不死人が異世界から来るそうですよ?   作:ふしひとさん

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不死人

○月▲日

 俺の右手の甲には、暗い闇の底のような環が浮かび上がっている。

 この環はダークリングと呼ばれている。ダークリングが浮かび上がった者は、死ぬことができなくなる。

 死ぬことができなくなった者は不死人と呼ばれ、やがて思考能力が磨耗し、本能のままに人を襲うことしかできなくなる亡者となる。

 今となっては思い出せない、もうずっと昔になってしまった日。

 王国に仕える騎士として働いていた。愛する国と民のために、幾つもの死線を乗り越えてきた。ただ、最後の戦場で俺は敵兵に殺され── 生き返ってしまった。右手の甲にはダークリングが浮かび上がっていた。

 そして、北の不死院に収容された。それこそ世界が終わるまで、ここから出られることはない。

 これまで国の為に心身を捧げてきたのに、その結果がこれなのか。不死院に収容された直後はそう思ったりもした。ただ、骨と皮だけの痩せ細った化物のようになった自分の腕を見ると、こうして隔離されるのも仕方ないと思えた。

 それからはもう、地獄のような生活だった。

 不死人は死ぬことができない。一昔前の権力者なら羨ましがるだろうが、死ねないというのはただの呪いだ。ただひたすら、牢の中で餓死と病死を繰り返した。

 亡者にはなりたくない。俺はその一心で、足下の石ころで壁に日記を書いた。だからこそ、亡者にならず正気を保てている。もしかしたら関係ないかもしれないが。

 ただ、今となってはゼンマイ仕掛けのように書き連ねているだけだ。いっそ亡者になった方が幸せかもしれないが、どうでも良かった。

 最近になって、餓死の苦しみも慣れてきた。それが良いことなのかはわからない。

 

………

……

 

×月◾️日

 不死院に新入りがやって来た。そいつは年端もいかない少女だった。

 少女の両親は娘を捕らえようとする国に反抗した結果、殺されてしまったらしい。

 可哀想だと思っても、俺にはどうすることもできなかった。

 最初は耳を裂くような泣き声が毎日響いていた。ただ、ある日を境に泣き声がぴたりと止んだ。多分、腹が空き過ぎで泣き叫ぶ体力がなくなったのだろう。

 餓死したとき、生き返った少女の肉体は健常のそれになって、再び泣き叫ぶことになった。

 泣き叫び、餓死し、泣き叫び、餓死し。それを繰り返して、やがて何も聞こえなくなった。

 この世界はもう、終わっている。

 

………

……

 

♫月!日

 これからは机の上に置いてあった手帳に日記を書いていこうと思う。

 この日は何の前触れもなく、突然訪れた。

 天井から亡者が落ちてきたのだ。

 空が見えるようになった天井からは、鎧に身を包んだ騎士がいた。俺のことを一瞥すると、そのまま何処かへ去ってしまった。

 亡者が持っていた鍵を使い、牢の扉を開けた。まさかあの狭い世界から出られるなんて、夢にも思わなかった。

 行くあてもない。これからどうすればいいのかも分からない。

 ただ一つ、気がかりがあった。ずっと前に不死院に監禁された少女はどうなっているのだろうか。もし無事なら、助け出したい。

 ある牢を覗くと、女性の服を着た亡者が狂ったように部屋を徘徊していた。

 手遅れだった。ただ、心のどこかでこうなると分かっていたのか、心は思ったほど揺れ動かなかった。

 

………

……

 

★月@日

 俺を助けてくれた騎士が死にかけていた。正確に言うと、亡者になりかけていた。

 彼も不死人で、国に伝わる不死人の使命を果たすためにこんな場所まで来たらしい。

 彼はその不死人の使命を、俺に託そうとした。

 やりたいことも、目的もなかった。俺はどうしようもなく空っぽだ。だからこそ、俺はこの人の頼みを受け入れた。

 そうすることで、俺は化物以外の何者かになれる気がした。

 その人は、安心したように笑ってくれた。

 亡者になって襲いたくないと言っていたので、俺は彼を置いて先に進んだ。亡者になってしまえば、元に戻す方法などない。俺にはどうすることもできなかった。

 この恩人に報いるには、不死人の使命を果たすしかない。鐘を鳴らすため、俺は使命の地ロードランを駆け巡ることになった。

 

………

……

 

〆月∪日

 外の世界には、亡者以外にも人がいた。

 いつも愚痴っている心の折れた騎士。この人は本当に愚痴ばかり言ってるが、それと同時に有用な情報を提供してくれる。多分、悪い人ではないのだろう。

 次に、玉ねぎみたいな兜を被ったジークマイヤーさん。どこでも寝れるのが特技で、この掃き溜めのような世界でも珍しく陽気な性格だ。この人の明るい性格には、絶望に満ちたこの世界で何度も救われた。一緒に戦わなければ、センの古城を攻略することはできなかっただろう。

 次に、太陽の戦士のソラールさん。自分だけの太陽を探すために、このロードランに訪れたらしい。この人もジークマイヤーさんに負けず劣らず明るい性格だ。彼とも色々な場所で一緒に戦い、死線を潜り抜けてきた。

 協力して敵を打ち倒す。ずっと忘れていたこの感覚を思い出し、少しだけ幸せな気分になれた。

 

………

……

 

♪月$日

 心が折れそうだ。死ぬことはまだいい。そんなもの、二桁越えれば慣れる。だけど、戦友を何度も殺すことになるなんて、夢にも思わなかった。それだけは、いつまでたっても慣れそうにない。

 

………

……

 

∽月+日

 慣れた。やっと分かった。地獄こそこの世界だ。

 

………

……

 

 地に臥した薪の王グウィンを見下ろしながら、俺はこれまでの戦いを振り返っていた。怨嗟と絶望しかない戦いだった。良い記憶は一つもない。

 だが、やっと終わった。やっと、終わりを始めることができる。

 俺はもう決めていた。この身を捧げて、始まりの火を復活させる。

 死ねないのは呪いだ。死ねるからこそ、人は人になりえる。

 その呪いを解くことができるなら、俺は喜んで薪になろう。この地獄が終わってくれるなら、それでいい。たとえ、この魂ごと燃やし尽くされようとも。

 篝火の前で腰を下ろす。後は、これに手をかざせば終わりだ。

 ふと、まだ封を開けていない手紙があったのを思い出す。いつの間にか懐に忍び込んでいた手紙だ。

 これまでは精神的余裕がなく、封を開けることすらしなかったが、今なら読んでやってもいいだろう。そんな軽い気持ちで、封を開けた。開けてしまった。

 手紙に書いてあるのは、この世界を捨てて箱庭に来いというものだった。

 次の瞬間、俺は空に放り出された。風を切りながら、重力に引っ張られていく。

 眼下には大きな湖が広がっている。

 ただ、こんな突拍子のない事態は慣れっこだ。過去の世界や絵の世界に引きずり込まれたこともある。墜落死だって何千回もしてきた。落下先にマグマがあったこともある。慌てるようなことでもない。

 俺の他にも、3人の少年少女が落下している。彼らが墜落死することはなさそうだと、とりあえず安心する。

 ただ俺は、鎧を着てるから泳ぐことなんてできない。墜落死は免れても、溺死は確定だ。そういえば最近溺死はしてなかった。

 まあこんな日もあるかと、俺は為すがままに水面に叩きつけられた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 4つの大きな水飛沫が舞い上がってからしばらく、1人の少年と2人の少女が湖から上がった。

 少年と少女はあからさまに不機嫌な顔をし、もう1人の少女は何事もなかったように猫の体を拭いている。

 とはいえ、彼らも手紙を読んだ後、何の前触れもなく大空に投げ出され、湖に落下させられたのだ。これで不機嫌にならない方がおかしな話だ。

 

「信じられない…… いきなり人を呼んで、空に放り出すなんて! 下に湖がなければ、そのまま地面に叩きつけられて即死よ!」

「全くだ。どこの誰だか知らねえが、ふざけたことをしてくれやがる。場合によっちゃ速攻ゲームオーバーだぜ。一応確認しとくが、お前らもあの手紙を読んだのか?」

「まずそのお前という呼び方をどうにかしてくれないかしら。私の名前は久遠飛鳥よ。以後気をつけて」

 

 プライドの高さが伺える言葉に、少年はやれやれと肩をすくめる。

 飛鳥もこの少年を野蛮な男だと評価をして、もう1人の猫を抱きかかえている少女に目を向けた。

 

「猫を抱きかかえているあなたは?」

「春日部耀。以下同文」

 

 ごく短く、簡潔に答えた。湖に落とされたことに何も言わない辺り、マイペースな性格なのだろう。

 

「そう、よろしくね春日部さん。それで、見るからに野蛮で凶暴そうなあなたは?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

「……説明書を用意してくれたら考えるわ」

「マジかよ、なら今度作っとくから覚悟しとけ」

 

 両者の間に火花が飛び散る。その傍ら、耀は自分たちの落ちた湖に目を向けていた。

 

「……あの」

 

 これまで沈黙していた耀が声をあげた。自然と2人の注意が向く。

 

「どうしたの春日部さん」

「お前も説明書が欲しくなったのか?」

「……違う。落下する途中、騎士みたいな人を見たんだけど」

「「あっ」」

 

 主に十六夜の尽力があって、湖の底に沈んでいた騎士は救出された。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 全身を甲冑で包んだ男が水辺で腰を下ろす。つい先ほどまで湖の底に沈んでいたとは思えない落ち着きぶりだ。十六夜が湖の底から彼を助ける最中も、溺死しかけているとは思えないほど身じろぎしなかった。

 甲冑の男はすくりと立ち上がる。

 その佇まいは堂に入っており、物語から騎士が飛び出してきたような錯覚を覚える。

 その鎧をよくよく見てみれば、丁寧に手入れはされているものの、数多くの傷が刻まれている。そんな歴戦の鎧も水に濡れて台無しだが。

 彼の横では、再び服を濡らしてしまい、不機嫌そうに顔をしかめる十六夜がいる。

 

「クソッタレ、また服を濡らしちまった。それにしてもあんた、ギリギリだったぞ。俺がもう少し遅かったら死んでたぜ」

「すまない少年、恩に切る。俺も可能ならば死にたくないのでな」

 

 体を震わせるような低い声だった。歳月の積み重ねを感じさせる渋みがある。

 フルフェイスの兜で顔は伺えないが、おそらく年上だろう。

 

「それで、君たちは? あまり見かけない恰好をしてるが」

「私は久遠飛鳥よ」

「春日部耀」

「逆廻十六夜だ。お前の命を救った恩人の名だぜ。キチンと心に刻みこんどけよ。それで、あんたは?」

 

 名前を聞かれると、騎士の男は黙り込んだ。

 名前を明かせない事情でもあるのだろうか。

 

「名亡きでいい」

「名亡き? そりゃあ、名前がないって意味か?」

「ああ、そうだな」

 

 あっさりと偽名を認めた。

 本名を言わず、その場で作ったであろう適当な名前を名乗ったことに対して、飛鳥は眉をひそめた。

 

「私たちはちゃんと本名を名乗ったのよ。あなたも礼儀として、真面目に名乗るのが筋じゃないかしら」

「いや、ふざけてる訳じゃないんだ。俺も随分と死にすぎてな。自分の名前もわからなくなるほど記憶が磨耗してしまったんだ」

「……死にすぎて? 何を言ってるの?」

「……?」

 

 会話が噛み合わず、互いに頭を捻る。

 そんな彼らの様子を、茂みの中から窺っている存在がいた。

 

(……や、やってしまいました。だってまさか、全身に甲冑を着ているだなんて思わないじゃないですか!? ど、どうしましょう、特にあの甲冑の方── 名亡きさんの心証は最悪ですよねぇ!)

 

 外見は普通の少女だが、頭の上にウサギの耳がピンと生えている。ウサギのような耳だけあって、彼女の耳は名亡きたちの会話をしっかりと拾っていた。

 彼女こそが名亡きと十六夜たちを呼んだ張本人、黒ウサギである。

 ただ、呼び出して早々こんなハプニングが起こるなんて思いもしなかった。もう少しで殺人者の汚名を着るところだった。

 

「色々と気になることはあるけどよ、そこに隠れてるやつに話を聞いてみようぜ」

 

 ビクリと心臓が跳ね上がった。十六夜は明らかにこっちに顔を向けている。

 

「あら、あなたも気づいてたの」

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ。そっちの2人も気づいてるだろ」

「風上に立たれれば嫌でもわかる」

「……ああ、まあな」

 

 十六夜どころか全員に気づかれている。

 このまま隠れていても意味がないと判断した黒ウサギは、大人しく茂みから出てきた。

 最初こそおどけた風に自己紹介する予定だったが、事故とはいえ名亡きを殺しかけてしまっている。

 誠心誠意、真面目な対応を取らなくては4人の不信感を拭えないだろう。

 

「ご、強引な方法でお呼びしてしまい申し訳ありません。甲冑の方の命を危険に晒してしまったのも、完全に私の不手際です。ですが、どうかここは黒ウサギの話に耳を傾けてくれませんでしょうか!」

「断る」

「却下ね」

「お断りします」

「手短に頼む」

 

 三者三様で断る中、意外にも名亡きが協力的な返事をした。黒ウサギは感動で泣きそうになる。

 問題児ばかりと思っていたが、どうにか精神的大人がいてくれた。

 

「いいの、名亡きさん? 死にかけたんだし、少しくらいのイジワルならしてもいいと思うのだけど?」

「確かに死にかけたが、別に俺は気にしていない。それに、俺は元の場所に戻らないといけないしな。そのためにも早く状況の説明をしてほしい」

「えっ」

 

 予想外の出来事に、黒ウサギは動揺を隠しきれなかった。

 まさか、話を切り出す前に帰りたいと言われるとは。あの手紙を読んだのはつまり、名亡きにも特殊な恩恵があるということだ。しかも、彼の装備から察するに戦闘系の恩恵だろう。

 事実、彼は言葉で言い表せないような風格を纏っている。

 貴重な人材だ。必ずや目的達成の大きな力になる。だからこそ、彼をここで帰らせるわけにはいかない。

 いかないのだが、帰らなければならないという強い意志を感じてしまった。

 というかそもそも、元の世界に送り返す術も持っていない。

 

「そうか、帰れないのか」

 

 言葉を聞かずとも、名亡きは黒ウサギの心中を察した。

 

「……も、申し訳ありません! ですが、この世界にはビックリ仰天するような楽しいことが沢山ございます。きっと貴方もお気に召して──」

「いや、謝ることはない。気は進まないが、帰る方法なら知っている」

 

 名亡きがそう喋り切った瞬間、いつの間にか彼の手には短刀が握られていた。十六夜や耀、黒ウサギの動体視力を以ってしても、ほんの少しも捉えることができなかった。

 名亡きが武器を取り出したことにより、この場が緊張で張り詰める。

 黒ウサギに力づくで何かするものだと、黒ウサギを含んだ全員がそう思っていた。

 しかし、それは全くの見当外れで。

 誰かが「あっ」と言葉を発した。

 名亡きは微塵の躊躇もなく、首筋を甲冑の隙間から短刀で斬り裂こうとした。

 

「!」

 

 首筋に当たる寸前で刃が止まる。

 いち早く反応できた十六夜が名亡きの腕を掴んでいた。

 

「おい、今何しようとした……!?」

「首に剣を突き立てようとしただけだが」

 

 あっけからんにそう答える。

 彼のどこまでも平坦な声色からは、恐怖といった感情が微塵も感じられない。まるで呼吸をするような気軽さで、彼は自殺しようとしていた。

 

「な、何を言ってるの!? そんなことをしたら死んでしまうじゃない!!」

「ああ、そうだな」

「そうだな、って……!?」

 

 得体が知れない。ヒトの形をしてるはずなのに、目の前の男の得体が知れない。

 

「まあ、なんだ」

「!!?」

 

 名亡きは流れるような動作で、十六夜の手を振り払った。まさか振り払われると思わなかったのか、十六夜は驚きで目を見開いている。

 

「そんなに慌てることもないだろう」

 

 名亡きは己の首に短刀を突き刺した。

 


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