魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 悪鬼どもの平凡な余暇

「嗚呼、暇だ」

 

 鮮血色の美麗な唇が開き、八重歯が覗く口から短い言葉が漏れた。

 言い終えたキリカは「んん~」と喉を鳴らしながら両手を上向きに伸ばした。魔法少女服の下からは、肘関節が鳴る音が聴こえた。

 

「暇だ。おい友人、一丁爆発四散でもして呉ないか」

 

 やや古びたソファに座りながら、キリカは言った。適当そのものといった口調だった。

 キリカから見て斜め右のあたり、距離にして約三メートルほど離れた床の上に声の矛先となった存在がいた。

 

「暇なら寝てろ。つうか何時まで居座ってやがる」

 

 憮然とした口調でナガレは返した。木製の床の上に引かれたブルーシートの上で、彼は胡坐をかきつつ膝の上に巨大な斧を乗せていた。

 魔法少女の天敵兼獲物である、牛の魔女の本体だった。常時は三メートル近くある柄は縮小され、ほぼ斧部分だけとなっていた。

 傍らに置いた工具箱に手を伸ばしながら、彼は口を開いた。その時彼の右手には、一本の金槌が握られていた。

 

「平日だってのに学校も行かねぇで、しかも俺の寝床を奪いやがって。何考えてやがんだてめぇはよぉ」

 

 苛ついた声を出しつつ、ナガレは金槌で大斧の刃面を叩いた。女の様な声質だが悪鬼の様な荒々しさのある声に反して、無骨な金槌が斧を叩く音は鈴の様に澄んでいた。

 音が鳴るたびに、斧の中央にある黒点が瞼の瞬きのように蠢いた。それ以外は動きもせずにじっとしているところを見ると、悪い気分ではないらしい。

 

「なんだ友人。爆発はまだしないのか?その立派なブルーシートが泣くぞ」

 

 『ブルーシートが泣く』。恐らくは地球上で初めて使われ、そして二度と使われることが無さそうな言葉であった。

 その言い回しが癇に障ったのか、ナガレの苛つきは更に増した。一廻し毎に螺子が奥へと喰い込むように、怒りが彼の脳内に満ちていく。

 だが反論を言うことは無く、彼は作業を続けた。刃を反転させ、反対側を同様に叩いていく。

 

「嗚呼、暇だ。暇だから思い出話でもしようかふぁぁ…」

 

 欠伸を放ちつつキリカは言った。脱力するような語尾だった。

 

「右腕二百九十回、左腕二百八十二回、右足百七十回、左足百八十五回」

 

 何処からか取り出したメモ帳を見ながら、キリカは述べていく。

 

「顔面三百二十一回、頸二百十二回、胸百九十三回、腹部二百五回」

 

 どう考えても禄でもない数字と単語の羅列だった。ナガレはそれを無視しながら、斧の表面を布で磨き始めていた。

 

「ここ三日間だけでこれか。ううむ…我ながらよく生きてるな。これは凄い、国民栄誉賞ものだ」

 

 そう言うとキリカは魔力でペンを生成し、右手で握ってノートに『国民栄よ賞』と書き込んだ。字が分からなかったらしい。

 因みに彼女の文字は一文字ごとに大きさが変容していた。字の形も機械の精緻さを持ったものもあれば、尺取り虫の奇形のような曲がりくねった字もあった。

 見ているだけで精神が削られるような、異界じみた筆跡だった。

 

「ところで友人、お母さんは何か言ってたかい?」

「知らねぇよ」

「何だと?私はてっきり影で連絡を取り合ってるのかと思っていたが…意外と奥手なんだね」

「意味が分からねぇよ」

「まぁ良かった。我が母の身は君に穢されずに済みそうだ。妹か弟をみることもないだろう」

「ああそうか、てめぇ死にてえんだな」

「ふざけるな。私が黒っぽい格好してるからって安易に死のイメージを持つのはやめたまえよ」

 

 呉キリカという存在と遭遇し既に百回以上は思った事だが、改めて彼は確信した。この宇宙はやはり、訳の分からない存在で満ちているのだと。

 そう思っていること自体、というよりも彼自身がそう言った存在であるという事を果たして彼は理解しているのだろうか。

 

「まぁ話を戻すけど、君自身もここに居座る不届き者じゃないか。説教を言われる云われは微塵もないね」

 

 先程の狂を発した発言とは裏腹に、それは正論に違いなかった。痛い処だと思ったのか、ナガレは黙った。

 

「そもそも佐倉杏子には、既に滞在許可を貰っている」

 

 ほくそ笑みつつキリカは胸を張った。ただでさえ巨大質量を押し込められている胸元は、今にも弾けそうだった。

 

「今買い物行ってっけど、あいつは何つってた?」

「妙に説明台詞臭いぞ友人。あと君はプライベートという言葉を知らないのか?」

 

 問いと問いが交差する。だが互いに答えを求める気は無いのか、やる気のない声を用いての応酬だった。

 言い終えるとナガレは作業にも戻り、キリカはソファにごろりと寝転がった。

 

「まぁいいや。そして矢張り君は、世界の安定には不要な存在のようだな」

「おいキリカ。てめぇ鏡って知ってっか?」

「いきなり話を意味不明な方向にシフトするんじゃないよ。驚くじゃないか」

 

 会話にならない会話を繰り返しつつナガレは作業を進め、キリカは傍らに置いた紙袋から飴玉を取り出した。

 一度に一個ではなく四個の色とりどりの丸飴を、「あぁむ」と言いながら口に含んだ。舌の上で転がされた雨から糖分が滲み、キリカの顔を綻ばせた。

 天使が羨むような笑顔となり、悶絶したようにソファの上で身をよじる。紅潮した顔は、性的な色香さえも醸し出していた。

 これらは無意識によるものだろうが、異性を誘惑するには事欠かない才能を持っているようだった。

 

「あぁ、幸せな気分のせいかな。ちょっと回想シーン的なものをさせてもらおうか」

 

 魔女の手入れをしながらナガレは訊き耳を立てた。作業に飽きてきたのだろう。

 

「また神浜市に行きたいなぁ。あそこは美味しいものが沢山あるし、今と違って何処に行っても退屈しない」

「喧嘩相手には困らねえって事か」

 

 返したナガレの口は自然と口角が吊り上がっていた。面白そうだとでも思っているのだろう。

 

「まぁね。黒パン一丁のくノ一姿とかTバック履いた女子プロ被れの太眉中一、裸同然の上にタイツを纏ったトンファー女に変態腐れ外道アーティスト」

 

羅列される言葉にナガレの眉は跳ね上がっていた。理解不能さからのものだろう。

 

「私の片目隠しをパクった桃色の糞餓鬼にその保護者ども、美味しいオムライス屋さんにクソデカハンマーを振り回す狂犬、あと右目から毛を生やした特撮女幹部とかのならず者たちがウジャウジャいるね」

「地獄じゃねえか。てめぇにお似合いだな」

「そうやってまた友人は私を物騒な奴扱いする。私を言葉の通じない怪物とでも思ってるのか?」

「ああ、言いたいコト言ってくれてありがとよ」

 

 言いつつ、ナガレは手を止めて過去に思いを馳せた。何を言ってるのか分からない連中には覚えがある。

 御大層な、神々しいとさえいえる四体の偉そうな連中には常に上から目線で説教じみた事を言われた思い出があった。

 傀儡だのなんだのと難しい単語を羅列された事や態度が気に喰わず、最期は逆上して滅殺した相手だった。

 あれから随分経つが、今にして思えば揃いも揃って荘厳な声だったなと、彼は方向性が間違ったとしか思えない考えを抱き始めた。

 特に金色の奴の声はテレビでよく聴く気がするなどと思い、勝手に感心しはじめていた。彼も大概である。

 

「私はコミュ力には自信があるつもりだ。その証拠に現にこうして、人間性が大絶滅している友人とも会話が出来ているじゃないか」

 

 何処からくる自身なのかは定かではないが、キリカは自信満々に言った。

 

「ま、会話にも飽きてきたし、取り敢えず今目標を決めた。クリスマスあたりまでには、君を完膚なきまでに叩き潰して遣ろう。

 そして甘くて美味しいケーキを頬張りながら、晴れやかな気持ちで新年を迎えるとしようじゃないか」

「やれるもんならやってみやがれ」

 

 朗らかな表情で告げたキリカに、ナガレは餓狼の貌で返した。そのまま数秒時が流れた。

 その間に、両者の間の空気は張り詰め切っていた。無数の氷の張りが空間を埋め尽くしているような、そんな気配が廃教会の中に充満する。

 音も無く、黒い魔法少女の姿が空中に跳ねた。掲げられた両手の先には、既に赤黒い刃が展開されている。

 呼応し、ナガレは斧の取っ手を握り締めた。途端に柄が伸び、長大な槍斧と化した。斧の中央の黒点が光り、現世に異界が顕現する。

 

 黒い靄に包まれつつ、ナガレは笑みを浮かべた。先程のそれよりも深い、悪鬼羅刹の貌となる。

 手入れをした魔女の切れ味も試したいと思っていたので、この流れは彼にとっては都合がよかった。

 呉キリカが廃教会に滞在し始めてから一週間が経過しているが、その間彼女は二時間に一回は彼を殺しに掛かっていた。

 そのため彼も、もうそろそろかなと思っていた。さながら、果実の収穫か即席麺が出来上がる時間を図っているかのような気楽さだった。

 その一方、彼の顔と心には緊張感も漲っていた。気軽に会話が出来ても、一瞬でも手を抜けば死に直結する相手に変わりはないからだろう。

 

 異界が広がり行く前に、六本の斧が美しい魔法少女と共に彼の元へと降り注いだ。

 巨大な斧がそれらを纏めて迎え撃ち、金属音を鳴り響かせる。

 呉キリカが言った年中行事の鈴の音のように、冷気が満ちた異界の中で剣戟の音は終わることなく鳴り響き続けていった。


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