魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第20話 黒と黒④

「友人」

 

呉キリカが口を開いた。

美しい声で紡がれた言葉は、十割の呆れで出来ていた。

 

「何時まで続ける気だ?」

「ん?」

 

呟きと共に、ナガレが画面停止のボタンを押した。

 

「もう一度言う。…何時まで続けるんだい?」

 

キリカの口より、再び呆れの声が出た。

 

「そりゃ、湧いてくる敵どもを全滅させるまでだろ?」

 

ナガレが疑問の声を出した。

キリカは溜息を吐いた。

 

「そいつらは雑魚だから、無限湧きだよ」

「早く言えよ」

「友人、直ぐに気付け」

「悪かったな、こちとら初心者でよ。で、そういや今何時?」

 

キリカは溜息を吐いた。

鮮血色の唇から零れた、闇色の結晶のような吐息であった。

 

「ちょうど五時だよ」

 

ナガレは操作を停止した。

更に彼は耳を澄ませた。

柔らかな音程の音楽が遠く聴こえた。

なんか強そうな名前の作曲家によって書かれた曲、という知識が彼の脳裏を掠めた。

因みに、聴こえた曲はドボルザークによる『家路』である。

 

「非常識なのは知っていたが、ここまでとはな」

 

自らのそれまでの行いを棚に上げての、しかし真っ当なキリカの主張であった。

 

「我が家に来たのが凡そ八時半。会議を挟んで遊び始めたのが九時頃と云った処か。

 まさかそれから、延々と雑魚狩りをし続けるとは」

「悪かったな。さっきも言ったが、この遊びは初めてなんでな」

 

それでも程度があるだろうと、キリカは思った。

自らの非常識さを多少なりとも自覚した内心の動揺も収まったか、

ナガレは再び操作を開始した。

 

「まぁ…成果はあったか」

 

災厄の黄水晶の瞳もまた、画面を見つめていた。

ちょうど、ステータス画面が開かれていた。

通常時のドット絵と違い、リアルな等身のキャラクターが、

美麗なグラフィックによって画面上に描かれている。

 

画面に映し出されているのは、深紅に染まった偉丈夫の姿。

深紅とは、逞しい四肢を覆う鎧であった。

腕の側面からは、歯車のようにギザギザと波打つ刃が伸び、

肩や踵からは槍穂を思わせる鋭角が突き出ていた。

防御というよりも、触れるもの全てを傷つけるために創られたかのような鎧だった。

 

頭部も尋常ではなく、顔を完全に覆う悪鬼のような恐ろしい面貌の兜からは

三本の角が天に向けて真っすぐに生えていた。

悪鬼の貌の頬部分からも、まるで角に匹敵する巨大な鋭角が一本ずつ上向きに伸びていた。

身を焼き尽くす怒りと憎悪によって、牙が異常肥大したかのようだった。

『怒髪天を突く』という言葉が、キリカの脳裏に浮かんだ。

 

そして深紅の剣士の背中には、巨大な二本の大剣が背負われていた。

それはまるで、剣士の翼のようだった。

 

「武器の調整でもするか」

 

ナガレがボタンを操作すると、異貌の剣士は剣を構えた。

幅広く、そして分厚い大剣だった。

斬るというよりも、『ぶっ潰す』や『ぶちのめす』という野蛮な表現が似合いそうな武器だった。

 

それが今の、彼の分身たる『ナガレリ』の姿だった。

『禍々しい』。

ある程度の知能を持った人類の大半が、そう評するに違いない姿であった。

 

「にしても昔っから思ってたけど、遊んでると時間が早く感じるな」

 

何言ってんだこいつと、キリカは思った。

真っ当な意見である。

 

「おめでとう友人。また一つ賢くなったな。それは永遠の未熟児の特権だ」

「言ってろ、魔法『少女』」

 

互いに罵り口調を交わし、ナガレは画面を通常へと戻す。

ドット絵で描かれた世界を数歩歩いた瞬間、再び戦闘が始まった。

 

血で塗り固められたような深紅の鎧を纏い、仮想世界の彼は魔物達を殺戮し続けていた。

画面内にて魔物のイラスト上に音と共に斬線が走り、点滅の後にダメージ数が表示される。

魔物の耐久力を三桁は上回る一撃であった。

それを受け、一匹、また一匹と滅ぼされていくのは、彼と最初に対峙した爬虫類型の魔物達。

 

「もう腐るほど見たけど、民族浄化ご苦労さん」

「胸糞悪い例えを出すんじゃねぇ」

 

怒気を籠めてナガレは反論した。

割と善人なのかと、キリカは脳内の友人メモに記入した。

 

「まぁやってしまった事は仕方ないな。

 だかその姿を見たまえ。それは竜の怒りのためだ」

「竜だと?」

 

ピクリと眉を動かし、ナガレが反応した。

キリカはそれを、中二病特有の感性かと認識した。

 

「君が殺戮し続けているのは魔王龍の一体、ヒ=ルルガの眷属。

 蜥蜴人類のタ・レルク族だ」

「初耳だな」

「クソ長いOPで映っていたぞ。まぁ私も今説明書読んでて知ったんだが。

 まぁ説明してやろう。

 眷属を殺され続けた魔王龍の怒りの呪いで君の姿は悪鬼羅刹と化している」

「へぇ、粋な事するじゃねぇか」

 

関心したような呟きだった。

 

「喜んでいる場合じゃないぞ。それは呪いで、君にはデメリットが押し付けられている」

「何だよ、特に不自由してねぇぞ?」

「このゲームでは無数のキャラクターを仲間に出来るが、

 その鎧を纏っている限り、君は孤独な戦いを強いられる事となる」

「なんじゃそりゃ。人を見掛けで判断するってのか?」

「まぁそういう事になるな。別に石持て追われる訳じゃないが」

「じゃあ、店とかは普通に使えるのか」

「ああ。単に仲間にする行為が出来ないだけだ」

 

キリカの説明に、ナガレはううむと唸った。

疑念からのものだった。

 

「どうした友人。発情期か?」

「仲間を増やせねぇってのは不便なのは分かるんだけどよ、今結構強いぞ?」

 

下ネタを無視しナガレは応える。

それに気にした風も無く、キリカは口を開いた。

 

「まぁね。仲間使用不能と云うデメリットを補うために、通常時の十倍程に上がっている」

「随分と突飛に上がってんな」

「一説には、開発者が適当に設定したんじゃないかと言われている」

「この前アニメだか漫画だかで見たけど、バランスブレイカーってやつか。

 なら俺みてぇに、っていうか自分から進んでやる奴がいるんじゃねえのか?」

「いや、そうでもない。というか皆無だ。

 なぜならこのゲームは冒険よりも寧ろ仲間との交流がメインで、

 美少女や美少年、美男美女とイチャコラ出来る事が売りだ」

「それが何だよ」

 

自らも頭に美を置いて差し支えない少年の顔には、理解不能の色が浮かんでいた。

逆にキリカは納得の表情となった。

まぁこいつならそう云うだろうなと、再確認した表情だった。

 

「ああ。まぁ気にしなくていいよ。君には無縁の事柄のようだ」

 

災厄の言葉にナガレは首を傾げたが、

直ぐにどうでもよくなったのかゲームを再開した。

尚、無縁の事柄とは、このゲームの魔性についてであった。

 

実はこのゲーム、世界観やキャラクターの作り込みの深さ、

そして極めて高い自由度によって依存者が大量発生しており、

一時は社会問題になりかけた代物であった。

今ではある程度収まったが、それでも四六時中をゲームに費やす虜囚が

数千人はいるとの事である。

 

彼もまたそのうちの一人になるのではないかと、キリカは好奇心を抱いていたが、

それは無為な事だった。

彼はある種の超が付くほどの現実主義者であり、架空の事柄、

特にその中での愛や友情にはとんと興味が無いのであった。

 

キリカの内心など露知らず、遭遇する魔物達を抹殺しつつ彼は荒野を目指した。

街中で得た情報によれば、魔物達の巣窟があるとの事だった。

 

無数の屍を築きながら単身で荒野を走破すると、それらしき物体が画面上に浮かび上がってきた。

形状からして、和風の城であるらしい。

だが邪悪な趣がされた城塞の一歩手前で、彼は操作を停止した。

 

「んじゃ、そろそろ」

 

彼はちらりと室内を見た。

壁に掛けられた時計は、六時と半を指していた。

 

「帰るか」

 

そう続ける予定だった。

だが。

 

「あぁ、そうそう」

 

キリカの声がそれを遮った。

彼の背に、裂傷のような感覚が奔った。

嫌な予感を感知したのである。

 

「友人、今日は泊っていけ」

 

脳天から足の爪先までを突きとおす悪寒を感じつつ、彼は振り返った。

ベッドの上で寝そべる呉キリカの姿が見えた。

 

黒き災厄の美しい顔は、今にも泣きそうなものとなっていた。

思い返せば、声も涙ぐんでいたような気がした。

それは道化宜しくの歓喜や性欲によるものではなく、

身を焦がす嫌悪感からのものだと、彼はキリカから放出される雰囲気から察した。

 

泣きたいのはこっちだとナガレは思った。

なんでこんな事を言われるのか、訳が分からなかった。

彼の内心を表したように、彼の分身は画面上で停止し続けていた。








魔王の名前と眷属の名前はそれぞれ、某家具姉弟を参考にさせていただきました。

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