魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
視界が深紅に染まる。喉からは鮮血がせりあがって気道を塞ぎ、呼吸困難による筆舌に尽くしがたい苦痛がカオルを襲う。
背中を貫き、胸の中央を破って突き出た菱形の槍穂には抉り取られた太い血管が張り付いていた。
その槍の形状は、「見たことはない」が「見覚えがあった」。
カオルがそれを見た瞬間、堰を切ったかのように胸からは血の濁流が溢れ出す。
苦痛の中、カオルは強引に顔を動かした。真っ赤に染まった視界が背後へ流れる。
「お前…は…」
そこにいたのは海香であり、カオルを貫く槍も彼女が握っている。そして「何故」ではなく「お前」とカオルは言った。
「さて、察しがついているのでは?」
海香は半月の笑みを浮かべた顔で答えた。眼鏡の奥にある眼光には嘲弄の色。
海香はカオルを蹴り飛ばし、槍を強引に引き抜こうとした。槍はびくともしなかった。
「ああ、カピターノ・ポテンザか」
海香は分かり切ってたとばかりに、退屈そのものの声で言った。
「そうだよ!!」
血を吐きながら、カオルは背後へと左の裏拳を放った。
拳から肘までが黒く変わり、その強度は魔法少女の武具を弾く程となる。
攻撃に用いられるのなら、魔女を肉片に変えるのも容易いことだった。
それが。
「な…」
目の前で起きた現象に、カオルは愕然と目を見開く。驚きにより苦痛さえも一瞬忘却せざるを得なかった。
海香はカオルの裏拳を、縦に掲げた肘で受けた。
本来ならその防御は無意味であり、腕は粉砕され、続く肩や首も血の霧に変わった筈だった。
その必殺の一撃は海香の肘の肉と骨を軋ませた程度に留まった。
さらにその上、カオルの拳から肘までを薄く覆った装甲ががひび割れて剥離し、割れた土塊のように飛散していた。
剥離した装甲の下には、剝き出しになった桃色の筋繊維が見えた。
「受けれたけどきっついね。さすがは力の牧カオル」
そう言った海香の姿は、常とは異なっていた。
普段の修道女じみたものではあったが、配色がやや異なり、身軽さが増したような姿に変わっている。
それはカオルにとって見覚えがあり、そしてあってはならない姿のはずだった。
「じゃ、チャオ」
痺れをとるついでなのか、別れの挨拶として手を振りながら海香は言った。
視界が闇に包まれ、意識が消える寸前、カオルには笛の旋律が聞こえていた。
「ああ、ありがとさん。リーダー様」
海香の声に、肉が潰れる音が続いた。
意識が絶えたカオルの肉体を海香が投げ捨て、壁に激突して壊れた肉体が発した音だった。
「何から何まで、おんぶにだっこですまないねぇ。感謝してるよ」
「いえいえ!当然のことをしたまででございます!」
海香は月夜に感謝を述べ、月夜は謙遜しつつも誇らしげに胸を張っていた。先ほどまで曲を奏でられるのに用いられた二連の笛が、大事そうに両手で握られている。
「んじゃ、私は用事を済ませるよ」
「了解でございます。私も用がありますので外させていただきます」
ん、と頷き、海香は瓦礫の散らばる室内を歩く。広い室内の中では爆風に爆炎、衝撃に怒号に悲鳴が飛び交っているが彼女の足取りは軽やかだった。
少し歩いた先で歩を止める。靴のつま先が、潮臭い液体に触れて水音を奏でた。
気にせず歩みを進めていく。その中で、彼女の姿が変わっていった。
衣服が風に流れる砂のように掻き消えていき、それと同時に皮膚の質感や身長、肉付も変わっていく。
一歩進む間に、海香は別の姿へと変わっていた。
丸い帽子を被った、上着とスカートが統一された黒い衣装。体表に張り付いたタイツもまた黒だった。
そして、その顔は。
「やぁ、久々だね。生きてる?」
その少女は、瓦礫の中に横たわる少女へと、神那ニコへと話しかけた。
ニコの身体に手足はなく、肩の付け根や足の付け根からは大量の血が流れていた。切断であれば手足が転がっているはずだが、それも見当たらなかった。
それぞれの肉の断面はささくれ立ち、まるで爆発でもしたかのようだった。
「ああ、生きてるみたいでよかったよ」
「き……みは…」
黒衣の少女は安堵の声を出した。ニコの声は震えていた。
「やぁオリジナル。会いたかったよ」
その少女は、ニコへとほほ笑んだ。対するニコは、引き攣った表情で硬直していた。
相反する表情だが、二人は全く同じ形の顔だった。