魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

7 / 455
続きです。
魔女は原作の外伝、「the different story」の個体を参考にさせていただきました。








第1話 魔女-②

顕れた黒影を、杏子の紅の瞳が睨み上げる。

蹄から頭角の頂点までの長さは目測で170センチほど。

身長で見れば頭一つほど杏子より高いといった程度であり、手足は不自然な程に細い。

たがそれに反比例するかのように、腕と足の上部、上腕や肩。

そして小枝のような獣脚の上で膨らむ太腿は異様なまでに太かった。

細身である杏子の倍どころか、実物の牛のそれに近い肉付きをしている。

 

それも肉として養殖されたものではなく、野生で生き抜くために鍛えられたもののような、

嫌になるほどの逞しさを感じさせるものだった。

現に先に彼女らを襲った際、黒牛は顕現しかけの状態で獣脚の蹄での蹴りを見舞った。

その破壊力たるや、乾いたコンクリに直径二メートル、深さ十五センチほどのクレーターを生じさせていた。

直撃していれば、不仲な年少者二人組は嫌でも肉体を組み合わされていただろう。

 

直立する黒牛に対し杏子は長槍で武装してはいるが、

少なくとも見掛けではそれが少女の利点となるとは思えなかった。

あまりにも、体格に差がありすぎていた。

 

「あのヤロウにガキがいたのか、似てる奴なのかは分からねぇけど」

 

だが、杏子の声に怯えは無い。

 

「テメェがあたしの獲物ってことに変わりはねぇ」

 

確固たる闘志が、彼女の真紅眼に宿っていた。

血に飢えた、炎の色。

「こいつが魔女か?」

「ああ、そうだよ」

 

槍の切っ先を黒牛改め、魔女へと向けつつ杏子が答える。

声の調子からすると、怯えている様子は微塵もない。

盾に使えそうだと、杏子は考えた。

杏子の感情は露知らず、ナガレは視線の先に漂う怪異生物を一瞥した。

そして、即座に口を開いた。

 

「これの、どこが女なんだ?」

「…………」

 

言われてみれば尤もな質問だった。

だが、杏子はそれに真面目に答える気は無く、明確な解答も持ち合わせていなかった。

だがあまりにも不思議そうなツラをしているので、彼女は付き合ってやることにした。

いざという時のため、適度に油断させといた方がいいという思惑の下で。

 

「そいつはあたしが知りたいね。というか、連中は何でもありなのさ」

「そういう化け物ってことか」

 

妙に納得した様子なのが、杏子の癪に障っていた。

重症の度合いが、またレベル・アップした瞬間でもあった。

 

突如、魔女の輪郭が揺れた。

痺れを切らしたのか、怪物が床を蹴って跳んでいた。

紅と黒の四つの瞳が、自らに影を落とす巨体を見上げた。

杏子の背筋を、ぞくりとした悪寒が撫でた。

巨体の上には、見覚えのある光沢があった。

過去に斃したものの類似個体とすれば、それと肉体の激突は死を意味すると瞬時に悟った。

間髪入れずに退避に移る。

 

左手は槍を握り、もう片方の手は虚空へと延びていた。

文字通り虚しく空を切ったそれは、即席の相方の、襟首を捕獲する筈だった。

 

「おい、馬鹿!!」

 

背中にぶちあたる杏子の声を拒絶するように、少年は前へと進んだ。

直後、魔法少女の動体視力が、飛来するものの正体を脳髄にくっきりと刻み込んだ。

 

それは、巨大な斧だった。

左右に広がる両刃の幅は縦も横も一メートルを優に超す。

見様によっては、巨大な円にも見える。

刃部分を貫く柄は杏子の槍を凌駕するほどに長く、刃から突き出た先端も槍の様に鋭い。

何時の間に、そして何処から取り出したのか、魔女の手にはそれが握られていた。

 

ナガレはそこにいた。

水平に振り下ろされた刃の軌道の上に。

 

彼の眼前で、刃が輝いていた。

 

三つの刃が。

 

「おい、魔女野郎」

 

矛盾した代名詞が、挑発的な口調によって放たれた。

相変わらずの高い声だった。

だが声色は、地の底から響く地鳴りのようだった。

激しい苦痛の色が、ありありと見てとれた。

 

真新しい運動靴と、異界の床の接面には、そこを起点とした無数の罅が放射状に広がっていた。

腕が、体幹が、脚が、微細な震えを見せていた。

震えの先に、巨大な斧の黒い刃があった。

ナガレの両手の先にあるものが、その進行を食い止めていた。

その光景に、杏子は既視感を覚えた。

 

「凄ぇもん持ってるじゃねえか。俺のと交換しねぇか?」

 

彼の左右の手が握るのは、二丁の手斧だった。

柄の長さは約五十センチ程度だが刃渡りが異常に長く、湾曲した刃の内面が、

柄を握る拳の近くにまで届きそうなほどだった。

明らかに、樹木の伐採を目的とした代物ではなかった。

今尚、金属の悲鳴を上げながらも、それは魔女の得物に抗っていた。

 

すると、魔女の無貌の頭部に亀裂が生じた。

自ら、めりめりと裂けていき、遂には額から後頭部までを貫く穴が空いた。

直径は約十センチほどで、中央に、五百円硬貨程度の大きさの黒点が浮遊している。

それは明らかに、ナガレへと黒点の焦点を当てていた。

これは、異形の眼球とでもいうべきか。

二度三度と、黒点が明滅。

瞬きであるらしい。

魔女としても、この光景というか事態が信じられないとでも言うように。

 

更に異常は続いた。

若干の硬直を見せた魔女に対し、ナガレが動いた。

噛み合う斧の、張り出した部分を巨斧に引っ掛け、そこを基点として一気に下方に引いた。

直後、少年は宙に躍っていた。

そして、水平状態の斧の腹の上で体を丸めて前転し、撓めた両脚を一気に伸ばした。

魔女の剛力に耐えた脚は、破壊においても威力を発揮した。

踏みつけに近い形の前蹴りによって、生成されたばかりの異形の眼球が、黒い残滓をこぼしながら破裂。

更には頑強な石のようにがっしりとした肩に支えられた首が、黒い喉を見せて後方へと仰け反った。

 

仰け反り異界の空を見上げる異形の、砕かれた眼球に映るものがあった。

それは、自らに降り注ぐ紅だった。

 

「下がってろ!ガキ!」

 

叫びと共に、杏子が槍を下方へと突き出した。

斧を握る魔女の、丸太のように太い右腕が、まるで粘土のように切断される。

着地と同時に、杏子は更なる斬撃を放った。

今度は胴体が一薙ぎにされ、上半身と下半身がバラけて落下。

黒い胴体に、巨大な斧も沈んでいった。

 

今度は逃さず、杏子が少年を捕獲し退避。

距離を取り、相方を放った魔法少女の衣の裾を、黒い翳りが撫でた。

 

床面を流れるのは、黒い霧。

気付けばそれは、彼の踝の辺りにまで満ちていた。

一定の速度と法則に沿って流れる霧の川が、室内に溢れている。

 

乱暴な投擲から立ち直りつつ、ナガレは霧の流れの源を探していた。

一瞬、少年の顔に訝しげな色が浮かんだ。

言葉遊びに近いものを、彼は思い浮かべたらしい。

 

源はすぐに見つかった。

宙に浮かぶ巨大な扉の門が開き、黒い霧を吐き出していた。

そして、霧が触れた場所が、薬剤の化学反応のように変化していく。

瞬く間に、彼の視界に極彩色が溢れた。

 

「魔女の結界だ。溢れやがった」

 

作りかけの建築物の一フロアでしかなかった室内からは、見る見るうちに奥行きや高さといった概念が消滅していた。

魔女が浮かぶ極彩の宙の奥の果てを、彼は見つけることが出来なかった。

 

「けったくそ悪ぃな。まるで」

 

そこまで言い、そこで止めた。

直後、ナガレは後方へと跳んだ。

跳躍にて生じた隙間に、巨斧が突き立てられていた。

その上方に浮遊する黒い霧が、彼を見下ろしているように見えた。

そして、それは濃さを増していき形を成した。

巨斧の柄の尻を、蹄のある手が器用に掴み、持ち上げる。

先程葬ったはずの、牛の魔女がそこにいた。

 

「流石に、これはバカでも分かるだろ?」

「あの牛みてぇのは要は影で、大本はあのムカつく形の斧だってコトか?」

 

魔女を見据えつつ、杏子は無言で頷いた。

ムカつく形、というのが少しだけ気になった。

斧愛好家なのだろうかと、変な性癖じみたものを感じ、杏子はほんの一瞬、寒気を感じた。

 

「ところでそいつ、何処から出した?」

「決まってんだろ。ジャケットの裏側だ」

 

当然の疑問、そして不可思議な回答。

少年の風体を見れば、そこしか隠し場所がないのは分かるのだが、納得がいかなかった。

ちらりと流し目で、杏子は少年の背を見た。

体の線の隆起以外、特に目立った様子は無い。

 

「こいつも結構やられたけど大丈夫だ。まだ何本も残ってる」

 

何が大丈夫なのかが分からない。

いや、ストックがあるのは大事なのだが、杏子の疑問を履き違えていることに全くとして気付いていない。

これはもう、馬鹿というか天然だろう。

一種の才能に近い。

 

「役割分担といこうや。俺が野郎を引き付けて、お前さんが本体をブッ潰すって具合によ」

 

言うが早いか、ナガレが前に出た。

確かに、悪くない作戦だった。

 

「頼むぜ、魔法少女さんよ!」

「骨は拾ってやる。精々励みな、流れ者!」

 

呆れた視線と無意識のうちに確かな高揚感の入った声を送りつつ、杏子が後退。

内に滾る魔の力を、槍と全身に行き渡らせていく。

自らがナガレと名付けた少年は予想外の塊だが、今はそれを考えないことにした。

葬るべき敵は、少なくとも今は一体だけに限られている。

 

 

 

 

眼が眩むような斬撃の連打を、小柄な少年が紙一重で回避していく。

時には逸らし、時には激突させて、自らを吹き飛ばさせながら。

白色の火花が彼の視界を染め上げていた。

巨斧と双斧が、まるで恋人同士の愛撫か、

餌食を貪る狂犬の牙と獲物の骨のように、幾度も幾度も、熱烈に噛み合っていく。

何時頃からか、魔女の分身が斧型の本体を握る柄の部分は、斧部分のすぐ側となっていた。

 

振り回す時ほどの破壊力は無いが、恒常的に籠められる力は段違いに強い。

組み合った斧が、じりじりとナガレの方へと押されていく。

 

一撃で叩き潰すよりも、剛力で磨り潰す方を魔女は選択したようだった。

介錯では無く、なぶり殺し。

更に言えば、拷問を。

 

「舐ぁめるなぁああ!!!!!」

 

意図を察したのか、怒りに満ちた咆哮と共に、ナガレは両腕に力を注ぎ込んだ。

細くも、恐ろしく頑強な筋肉が隆起し骨を軋ませつつ、爆発的な力を生んだ。

 

次の瞬間、魔女の無貌は再び宙を見つめていた。

剛力によって力を弛まされ、強烈な蹴りによって高々と撥ね飛ばされた得物が魔女に影を落としていた。

蹴りは斧を撥ね飛ばしただけではなく、魔女の顎をも撃ち抜いていた。

 

しかし、彼の呼吸は乱れ、肩が激しく上下していた。

ぐらりとふらつき、左膝が折れる。

相方不在の斧を杖にして、ナガレは転倒を防ぐ。

そこに、影が飛来した。

蹄の形をしていた。

 

鼓膜をつんざく金属音が生じ、発生源から小柄な影が宙に跳ねた。

十数メートルは軽く飛翔したのち、異界の地面に墜落した。

肉が打ち付けられて生じる生々しい音の後に、非生物的な、無数の金属音が続いた。

それらは、砕け散った斧の破片だった。

 

「くそったれが」

 

飛び散った破片と、斬撃の応酬により、彼の顔には無数の裂傷が生じていた。

血染めの顔から生じた忌々しい呟きは、震える右手に向けられていた。

人間の範疇を越えた力と真っ向から斬り結んだ代償は、彼の全身を苛んでいた。

 

身体が揺れる度に関節が激痛という形の悲鳴を上げ、

腕や腿には無数の蟻が這い擦り回っているかの様な微細な痛みが広がっている。

魔女の振るう斧の一撃一撃が、彼の体に莫大な負荷を与えていた。

 

そこに巨大な影が降った。

猛然と、斧を振りかぶった異形だった。

 

「邪魔だ!クソガキ!!」

 

裂帛を帯びた肉声が、彼の鼓膜を叩いた。

魔女よりも更に危険と判断し、即座に彼は退避に移った。

 

彼と入れ違いに、何かが魔女へと直進していく。

それは、ナガレも見覚えがある代物だった。

数百数十もの数の、編み込まれた真紅の結界だった。

 

弾丸の速度で、まるで無数の毒蛇のように魔女の周囲を取り巻きながら、中心点たる魔女へと殺到していった。

斧が横凪ぎに振られ、斬線上のものが破砕されたが、勢いは止まらない。

一閃の届かない箇所から次々と巨斧にへばり着き、縛鎖となって拘束する。

処刑具たる巨斧が、真紅の処刑台にかけられていた。

 

直後、更なる真紅が巨斧を染め上げた。

宙に拘束された巨斧が下ろした影を喰い破り、直下から無数の円錐が、紅の槍が突き上がる。

 

斧の腹を打ち砕き、真紅の切っ先が黒塊より顔を覗かせている。

その様は、盾を貫く槍の姿に似ていた。

 

斧が、びくんと震えた。

震えは、斧の内側から生じていた。

斧自身が震えていた。

 

真紅に貫かれて震える斧の中心に光点が浮き上がる。

ぎょろりと蠢き、びたりと停まった。

迫り来るものの姿を、光が捉えた。

 

それは紅蓮の魔鳥か、紅毛の魔獣か。

確実に言えることは、それは破壊者であるということだった。

 

「くたばりやがれえええええ!!!!!!」

 

叫びと共に、杏子が槍を投擲。

自らを戒める円錐の槍を強引に引き剥がし、傷だらけの巨斧が迎撃。

真っ向から斬り結びにかかる。

だが、接触の寸前で十字は横に逸れ、巨斧は虚しく空を斬った。

 

無様を晒す巨斧を嘲笑うかのように、槍が等間隔で節を展開し、軌道が変化していく。

一瞬の停滞もなく、槍は内部から鎖という骨格を露にした

多節の棍となり、十字を頭にした蛇となった。

それが巨斧の周囲を取り巻き、渦を巻く。

超高速の機動により、十字に宿る真紅の光が蛇の全身に映え、軌道が真紅に染まっている。

 

先程、空を斬った巨斧の中央が断裂し、その破片が瞬時に数十の破片となった。

真紅の光の蛇となった十字槍が縦横無尽に暴れ周り、斧の形を削っていく。

貫き、砕き、斬り、刻んでいく。

 

「これで」

 

柄の部分の原型を僅かに残した、巨斧であったものに杏子は残忍な笑みを浮かべた。

獲物の喉を喰い破る寸前の、雌豹の表情だった。

最後の抵抗か、破片同然の斧が砕けた切っ先を向けて素手の杏子へと飛翔した。

自らを更に砕きつつ、弾丸となって杏子に迫る。

 

「終わりだよ!」

 

展開していた槍はいつの間にか消失していた。

そして杏子の手には、その十字槍が握られていた。

突き出された槍の先端で、斧の欠片が砕け散った。

一瞬、十字にその身を這わせた斧は、磔のそれとなっていた。

 

「へっ、ざまぁみろってんだ」

 

満足げに微笑み、杏子は欠片の断片を踏み砕いた。

同時に、世界も色を変えていく。

先程とは逆に、異界が朧気に歪み、元の色へと戻っていく。

 

「ん?」

 

灰色の地面に、黒が広がっていた。

それは秒を経る毎に隙間を広げていく。

 

亀裂と気付いたのは、それが足元にまで来た時だった。

それでも止まらず、壁面に移り、天井にも伝播していく。

 

「…あたしのせいか?」

 

一応といった風に、杏子は呟いた。

結論から言えば、全く以てその通りであった。

だがそれでも、彼女にはこれが危機には思えなかった。

 

落ちる床を足場に跳ぶ、或いは飛び降りる。

その程度の運動は、自分たち魔法少女にとって呼吸や歩行と何ら変わらない。

少なくとも自分は無傷でここから出られる。

そう確信していた。

 

姿が元に戻るまでは。

 

「あ」

 

間抜けにも聞こえる声に次いで、杏子の膝が崩れた。

一瞬、視界に黒が掠めた。

身を穢す汚濁の色は、黒の極みに達しかけていた。

 

「魔力……切………!」

 

忌々しげに呟きながら、今回の狩りの目的を改めて思い出した。

忘れてはいなかったはずのだが、異常事態が続いたために感覚が麻痺していた。

 

震動が発生し、落下音までが生じ始めていた。

建物の崩壊まで、正しく秒読みといったところだろう。

 

途絶えていく意識の中、杏子は全身に叩き付けられる空気の震えを感じた。

だが、自らの名を呼ぶ、女のそれに似た声には遂に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 






ここまでで。
件の魔女は、最初に読んだ際には形状からして
光速飛行しそうだとか魔法少女吸収しそうだとか勝手に妄想した思い出があります。
斧というか、巨大なハルバードを見るとどうしても真ゲッターを連想するもので。
(形がいい具合に似ていたというのも相まって)

今回にあたって久々に「different~」を読み返しましたが、
杏子のメンタルには凄まじいものがありますね。
よく言われることですが、あの一家心中を経験して、よく魔女化しなかったなと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。