不死人が異世界から来るそうですよ? 作:ふしひとさん
絹のようなアルゴールの毛髪。その一本一本が意思を持つように怪しく蠢き、変容する。
無数の蛇と化したアルゴールの毛髪が一斉に名亡きへと襲いかかる。しかし、竜狩りの槍の一振りにより容赦無く灼き焦がされる。
それら一連の動作はあまりにも速すぎて、ルイオスには知覚すらできなかった。
「ぅひ、わっ……!?」
いつの間にか背後に来ていた十六夜に足首を掴まれる。
十六夜はその状態で走り出した。足首を掴まれたルイオスは、必然的に引き摺られる形になって連れてかれる。地面や瓦礫に体のあちこちをぶつける。コブや切り傷ができるが、痛みで叫ぶ余裕すらない。
気がつけば、観客席の奥に建っている柱の陰に連れてこられていた。そこにはジンと飛鳥、そして石化した黒ウサギもいる。
「答えなさい、何をしたの!?」
飛鳥が険しい表情でルイオスを問い詰める。
明らかにギフトゲームの範疇を超えた事態が起きている。アルゴールが唐突に強くなり、ノーネームだけでなく主人であるルイオスまで危害を加えようとした。
「アルゴールを、暴走させた……!」
逆らう気力はとうになく、ルイオスは弱々しい表情でそう答える。
ルイオス自身、アルゴールの力を十全に扱い切れていないのはわかっていた。名亡きへの恐怖に屈して、アルゴールを暴走させるという選択肢を選んでしまったのだ。
「そんなっ…… アルゴールは白夜叉様と同じ星霊種の魔王なんですよ!? 僕たちどころか、箱庭にどんな被害が出るか……!」
「やれやれ、道化も過ぎると笑えねえってやつだな」
十六夜の目には闘志の炎が揺らいでいた。勝ち筋を見出そうと、自分たちが置かれている状況を冷静に把握する。
アルゴール。別名メデューサ。隷属。ペルセウスの逸話。首を刎ねた。ペルセウスの末裔。
様々な単語が十六夜の思考の海に浮かんでは消える。そして、ある神話の一節に行き着いた。刎ね飛ばしたゴーゴンの首を掴み、天に向かって掲げているペルセウスの姿が。
「……おい、アルゴールの目をよく思い出してみな」
十六夜に言われるがままに、飛鳥たちはアルゴールの目がどうなっていたかを頭に浮かべる。
「蝋みたいな何かで覆われていた……?」
「ああ、その通り。本来の伝承通りなら、アルゴールに見られただけで俺たちは石に変えられてるはずだ。だが、そうはならなかった。アルゴールの目は今も塞がれているからだ。考えられるとすれば、このドラ息子の隷属がまだ効いてるってことだ」
作戦──と呼ぶには不確定要素が多いが──のキーマンとなるルイオスに、十六夜は目を向ける。
「勿論俺たちも殺す気でいく。それでも致命打にならねえとき、ドラ息子がアルゴールの首を刎ねろ。ペルセウスの伝説に倣えば、アルゴールを無力化できるかもしれねえ」
「そ、そんなの無理だ! できるわけない!!」
速攻で弱音を吐くルイオスの胸倉を掴み、自分の顔の前まで持ち上げる。
「できるかできないかじゃねえ、やるんだよ。手前のしでかしたことくらい責任取りやがれ」
ルイオスの胸倉から乱暴に手を離す。
ルイオスは俯いてるだけで、十六夜に何も言い返さなかった。
「お嬢様に御チビ、黒ウサギは任せたぞ」
それだけ言い残し、十六夜は戦場へ戻った。普段の飄々とした態度は鳴りを潜めているが、それでもどこか楽しそうに笑っていた。
場所は変わり、闘技場の中心。名亡きとアルゴールの戦いは苛烈を極めていた。
アルゴールは無造作に腕を振り回す。技術も何もない幼稚な攻撃。しかし、拳が地面に当たればクレーターのように陥没し、壁に当たれば粉々に砕ける。その細腕からは想像もつかない破壊力だ。
名亡きはそれらの攻撃を紙一重で躱しつつ、隙だらけの急所に穂先を疾らせる。
竜狩りの槍を振り切った瞬間、アルゴールの姿はそこになかった。出鱈目な脚力に任せ、その場から飛び退いたのだ。
いっそ笑えてしまう身体能力の差。諦めろと言わんばかりに、アルゴールは笑みを深める。しかし、名亡きはただ静かに槍を構え直す。
「っらあ!!」
猛スピードでやって来た十六夜がドロップキックをアルゴールの顔面にお見舞いする。
勢いそのままアルゴールは吹き飛び、壁に激突した。激突した壁は崩壊し、瓦礫がアルゴールの姿を覆い隠してしまう。
「逆廻十六夜」
「よう、名亡き。手伝いに来たぜ」
十六夜は不敵に笑う。
名亡きはどこか安心にも似た感情を覚える。アルゴールを相手に、彼の助力は本当に心強い。
「作戦ってほど大したもんじゃないが、伝えておくぜ。俺とお前でアルゴールの動きを止める。んで、その隙にドラ息子が首を刎ね飛ばす。神話をなぞらえるのが、あの化物を殺せる可能性が一番高い算段だ。不安なのはわかるが──」
「是非もない。お前たちがそう決めたのなら、従うだけだ」
「へっ、そうかい」
竜狩りの槍を構え直す。
無茶無謀は不死人の常だ。勝つ糸口を掴むため、命を投げ捨てて戦うのも珍しくない。勝てる算段があるのなら上々だ。
名亡きと十六夜はアルゴールが埋まっている瓦礫の山に目を向ける。
次の瞬間、衝撃波で瓦礫が吹き飛び、アルゴールが起き上がる。唇を切ったのか、口元には一筋の血が伝っている。
アルゴールの表情から笑みが消えた。彼女から感じる圧が格段に強まる。2人が揃って初めて、己を脅かす存在と認識した。舌舐めずりをして、口元に伝った血を舐める。
「いくぞ」
「ああ」
アルゴールにとって、今までの戦いは遊戯にも等しい。ここからが本当の戦いだ。
▲▽▲▽▲▽▲
悪夢としか言いようがなかった。
山をも砕く威力を秘めた四肢。蛇となって襲いかかってくる毛髪。光線のような石化の恩恵は隙が大きいので使ってこないが、本来は見られただけで石化してしまうのだ。かの英雄はこんな化物を相手にしたのか。
ぞわりと、十六夜の背中に嫌な感覚が走る。アルゴールの目は塞がれているのに、標的として見られた気がした。
アルゴールの拳が迫る。それに対して十六夜は、己の拳をぶつけることによって相殺する。両者の腕が後ろに弾ける。そこから始まるのは、常人の目では捉えられない拳と拳の応酬だった。
両者の拳が重なり合う度に、空気が悲鳴をあげる。
「っ……!」
ずきりと、骨が軋むような鈍痛が十六夜の拳に芽生える。それに意識を割かれた瞬間、アルゴールの蹴りが十六夜の横っ腹に叩き込まれる。体をくの字に曲げ、十六夜は吹き飛んだ。激突した壁が崩れ、瓦礫の山に埋もれる。
十六夜に代わって、名亡きがアルゴールの前に出る。
名亡きは足を前に進めながらも、首を横に傾ける。次の瞬間、頭部のあった空間をアルゴールの拳が通り過ぎる。
もし直撃すれば、熟れたトマトのようにあっさりと潰れてしまうだろう。名亡きにとっては、だからどうしたという話だが。
カウンターの要領で繰り出された刺突は、名亡きの狙い通り心臓のある位置へと吸い込まれる。
穂先がアルゴールの肉体に食い込む寸前、名亡きの腕が止まる。アルゴールの毛先から伸びる数匹の蛇が槍の柄に巻きつき、槍を止めたのだ。
蛇たちが槍をへし折ろうとした瞬間、電撃が疾る。電撃は蛇たちの拘束を弾き、放たれた弓のように竜狩りの槍は進む。
「ぎッ!!??」
竜狩りの槍はアルゴールの心臓を貫いた。
この戦場で最も身体能力が劣っているのは名亡きだ。それなのに、こうしてアルゴールとの戦いに食らいついている。
身体能力の差をセンスと経験で強引に塞いでいるのだ。血に濡れた殺し合いしかない世界だからこそ、名亡きはそれらを身に付けた。
だが、心臓を潰しても殺せないのが星霊であり、魔王だ。アルゴールの腕は蛇と化し、名亡きの顔に向かって伸びる。
「づぁ──」
名亡きの顔半分が吹き飛んだ。兜の破片と血肉が砕け散る。
名亡きの膝が崩れ落ちる── ことなく、力強く槍を捻り込む。そして、不死の古竜すら焼き焦がす雷が槍に帯びる。
顔が半分になろうとも、心が折れる理由にはならない。名亡きの動きに精彩さが欠くことはない。
「キャアアッ!!???」
雷がアルゴールの肉体を焼き焦がす。不死の古竜を屠った雷は、星霊にも確かに通用した。
耳をつんざく悲鳴が闘技場に木霊する。
載せる感情は怒りか、恐怖か。アルゴールは蛇と化した腕を強引に振る。
──ああ、死ぬ。数えるのも馬鹿らしいほど味わってきた感覚だ。
鞭のようにしなる蛇の一撃は、名亡きの感覚通り体をバラバラに砕いた。
血と臓物が地面に散らばる。ついさっきまでヒトの形をしていたと誰がわかるだろうか。
不死人ならすぐに蘇る。しかし、今回ばかりは少し違った。いつもなら肉体と一緒に装備も消える。しかし、アルゴールの胸に突き刺さった竜狩りの槍は消えなかった。
「おおおおぉぉぉ!!!」
十六夜は竜狩りの槍を掴み、アルゴールを押して直線上にあった壁に磔にする。
「やれ、ドラ息子!!!」
もう訪れないであろう、千載一遇の勝機。
全力でアルゴールを抑えつける。ルイオスはまだ現れない。
アルゴールの手が竜狩りの槍を掴む。抑えつけるのも限界が近い。しかし、ルイオスはまだ現れない。
「英雄の末裔ってんなら男見せやがれ、ルイオス!!!」
十六夜の叫びに焦りの色はない。何故なら、ルイオスなら来ると確信していた。あんなのでもペルセウスの子孫── 英雄の末裔なのだから。
「──やるじゃない」
出来の悪い子供を褒めるかのような優しい声で、アルゴールはそう呟いた。果たしてそれは、誰に向けられた言葉なのか。
ぼとりと、アルゴールの首が落ちた。
アルゴールの頭と、泣き別れた胴体が眩ゆい光となって消えていく。
残ったのは、壁に刺さっている竜狩りの槍だけだった。
どうにか勝てたと、十六夜は地面に座り込む。気道から溢れた血を地面に吐き捨てる。この痛み、アバラの一本や二本が折れているかもしれない。それほど強烈な蹴りだった。
だけど、面白かった。心の底からそう言える。命が懸かっているからこそ、この緊張感と達成感を味わえたのだろう。
「……うるさいな、聞こえてるんだよ」
突然ルイオスが現れた。その手にはハルペーが握られて、もう片方の腕にはハデスの兜が抱えられていた。
「おい、その兜……」
「春日部とかいう女が持ってきたんだよ」
あれだけ派手な破壊音が響いていたのだ。何かあったのだと、耀が駆けつけてくれたのだろう。
ハデスの兜があったからこそ、ルイオスはアルゴールの首を容易く切り落とせた。それを持ってきた耀の功績は誰よりも大きい。
「だからお前みたいなヘタレが……。マジで春日部に感謝だな」
「な、何だと!?」
冗談交じりの十六夜の言葉に、ルイオスが声を荒げる。張り詰めていた空気がどこか和んだ気がした。
だが、改めて恐ろしい恩恵だ。高速で空を飛ぶサンダルというよりブーツ、気配を完全に遮断するハデスの兜、そして星霊だろうが致命傷を与えるハルペー。
ペルセウスがメデューサを倒せたというのも納得だ。
「こうなったのは僕のせいなんだけど、それでもアルゴールを倒した一番の立役者はこの僕── うべぃ」
ルイオスが白目を剥いて地面に倒れた。後頭部には大きなコブができている。
ルイオスの後ろには名亡きがいた。いつもの厳つい鎧と違い、玉ねぎのようなコミカルな鎧を着けている。それでも顔は完璧に隠しているが。
ちなみに、この鎧はカタリナという国で造られたものだ。カタリナの騎士に面と向かって玉ねぎみたいと言えば、彼らの憤慨を買うのは免れないだろう。
名亡きの手には粗末な棍棒が握られている。彼の世界ではこの棍棒をクラブと呼ぶ。特記することもないただの木の棍棒であるが、ルイオスの意識を奪うには十分すぎた。
妙ちきりんな格好をしてルイオスの意識を奪った名亡きを、十六夜はポカンとした表情で見ていた。
「VICTORY ACHIEVED」
それだけ呟くと、クラブが手から消える。
そういえば、今はギフトゲームの真っ最中だ。ルイオスを倒さなければ、ノーネームに勝利はない。さっきまでのルイオスは確かに隙だらけだった。
こんな状況でも勝利条件を忘れないのは名亡きらしい。
「あれだけの強敵にたった2回しか死ななかった。お前のおかげだ、逆廻十六夜」
「ヤハハ、笑わせてくれるじゃねえか」
名亡きは壁に刺さっている竜狩りの槍を引き抜く。すると、竜狩りの槍も名亡きの手の中に吸い込まれるように消えた。
武器の扱いに関しては素人の十六夜でも、名亡きの槍術が卓越してるのは感じ取れた。
そういえば、名亡きのことを剣士と呼んだとき、何か言いたそうにしていた。剣以外にも使いこなせると言いたかったのだろう。
本当に多才な男だと、十六夜は感心する。
こうして、ギフトゲーム『FAIRYTALE in PERSEUS』はノーネームの勝利で幕を降ろした。
168 名前:名亡きさん
やっとグウィンを倒しました!
すっごく疲れたので、今は家に帰ってゴロゴロしてます(笑)
いよいよ明日、薪になります!
むっちゃドキドキしてきた…。
不死人の皆さん、今日くらいは殺し合いは休んで明日に備えますよね?
169 名前:灰の人
>>168
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Λ_Λ . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::
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 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄
すぐに薪にならなきゃダメだよ
始まりの火、消えちゃってるよ
無印からこんなことになるなんて
173 名前:名亡きさん
薪の王要綱を見た。
どうやら薪の王を倒したらすぐ、薪にならないといけないらしい。
アナスタシアに話したら泣かれた。怒られた。殴られた。
フラムトにも話したら怒鳴られた。今すぐに始まりの火の炉に来いって言われた。
今から始まりの火の炉に行ってきます……もうだめぽですか?
黒ウサギが箱庭に呼ばなかったらというIF。嘘です。感想・評価を注ぎ火してくれると嬉しいです。作品が燃え上がります(意味深)