魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第26話 夜紅⑤

「キャハハハハッ!ハハハハハッ!」

 

 妖艶ささえ漂う魔女のそれとは異なる、少女の面影を残した哄笑を挙げながら、赤く縁どられた闇の人影が飛翔する。

 身の丈の倍ほどもある長槍を携え、自身の数十倍にも達する巨影へと向かう。宙で槍が手前に引かれ、そして十字を頂く刃が突き出された。

 だが、突きの長さは十センチ以内に留まった。伸びきる前に、槍は動きを止めていた。

 

 少女の姿があった場所は、深紅の機械鬼の顔の手前だった。そしてそこには今、巨大な紅の拳が浮かんでいた。

 一本一本がドラム缶を遥かに上回る太さの指が束ねられた拳の下方からは、赤黒い闇の滴が滴っていた。

 人影の動きは決して遅くは無かった。それどころか、神速といってもいい素早さだった。

 だがそれよりも速くこの巨大な腕が動き、そして五指を開いて握り潰していた。

 人影からしたら、世界そのものに包まれた気分であっただろう。

 

 人影を握り潰した右腕を掲げた巨体が、不意に斜めに動いた。太い首が傾き、長く伸びた左角の先端で紅い欠片が飛び散った。

 刃のような角の先端が、ほんの数センチではあるが切断されていた。断面からは紫電が漏れ、先程の様に鮮血に似た液体が噴き出していた。

 角の直ぐ近くには孤影が浮かんでいた。その姿は、今握り潰された筈の赤と闇の人型だった。

 

「キャハハハハ」

 

 歯も見えず、ただ半月の形をもった口からは哄笑が出続けていた。それしか口の使い方を知らないように、嘲笑う声を挙げている。

 となればこの存在がにとって、この笑いとは呼吸に等しいものだろう。

 体表から闇の滴を滲ませ、そして右腕を肘の辺りから欠損していてもそれは変わることが無かった。

 間髪の差で悪鬼の魔手から離れた際に、超質量が掠めたのだろう。

 しかし苦痛など無いかのように、人影は再び槍を握り締め悪鬼へと向かった。

 傷付いた孤影にの真横からは、銀の光が迫っていた。残忍な光を湛えて空を切り裂いて進むのは、深紅の拳が握る巨大な手斧であった。

 

 その刃が傷付いた人影を上下半身の分離体へと変える寸前、それは起こった。

 斧を握る真紅の拳の甲で、金属音と火花が生じた。衝撃が拳を僅かに震わせた途端、拳を支える腕の動きは僅かに減じた。

 生じた隙を見逃さず、人影は槍を振った。十字の刃を戴いた長槍は旋回に合わせて形を変え、間に鎖を通した多節棍へと化けた。

 数倍の長さに延長され、鞭のようにしなった得物の先端は巨大な斧の側面へと激突した。

 十字刃が砕け、衝撃が根元へと伝播する。それを糧とし、人影は地面に向けて急速落下していった。

 

 傷付いた身が空中で可憐に翻り、人影は散らされた花弁のように着地する。長い丈の靴と地面の接地の際に、黒い飛沫が跳ねていた。

 地面は魔女から溢れた黒い闇が広がっていた。天地が逆転し、大地が夜へと変わったように。

 

 着地の際に膝をついた人影の傍らには、もう一つの影が立っていた。

 闇色の身体を、黄の色で包んだ人影だった。短いスカートから伸びた、美しい脚線が見えた。

 優美なラインを描いた胴体には豊満な乳房が乗せられ、腹部を締めるコルセットによってそれは更に強調されていた。

 小さな帽子を乗せた頭部からは、螺旋を描いた一対の髪が下げられていた。

 

 そして伸ばされた右腕には、長さ一メートルほどの細長い筒が握られていた。旧式の銃器、いわゆるマスケット銃という武器だった。

 闇と黄で作られた存在が何を模しているのか、上空のリナには思い当たりがあった。

 隣町で猛威を振るう魔女や私利私欲に染まった魔法少女達と真っ向から対立する、その地の最強の魔法少女。

 誰ともなく名前を告げようとしたその瞬間、紅の拳が地に向けて撃ち放たれていた。

 

 巨拳が闇に染まった地を砕く寸前、一対の影は左右に向けて飛翔していた。

 黄の影も紅の影と同じく、半月に開いた口から哄笑を挙げていた。

 二つの哄笑に合わせるように、地に伏せていた魔女もまたより一層の声を挙げた。

 機械鬼が追撃に移る前に魔女は巨体を翻し、再び宙に浮遊した。

 両腕は欠損し、上半身に十字の傷を付けられながらも、魔女の力は衰えていないようだった。

 

 巨拳が打ち付けられたことにより黒い大地が爆ぜ割れ、同色の破片が波の様に撒き上がる。

 闇の飛沫は巨大な拳を支える剛腕と、球状の肩の高さを越えるまでに高く昇った。昇り詰めた果てで、不定形であった闇は一斉に形を変えた。

 フードで頭部を覆った僧服姿、長方形の巨大な刃を構えた軽装、学生服にゴシック、更には肌面積が殊更に多いものもいた。

 身体の内に闇を蠢かせ、人の輪郭をそれぞれの色で覆った無数の少女達の影姿が宙に舞っていた。

 それらの手には刃に槍、斧や弓矢はもちろんながら四角形の立体物に扇など、武器とは思えない物体を所持したものも多かった。

 先程出現した存在を鑑みれば、それらの正体というか『原形』は考えるまでも無い。

 

「魔法…少女…」

 

 リナの呟きが聴こえたように、彼女たちの顔に口が開いた。耳まで裂けた半月からは、夥しい哄笑が飛び出した。

 無数の声の唱和を受け、世界は霞んだようにも見えた。飛翔する少女達は一斉に得物を構え、深紅の巨体へと躍り掛かった。

 人型の蠢く波は、紅の鬼を包み込んだかに見えた。だが少女達と巨体が接したと見えたとき、闇に光が射しこんでいた。

 巨体の全面に広がっていた闇は、散りばめられた砂の様に宙に広がった。闇が開けた中には、刃を振り切った機械鬼の姿が見えた。

 

 異界の重力に引かれ幾つもの手や足が、そして上下半身や首が闇を吐き出しながら堕ちていく。

 切り裂かれる少女達の連鎖は、刃の範囲を越えて続いていった。刃から放たれた衝撃波は不可視の破壊閃となり、贄を求めて空間を疾駆していく。

 数百の少女達を切り裂き、数千の人体の欠片が空中にばら撒かれていた。残酷な景色が描かれた果てに、巨大な黒が聳えていた。

 

「ハァーッハッハッハ!ハッハッハッハッハッハ!!」

 

 少女達の惨殺体が降り注ぐ光景を前にし、伝説の魔女の哄笑は更に深みを増しているように思えた。

 終わらぬ哄笑に対し、深紅の巨体が再び両腕を振った。

 振り切られた先にある両手からは、握られていた得物が消えていた。一対の斧は銀光を発する円盤となって、切り裂かれた少女達の間を飛翔していた。

 運悪く旋回に接触した個体は、例え接触の場所が指先であっても全身を微塵と砕かれていた。

 刃事態に衝撃波が呪いの様に塗り込められ、破壊力が増大しているようだ。

 

 殺戮の円弧が突き進む先には、魔女の巨体が待っていた。その顔面に斧が激突したと見えた瞬間、刃と魔女との間で異変が生じた。

 顔面に突き立つ筈の刃が、獲物を前にしたほんの数センチ手前で前進を止められていた。

 それでいて回転は止まらず、魔女の顔の前では夥しい火花が散っていた。

 五秒間ほど激しい回転が続いた後に、巨大な斧は無骨な外見に反する澄んだ音を立てて虚空へと舞っていた。

 弾き返された得物には一瞥も与えず、機械鬼は鋭い眼差しを魔女へと向けていた。機械の眼は、魔女の巨体を覆う薄紫の障壁を捉えていた。

 更に、それを生じさせているものも。

 

 障壁の周囲、魔女の巨体表面の十数か所には様々な色の輪郭を持った少女の影が貼り付いていた。

 限界まで伸ばされた手や足は、十字架の形となっていた。その手首や足首に相当する部分を、太い円錐が貫いている。

 魔女の深青の衣服に縫い止められた少女達もまた哄笑を挙げていたが、歓喜か恐怖か、苦痛に依るものかは分からなかった。

 その内の一体が、笑いを続けながらその身を砕いた卵の様に弾けさせた。それが契機となったのか、魔女の表面で少女達は次々と破裂していった。

 破壊を防いだ代償を、彼女らは魔女に代わって支払っているのだろう。

 

 やがて弾けるものがなくなったが魔女が笑い声を止める事は無く、寧ろ更に音量と嘲弄の響きは増していた。

 魔女を守るように周囲に浮遊する少女達も、その声に身を震わせているように見えた。

 

 笑い続ける魔女の表面、正確には引き裂けた胸元から零れる闇が蠢いた。泡のように膨らんだとみるや、丸みを突き破り長く細い腕が伸びた。

 それは一本だけではなく、数十、数百本もあった。次いで頭が、胸が、腹に脚がと湧き出ていった。

 先に出たものを押し退け、また先のものは後続を足蹴にし、我先にと魔女の内より這い出ていく。まるで母たる魔女から逃げるように。

 

 その様子を、機械鬼はじっと見ていた。空中のリナはそれに不可解な想いを抱いた。一度弾かれたとはいえ強引に突破できなくもないと思えるのに。

 約十秒ほどが経過した。魔女という巨大な点を中心として、空を覆い尽くさんばかりの闇が広がっていた。

 闇は全て、細部の形は違えど魔なる少女達の姿をしていた。

 無数の雲霞を思わせる規模となった少女達は再び、深紅の巨体へと闇の津波となって襲い掛かった。

 

 


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