では、どうぞ!
武神・川神百代相手に立ちまわった西のスーパールーキーの存在は、川神学園の間ですぐさま広まった。百代のパンチを微動だにせず受け止めて地面に叩き付けた映像は、川神学園の掲示板で多いに騒がれた。
「で、こいつが例の優男か。ケっ! 気に喰わねぇ」
東西交流戦最終日、2年生の部の開始30分前を切った頃。ぞろぞろとやってきた両学園の生徒たちは最後の打ち合わせをしていた。
風間ファミリーの筋肉担当・島津岳人は画面に映し出された神月に“優男”といってイライラする。
「まぁ、強いのもそうだけど結構うちの生徒、女子たちの目に留まったみたいだからね」
「一々説明しなくていい、モロ!」
「しょうもない」
いら立つ理由を細かく説明するモロに岳人はそんなじゃないと強がり、そんな岳人を1言で片付けるクールな京は弓使いとして弓と矢をチェックする。
「でもよ! そんな奴がいるならマジやばくね! ヤバいよな!?」
「まぁ、キャップの言う通りだ。姉さんと同じぐらいの破壊力を持つ奴を立ち回らないといけないんだからな」
風間ファミリーのリーダーでキャップこと風間翔一は、まさかの強敵出現に胸の高鳴りが収まらない様子でいつに増してハイテンション。ファミリーの軍師で、今回は学年の指揮の役を担う大和もまさかの登場に頭を抱えた。
「でも、まさか昨日は助っ人枠で出てきて今日は生徒枠で。か」
「お姉さまが認める人と戦えるなんてそうそうない機会だわ!」
4月から川神学園の留学生でやってきて風間ファミリーに入ったクリスはわざわざ2日連続で出てきてくれて有り難い様子、そして百代の義妹である一子も話をよく聞いてただけに楽しみな様子だった。
「まぁ、とにかく最後の確認通り姉さんとやり合うだけの相手だ。話で聞いていた通り気分屋だからいつ現れるか分からないし大変だと思う。けど、足止めに徹することで対応するように」
『おう(うん)!』
武士娘たちや戦闘に出る岳人とキャップに確認をして各々持ち場へ送り出した大和も指揮官としての持ち場へ救護班のモロ途中まで一緒に向かった。
一方天神館は――――
「なに!? 赤星の奴、愚弄しくさりおって!」
天神館サイドも西方十勇士を将に据えて準備万端だったが、副将の島右近は総大将の石田三郎に自身のスマートフォンの画面の文面を見せたわけだが、地面に叩き付けようとしたところをなんとか宥めて抑えた。
差出人:赤星神月
件名:東西交流戦
阿呆の石田くん。俺がいなくても勝てないようじゃ出世街道は厳しいと思うよ。まぁ、厳しくなりそうだったら駆けつけるよ。多分、用事を済ませたら行くつもり。3割ぐらいで。
「赤星の奴、この俺が負けるだと? 東の軟弱阿呆どもに、馬鹿なことを」
「御大将! 赤星なりのエールです!」
「フンっ。いつものように煽っているんだな。まぁ、いいだろう」
島は総大将が落ち着いたところでもう少しで始まると伝えた。
「いいだろう。ある程度盛り上げるだけ盛り上げて、最後は俺たち西方十勇士の蹂躙劇終わるだろう。まぁ、俺が手を下すまでいかないだろうがな」
総大将・石田三郎は敵本陣の椅子に腰かけて始まりを待つのだった。
両学園の生徒たちは始まりの合図をそれぞれの部隊の将を中心に据えて待つ。どの生徒も目をぎらつかせて今か今かと気持ちを高め――
――――ドン、ドン、ドン!!
始まりの太鼓の音が夜空の廃工場に響き渡り東西交流戦2年生の部が始まった。
『うぉぉぉおおおお!!!』
『行くぞぉぉおお!!!』
敵陣へ一気に特攻部隊が駆け出して火ぶたは切られた。
東西交流戦が始まり闘い真っ只中、川神市工場地帯から離れた川神院街中の一軒家に赤星神月の姿はあった。キッチンに立ち食事で使ったお皿を洗って片付けていた。
「ねぇ、神月クン。さっきからスマホが鳴ってたよ」
リビングでくつろぐ女の子はテーブルに置いてあったスマートフォンを持ってキッチンに入ってくる。そして、画面には2件の着信が入っていた。
「誰から?」
「島右近クン」
「あぁ、やっぱりな」
神月は着信履歴があったのを見て何となく察しがつき、洗い終えた皿を洗浄機にいれてから出かける準備をした。
「燕、ついでアイス買って帰る」
「うん、いってらっしゃい♪」
そのまま神月は玄関に置かれた番傘を持って家を出て行った。
「ふむふむ、行かないって言ってたのに行く気になったのはこれのためかな」
居候の身の神月が出て行った理由を、なんとなく流しを片付けるのがめんどくさかったんだと気づく同居人で西の武士娘・松永燕だった。
「まぁ、彼らとはもう別れるからね」
やれやれと思いつつ燕は天神館の生徒としての最後になるだろう行事に送り出したのだった。
東西交流戦はクライマックスにさしかかろうとしていた。戦況は川神学園が最初は押されていたが、天神館の西方十勇士たちを各個撃破した。これに、まさかと残された総大将・石田と副将の島の2人は立ち向かうのではなく工場の死角に身を隠して時間切れに持ち込もうとした。が、川神学園の生徒に見つかってしまう。指揮官に任されていた直江大和が自陣から飛び出して。
それから犬笛と呼ばれるもので一子を呼んで、駆けつけた一子は槍使いの島右近に薙刀を振りかざす。大和も総大将・石田に向かうが、腕っぷしで勝負するタイプでない大和に石田の相手は厳しい。石田も大和の戦う構えを見て素人と舐めてかかったが、油断したところを遠方の弓兵・京にきつい一撃を受けてしまう。
「参ったって言っちゃいなよ。楽になるぞ」
革靴の先をひるんでいる石田の左ひざにけりこみつつそう語る大和に、石田は総大将として負けるわけにもいかないので、断りつつ距離を取ってレプリカの刀を手に取る。
「西方十勇士の怒りを見よ! うぉぉぉおおおお!!!」
「なんだ、こいつ!?」
「奥義・光龍覚醒!! 斬新だろう、東の!!」
石田の技、光龍覚醒は髪が金髪に逆立ってパワーアップする奥義。使用すると寿命が縮むと本人は言いつつもこれまでポンポンと使っていた。
いきなり金髪になった石田に驚かされる大和に、石田が刀を振りかざそうとした時に遠方から京の矢が、うなりを上げて飛んできた。死角からだったが石田は同じ方向から来たのもあり簡単に薙ぎ払った。
その動きを見る限り奥義を使った石田の技はただの見せものではないことが分かった。
「西では、女より男が強い! ハハハハハ! 貴様等、軟弱な東の男どもと俺は違うのよ。この光龍覚醒した俺に勝てる奴など川神百代ぐらいだ!!」
石田は大きく刀を振り上げた。一連の動きを見て大和は避けられるかと思った時だった。工場の垂直に近い壁を、駆け下りる人物がいた。石田も気づいて振り返ったが遅く、そこには刀を抜いて急所に斬りかかる川神学園の制服を着た女子生徒がいた。
「源義経、推参!! はぁぁああ――!!」
「くっ!?」
完全に太刀筋が石田に入りそうだった。やられたと思い石田は思った。が、違う方向から何かに押されるように石田は吹き飛ばされた。
「何!?」
斬りかかった人物・源義経と名乗る武士娘は、手ごたえがなかったことと飛んできた風圧のほうを見ると、番傘を閉じて先端を見せるアホ毛がぴょんっと伸びた赤髪に白い肌、その場にいた大和や、間合いを取っていた一子と島、それに遠方から見ていた京にも緊張が走る。
「あらら、石田くん。君はいつも油断しているからやられるんだよ」
笑顔が絶えない飄々とした優男だが、それがかえって周りの緊張の度合いを上げた。赤星神月の登場によって。
(だれか分からないけど、後ちょっとのところで――出てきた)
大和は義経と名乗る武士娘が仕留められと思っていたが、まさかあのタイミングで横やりが入るとは思わなかった。それよりもいつからこの場に来たのかと思うほど突然の登場だった。
「ヘリから降りての登場。かっこよかったから見入てしまってタイミングが遅れちゃったよ」
義経は構えを解かずに神月を見やる。
「そんでいきなり気弾を撃ち込むのも悪い気がしたから石田が気を失わない程度に吹き飛ばした。おーい、石田~。大丈夫か~」
「ぐぬぬぬ! 赤星! 貴様、今度という今度は許さないぞ!」
「いつものように穏便に済ましてくれ。こうして助けに来てやったんだからよ」
そう言った瞬間だった。神月は消える。本当に消えた錯覚を覚えた大和は辺りを見回し気づいた時には石田を起こす神月の姿があった。
「ほら、まだ戦えるだろ? 俺の風圧程度の攻撃に何度も食らったお前がくたばる玉か」
「ぬかせぇ、お前の攻撃などかゆい程度だ」
「うんうん。戦えないって言ったら拳骨くらわすつもりだったから」
石田の背中に回る神月、互いに背を任せて戦う形を取った。
「まさかと思ったが、貴様に背を任す時が来るとはな」
「そうだね。一応天神館の端くれ、最後ぐらい阿呆総大将に花を持たせようか」
いつでもかかって来いと構えを取る2人を挟むように義経と大和がいたわけだが、ここまで臨戦態勢が整うとさすがの大和も戦うという選択肢は取れなかった。まして、石田は義経と。大和は神月と向かい合っていたから。
「石田、好きにやりなよ」
「俺に命令するな!」
石田は義経に向かっていき、その間に神月は大和のほうへ近づく。マズいと思う大和はこの場から離れるのが1番と思ったが足が動かなかった。
「ん? どうしたの、逃げないの?」
(この、どうして――)
「まさかと思ったけど、この場にいる――」
――――覚悟はあったのかな?
表情をまったく崩さずに笑顔を向ける神月は、大和に今なら10秒だけなら見逃すと話した時だった。京の矢が神月の首元を襲っていたが、分かっていたように寸分のところで首を傾けて矢を掴んだ。
「これは、提案でも交渉でもない。
棘のある闘気を向けられた大和は、潔くこの場を去ることを決めて踵を返した。
「うんうん、潔く退散した。変にプライドやなんやら居座り続ける鬱陶しい雑魚とは違ったようだ。弓兵の援護もあって何とか逃げられると思ったのかは別として、いい判断だ」
去っていた大和を見送った神月は、後ろで戦う石田と義経を見た。
「ぐっ!」
大和が去った後、義経は余計な心配が拭えたように迷いのない攻撃を石田にぶつける。寸分のところで避けた石田だったが、義経の切れのある太刀筋にジリ貧だった。
「大丈夫か~」
「横やりを入れるな!」
「うん、そうみたいだね」
何が、というと神月の背後から距離を詰めて意識を刈りとるような蹴りが入っていた。
「いい蹴りだ。迷いがなくていい」
でも、そう簡単に神月も入れさせるわけもなく腕で蹴りを押さえていた。ドッとぶつかった後、蹴った人物は後ろへ跳躍して間合いを取った。
「よく気づきましたね。完全に入ったものだと思いました。が、私の蹴りを受け止めたんです。自分を褒めるがいい」
上から目線で話す川神学園の制服でない軍人服で左目に眼帯した赤髪の女。3年の部は助っ人枠や外部枠を設けていたが、2年生の部は限定された闘いならこの眼帯の女も生徒だろうと神月は考える。
「だから――何?」
「ぐっ!?」
闘いが好きそうな目をしていたこともあり神月は、そういう生徒何だろうと思いつつ品定めするように1発蹴りを入れこんだ。軍人服のマルギッテ・エーベルバッハはなんとか腹部への練りこむような蹴りを入れられそうになったが、左腕で受け止めた。しかし吹き飛ばされてしまう。
(一体、いつの間に間合いを詰めた……)
「別に褒められるようなことをした覚えもないけどさ、自分より弱い人にそんなこと言われてもなんにも響かないよ」
「私が貴様より? 何を――!?」
マルギッテが反論している途中だった。自分のあごに白い肌をした拳があった。神月の拳はギリギリのところで寸止めされて顎に触れるか触れないかのところで置いてあった。
「く、情けですか」
「入れるつもりだったよ。でも、終わったから」
神月が向けていた拳を下げてある方向へ指さす。そこには地面に倒れてやられた格好の天神館の総大将・石田が義経と名乗る武士娘に、そして副将の島も一子に仕留められていた。
すぐに川神学園の2年生たちは勝鬨を高らかにあげて勝利の喜びをかみしめていた。
「あらら、終わっちゃったか。もう少し粘ってほしかったな~」
「貴様、名は?」
「赤星神月」
「私はマルギッテ・エーベルバッハだ。覚えておきなさい」
「うん、覚えておくよ」
川神学園の生徒たちが喜ぶ中、神月はとりあえず気を失っている石田や島といった天神館の仲間たちの許へ行って肩を担いでその場を去っていた。
「ったく。さしでやりあって負けたら言い訳できないな」
「おのれ、あの義経と名乗る女……。剣筋に惚れ惚れしてしまった」
「そういうことか。だから、わざと攻撃を受けまくったんだ。本当に阿呆の総大将なだけあるね」
「うるさい……ぞ。次は負けん」
神月はそのセリフを聞いて石田は変わらずにやっていくだろうと思った。とりあえず石田と島を救護班に預けた神月はもう用がなかったので帰ろうと川神市工場地帯を抜けようとした。
「よぉ、育ての親に何か言うことはないのか?」
工場地帯から出てすぐしてさっきまで天神館の生徒たちの様子を見ていた鍋島が工場の入り口にもたれかかって待っていた。
「育ての親? どっかの家庭の放り込んだ人のことを言うのかな? 留学先にどっかの軍の陰謀へ送り込むような――」
「まぁ、それはいいとして……。神月、体には気を付けろよ」
「何、最後はいい人らしく話して。元々、頑丈な上にお節介な奴までいるから大丈夫だよ」
――――色々と、ありがとう。
神月は鍋島の横を通り過ぎるとき、短くそう感謝の気持ちを伝えたのだった。
「明日の天気は、雷の槍でも降りそうだな」
鍋島は葉巻に火を入れて工場のほうへ戻っていった。とりあえず、再び神月が川神に戻れることが出来てお役御免と思って、夜空を眺めつつ煙を吹いて。
第4話でした。次回から川神学園に入る予定です。
では、また!