魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

98 / 455
第28話 虚無

 一片の隙間もなく、完全に閉じられた巨大な掌の内でそれは生じた。無と評して違えないそこから迸ったのは眩く輝く光であった。

 完全な白色、光そのものと云えるその閃光にたじろいだのか、闇の巨手が広がりを見せた。闇色の花弁のように開いたそこから、形を成した光が姿を顕した。

 

 それは少女の姿をした光であった。その姿には闇に囚われた少女の面影があった。

 だが可憐な双対の髪型は無限長の銀河のように長く伸び、纏った衣装も光の波紋が揺らめくドレスへと変わっていた。

 神々しさに溢れたその姿は最早、魔法少女のものではなかった。それは正に、「神」と呼ぶにふさわしい威厳に満ちていた。

 光の女神の輪郭からは際限なく光が溢れ出し、それは少女を中心として世界へと瞬く間に拡がっていった。

 

 世界に満ちた闇は光へと変わった。ただ一つの巨体を除いて。

 

 グゥゥオオオ

 

 光に照らされる闇色の牙の隙間から漏れた音には、絶息の様な響きがあった。断末魔といってもよかった。

 ただ眼前に立つ女神を前に闇の巨体は動きを忘れたかのように硬直し、女神の光に照らされていった。

 白に染まり行く悪鬼の前に、女神は右手を差し出した。可憐な指の先は悪鬼の頭部に向けられていた。そこには憐れな道化の姿があった。

 自身と悪鬼から流れ込む狂気に蝕まれた道化の思考に、理性の光が射しこむ。優し気に伸ばされた美しい光の手を見た時に、それは安らぎへと変わった。

 

「   」

 

 声にならない何かを呟き、道化もまた手を伸ばした。光に照らされたその表情に、嘗ての邪悪さは微塵も残っていなかった。

 だが手と手が触れ合う寸前で、道化の指先は下へと流れた。正確には、道化の身体そのものが。

 崩れ落ちる道化の下半身は、悪鬼の額の一部に覆われていた。抱きかかえようとした女神の元へ横殴りの巨塊が飛んだ。

 舞うように跳ねた女神は、黒と虚の斑となった巨大な手を見た。腕だけではなく、悪鬼の全身が斑模様と変わっていた。

 女神から発せられる光は悪鬼の闇を照らし、その姿を曖昧に追い遣っているかのようだった。

 悪しき力の源としていた道化を切り離してもそれは止まらず、暗黒の巨体は清水の大河に落とされた僅かな汚濁のように姿が希薄となっていった。

 刺々しい牙の並ぶ口元も逞しい体躯を支える巨塔の様な脚も、それらを構築する闇が女神の光に晒され消えていく。

 虚へと変じる巨体から離れ地へと堕ち行く道化の身体を、横薙ぐように飛翔体が捉えた。

 

「優木!気をしっかり持ちなさい!」

 

 華奢な二本の腕で抱きかかえ、リナは優木を庇いながら着地した。落下の際の衝撃は電磁魔法の障壁が防いでいた。

 抱えられた優木が上空を見た時が、悪鬼の姿が正に消えゆく瞬間であった。雲散霧消する悪鬼の傍らには、より輝きを増した女神の姿があった。

 悪鬼を消し去った女神の顔は虚空の先に向けられていた。その先をリナと優木は追った。

 女神から発せられる光でさえも未だ薄い天空の果てに光の線が描かれていた。

 それは光であったが、女神の放つ柔らかな白色とは異なる深緑の色を纏っていた。

 天空を切り刻むように、光の線は広がってゆく。視界の隅から隅へと、その果てを追うのが不可能な程に、広く広く拡がっていく。

 

「もう何があっても驚きませんよ」

 

 毅然とした口調ではあったが、虚勢であることはリナ自身が分かり切っていた。だが言わなければ心が死滅してしまうと彼女は思っていた。

 

「くふぃっ…」

 

 対して優木は怯えと笑いが入り混じった声を出していた。彼女には、空に広がる光の線に見覚えがあった。

 それが何を構築していくのか、そして今見えているものは、一部分というにも足りないほんのひと欠片にも満たない部分であることを。

 異なる両者の思いを他所に、輝く女神は天空の緑へ向かって飛翔した。

 背から生えた柔らかな線の光の翼がはためくと、女神の身体は遥か彼方へと吸い込まれていった。

 

 移動の軌跡に光の粒子を残して飛翔する最中、女神の左手には長い弓が握られていた。そして弓と同様に輝く矢が番えられ、優美な動作で矢が引かれた。

 輝く鏃の先では未だ、緑の光が増殖を続けていた。無限に広がる宇宙を成しているかのような緑であった。

 そこへ向かって光の矢が放たれた。それに呼応するかのように、矢の先に緑が迫った。

 比較対象にもならない巨大な存在として立ち塞がり、矢と女神を包み込むように拡がっていく。

 全貌はまるで分かりはしないはずなのに、リナにはそれが巨大な手に思えてならなかった。優木は確信と共にそう思った。

 深緑の手と輝く矢が接した時、世界は全ての色と輪郭を喪った。













大分時間が空いてしまいました

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。