魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第19話 今

風の速度を宿し、物体が飛翔する。

飛翔の果てに、白で覆われた長い脚が伸ばされた。

暗黒色の地面を、白い安全靴が踏みしめる。

身に架せられた衝撃を強引に殺し、黒髪の少年は暗黒の地の上に立っていた。

 

「どうした魔法少女、それで全力かよ?」

 

血の香りに満たされた荒い息を吐きつつ、それでもナガレは淀みなく言葉を紡いだ。

苦痛を押し殺しての強がりであった。

風見野自警団と道化との別れから、まだ三時間と経っていない。

 

全身に巻かれた包帯には赤黒い染みが無数に浮き出ており、

巻ききれない包帯の末端部分が旗のように揺れていた。

左腕は未だギプスを当てた状態であったが、残る右手は長大な斧槍の柄を握っている。

獰悪な刃と錐のように細い先端の先に、陽炎のように揺れる影があった。

それは直後、真紅の炎を宿した人の形となった。

そして一閃が奔り、衝撃と金属音が生じた。

 

「何か言ったかい?くたばり損ないの流れ者がよぉ…」

「思ったより元気じゃねぇか。最初っからそうしやがれ」

「黙れクソガキ」

「黙らせてみな、魔法少女」

 

言い合いが終わった瞬間、黒と真紅の乱舞が始まった。

普段よりも速度は遥かに遅く、そして力も弱い。

それ故に殆どの攻撃を互いに防御していたが、苛烈さは普段以上のものがあった。

通常時を高度な技量のぶつけ合いとすれば、今のこれは瀕死の狂犬同士の原初の闘争だった。

純粋な力と力の激突に負傷個所からは血が噴き出し、

微細ながらも傷口の深さと長さが増していく。

 

だが乱舞は止まらない。

身体の半分以上の部分を包帯で覆いつつも、真紅の魔法少女と少年は闘志に満ちていた。

剣戟の最中、十字架を抱いた槍穂と斧が組み合わされた。

噛み合う刃は、打ち鳴らされる牙のような音を放ちながら震えていた。

少年と魔法少女の手が、限界を迎え始めていた。

両者は同時に後退した。

 

退く中、ナガレの左腕に巻かれた包帯が閃いた。

魔法少女の脳裏に危機感の稲妻が奔った刹那、包帯の内部から光が放たれた。

その寸前に、魔法少女は身を翻した。

その動きは彼女の長い赤髪も相俟って、身をくねらせて天を征く、紅の竜を思わせた。

美しい軌跡を描いて宙を舞う紅竜の背後にて、光が炸裂した。

薄闇が支配する魔女結界の一角が、白昼の色に染まり切る。

空間の至る所に貼り付けられた、斧と杯の紋章が衝撃を浴び、

豪風に打たれる窓ガラスのように揺れ動いた。

 

「躱しやがったか」

「さっきも見たけど、気色悪いったらありゃしねぇな」

 

魔法少女が吐き捨て、少年は苦笑を浮かべた。

包帯がはだけ、熱線により切断された左腕が覗いていた。

彼の左腕は、黒い靄に覆われていた。

靄の発生源は、腕の切断面である肘部分。

 

そして腕と並行して伸びた、硝煙を吹く火筒にもそれは纏わり付いていた。

気色悪いと称されたのは、靄を通じて腕と砲が融合しているように見えた事についてだろう。

 

「さっきのバーナーといい、お前も結構やるじゃねぇか」

 

言葉の相手は、魔法少女ではなく槍斧であった。

斧部分に開いたハートマークの中心に浮く黒い眼が、

二度三度と瞬いた。

どこかチャーミングな様子は、ウインクにも見えなくもない。

砲は靄に呑まれるように、彼の腕に埋没していった。

これも魔法という事か、同化による質量の変化は外見上は感じられない。

 

「取り込まれても知らねぇぞ」

「安心しな、胡散臭ぇ能力にゃちょっと慣れてんだよ」

 

ああテメェ自体がそうだからな、との侮蔑と共に杏子が前進。

槍でナガレの顔面を突く、と見せかけ槍の矛先が水平から垂直下へと変化。

突き立てられた槍を軸に、魔法少女の身が浮いた。

宙で閃く大輪の紅花に見えた。

だがその美しさに見惚れる事も無く、ナガレは左脚を背後に引いた。

 

そして。

 

「うぉらぁあっ!!!」

「うるぁあ!!」

 

雌雄の咆哮と共に、二本の脚が宙にて交差した。

杏子の前蹴りとナガレの回し蹴りは、

紅と白の竜尾と化して相手のそれへと激突した。

肉と骨が打ち合わされたというよりも、巨獣が牙を鳴らしたような破砕音が鳴った。

 

身に与えられた衝撃のベクトルにより、

魔法少女と少年はそれぞれの背後に吹き飛ばされる。

激烈な衝撃により、杏子の脚は表面の薄皮一枚を残して内部の骨と筋肉が断裂し、

ナガレのそこは骨が破砕されていた。

このあたりは、肉体強度の差異である。

事実上の下肢欠損に、魔法少女はその部分に治癒魔法を発動した。

同様に少年も魔女に視線を送り、治癒力増加の黒靄を患部に発生させる。

 

距離を隔てる雌雄の魔獣達は、

痛みと苦痛ではなく怒りと闘志によって幼い顔を歪ませていた。

数秒が過ぎた。

風見野最強の魔法少女の脳に、打算的な思考が湧き始めていた。

このまま戦い続ける事は願っても無い事であり、

眼の前のクソガキは道化とキリカの次に抹殺したい存在だった。

 

だが殺したら手持ちの武器が減る。

面倒な連中が身近にいる以上、

不愉快で有能な戦力の損耗は、残念極まりない事に

自らにとって不利をもたらす以外の何物でもない。

頭では分かっているが、それを自分の口から言い出したくは無かった。

 

更に数秒が経過。

やはり殺すしかないかと、真紅の魔法少女が勝ち目無き戦いの渦に挑む覚悟を決めた瞬間。

 

「わぁったよ。ここらで平和的に解決しようじゃねぇか」

 

槍斧を床に立て、両手も上に上げつつナガレが言った。

更についでと言わんばかりに、左手の靄から砲を抜き取り投げ捨てた。

素手の状態でも武装中に等しい危険な相手だが、

物理的な非武装となった相手を前に、杏子も槍を近場に突き刺した。

両者のやり取りは、刃から言葉へと移り変わった。

 

「てなワケでよ、俺は二つ洗ったから残り一つはお前が洗え」

「なぁにがてなワケだ。テメェが手を付けた仕事は、最後までやり遂げやがれ」

「てめぇ、いつも食い物に厳しいくせにそういう事はしねぇのかよ。

 道化とは別方向だが、てめぇも卑しい魔法少女だな」

 

不愉快極まりない例えに、杏子の額に青筋が浮いた。

 

「死にてぇみたいだな」

「何時間か前に言ったが、もう一回言ってやる。死なば諸共よ」

 

殺気が結界内に充満、どころか爆発寸前まで膨れ上がっていた。

刃よりも苛烈な、怒りを宿した言葉の応酬であった。

 

「話を戻すけど、俺は疲れてんだよ」

「あたしもだ」

「まぁ聞けよ。溶接したこいつらを廃墟から持ってきて、

 電源くっ付けてチョコ流したのは俺なんだぞ?」

「果物を買って来たのはあたしだ。

 あとそれ造る時、『家賃はこれでいいか?』って聞いてきたじゃねぇか。

 片付けも家賃に入ってんだよ」

「協力するって考えはねぇのか?」

「無ぇ」

 

きっぱりと杏子は言い斬った。

ナガレがしばし閉口し、そして再び口を開いた。

少女然としつつも精悍な造型の顔には、澱のような疲労感と嫌悪が浮いていた。

 

「俺が手を抜いてたら…いや、洗うのをしくじってたらどうする?」

 

それは真摯な問いであった。

その結果を予想してか、杏子は奥歯を噛み締めた。

 

「半分寄越しな」

 

同様の性質の声で、杏子が応えた。

 

 

 

 

場所は変わって、現実世界。

廃教会から程近い公園に、全身に負傷を負った物騒な二人組の姿があった。

 

洗剤を塗られたスポンジが階層状に連ねられた皿に挑み、泡で皿を包み込む。

青白く輝く月の中、次々と生まれては弾ける泡には、

儚さと幻想的な美しさが宿っていた。

だがそれを手にする者達の顔には、一切の精神的な正の要素が絶えていた。

『げんなり』というのはこれというような、疲弊しきった表情だった。

 

「見た目は奇麗だな」

「あぁ、キリカの奴がチョコを一滴も残らないようにって

 散々に舐め廻しやがったからな。この妙なぬめりはその証拠だ」

 

敷地内に設けられた二か所の水道場で作業をしつつ、念話で会話を続けていた。

チョコタワーを分解しての共同作業中ではあるが、同じ場で行う気は無いらしい。

 

「…あたしは単に、あいつが気持ち悪いからだけどさ、

 テメェの場合はこういうのは逆に嬉しいんじゃねぇの?」

「冗談ほざいてんじゃねぇよ、このマセガキ」

 

比較的珍しく、ナガレが罵倒を呟いた。

普段なら報復の投げ槍が飛ぶのだろうが、杏子は彫像のように無反応だった。

両者は手を動かした。

不吉なものを祓うかのように、

妙に官能的なぬめりを持ったキリカの唾液を拭い取っていく。

成分単位で摂取するために魔力でも使われたのか、

唾液の粘着性は異常としか言いようのないしぶとさを誇っていた。

 

不毛な作業の開始から、数十分が過ぎた。

 

「なんだよ、この空気」

「知るかクソガキ」

 

百メートルほど離れた状態からの呟きだったが、

両者は互いの音を拾い、そして返していた。

二人は溜息をつきかけ、口を閉じた。

脳裏にて、黒い魔法少女の舌打ちが聴こえたような気がした。

そして溜息をついていれば、それは哄笑に代わっていた事だろう。

 

皿を洗いつつ、ナガレは泡を見た。

幾つも生まれ、そしてふとした瞬間に弾けていく。

手の先で行われる、破壊と創造の終わりなき連鎖。

何時の事か、また幾度目かの事は忘れたが、複数の存在が脳裏を掠めた。

 

 

 

星々を喰らう魔物、または時間と空間を司る神。

兵器を遣い、宇宙を消滅させる殺戮の機械人形を総べる皇帝。

 

神が支配する空間を皇帝の剛腕が貫き、皇帝の装甲を神の喃語が削り取った。

皇帝の身に満ちた進化の光が迸り、破壊の度に虚無に新たな宇宙が産まれていった。

それを神の呟きが虚無へと還す。

破壊と創造、そして虚無が織りなす地獄絵図。

 

何時か彼方で遭遇したそれらとの戦いは、彼にとっても熾烈を極めていた。

神の細胞を数千単位で焼き尽くし、皇帝の軍勢の包囲網を幾万陣もぶち抜いた。

身に纏う暗緑の光は皇帝の光や神の虚無と同調し、皇帝の前身である巨人に莫大な力を与えた。

巨人の手斧は神の鼻先の表皮を切り裂き、皇帝の顔の緑の一つを叩き割った。

神が産声を上げ、皇帝は開いた両手の間から巨大な深紅を放った。

虚無と宇宙が震え上がり、放たれた深紅は次元を歪める炸裂と為った。

巨人はそこに、暗緑の大瀑布を放った。

虚無の果てまで貫く緑の波濤は、先端に巨大な刃を戴いていた。

 

三つの、種で表せば二つ。

 

虚無と、進化の力が吹き荒れた。

 

 

 

彼が覚えているのは、そこまでだった。

気が付くと、暗黒の世界を漂う愛機の中で眠っていた。

夢だろうとは思わなかった。

自分が生きているという事は、連中も存在し続けているだろうと彼は思っていた。

 

すぐさま彼は愛機を叩き起こし、深紅の翼を広げ次の戦場へと羽ばたいた。

それは熱き怒りの炎を抱いた、竜の戦士による追撃の飛翔だった。

 

 

何時かの記憶を思い返し、ナガレはふと思った。

そいつらにとって世界とは、正にこの泡のような…。

身を突き抜ける怒りが、彼の中で渦を巻いた。

 

だがそれが力に変じる事を、彼は由としなかった。

泡を纏うスポンジを、彼はゆっくりと離した。

泡は一つも壊れず、また生まれもしなかった。

それはまるで、彼方の存在と自らは違うと、無意識に表したかのようだった。

 

視線を感じ、彼は視線を上げた。

距離を隔てた先で、杏子が怪訝な表情を浮かべていた。

終わったなら手伝えと、杏子が念話で告げた。

わあったよと彼は返した。

 

相棒に向かって歩き出した時には既に、過去の事など頭から拭い去られていた。

かつての事より、今の方が遥かに重要であるとでもいうように。

 

彼の認識の中で、神と皇帝に。

そして魔法少女に与えられた、強敵という意識の差異は無い。

 

また、目下最大の脅威は不機嫌さが頂点に達しつつある真紅の相棒であった。

にしても赤いのとは縁があるなと、ナガレは歩みながら思った。

 

 

切っ掛けは定かで無かったが、深夜の園内にて剣戟が開始されたのは

それから数分後の事だった。


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