魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第12話 風見野事変④

「…へぇ」

 

明確な拒絶を受け、黒い魔法少女はゆっくりと起き上がった。

自身の談の通り、ひどくだるそうな様子だった。

胸は大きく膨らんでいるとはいえ、全体的な姿は細く華奢な肢体である。

それが廃教会の乾いた床に、せいぜい四十数キロ程度と思われる軽い体重を乗せ、

ふらりふらりと少年へ向けて歩いてくる。

 

「酷いなぁ、友人。君もそう思うよねぇ、佐倉杏子」

 

頼りない足取りとは裏腹に、黄水晶の瞳は爛爛とした輝きを放っている。

素が美しいだけに、その恐ろしさも格別のものがあった。

幼い子供どころか、成人でも恐怖に脳髄を焼かれるだろう。

 

「だから、嫌だって言ってんじゃねぇか」

「死ぬんならここの外か、せめてこいつの寝床でくたばりな」

 

恐怖よりも迷惑指数が上回るらしく、少年と魔法少女は更に毅然と言い放った。

キリカとの距離は、少年は既に眼前に等しく、杏子もそのやや後ろであった。

直ぐにでも殺し合える距離である。

 

キリカが歩みを止めた。

そしてそのまま数秒が経過した。

 

「ならいいや。妥協案といこう」

 

本当にくたばったかと、杏子が思った瞬間、キリカが口を開いた。

『妥協案』という単語に、両者の脳裏に嫌な予感が奔った。

 

「君たち、さささささに代わって私の仲間に」

 

言い終わる寸前、金属音が言葉を掻き消した。

魔法少女姿となった杏子が、長大な槍を一閃させていた。

一瞬早く、殺意の円弧の渦中にあったナガレは、槍の半径より跳躍にて離脱。

着地と同時に、掴んでいた襟首を離した。

 

「痛いなぁ友人。お尻を打っちゃったじゃないか」

 

憤慨する呉キリカだが、杏子とナガレはその言葉を完全に無視した。

杏子が振り抜いた槍の先にあったものが、廃教会の床の上に散乱していた。

白銀の美麗な短剣の破片が、黄色い光と共に霧散していく様子が見えた。

 

「ちっ」

 

少年と魔法少女の耳に、小さな舌打ちが届いた。

決して大きな音ではなかったが、両者はそれをはっきりと捉えていた。

不愉快極まる音であるがゆえに。

 

「団長、あいつ躱しやがりましたよ」

「最初は牽制と言ったはずですよ、優木沙々」

 

軽快な足音と、静かな軍靴の音が続き、聞き慣れ過ぎた声と聞き慣れぬ声が生じた。

 

「それに私は便宜的にリーダーとなっているだけです。呼び方はリナと呼び捨てで結構」

「了解です!我らの主、人見リナ様♪」

 

廃教会の入口より、魂を弄ぶ道化が彼らの前に現れた。

そして敬礼をする彼女の前には、白と灰色で構築された軍服風の衣装を纏った少女がいた。

 

「無礼を御許しください。私は」

 

深々と頭を下げ、配下の非を詫びようとした瞬間。

軍人風の魔法少女の紫の瞳は、床に尻を置いた黒髪の少女を見た。

 

「く、呉キリカ!?」

「あ」

 

団長と呼ばれた魔法少女の驚愕の叫びに、道化の間抜けな声が重なった。

その直後に、

 

「どけ、優木!」

 

裂帛の叫びが、新たな魔法少女の口から放たれた。

武者のような姿をした薄紫の魔法少女の眼には、血のような紅い色が満ちていた。

突き飛ばされた道化を、リナと呼ばれた魔法少女が丁寧に支え転倒を防ぐ。

 

「優木、魔女結界を!」

「は、はい!」

 

道化が杖を振るった瞬間、廃教会内に異界が満ちた。

世界の変性を一顧だにせず、薄紫の少女は両刃の実直な刃を振り下ろした。

黒い魔法少女の傍らにいた黒髪と赤髪が飛び退く姿も、彼女の眼には入っていなかった。

薄紫髪の激烈な殺意と闘志は全て、呉キリカに向けられていた。

 

黒い光が迸った瞬間、白い刃を赤黒の斧が迎え撃った。

 

「ええと…誰々さんだっけ?」

 

鍔迫り合いの中、魔法少女姿となったキリカが尋ねた。

 

「朱音麻衣だ。三週間前、一方的に襲い掛かってきたお前を刻んだ女だ」

「ん…うーん……あー…、あー…あー!あぁ、思い出した」

「相変わらずふざけた奴だな。呆けた声は、真っ二つに切り裂いたせいか?」

「失敬な、ふざけているのは君だろう。なんで私を襲うんだい?」

「お前が危険な奴だからだ」

 

この上なく、分かりやすい応えである。

 

「黙って見てりゃ…おいテメェら。人ん家で何やってやがる」

 

鍔迫り合いの傍らで、杏子も真紅の魔法少女へとその身を変えた。

氷炎の声で、不届き者らに怒りを伝える。

 

「何って…見て分からないのか?」

 

杏子に向けて顔を向け、キリカは嘆くような顔で呟いた。

キリカの注意が家主の声に向いた瞬間、麻衣は左脚を軸に蹴りを放った。

長い脚の先端が、黒い魔法少女の腹部へと埋没。

宿った衝撃が華奢な身体を弾き飛ばした。

 

「なんだこいつら、知り合いか?」

「リナとか言ったな、あのバケツ頭。名前は聞いたことがあるね」

 

少年の問いに、杏子は記憶を辿った。

黒い魔法少女の不愉快な発言は、聞かなかったことにしていた。

内臓破裂で苦しむ彼女を見て少し気分が落ち着いた為と、

今はそれに構っている余裕はないと判断した為である。

 

「あと自警団みたいなのを率いてる奴だって事は知ってる。

 何か月か前、ボコった魔法少女がそう言ってた」

「手強そうだな」

 

少年の横顔には緊張感が張り付いていた。

 

「特にあいつはヤバそうだ」

 

闇色の視線の先には、剣士風の魔法少女の姿があった。

朱音麻衣と呼ばれた少女だった。

 

「お前達も、そいつの仲間か?」

 

麻衣の声は、ぞっとするほどの殺気で満ちていた。

 

「何しやがったんだ、あいつ」

 

ナガレは思念を杏子に送った。

返答はすぐにあった。

 

「あたしらにした事と、大して変わらない事だろうさ」

「…だろうな」

 

杏子の返答に、彼は頷きと共に思念を返した。

血色の眼は、射抜くような視線をなおも両者へと送っている。

言葉か刃か。

どう返答すべきか両者は答えを探っていた。

麻衣の髪が、にわかに逆立ち始めていた。

激情が爆発する寸前であった。

残された時間は、五秒ほども無いだろう。

 

「やめろ!」

 

声を発したのは、苦悶に震えていた黒い魔法少女だった。

ふらつきながら立ち上がり、杏子とナガレの前へと飛翔。

そして、庇うように立ち塞がった。

 

「友人と佐倉杏子は関係ない!だから二人に手を出すな!

 私の弱点はここだ!ここだけを狙え!」

 

叫びと共に、キリカの右手が動いた。

 

長い右手の先の細指は、人差し指が更に右方向へ、正確にはやや斜め後ろへと伸びていた。

細やかな繊手が指さす先には、黒髪の少年の顔があった。

またそれまで優木以外の侵入者達は、

彼を女だと思っていたが、この時にやっと男だと気付いた。

ちなみにそれは外見からではなく、雰囲気によってであった。

 

そんな事は露知らず、少年は指に気付き、右を向いた。

闇色の視線の先には、果てしなき異界の風景が広がっていた。

 

「…よし」

 

謎の呟きと共に、彼は背中へ手を廻した。

ジャケットの裏側に、白い手袋で覆われた手が這入り、彼は長い筒状の物体を取り出した。

底部に設けられたグリップを握り、引き金を絞った瞬間。

破壊の申し子が、筒の先端より飛び出した。

 

次の瞬間には、凄まじい爆風が発生。

異界の一部を衝撃と炎が打ち砕く。

魔法少女達の身に、熱を纏った風が叩きつけられる。

 

灼熱地獄を前に、少年は左を向いた。

今なお指差しを続ける、黒い魔法少女がそこにいた。

 

「てめぇ、嘘吐きやがったな」

 

家一軒は粉砕するであろう爆発を放った少年は、長筒を投げ捨てつつ吐き捨てた。

 

「友人。冗談と言うのを学び給え」

 

キリカの声にも呆れが含有されていた。

自らの唐突な蛮行を棚に上げ、彼は「ハメやがったなこのアマ」と思い始めていた。

当然だが、リナ達は眼の前の破壊に脅威を覚えだしていた。

 

「…呉キリカの友人、ですか」

 

絞り出すような声で、リナは呟いた。

苦痛を帯びた声だった。

 

「そうです。

 先程話した通り、彼はあの卑しき赤毛猿に洗脳を受けた憐れな奴隷君なのです」

「それは…聞き捨てなりませんね」

 

道化が悪意を添付した囁きをリナへと送る。

リナの正義感と仲間への想いは、多少の理不尽さを無視させた。

本人の挙動のせいもあるが、自警団長の中で少年の危険度が上昇していく。

 

「私がいこう」

 

魔力の警棒を力強く握るリナへと、麻衣が声を掛けた。

悪に挑む、気高き戦士の声だった。

 

「あの新手の黒髪は私がやる。リナ達はあの二人を」

 

言うが早いか、剣士は駆け出した。

標的にされたと察した少年もまた疾走を開始し、開けた場所へと身を移していく。

 

「…唐突すぎんだろ、色々とよぉ…」

 

真紅の魔法少女の嘆きの先には、不愉快に笑う道化と、毅然と構える軍人少女。

そして影が薄いのか、それまで彼女も気付かなかった、

赤ずきんのような姿の小柄な少女がいた。

 

杏子は溜息を一つつき、そこで頭を切り替えた。

理由はどうあれ、自らの安息を穢す者達を誅戮すべく槍を携え、

吹き荒ぶ風のように走り出した。

 

異界の中、魔なる者達の乱戦が始まった。

 











次回からですが、久々のバトルとなります。

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