魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第103話 聖団⑤

 投擲された肉体が壁面に激突し、骨が砕けて肉を突き破って露出する。白い壁面に赤黒い血潮の花を咲かし、牧カオルは地面へと落下した。

 その様子を、海のように青い目が見つめていた。

 

 

「カオル!!」

 

 

 悲痛な声で少女が叫ぶ。前に出ようとするが、全身に巻き付いた鎖によって阻まれる。

 しかしそれでも、肉と骨を軋ませようとも海香は必死に拘束に抗っていた。より深く鎖が喰いこむだけの、無駄な抵抗と知りつつも。

 暴れる海香の背に、柔らかな手がそっと触れた。

 

 

「御崎海香さん、少し落ち着くのでございます」

 

「天音月夜…どの口が!」

 

 

 暴れる海香に対し、身を屈めて傍らに寄り添った月夜は心底からの心配を伴って声を掛けていた。

 

 

「申し訳ございません。手荒な真似であることは私たちも理解しております」

 

 

 仮面の顔で頭を垂れる月夜。

 声の背後では、絶え間ない水音。何かを切断しようとし、何度も刃を前後させている音だった。

 音の音源は、黒衣を纏った少女の背の奥から聞こえた。

 

 

「貴女との入れ替わりはカンナさんの提案ですが、それをサポートしたのは私達でございます。彼女は何も悪くないのです。恨むなら私を」

 

『月夜ちゃんだけじゃないよ!ウチのこともだよ!』

 

 

 心底からの謝罪を述べる天音姉妹。

 声に被さる音は、ごきごき、べきべき、ぐちゃぐちゃという音になっていた。

 そしてぶぢん、という音を最後に音は絶えた。

 屈んでいた黒衣の少女は立ち上がり、右手を高く掲げた。

 血まみれの手は、虚無そのものとなった表情のニコの髪を掴んでいた。首の根元で切断された彼女の首から滴る血を、黒衣の少女は喜悦の表情で顔に浴びている。

 共に血に濡れた二つの顔は、表情は異なれど完全に同一のものだった。

 

 

「ハハハハハ!はぁははははは!ははははは!」

 

 

 吊り下げた首を左右に揺らしながら、カンナは哄笑を放ち続ける。

 ニコの首は肉を削ぎ落とされたのちに、首の骨を強引に引き千切られていた。首の断面は醜く抉れ、揺れるたびに血と髄液をまき散らす。

 桃色の舌を口外に出し、カンナはそれを美味そうに飲んでいた。頬に霞む陶然とした色は、性的な快感のそれにも見えた。

 必死に歯を食いしばり、海香は悲鳴を堪えていた。

 終末の未来を予見し先手を打って封じた怨念の少女の邪悪さは、認識したつもりであっても海香の理解を超えていた。

 

 

「ところでなのですが、海香さん」

 

 

 月夜の声に海香は身を震わせた。彼女の声は、眼の前の惨劇が存在していないかのような平穏さであったからだ。

 

 

「一つお願いがあるのです」

 

「…いいわ」

 

「え!?」

 

『まだ何も言ってないよ!?』

 

「言わなくても分かってるわ」

 

 

 狼狽する天音姉妹に、海香は毅然とした声で返した。

 自分はこれから死ぬのだろう。ならばもう何も怖がることなどないと覚悟を決めていた。

 

 

「こういうのはちゃんと聞いていた方がよいのでございます!」

 

『そのせいで、ウチらは契約で痛い目を見たんだから!』

 

 

 必死に力説する天音姉妹であった。片方は肉体が無いが、姉の方からは鬼気迫る心配さが伺えた。

 

 

「…じゃあ、聞くわ。私に何をさせたいの」

 

 

 海香の言葉に、月夜はほっと一息を吐いた。

 

 

「それではお願いなのですが、記録をしていただきたいのでございます」

 

「……はい?」

 

「記録です。今のこのご様子の」

 

 

 心を込めて月夜は言う。そこに嘘偽りはない。

 だが、その意味が海香には理解できなかった。

 今この時、周囲では惨劇が繰り広げられている。

 サキとみらいのふたりは、銀髪少女と銃使いと戦闘をしているが、みらいの怒号は聞こえてもサキの声は聞こえずかすかな呼吸音しか聞こえない。

 

 銃撃の回数に対して、弾丸を弾く音よりも肉と骨が砕かれる音の方が多い。

 銃撃が止むと、次いで大鎌の風切り音が鳴る。

 みらいが怒号と共に大剣で迎撃するが、左腕で負傷したサキを抱え、その上銃撃によって肉と骨を削がれた右腕では弾き返すどころか肉体の両断を防ぐ程度が限界だった。

 弾かれた大剣はみらいへ刃の側面を激突させ、彼女の肋骨と内臓を圧し潰し、小柄な体躯を吹き飛ばした。

 瓦礫を背中で砕きながら、血と肉を散らしながらみらいは転がる。その中でもサキを必死になって庇っていた。

 今のサキは腹部を撃ち抜かれ、腹と背中に大穴が開いていた。両腕はあるが、両手は手首から先が辛うじて指の面影がある肉と皮となって干物のように垂れさがっている。

 脚部も膝から下は大鎌で切断され、機動力を完全に失っていた。みらいがサキを守れなければ、数秒たりとも生きられるか分からない状況だった。

 血か肉か、壊れた内臓か。そのどれかでありそのどれでもある赤黒い塊を吐いて立ち上がったみらいは、傍らに気配を感じ即座に大剣を突き付けた。

 激戦により、切っ先も側面も歪み切った大剣の先には、瓦礫に座る紫髪の少女がいた。

 

 

「あ、大丈夫だよ。私らは見てるだけだから。加勢もしないし助けもしないから人畜無害な平和な存在だから」

 

 

 ほほ笑むカガリ。表情はそのままに、瞳には氷の輝きがあった。感情移入を拒絶する、人形のような眼だった。

 その傍らには、口から唾液を垂れ流して立ち尽くしているスズネがいた。

 

 

「スズネちゃんに危害を加えなければ、ね」

 

「っぅうっ……!」

 

 

 カガリがウインクしたと同時に、みらいは地面を蹴った。

 空いた空間を魔弾が抜ける。カガリは手にした鎖を軽く振るい、弾丸を弾いて消した。

 当たる弾道ではなかったので、単なる気まぐれか遊びだろう。あくびを一つかくと、カガリはまた退屈そうに下方を眺め始めた。

 みらいと銃使い、銀髪少女の戦闘は既に戦いではなく素振りや壁打ちに近い状態になっていた。弾を当てようと思っておらず、また鎌で切ろうとしてるわけでもない。

 嬲り殺しというものですらなかった。

 

 

「がはぁ…はぁ……はぁ……」

 

 

 血を吐きながら剣を振るうみらい。既に大剣は折れ、柄の根元から先が少し残っている程度となっている。

 対峙する二人は距離を取りつつも、獲物の切っ先を下げていた。

 今攻撃すれば一瞬で決着がつくというのに、動く気配は全くない。

 

 

「ええ、そうです。あの記録をお願いしたいのです」

 

「………」

 

 

 月夜の言葉に海香は黙っている。言葉の意味を探ろうとしていた。

 だがどう考えてもそれは、言葉の意味通りにしか思えなかった。

 

 

「我々の今後の為に、戦闘の記録を残しておきたいのです。そうすればお仲間の皆様方も今後は安全安心に任務の遂行が出来るのでございます」

 

 

 こいつ国語下手だなと海香は内心で舌打ちした。要約をすれば

 

 

「…自分たちが今後、安定して狩りが出来るために、私に、私の仲間が狩られる様子を、記録しろと」

 

 

 言葉が途切れ途切れになっているのは、余りの怒りと馬鹿馬鹿しさによるためだった。

 

 

「あ、左様です。その通りでございます」

 

「断る」

 

「じゃあさよなら」

 

 

 声が聞こえた瞬間、海香の視界は闇の中へと閉ざされた。

 頭の中いっぱいに、肉と骨が潰れる音が鳴り響いて、消えた。

 

 

「え、ちょ、カンナさん」

 

 

 慌てながら月夜は振り返る。その身体は、肉片と血飛沫に塗れていた。

 

 

「まだ交渉の余地があったのでございます!」

 

『そうだよ!こんなのあんまりだよ!』

 

「時間の無駄だし、会話させてると逆転されるかもだろう?」

 

 

 天音姉妹からの抗議にも、カンナは、聖カンナは平然としていた。

 その首には、ニコの生首がペンダントのようにされてぶら下がっている。

 眼球を抉り抜いてそこに彼女の髪を通し、そのまま自分の首に巻いている。

 刳り貫かれた眼球は釘で舌に突き刺されて止められていた。

 

 

「んー…咄嗟に使ったけど、やっぱ魔法って便利だね。魔法少女最高。魔法少女に栄光あれ」

 

 

 もっと命を大事にするべき、などと抗議を続ける天音姉妹を無視し、カンナは自らが呼び出した構造物を手でぽんぽんと叩きながら感慨深げに眺めていた。

 

 

「これもある意味原作再現ってやつかな。オリジナルはどう思う?」

 

 

 カンナはニコの首を左右に揺らして問いかけるが、答えはない。

 カンナが魔法で生み出し、そして海香の身体を完全に圧搾して破壊したのは、一軒の建物だった。

 海香の血と肉で汚されていたが、その入り口の看板には「HAIR SALON SEA FRAGRANCE」の文字が刻まれていた。

 

 


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