魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「急げニコ!今は可能な限り退却だ!」
「そろそろ諦めて欲しいんだけどねぇ」
宙に身を躍らせ、高速で落下しながらサキとニコは言葉を交わす。
広い空間を落ちていく二人の身体からは、逆向きに降り注ぐ驟雨のように朱線が上方へと流れていた。
ニコは右手を喪い、サキは脇腹を抉られていた。サキが右手で抑えた傷口からは、赤紫色に変色した内臓の一部が見えた。
痛みに歯を食いしばるサキ。対するニコは横顔に警戒感を張り巡らせつつ、自らの負傷に対しての感慨は希薄だった。
「ヒトデナシ、か」
「………」
ニコの呟きに、サキは返す言葉が見当たらなかった。
聞こえなかったフリを選択をしたことを、サキは恥と感じていた。
だが罪悪感に心を苛まれる前に、彼女らの両足は地面に触れた。視線の先には四方を壁で囲まれた回廊が続いている。
生じた衝撃を魔力で殺し、即座に疾走に移る。だが。
「不味い」
「…ああ」
最初に感じたのは、進路の先を照らす赤の光。
それは照明ではなく、彼女らの背後から放たれたものだった。そして光に次いで、熱が二人の背に触れた。
触れた瞬間には心地よいとさえ感じられた熱量が、魔法の衣を焼いて背の肉と溶け合わすほどの高熱へと即座に変わった。
「サキ!」
「止まるな!!逃げるぞ!!」
叫びと同時にサキとニコはそれぞれみらいとカオルによって抱擁された。
後方から飛来した二人は前衛魔法少女の身体能力で床を蹴り、一気に前へと跳躍する。
「海香!」
「分かってる!」
既にニコより先にカオルに抱えられていた海香が魔力を行使する。
迫る熱量に対し、海香は魔力の障壁を生み出し熱の大半を遮断した。
轟々と迫る炎は回廊の壁面を爛れさせ、溶け崩らせていく。熱に追いつかれる寸前、視界の先に光が見えた。
七つの光が散りばめられた、古城の門を思わせる造形の魔力の扉であった。
「開け!!」
サキが叫ぶと、扉は左右に開き次の瞬間には即座に閉じた。
僅かな時間の隙間を縫って、プレイアデス達はその中へと飛び込んだ。閉じる直前に入り込んだ僅かな熱が、それでも膨大な熱量を持ってプレイアデス達を覆う障壁を炎の舌先でちらりと舐めた。
障壁はそれによって破壊され、彼女らは床面へと落下した。
「…ぐぅ」
「サキを傷つけたりなんてするもんか」
保護した者たちを庇いながら、自身は床に身を打ち付けつつもみらいとカオルは倒れなかった。
「ありがとう、みら…」
みらいへと顔を向けたサキの顔に、熱い何かが落下した。それは彼女の鼻筋を通り、唇の谷間へと触れて床に落ちた。
「ああ、ごめんサキ…顔を汚しちゃって」
済まなそうに告げたみらいの左目は、周囲の肉ごと大きく抉られていた。削られた肉と骨の奥には、熱で焙られて変色した脳の一部さえ見えた。
「クソ…あいつら……」
カオルが憤怒に満ちた声を漏らすが、それ以降の言葉は紡がれなかった。
口から吐き出された大量の血液が、言葉と呼吸を途絶させた。
カオルの背中には縦横に斬線が入っていた。傷は長く深いが、吐血の量に対して傷からの出血は少なかった。
傷は赤ではなく黒と灰色になっていた。切られた瞬間、焼かれて炭化したのである。
凄まじい切れ味の刃が、異常な高温を帯びて防御に秀でた魔法少女を切り刻んだのだった。
「あいつらじゃなくて、この子はスズネちゃんなんだけど」
不満に満ちた声は空間の奥からだった。
ここはプレイアデスの本拠地の中の部屋の一つ。
最近発生した大破壊の修繕の為、不要物や加工用の魔道具、修理予定の破損物を集積した場所だった。
部屋の奥に積まれた様々な物体の山の上、紫髪の少女がいた。
その傍らには首に悪趣味な首輪を嵌めた、Tシャツと短パン姿の銀髪の少女が立っている。
華奢な体格の少女は、その身体には不釣り合いなほどの巨大な武具を細い五指で掴んでいた。
それはカッターナイフを彷彿とさせる形状の、刃部分を赤熱化させた大剣だった。
刃が孕んだ熱量によって刃の近くでは空気が揺らぎ、プレイアデスの視界に映る二人の姿を悪霊めいた姿に揺らめかせていた。
「…どうにも納得いかない組み合わせというか展開だなぁ」
見上げながらニコが呟く。それが聞こえたらしく、紫髪少女、カガリは口の両端を吊り上げた。可憐な悪鬼の笑みだった。
「それ、君らが言う?」
「…うむ」
会話をしつつ、プレイアデス達は治癒魔法を発動させる。
何故自分たちの本拠地で、この連中が自由に活動できているのか。
その疑問を振り払うように努めていた。マギウス司法局の連中が化け物揃いなのは分かっていたからだ。
だがしかし、新たな疑問が浮かぶ。傷を負わされても虚無感を表情に張り付かせていたニコの顔に、初めて演技以外の感情の揺らぎが生まれた。
「待て。今、なんて言った?」
動揺するニコの傍ら、堆積物の一角が弾け飛んだ。治癒を終えたプレイアデス達は床を蹴って跳んだ。
それは瞬時の反応であり、一跳びで十分に破片の範囲から抜け出たはずだった。だが。
「ぐぁっ!?」
退避であってもサキの前に出ていたみらいの身体が、苦痛の呻きと共に空中で動きを拘束されていた。
彼女の手足、肩に腹に首に頬にと鎖付きの鈎爪が突き刺さっている。それは、少し前に見た光景の再現だった。
「こん畜生が!!」
鎖が引かれるよりも早く、みらいは大剣を召喚し手首を回して刃を旋回。鎖が切断され、みらいは肉体の破断を防いでいた。
「おいそこの!!盾の裏に隠れてるんじゃねぇ!!腐れ陰キャ!!」
血まみれのみらいは血泡を飛ばしながら叫ぶ。
掲げられた大剣の切っ先は、展開した装甲の内側から鎖を伸ばしている大盾へと向けられていた。
直後、轟音が鳴り響く。振り切られた大剣の刃の上で、魔の弾丸が弾けていた。
「二度も食らうかボゲェ!!」
叫ぶみらいの視線の先には、猟銃を構えた仮面の少女がいた。
その姿に違和感を覚えた直後、金属音が鳴り響く。
「させるか!」
サキの叫び。
みらいを背後から急襲した大鎌の柄を、サキは手にした鞭で絡め取っていた。
動きを止められた鎌の持ち主、白い仮面の銀髪の少女は無造作に腕を振るった。それだけでサキの身体は吹き飛び、鞭は千々と引き千切られた。
「なんて馬力だ」
空中で姿勢制御し、着地するサキ。その傍らには既にみらいも追従している。
「でも、それだけじゃないよね」
手に携えた大剣を一瞥し、みらいが言った。弾丸を弾いた刃には亀裂が入り、着弾箇所が抉られている。
短い交戦時間の中、みらいとサキは海香とカオル、そしてニコから引き離されていた。
並ぶ二人の前に、銀髪と銃使いの少女がゆっくりとにじり寄っていく。
「さっさとこいつらを倒して」
「海香達と合流しよう」
言葉を交わしつつ、サキは離れた場所にいる海香達の方を見た。途端に、その眼が愕然と開かれた。
それが隙となったのだろう。
その一瞬の間に、サキの腹部の肉が弾けた。銃使いの少女が一気に間合いを詰め、猟銃の先に装着された銃剣でサキの腹を抉ったのだった。
「な…」
「サキ!」
みらいが叫びながらサキを突き刺している銃使いへと刃を振るう。振り下ろされた大剣はそこに割って入った銀髪少女の鎌で受け止められた。
銀の破片が轟音と共に空中に散華する。大剣を受け止めたのは鎌の刃ではなく、魔力で仮初の生命を与えられた植物で出来た鎌の柄だった。
その植物の柄が、分厚く重い大剣を砕け散らせていた。翻った鎌はみらいの右肩から左脇腹へと切っ先を抜けさせる。肺と心臓を破壊されたみらいの口からは血の塊が吐き出され、少女の白い仮面を赤く染める。
銀髪少女は鎌をみらいの体内に突き刺したまま、彼女の腹を蹴り飛ばした。体内の鎌が内側からみらいを切り裂き、彼女の肉体を両断寸前に至らせる。
また同時に、銃使いは銃口をサキの体内に突き刺したままに引き金を引いた。
灼熱の弾丸がサキの内臓の大半を破壊し、背中の肉を大量に弾き飛ばしつつサキを背後へと吹き飛ばした。
サキとみらいはほぼ同時に落下し、苦痛の声と傷口からの鮮血を溢れさせた。
だがこの時に至っても、サキは先ほど見た光景の事が脳裏に焼き付いて離れなかった。
苦痛の中、再び視線を戻す。
そこには先ほどと変わらない光景が広がっていた。
海香を守るように彼女の前に立つカオル。
その胸からは、血に濡れた槍穂が突き出ていた。胸に突き刺さるのではなく、背中から胸へと抜けた槍。
その柄を握るのは、カオルの背後に立つ海香であった。苦痛に満ちた表情で愕然と振り向くカオルへと、海香は涼やかな微笑を向けた。