魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第14話 闇の想い③

光が弾け飛び、内部の少年が再び姿を顕した。

弾けた光は、まるで粘液のようにゆっくりとした軌跡を描き、

宙に地面にと飛散した。

 

自らの想いが弾けた時、道化は腹部に軽い痛みを覚えた。

生理痛のようなそれに、優木は「あぁ…」と小さく呻いた。

熱が籠る子袋の本来の役割、即ち胎内で生命を育み産み落とすとはこういう事かと、

道化は独自の理論を組み立てた。

 

そして一瞬の母性本能は、欲情の業火へと変わった。

熱線により穴だらけにされ、更には右腕を失った血塗れの少年には、

道化の想いの全てが注ぎ込まれていた。

五個はあったグリーフシードは全て、孵化直前の黒に染まっていた。

都合、全開発動の六連発であり、妄想の重度は時間の経過に従って高まっていた。

道化の試算では、一つの市を淫虐の虜と化せるのではないかというほどの想いが、

一人の少年に注がれていた。

 

光より出でた少年は、ぴくりとも動かずにその場に立ち続けていた。

蕩けた表情を隠そうともせず、道化はその身に飛び掛かった。

細い手を広げ、獲物に飛びつく蜘蛛のように、ナガレの身体に己の身を絡ませる。

外見上は細く華奢な身体は、鋼のように硬かった。

 

血の匂いで満ちた胸板に、道化は頬を擦り付けた。

得も言われぬ思いが、道化の脊髄を貫いた。

 

「はぁぁあああ…」

 

虚脱した声と共に、道化の尻が淫らに震えた。

軽く達したようだった。

 

性悦のさなか、道化は左手の指を彼の右腕にぬるりと絡めた。

黄色の手袋に覆われた指が、右腕の断面を肉を喰らう蛆虫のように弄ぶ。

道化の細指の先で、炭化した肉が砂利のような音を立てた。

剥落した炭の下からは、生暖かい血の滴が滴り落ちる。

焦げの臭気と共に立ち昇る鮮血の香りに、道化の理性は破綻した。

 

野獣のように突進し、彼の身体を押し倒す。

発達した腹筋の上に、道化は尻を置いた。

血に染まり、赤黒さを増した黒シャツと道化の接面で、血と欲望の液の、

二種類の粘液が音を立てて交わった。

 

もう我慢が出来なかった。

道化は、過呼吸のような荒々しい息遣いを絶え間なく行っていた。

遂に、この時が来た。

幾度となく夢想して来たものが、遂に果たされる時が来たと。

その際には痛みが伴い、そして失うものがあると、道化は人並みの知識を持っていた。

だが、それに怖れは微塵も無かった。

 

既にこれまで、多くの血肉を彼に捧げている。

それこそ、通常人なら数百回は人生をやり直せるくらいに。

ならば今更、膜と評されるものやそれの損壊に伴う出血など些細な物だろう。

痛みなどもう慣れっこであるし、最近では痛みさえ悦びに変りつつある。

なんなら指でも構わないし、それに純潔など幾らでも再生出来る。

つまり雑多な人間の雌共と違い、自分は常に清い身でいられる。

 

これは使える。

優木沙々という至高の存在に尽くす名誉を与えられた、

栄えある雄共への褒美として。

欲望の大河に身を沈めつつ、その底に残った理性で道化はそう思っていた。

 

順風な人生を送るなら、資金や名声は幾らあってもいい。

例えば同年代なら、隣町の天才バイオリニストなどは篭絡すればいい資金源になるだろう。

本人は怪我で再起不能とのことだが、そんな事はどうでもいい。

要は金と幾らかの快楽があればいいのだ。

飽きたり金を使い潰した後は、別の雄に寄ればいい。

 

そして今はそんな先の事よりも、目先の快楽を貪る事が先決だった。

邪な妄想と全開発動した魔法の疲労感は、道化の欲を限界まで昂らせていた。

肉を前にした飢えた獣のように、道化の雌は淫らな涎を滔々と滴らせていた。

 

湿ったどころか、大洪水となったそこを腹筋に押し付けると、

それだけで絶頂に飛び掛けた。

戻る事は出来ないのではないか、そう道化が恐怖を覚えたほどの快感だった。

 

「犯します」

 

丁寧な口調は、歪んで蕩けた顔から発せられていた。

言葉の通りの行為に及ぶべく、道化は想い人の服を脱がせに掛かった。

 

道化の手が彼のベルトに及ぶ直前、優木は

 

「ヴぇぇっ!?」

 

という鳴き声を放った。

蕩けていた表情が、苦痛のそれに置き換わる。

溺れるように喘ぎつつ、道化は少年の顔を見た。

 

顔の至る前に、自らの細首へ伸びた左腕が見えた。

視界の端には、喉に喰い込む指の大本である、血染めの手の甲が覗いていた。

 

傷付いた逞しい腕を辿っていくと、少年の顔が見えた。

渦巻きを宿した眼が、道化を凝視していた。

闇の中でも、魔法を使用せずともそこははっきりと見えた。

闇よりも濃く、光のように輝いていた。

 

「すげぇなあ、お前」

 

讃えの声は、昏い音となっていた。

少女然とした声に、錆が纏われているかのような。

 

優木の頸を締め上げる力はそのままに、腕の角度が上がっていく。

正確には、体勢が変わっていた。

仰向けになっていた少年は、一瞬の内に直立し、道化の身体を吊るし上げていた。

 

「精神攻撃ってのには慣れてんだけどよ、

 それでも回復すんのに随分と時間を喰っちまった」

 

彼の口調には、怒りの要素は無かった。

ただ、ひたすらに淡々としていた。

怒りが無いのではない。

怒りが純粋化しているのである。

 

それを示すかのように、道化は得体の知れない不快感を味わっていた。

魔力では無かった。

道化の全存在を否定するかのような激烈な意思。

それが、道化の頸を締め上げる彼の左手から伝っていた。

 

「こんな気分は何時以来だろうな……あぁ、あいつだ」

 

渦巻く眼に、一筋の赤が加わった。

血の色だった。

 

「てめぇの性格は、方向性ってのが違うがあの腐れ陰陽師に似てやがる」

 

苦痛と恐怖に呻きながら、道化は聞き慣れないにも程がある単語に疑問を抱いた。

だが首を傾げる事は物理的に不可能であり、意味は無かった。

 

「あとこの魔法っつうか、エネルギーは…………」

 

思考、または記憶を辿っているのか。

彼の眼の渦が深みを増した。

この時彼の怒りの矛先は、道化から離れていた。

全身に叩きつけられ、そして身を満たす力に、彼はあるものとの類似性を感じ取っていた。

この身と化して約一か月、絶えていた感覚が彼の身に蘇りかけていた。

 

道化への拘束も、僅かに緩んでいた。

それは先述の通り、意識が道化から乖離しているためであったが、道化はそれを彼の油断と、

自らの魔法の効果と誤認した。

道化が再び魔を放とうとした瞬間、彼の渦が道化を捉えた。

道化とは、今の獲物ともいう。

 

その時彼の頭の中にふと、一つの言葉が思い浮かんだ。

台詞、としてもいいものが。

 

「よくも、ありがとう」

 

言葉を発した口は、半月の形となっていた。

そこから覗いた歯は全て、鋭い牙と化していた。

獲物、または供物である道化には、そう見えた。

 

彼女にとって不幸であったのは、得体の知れない存在から愛されるのは、

彼にとってこれが初めてではなく、

更には彼がその存在をこの上無く胡散臭いものだと思いつつ、

最も使い慣れた武器としている処にあった。

 

それに類似したものを注いだ結果、死に体であったナガレの身は、

欲情ではなく激情で満たされてしまった。

そして道化によって与えられた淫らな力は、破壊のエネルギーと化して道化を襲った。

 

頸の拘束が一瞬離れ、直後に胸倉が荒々しく掴まれた。

同時に、彼は道化を右向きに振るった。

それは止まらず、回転と化した。

彼は自らを中心として、道化を振り回す暴風となった。

 

激烈な遠心運動の前に、道化は必死に抗った。

手を伸ばし、声は在らんばかりの悲鳴を挙げた。

その全てが砕け散った。

 

細い腕や手足、そして指が音も無く折り畳まれた。

関節で曲がったのではなく、関節が強制的に増やされたのだった。

長さで言えば、腕ならば五センチ単位、指は五ミリ刻みで。

悲鳴や破壊音は道化の背後に流れ、再び廻ってきた道化の身体に激突して消え果てた。

 

幾ら回転を重ねた頃だろうか。

或いは、一瞬の事であったのかもしれない。

 

気が付いたとき、道化は宙に浮いていた。

欲望の粘液と、肉体の損傷を示す血液を撒き散らして、道化は飛び荒んでいく。

遥か下方に、肩を荒く上下させつつ立ち尽くす少年の姿を認めた道化は、

直後に意識を失った。

 

現在の場所は地下空洞であるため矛盾があるが、

優木は果てしない高空へと投げ飛ばされ、その果てへと身を打ち付けたのだった。

苛烈な回転により身が捩子くれていたため、そこは背であり腹であり、脇腹でもあった。

 

砕け散る意識の中、彼女の脳裏に、遠い山々の名が木霊していた。

回転投げの最中、彼がそう叫んでいた。

ような気がしていた。







優木さんが見た彼の表情は、偽書ゲッター始動編のコミックスの表紙のそれと思っていただければと思います。

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