不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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甘人

 名亡きは今、メインストリートから外れた裏道を進んでいる。日の光は建物で遮られ、辺りはゴミが散乱している。観光客どころか、現地の人すら寄り付かないだろう。いるとすれば、社会の爪弾き者や不適合者くらいだろう。何人かが息を殺し、名亡きに険しい目を送っている。

 飛鳥をサウザンドアイズの支店に送った後、名亡きは街へ戻った。名亡きのことを薪の王と呼んだあの老婆を探すためだ。

 飛鳥に「人探しをするから今日は帰らない」と伝えているから、きっと黒ウサギたちに上手く説明してくれるだろう。

 思ったよりも街は広大で、丸一日かけて探しているが、老婆はまだ見つかっていない。幸いと言うべきか、老婆の恰好は箱庭でも特徴的だ。目撃情報はそれなりにある。

 この裏道こそ、老婆の最後の目撃情報があった場所なのだ。この近辺に潜んでいる可能性が高い、

 それに、同じ世界の住人だからこそわかる。箱庭の表の世界はあまりにも眩しすぎる。人が多くて息が詰まってしまいそうだ。だからこそ、こんな裏道が落ち着く。あの老婆も同じことを考えているに違いない。

 入り組んだ道を進み、十字路を右に曲がる。

 

「……!」

 

 見つけた。灰色のフードを被り、亀の甲羅のようなものを背負っている。あの特徴的な恰好は間違いない。

 名亡きは早歩きで老婆との距離を詰める。

 気配に気づいたのか、老婆は足を止めて振り返る。

 

「おや、また会ったねえ。いや、見つかったが正確な表現かね?」

「……聞きたいことがある」

「ああ、答えてあげるよ。この婆で答えられることならねえ」

 

 ソウルを要求される可能性も考えていたが、素直に答えてくれるようで安心する。

 

「……まず、お前は俺と同じ世界の人間か?」

「同じだろうねえ。私も不死人だし、あんたも不死人だ。こんな呪われた体が違う世界にあってたまるかい」

「……同感だ」

 

 この老婆も不死人というなら、名亡きと同じ世界の出身なのは間違いない。

 だが、この質問はただの確認にすぎない。重要なのは次の質問だ。

 

「お前は何者だ。どうして俺の名を── いや、どうして俺が薪の王だと知っている?」

 

 無意識のうちに、名亡きの言葉に力が入る。

 

「……それは」

「!」

 

 老婆が何か答えようとした瞬間、空から黒い契約書がヒラヒラと舞い落ちてきた。それも1枚や2枚だけではない、街全体に数え切れない数の契約書が降り注いでいる。

 目の前で舞い落ちる契約書を手に取り、内容に目を通す。

 この黒い契約書は魔王の襲来を意味する。それを知らない名亡きは、契約書を読んで状況を把握する。

 十六夜たちの身に危険が迫っている。今すぐ助けに行くのが筋なのだろうが、この老婆をもう一度見つけられる保証はどこにもない。

 名亡きの葛藤を見抜いたのか、老婆は掠れた声で笑った。

 

「行きたいのなら行けばいいよ。心配しなくとも、あんたが私に用があるというのなら、ここから離れるつもりはないよ」

「……恩にきる」

 

 その言葉を信じ、名亡きは走った。十六夜たちは火竜生誕祭の開催場所である闘技場にいるはずだ。

 1人残された老婆は何も言わず、その場で佇んでいた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 1人の女が笛を吹き、愉しそうな目で闘技場を見下ろしている。

 彼女の名はラッテン。グリムグリモワール・ハーメルンの一員であり、笛の音色で鼠と人心を操る能力がある。

 闘技場ではラッテンに操られたサラマンドラの兵士たちが、無意味な争いを続けている。その滑稽な様子を見てると、思わず演奏を止め、微笑んでしまう。

 白夜叉の封印にも成功した。ノーネームの団員たちも逃してしまったが、気にすることもないだろう。全て計画通り進んでいる。

 演奏を続けようと、吹き口に口をつけたとき。

 

「……?」

 

 ふと、肩に違和感を感じた。

 その違和感は間を置かずして激痛に変わる。

 

「〜〜〜〜ッ!!??」

 

 歯を食いしばり、悲鳴を押し殺す。

 肩に矢が突き刺さり、しかも貫通している。射抜かれるまで、攻撃に気づけなかった。

 矢が刺さっている方向からして、弓兵は遮蔽物のない高所に潜んでいるはずだ。

 その方向に目を向けて── 愕然とした。それらしき高い建物は、北と東を分ける壁しかない。まさか、まさかあの距離から狙ったというのか!?

 

「……」

 

 ラッテンの予測通り、彼女を狙撃した者は壁の上にいた。

 身の丈を優に超える大弓を携えた名亡きである。名亡きが使用した弓はゴーの大弓といい、四騎士の1人である鷹の目ゴーが愛用していた。この弓で遥か上空にいる古竜を撃ち落としたという。

 ゴーは巨人であり、当然ながら弓のサイズと必要とされる筋力も彼に合わせている。人が使える代物ではない。しかし、数多のソウルを吸収し、人という枠組みからとっくに逸脱した名亡きだからこそ、ゴーの大弓も問題なく扱えた。

 敵らしき人物を他にも2人確認できた。その中でもラッテンを狙ったのは、戦場で油断丸出しな上、笛を吹いて遊んでいたからである。名亡きからすれば、どうぞ殺してくださいと言ってるようなものだ。

 名亡きは双眼鏡で闘技場を覗く。ラッテンの肩に矢が突き刺さっていたが、名亡きはその結果に眉をひそめた。本当は後頭部を狙っていたのだが、矢の行方はご覧の通りだ。久し振りの弓に、腕がすっかり鈍っている。

 だが、次は外さない。名亡きは二の矢をつがえ、弓の弦を引く。

 

「そこまでです!」

 

 黒ウサギの声と共に、雷の轟音が響く。

 名亡き個人ではなく、この場にいる全員に向けての言葉のようだ。

 

「ジャッジマスターの発動が受理されました! これよりギフトゲーム『The PIED PIPER of HAMELN』は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください!繰り返します──」

 

 箱庭のギフトゲームにおいて、ジャッジマスターの命令は絶対だ。逆らうことはできない。

 仕留めるチャンスだったが仕方ないと、名亡きは一先ず弓を下ろした。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「皆さん、名亡きさんをお連れしました!」

 

 謁見の間の扉が勢いよく開かれる。

 黒ウサギが先に謁見の間に入室し、続いて名亡きが入室する。

 

「この方が4人目の異世界人……」

 

 サンドラが名亡きを見て呟く。

 全身甲冑という理由もあるが、名亡きの雰囲気は十六夜たちと比べても独特のものだった。虚ろなのに、どこか殺伐としている。

 

「兜を脱げ、鎧の男。フロアマスターの前で無礼だぞ」

 

 厳つい表情の男が名亡きを睨む。彼の名はマンドラ。フロアマスターの補佐であり、実の兄でもある。

 他人にも己にも厳しい性格であるが、今はその言葉に覇気はない。ただ、状況が状況なので仕方ない。

 

「すまない、事情があって死んでも兜を外すことはできない。無礼なのは重々承知だが、どうか許してもらいたい」

 

 死んでも、という言葉にノーネームの面々は苦笑いを浮かべる。

 予想外に丁寧な態度に、マンドラは言葉を言い淀む。

 

「大丈夫よ、兄さん。初めまして、名亡きさん。私は北のフロアマスター、サンドラです。事情がおありなら、兜の着用を認めましょう」

「ありがとう」

 

 話には聞いていたが、名亡きは改めてその幼さに驚く。ただ、その力は11歳のものとは思えない。目の前の少女も白夜叉と同じフロアマスターである器の持ち主ということなのだろう。

 

「……久遠飛鳥と春日部耀は?」

 

 飛鳥と耀の姿がないのに気づく。ノーネームの面々は揃っているのに、この2人だけいないのは不自然だ。

 

「耀さんは敵の攻撃で体調を崩して、別の部屋で休息しています。飛鳥さんは、その…… 行方不明なんです。白い女の人から僕たちを逃がしてくれて、それっきり……」

 

 名亡きの問いかけに対して、ジンが申し訳なさそうに答える。

 

「……」

 

 本当に久しぶりだ。いつ以来だろう。こんなに心が揺れ動いたのは。

 行方不明なだけで死んでないかもしれない、なんて甘い希望を抱けるような世界で名亡きは生きていない。飛鳥は死んでしまったと思うのも、必然だった。

 共に暮らしていくうちに飛鳥は── ノーネームの面々は、いつの間にか名亡きにとって大切な人になっていたらしい。

 だが、また失くしてしまった。この世界でも、失くしていくしかないのか。心に穴が空いたような喪失感が襲いかかる。

 

「っ!?」

 

 この場にいる全員が凍りついた。十六夜だけが表情を険しくし、名亡きを見る。

 名亡きの心の隙間を埋めたのは怒りだった。誰に対して怒りを向けているわけでもない。強いて言えば、世界に向けた怒りだろうか。

 外見は何も変わりない。だが、纏う雰囲気が明らかに違っていた。静かに、苛烈に、地の底を流れるマグマのような怒りを撒き散らしている。

 

「黒ウサギ、彼女らと交渉の余地などあるのか? 今すぐにでも殺すべきだと思うのだが」

「……ぁ、それは………!」

 

 審議決議をする以上、相互不可侵が原則だ。相手を傷つけることは認められない。

 しかし、それを告げようにも、名亡きの怒りにあてられて声が出ない。

 そんな黒ウサギを助けるように、十六夜が名亡きの肩に手を置いた。

 

「落ち着けよ名亡き。まだお嬢様が死んだと決まったわけじゃねえ。それに、俺たちのギフトゲームの勝利条件も不明のまま。攻略方法を探る時間も必要だ」

「……」

 

 室内に満たされていた怒りが霧散していく。残ったのは、いっそ不気味なほどの静けさだった。

 

「これからグリムグリモワール・ハーメルンとの交渉に移ります。名亡きさんは……」

「俺は、いい」

 

 それだけ言った後、名亡きは沈黙を貫いた。

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 審判決議の結果、ゲームの再開は1週間後となった。十六夜とジンはギフトゲームの勝利条件を探り、耀は怪我人の手当てに勤しんでいた。

 しかし、それから数日経ったとき。耀は高熱で倒れてしまった。黒死病に罹ったのだ。

 耀は誰もいない別室で寝かされていた。

 高熱に侵され、頭が割れるように痛い。耀にできるのは痛みに耐え、目を瞑って眠りに落ちるのを待つだけだった。

 だけど、何より辛いのは独りでいることだ。

 意識が混濁する。瞳に映るのは暗闇だけ。起きているのかもしれないし、夢を見てるだけなのかもしれない。

 ふと、暗闇だけの世界に光が射した。言いようのない心地良さに全身が包まれる。割れるような痛みも和らいでいる。

 

「名亡き……?」

 

 目を開けると、そこには名亡きがいた。布のようなタリスマンを持ち、片膝を突いている。その姿は何かに祈ってるようにも見えた。

 

「春日部耀」

 

 耀の意識が戻ったのに気づき、名亡きはすくりと立ち上がる。

 

「……光が、見えたの。とても綺麗だった。もしかして名亡きが?」

「ああ。太陽の光の癒しという奇跡…… 魔法を使った。術者とその周囲にいる者を回復させる効果がある。病を治せるかは知らないが、体力は回復したはずだ」

 

 タリスマンを媒介として神の御業を再現するのを、名亡きの世界では奇跡と呼ぶ。

 奇跡を再現するには一定の信仰が必要だ。しかし、今の名亡きは神を信じていない。神を屠ってきたのだから当然だ。

 不死人になる前── 本当の名前がまだあったとき、それなりに信仰深い性格だったのだろう。

 

「楽になったか?」

「うん、とっても」

「そうか」

 

 耀の容態が回復したのを確認し、名亡きは部屋から去ろうとする。耀だけでなく、他の者も見て回らないといけない。

 ゲームが中断してから今日まで、容態が悪い者に片っ端から太陽の光の癒しをかけている。

 

「待って」

 

 名亡きは足を止め、振り返る。

 

「来てくれてありがとう、名亡き」

 

 耀は笑いながらお礼を言う。体調を良くしてくれたのは勿論のこと、こうしてお見舞いに来てくれたことが、何よりも嬉しかった。

 

「……ああ」

 

 名亡きは短く返事をすると、部屋から出ていった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 暗い夜の街。魔王が襲来してから、すっかり活気を失ってしまっている。

 名亡きは建物の屋上に立ちながら、時計台を眺めていた。時計の針が12時で重なれば、ゲームが開始される。

 今回のゲームが終わったとき、あの老婆から話を聞こうと決めた。名亡きなりの、飛鳥たちの危機に駆けつけられなかったケジメだ。

 だから、速攻で終わらせよう。

 名亡きはある剣を装備する。その剣の銘はクラーグの魔剣。混沌の炎に呑まれたイザリスの魔女のソウルから造られた剣だ。刀身には混沌の炎を帯びており、使用者の人間性によって威力を増す。

 炎の威力を高めるため、かなりの数の人間性を解放する。

 混沌の炎がより赫く燃え上がる。クラーグの魔剣を軽く振ると、炎が奔った。

 12時を告げる時計の音が鳴り響く。ギフトゲーム『The PIED PIPER of HAMELN』の幕が上がった。

 




るーるる るるる るーるる るるる るーるーるーるー るるっるー

「さぁ今日のゲストです! なんと名亡きさん。来て下さいました~!」

るーるる るるる るーるる ららら らー らーらーらー

黒柳◯子「すばらしいご活躍で」
名亡き「あ、はい……」
黒◯徹子「内臓攻撃って言うの? ちょっと見せてくださる?」
名亡き「あ、いえ、俺は致命の一撃の方なので……」
黒柳徹◯「あら、致命の一撃って言うのね、ごめんなさいね」
名亡き「いえ……」
◯柳徹子「内臓攻撃は、なさらないのね」
名亡き「……」
黒◯徹子「ところであなた、顔色悪いわね。痩せ過ぎじゃないかしら」


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