黒風が渦巻いてるのを見て、十六夜は何が起きてるかを察する。あの中に名亡きが閉じ込められているのだろう。

 黒風の側に降り立ち、拳を握り締める。

 

「らぁ!!」

 

 黒風の渦を殴りつけ、そのまま吹き飛ばしてしまった。渦があった中心には、力なく横たわる名亡きがいる。

 

「馬鹿な、ただの拳圧で……!!?」

 

 ペストの心境は絡み合った糸のようにぐちゃぐちゃだった。

 意味がわからない。超常の存在ならまだしも、ただの人間がどうして黒風に触れて無事でいられる!?

 鎧の男もそうだ。あの悍ましい炎を操るだけでなく、不死の恩恵まで持っている。あまりにも規格外すぎる!

 

「無事か」

「…………………ぁぁ」

 

 ペストの戦慄など何処吹く風と、十六夜は名亡きに話しかける。返事はあるが、虫のように小さな声だった。

 

「だいぶ参ってるな。まあでも、かなり追い詰めたみてーじゃねえか。美味しいところを掻っ攫うようで悪いが、後は俺たちに任せときな」

 

 薄れ行く意識の中、名亡きは確かに十六夜の言葉を聞いた。

 十六夜たちならば、きっとペストにトドメを刺してくれる。彼らに全てを任せて、少し休むことにした。生き返っては死ぬ精神的負担は、名亡きが思うよりもずっと重いものだった。

 思考を手放す。今の名亡きには何かを見て感じるとことも、考えることもない。川で流れる木の葉のように、あるがままに状況を受け入れる。

 ふと、眩い光が差し込んだ。希薄になっている意識の中、名亡きは飛鳥の姿を見た。考える能力が著しく低下してる中、確かに安堵を覚えた。

 

 

 




犬にもまけず
鼠にもまけず
車輪骸骨の回転にもまけぬ
丈夫なからだをもち
生きたいという欲はなく
理不尽な起き攻めにも決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日にエスト瓶四杯と
少しの苔玉をたべ
あらゆることを
じぶんの生死をかんじょうに入れずに
敵のパターンをよくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな篝火のそばにいて
東に病気のこどもあれば
行って毒紫の苔玉を食わせ
西につかれた母あれば
行って太陽の光の癒しを使い
南に死にそうな不死人あれば
行ってダウン致命を取り、糞団子を投げつけてやり
北に世界の侵入があれば
つまらないから皆殺しにし
だれかのかなしみになみだをながし
暗い世界にほのおを灯し
みんなに薪の王とよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういう不死人に
わたしはなりたい



※誤解のないように言っておきますが、ふしひとさんは宮沢賢治を尊敬しています。勿論黒柳徹子さんも尊敬しています。あんなん現代に舞い降りた聖女やで。



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