魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第27話 黒く抉く、漆黒に

 道化は叫んでいた。引き裂けんばかりに開いた口からは、喉が張り裂けそうな痛みを伴った絶叫が迸っていた。

 獣じみた可憐な音階の音はしかし、全くと言っていい程、外界には漏れ出さなかった。道化の周囲には無数の銀色の糸が飛び交い、その身を繭のように包んでいた。

 

「あぐぁっ!?」

 

 恐怖の叫びは可憐さとは無縁な悲鳴によって終わりを告げた。

 0.5ミリほどの太さの銀色の鋼の糸が、一斉に道化の身へと切っ先を埋めたのだった。衣服を貫き肌に先端を触れた糸の群れは、蠕動しながら道化の内へと侵入していった。

 指先や足指からも爪と肉の合間にびっしりと張り付き、肉の内へと進んでいく。無数の寄生虫に全身を食い荒らされるかのようなその反面、出血は皆無であった。

 糸は肉を切り裂いていくのではなく、肉に触れた途端に肉そのものと化して道化の体内深くへと潜り込んでいく。

 

「おご…あぁあ!!」

 

 苦痛に満ち満ちた声を発したその口にも、銀の糸は押し寄せていた。体型の割には大きな口に、拳大ほどに束ねられた糸が突き込まれていた。

 舌の抵抗など暖簾のように押し退け、道化の食道から胃までが一気に貫き通される。

 そして最早悲鳴を挙げることさえ許されず、ただ苦悶に震える道化の視界にも異変が生じていた。身を包む銀の糸が乱舞する光景が、徐々に狭まっていった。

 それに連れて、眼球には冷気が満ちていった。氷結を思わせる冷たさの原因を知った時、道化は声にならぬ唸り声を挙げて暴れ狂った。

 手足は自由に動いたが、体表を隙間なく覆った銀糸はびくともしなかった。その代わり、全身を灼熱の痛みが貫いた。

 

 それでも、彼女が感じた恐怖を和らげることは出来なかった。口内から侵入した銀糸は上顎を抜けて鼻筋を通り、眼球にまで達していたのだった。

 眼窩の全方位から青い瞳に向けて糸が走り、やがて瞳の中に銀の渦が巻いていた。云い様のない不快感を味わいつつ道化は叫んだ。

 

 それは、苦痛でも恐怖によるものでもなかった。

 

「な…ん……でぇ…」

 

 声には出来ない感情を、道化は脳内で紡いでいく。

 

「なんで私がこんな目にぃぃい!!!」

 

 蠕動する銀糸に塗れながら、道化は怒りに満ちた叫びを脳内で響かせた。苦痛を押し退け、現状の理不尽に対して怒りを募らせていく。

 やがて怒りは現状のそれから彼女を取り囲む環境へと矛先が向けられた。

 佐倉杏子への的外れな嫉妬、黒髪の少年への邪な恋慕、呉キリカへの悪罵、人見リナ一行に対する鬱陶しさが果てしなく募っていく。

 

 脳内では邪悪な思考が渦巻き、子を宿す機能を備えた血肉の袋には溶鉄の様な性欲が煮え滾っていた。

 それが優木に一つの叫びを放たせた。声ではなく、魂から迸る魔なる力の咆哮として。

 

「死んで…死んで、堪るかぁぁぁああああ!!!」

 

 生への渇望に満ちた、脂ぎった欲望によってギラついた想いの叫びが、無数の銀糸を震わせた。

そして彼女の全身に突き刺さり、肌の下はおろか脳髄や消化器官、そして生を繋ぐ器官にも同化した銀の糸はやがて、彼女の身の近くから順に色を変じていった。

 眼が眩むような銀の色から、道化の想い描く欲望に満ちた感情に相応しいドス黒い色へ。

 

 道化の外側でも変化が生じていた。

 無数の魔法少女の幻影から撃ち放たれる閃光によって照らされる深紅が、その色彩をより色濃いものへと変えていく。

 魔の閃光で抉られた傷跡から噴き出す鮮血色の液体が装甲の上で跳ね、そして傷口に吸い込まれていく。

 それを繰り返し、紅はエグみを増していった。異変に気付いたのか、少女達の攻撃は一層の激しさを増していった。

 夥しい数の魔力の奔流が溢れ、そして巨体に激突し爆ぜていく。地形どころか、世界を破壊するかのような光の乱舞が拡がっていた。

 

 だが眩いばかりの光の渦の一角が、その光沢を突如として失った。光が消え失せた後には漆黒の色が、闇と呼ぶべき色が残った。

 そしてそれは人体を蝕む病魔のように、世界を侵食していった。

 弾けた闇は空を覆い、少女達の遺骸や魔女の体液から成る闇色の地面の濃さを更に強めた。

 

 天と地の間に広がる空間にも、闇の波濤は伸びていった。

 昼が夜に変じたような異常に対し、闇色の少女達も動きを止めていた。広がり行く闇は、闇で出来た少女達よりも色濃い黒を纏っていた。

 そして溢れ出した闇の奥に、更に色濃い闇が蠢く姿を見た。リナもまたそこを覗いた。見ない方がいいものを。

 

「ひっ…」

 

 高貴な魂を持つ少女が、恐怖の呻きを漏らしていた。

 世界に満ちた暗闇の中に、漆黒の巨影が浮かび上がっていた。

 この世界で最も色濃い闇が人型を成していた。周りの闇を上回る濃さを持つがゆえに、その輪郭ははっきりと浮かび上がっていた。

 逞しい四肢を備え、太い胴体に束ねられた人型のシルエットに変りは無かった。

 食肉目の耳に似た配置をされた角を頂いた頭部も同様だった。だがその頭部に、異様な変化が生じていた。

 

 無数の破壊光によって破砕された、かつてはガラス体で覆われていた場所の奥に、無数の鋭角が並んでいるのが見えた。

 それは無機質な機械の並びに依って成るものではなく、明らかに生物然とした、有機体の特徴を備えた質感を持っていた。

 

 無数の少女達の口からは哄笑が絶え、その場で身を硬直させた。しかしその同数の少女達は前へと向かって飛翔した。

 口から放たれる哄笑はそのままに、携えた得物が一斉に振るわれた。当然それらの先端からは、破壊の光が放たれていた。

 

 巨体の全面の至る所に、極彩の光が突き刺さった。

 だが光は漆黒の体表に着弾するや、爆発はせずにその内へと飲まれ、光を失い漆黒の中へ溶けていった。

 水面へ投ぜられた石が、深い水底へ落ちていくかのように。

 更に無数の光が次から次へと突き刺さるものの、その全てが先と同様に闇の中へと消えていく。

 束の間の間とはいえ、無数の光を宿した巨大な闇の姿に、リナはある光景を思い浮かべた。夜の空を見上げた時に視界に広がる、無数の星々を従えた宇宙の姿を。

 

「何だ」

 

 やっとの思いでリナが問い掛けを絞り出した時も、光は次々と放たれてた。そしてその全てを、漆黒色となった巨体は飲み込んでいった。

 光が身の内を照らす時間も、ほんの一瞬程度に縮められていた。闇が光を喰らうかのように。

 

「お前は、貴様は一体何者だ!?」

 

 必死の叫びは、魔法少女の幻影たちの哄笑の中ではあまりに微細な音であり、発したリナ本人にも鮮明には聞こえなかった。

 だがそれは確かに届いたらしかった。漆黒の色を纏った巨影の頭部に変化が生じた。

 漆黒の色に覆われた顔の奥に生えた『牙』。それらがゆっくりと、上下に向けて開いていった。

 牙と牙の間には、糸を引く粘液らしきものが見えた。そして牙の奥の開かれた暗黒の孔から、世界を聾する音が放たれた。叫びであった。

 

 

グゥゥゥウウウウォォォオオオオオオ

 

 

 それは数千数万の、そして億を越えてもまだ及ばぬ数の獣が一斉に吠え猛ったかのような咆哮だった。

 比喩ではなく事実として、世界が震えた瞬間だった。

 


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